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脅しに対して仕掛けたトラップ。
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この前もメールしたように、僕は交渉上手なんかじゃない。ただ、場慣れはしていると思う。あの類のクレーム、初めてではなかったからね。
あれだけ大騒ぎになったのは初めてで最初はどぎまぎしたけれど、乗り切れないわけはないって自分に言い聞かせた。これまでの経験を踏まえれば、問題ないんだと。
それでも途中、めげそうになったさ。やっぱ無理といった揺さぶりがきて、でももう一度力を振り絞って、といったことを繰り返しながら、どうにか意志をつないだんだ。
ご存じのように、僕は決して強い人間じゃない。
自分のことだったら、相手のいうなりになっていたかもしれない。
でも、僕にはまとめていかなければならないスタッフがいた。彼らのためにも、僕はやらなければならないと思った。
テレビ局のプロデューサーの腹黒い裏側が垣間見れたとき、かな。腹をくくれたのは。
話を進める前に、ギョーカイの決まりというかジョーシキをおおまかに知ってもらう必要がある。
メディア、とくに紙媒体は口約束で契約が成立することがよくある。ある程度仕事が進んでゆとりができたときに「じゃあ、契約書の作成でもしますか」と、さもついで仕事のように大事なところが組み立てられていく。
もちろん、口約束ベースの骨子が変わることはない。へんなネゴシエーションは、途中であってはならないんだ。
このことは、紙媒体で仕事を続けていこうとする人にとって、おさえておかなければならないジョーシキと言えるだろうね。
企画が決まり、いちばん大事なコンテンツを詰めている時に、「あのぉ、契約書なんですけど」なんて、いくら約束されてるからって契約金額が心配になって、乗ってる熱意に水を差したりすると、なんだコイツ、ギョーカイ知らねーなと素人烙印押されないとも限らない。
今回の一見では、この口約束のジョーシキを逆手に取られたってわけ。
契約書がないことをいいことに、ゲラを見たとたんに「これじゃあ納得できないな」と言い出した。
理由を訊くと、記事スペースが大きく、インタビューの謝礼として妥当じゃない。当初口頭で伝えられた10万円じゃ割が合わないと言ってきた。
どうすれば納得していただけますか? と平身低頭、頭を下げると、
「あと30万円だな」
あと、さんじゅうまんえん? 合計よんじゅうまんえんも?
10万円でも、編集部からすれば破格なのに、途方もない金額をふっかけられた。
電話の向こうで、不敵な笑みを浮かべているプロデューサー氏の姿が目に浮かんだ。そしてヤツは確信している。「契約書を交わしたわけではないんだ。ゴネた者勝ちなのさ」。本意を顕すように「わかってもらえないなら、シャチョーさんに変わってもらえないかな?」
ふつうの会社員なら、雲の上の社長に話を通すなんて、自分の不備、ミスを曝け出すようで怖くてできない。
相手は、場慣れしていると直感した。
これまで何度この手で金をたかってきたんだろう?
ふつうならここで担当者は上司に話を通して、どうか穏便に、と話を丸く収める道筋を作っていくところだろうけど、僕は違った。
だって、雇われ編集長だもの。認め続けてもらえなければ、続けられないポジションだ。ここで僕を管轄する部長さんに弱腰の相談をしたら、それはそれでバッテンがつく。
かのプロデューサーさん、そこまでは見越せなかった。僕がただの雇用人ではなかったことを。
「いいですよ。社長に話を通します。そのあとで電話を折り返させていただきます」
さらりと言って、電話を切った。
管轄部長に事の顛末を話し、僕がどうしたいかを話した。そのうえで、社長に状況を話しておいてください、と準備を整えてからお相手さんに連絡を入れたんだ。
「で、社長は争うつもりでいます。いつでも裁判を起こせますが、どうしますか?」
怖いものはなかった。
振ったサイコロの目がどちらに出るか、天の声を聞くのみだった。
たったひとつ、貫き通すにも決死の覚悟がいる。
僕は、仕事で脅しに屈するわけにはいかないのだ。
先方さん、僕がここまでするとは見越してはいなかった。
もしかしたら、社長に話を通したというところは、単なるはったりと考えたかもしれない。彼にしてみれば、ひとつの賭けだったように思う。
だけど僕は本当に社長に話を通していた。
