若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

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第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

078●フロー編●69.器

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「死なせてって……どうしてそんなこと言うんだよ、ツェツィー!」

 ツェツィーリアの考えていることがまったく理解できず、フローリアンはツェツィーリアの肩を持つと強く揺さぶった。ツェツィーリアはフローリアンのその手首にそっと手を置き、悲しく笑っている。

「わたくしは幼少の頃より、ずっとフロー様をお支えしたいと思ってまいりました」
「だったら……」
「しかし、わたくしは……クーデターが起こって怖かったのです……フロー様のためならなんだって我慢できると思っていましたのに……本当は、フロー様を置いてでも逃げたくて、逃げたくて……!」

 ずっと気丈に振る舞っていたツェツィーリアの胸の内は、限界だったのだとフローリアンは初めて知った。
 大事な親友だというのに、極限状態だったことに気づいてやれなかったのが情けない。

「ツェツィー、ごめん……ツェツィーはいつも僕を励ましてくれていたから……ぜんぜん、気づかなくて……っ」
「わたくしは、本当にフロー様と命運をともにするつもりでしたの……ですが、もう……っ! わたくしは、王妃の器などではなかったのですわ!」

 王妃の器と聞いて、ドキリとする。
 自分が王の器ではないと思っていたように、ツェツィーリアもきっとそのことで思い悩んでいたのだ。つらく、申し訳なく、胸が痛い。

「でも、そんな理由で死なせてだなんて、納得いかないよ!」
「いいえフロー様、どうかお許しくださいませ。わたくしとリーゼは死んだことにしていただきたいのです!」
「死んだ……ことに?」
「はい……わたくしの一生に一度のわがままでございますわ……」

 思い違いがあったことに気づき、フローリアンはほんの少しだけ息を吐いた。
 しかしツェツィーリアはそんなフローリアンには気づかず、自分を責めるように次の言葉を口にする。

「わたくしは気づいてしまったのです……フロー様のおそばにいるより、わたくしは……わたくしは、イグナーツ様とリーゼの三人で暮らしていきたい……! フロー様を裏切ってでも……裏切っ………あぁぁああ!!」

 ずっと泣き顔の見せたことのないツェツィーリアが、わぁっと涙を流し始めた。
 泣きながら何度も「申しありません」を繰り返しているツェツィーリア見ると、涙もろいフローリアンはもらい泣きしてしまいそうになる。
 けれど、ここで泣いてはいけない。ツェツィーリアがずっと涙を我慢してくれていたように、今度は自分が大丈夫だということを示すためにも。
 フローリアンは優しくツェツィーリアの頭を撫でて、笑顔を作った。

「ばかだな、ツェツィー。それは、裏切りなんかじゃないよ。愛する人と一緒に暮らしたいって、自然な気持ちじゃないか」
「けれど……わたくしは……フロー様のおそばを離れることを、望んで……っ、ひどい、ひどい王妃ですわ……っ」
「ひどくなんてない! ずっとずっと、僕のために我慢してくれたんだ。感謝してもしきれないよ。ツェツィーには幸せになってほしい。本心だよ」
「フロー様……っ」

 ボロボロと涙を流すツェツィーリアをぎゅっと抱きしめる。
 ツェツィーリアが自分のためのわがままを言ってくれてよかった。
 確かに、死んだことにできるチャンスなどそうそうない。この機会を逃せば、ツェツィーリアがイグナーツと夫婦として暮らせることは、一生ないかもしれない。

「ラルス」
「っは」

 扉の前に立ったままのラルスはもう体力が回復したようで、ピンと背筋を伸ばして立っている。

「抗争の際、ツェツィーとリーゼが巻き込まれて亡くなったと、シャインに伝えて発表させるんだ。それからすぐにシャインとイグナーツを連れてここに戻ってきてほしい。混乱のうちにイグナーツとツェツィーとリーゼを、ここから脱出させる」
「わかりました」
「ツェツィー、扉を開けるから、リーゼと一緒にベッドの上に横になっていて。一瞬でも、起きているところを誰かに見られるわけにはいかない」

 ツェツィーリアはすぐに指示に従ってベッドの上に横になった。血が出ていないのを不審に思われないように、上からシーツを被せる。
 それを確認してからラルスは部屋を出ていき、フローリアンは重い扉を閉め、自分で鍵をかけた。
 そして、ベッドに横たわる美しいツェツィーリアとその娘のリーゼロッテをみやる。
 この部屋で動いているのは、フローリアンとメイベルティーネだけだ。
 指示を終えると、頭がぼうっとした。この二日間は夢だったのではないかと思ってしまうほど。
 フローリアンは部屋の窓から外を覗いた。
 もうすぐ、伝えられるはずだ。
 王妃のツェツィーリア、そして次女のリーゼロッテが死んだことを。

 ラルスの姿が見えて、傷の手当てがされているシャインに向かって話をしている。そして──

 イグナーツのリュートの音が、止まった。

 嘆き悲しむイグナーツの姿を見ると、胃が痛くなる。
 そんなイグナーツの背中を押すようにしてラルスが城に入ったのを確認し、フローリアンは少し息を吐いた。
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