若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

文字の大きさ
77 / 115
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

077●フロー編●68.最初で最後の

しおりを挟む
 
 ──フロー様……お下がりくださいませ……わたくしが、確認いたしますわ──

 ツェツィーリアがそう言ってくれた。
 手が震えて開けられないフローリアンの代わりに。
 開けるのが怖かった。だから、ツェツィーリアに託した。

 そのツェツィーリアが扉の鍵を開けてノブを回した瞬間。

「きゃあああああ!!」

 扉が倒れ込むように開き、赤髪の騎士が倒れ込んできた。

「ラルス!!」

 フローリアンが駆け寄ると、むっと血の匂いがする。扉の向こう側は血の海で、誰もピクリとも動いていない。ツェツィーリアはその光景を子どもたちに見せまいと、急いで扉を閉めている。

「ラルス、ラルス!!」
「……王……すみ、ません……」
「ラルス、なにを謝ってるんだ……!」
「疲れて、返事、できませんでした……」

 はっはと息を切らしながら、ラルスはそう言った。
 全身血だらけではあるが、ほとんどが返り血のようだ。大きな外傷は見当たらず、フローリアンはほっと息を漏らす。

「もうっ、死んだかと……思ったよ……ばかぁ!」
「死にませんよ……剣帯に、刺繍、してもらいましたから……」

 ラルスはそう言いながら、体を起こして床に座り、壁に背をつけた。

「これ、僕に渡しちゃうんだもん……ラルスが持ってないと、意味ないのかと思うじゃないか……っ」
「はは、すみません……俺はこの通り、無事ですよ。ちゃんと、帰ってきました。あなたの元に」

 ラルスの笑顔を見るとようやくほっとして、涙が込み上げてくる。そんな震えるフローリアンを見て、ラルスは優しく目を細めてその唇を開いた。

「言ったじゃないですか……必ずただいまと、あなたの元に帰ってくるって」
「……うん」

 もしもの話で結婚をした時の約束。ラルスは、ちゃんと戻ってきてくれた。

「ただいま、フローラ」
「おかえり……っ」

 フローリアンにしか聞こえないくらいの小さな声を耳元でささやかれて、ラルスにぎゅっと抱きつく。
 無事で良かった。生きていてくれて、本当に。
 少しの間そうしていると、ようやく冷静になれたフローリアンはラルスの胸から離れた。

「ここにいた者は、みんな死んでしまったのか?」
「王の声は聞こえていたんですが、相手に引く様子はなく……仕方なく、討つしかありませんでした」
「それはもう、仕方ないよ……ご苦労だったね、本当にありがとう……ラルスが生きてくれててよかった……っ」
「シャイン殿は……」
「大丈夫、怪我してるみたいだけど、生きているよ」
「そうですか……!」

 もうどこからも剣戟の音は聞こえてこない。クーデターの失敗が伝達されたのだろう。
 外からは、〝愛しのあなた〟がツェツィーリアに聞かせるようにしてずっと流れている。
 その優しいメロディで癒されて、ようやく終わったのだとフローリアンは実感することができた。

「じゃあ俺、シャイン殿に報告に行ってきます」
「大丈夫?」
「もう回復してきたんで、大丈夫です」

 笑いながら立ち上がる姿は、大きく痛む様子も見られなかった。凄惨な死闘と繰り広げたとは思えないほど元気だ。それだけ、ラルスが強いという証拠でもあるが。

「じゃあ、行ってき──」
「お待ちくださいませ、ラルス様!」

 部屋を出ようとするのを止めたのは、ツェツィーリアだった。

「ツェツィーリア様、なにか?」
「どうしたの、ツェツィー」

 ツェツィーリアのその真剣な表情に、フローリアンとラルスは二人して首を傾げる。

「フロー様……お願いがございますの。このツェツィーリア、一生に一度のわがままを言ってもよろしいでしょうか」
「わが……まま?」

 ツェツィーリアが、わがまま。
 思えば、彼女とは長い付き合いだが、わがままを言っているのを聞いたことがない。ネックレスをずっとつけていたい、だなんてことは、わがままにすら分類されないと思っている。
 優しくて聞き分けの良すぎるツェツィーリアは、常に自分ではない誰かを優先して生きてきた。
 婚約者になってくれと言われたときでさえ、嫌な顔を見せずに嬉しいとさえ言ってのけたのだ。
 そのツェツィーリアが、初めてわがままを言ってくれる。

「なに? もちろんツェツィーのわがままなら、なんだって聞くよ!」

 そうフローリアンが伝えると、ツェツィーリアはぐっと瞼を閉じ──それから、意を決したように口を開く。

「では、フロー様……わたくしを……わたくしとリーゼを、今、この場で死なせてくださいませ」

 予想だにしない、ツェツィーリアからの願い。一瞬なにを言われたのか理解できず、フローリアンはふらりと足をよろめかせた。

「……え?」
「どうか……どうか、こんなわたくしをお許しくださいませ、フロー様……っ」

 理解できない言葉。ツェツィーリアのまさかの願い。
 その瞳は真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

処理中です...