はったりだと思って強気に出られたら、奈落に落としてやるつもりだった。
しばらく沈黙がつづいたあと、脅しのプロデューサー氏は叩きつけるように電話を切った。
あれだけ大騒ぎになったのは初めてで最初はどぎまぎしたけれど、乗り切れないわけはないって自分に言い聞かせた。これまでの経験を踏まえれば、問題ないんだと。
それでも途中、めげそうになったさ。やっぱ無理といった揺さぶりがきて、でももう一度力を振り絞って、といったことを繰り返しながら、どうにか意志をつないだんだ。
ご存じのように、僕は決して強い人間じゃない。
自分のことだったら、相手のいうなりになっていたかもしれない。
でも、僕にはまとめていかなければならないスタッフがいた。彼らのためにも、僕はやらなければならないと思った。
テレビ局のプロデューサーの腹黒い裏側が垣間見れたとき、かな。腹をくくれたのは。
話を進める前に、ギョーカイの決まりというかジョーシキをおおまかに知ってもらう必要がある。
メディア、とくに紙媒体は口約束で契約が成立することがよくある。ある程度仕事が進んでゆとりができたときに「じゃあ、契約書の作成でもしますか」と、さもついで仕事のように大事なところが組み立てられていく。
もちろん、口約束ベースの骨子が変わることはない。へんなネゴシエーションは、途中であってはならないんだ。
このことは、紙媒体で仕事を続けていこうとする人にとって、おさえておかなければならないジョーシキと言えるだろうね。
企画が決まり、いちばん大事なコンテンツを詰めている時に、「あのぉ、契約書なんですけど」なんて、いくら約束されてるからって契約金額が心配になって、乗ってる熱意に水を差したりすると、なんだコイツ、ギョーカイ知らねーなと素人烙印押されないとも限らない。
今回の一見では、この口約束のジョーシキを逆手に取られたってわけ。
契約書がないことをいいことに、ゲラを見たとたんに「これじゃあ納得できないな」と言い出した。
理由を訊くと、記事スペースが大きく、インタビューの謝礼として妥当じゃない。当初口頭で伝えられた10万円じゃ割が合わないと言ってきた。
どうすれば納得していただけますか? と平身低頭、頭を下げると、
「あと30万円だな」
あと、さんじゅうまんえん? 合計よんじゅうまんえんも?
10万円でも、編集部からすれば破格なのに、途方もない金額をふっかけられた。
電話の向こうで、不敵な笑みを浮かべているプロデューサー氏の姿が目に浮かんだ。そしてヤツは確信している。「契約書を交わしたわけではないんだ。ゴネた者勝ちなのさ」。本意を顕すように「わかってもらえないなら、シャチョーさんに変わってもらえないかな?」
ふつうの会社員なら、雲の上の社長に話を通すなんて、自分の不備、ミスを曝け出すようで怖くてできない。
相手は、場慣れしていると直感した。
これまで何度この手で金をたかってきたんだろう?
ふつうならここで担当者は上司に話を通して、どうか穏便に、と話を丸く収める道筋を作っていくところだろうけど、僕は違った。
だって、雇われ編集長だもの。認め続けてもらえなければ、続けられないポジションだ。ここで僕を管轄する部長さんに弱腰の相談をしたら、それはそれでバッテンがつく。
かのプロデューサーさん、そこまでは見越せなかった。僕がただの雇用人ではなかったことを。
「いいですよ。社長に話を通します。そのあとで電話を折り返させていただきます」
さらりと言って、電話を切った。
管轄部長に事の顛末を話し、僕がどうしたいかを話した。そのうえで、社長に状況を話しておいてください、と準備を整えてからお相手さんに連絡を入れたんだ。
「で、社長は争うつもりでいます。いつでも裁判を起こせますが、どうしますか?」
怖いものはなかった。
振ったサイコロの目がどちらに出るか、天の声を聞くのみだった。
たったひとつ、貫き通すにも決死の覚悟がいる。
僕は、仕事で脅しに屈するわけにはいかないのだ。
先方さん、僕がここまでするとは見越してはいなかった。
もしかしたら、社長に話を通したというところは、単なるはったりと考えたかもしれない。彼にしてみれば、ひとつの賭けだったように思う。
だけど僕は本当に社長に話を通していた。
はったりだと思って強気に出られたら、奈落に落としてやるつもりだった。
しばらく沈黙がつづいたあと、脅しのプロデューサー氏は叩きつけるように電話を切った。
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