恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗

文字の大きさ
14 / 43

09.恐怖侯爵、ストロベリー侯爵になる。①

しおりを挟む
 翌朝。
 私は自分の部屋のソファで、髪を整えてもらいながら、すっごくそわそわしていた。

 だって、イシドール様に“妻”と認められて初めての朝!
 別に昨夜、なにがあったってわけじゃないだけど。
 でも、今夜は多分……初夜のやり直しになる……? ひゃああ!!

 ああ、でも今日、顔を合わせたらどんな顔していいかわかんない! 奥さんの顔ってどんな顔!? 

「……レディア様?」
「へっ!? な、なに!?」

 メイドさんのくすっとした笑い声。
 完全に、ニヤニヤされてる。うう、そうだよね、そりゃ顔に出ちゃってるよね……!

 そんな感じで心の準備ができないまま、食堂に向かうと──
 もう、そこにいた。イシドール様が。

 カップを手に、窓際で朝日を背にして、優雅に紅茶を飲んでて……
 さすが、貴族の見本みたいな立ち姿。
 どうしよう~、かっこいいんだ、この人ほんとに!!

 こっちはカチコチに緊張してるのに、向こうはふわっと笑って、

「おはよう、レディア」

 って。

 うわ~~~っっ! 私にもストロベリーですか!? その笑顔、心臓もたない!!

「お、おはようございます……イシドール、様……」

 おろおろしながらお辞儀したら、くすっと笑われた。
 どうしよう、好き。あああぁぁぁぁああもう好き好き好き!!
 朝から息も絶え絶えなんだけど、私……死ぬの? 死んじゃうの? 幸せ死?

 思いっきり緩んでる顔を見られてるの……めちゃくちゃ恥ずかしくてやっぱり死ぬ。

「大丈夫か?」

 いえ、大丈夫じゃないです。
 恐怖の仮面をつけてないと、本当に男前すぎて……
 顔で好きになったわけじゃないけど、ドキドキが止まらない!

「あの……その……まだ、なんか、慣れなくて……」
「俺の顔にか?」
「それもあるんですが……態度と言いますか、えーっと」

 まごつく私を見てイシドール様が立ち上がったと思うと、私を後ろから抱きしめて──そのまま着席しましたが!?
 え、これ……昨日シャロットにやっていた、お膝抱っこでは!?
 待って待って、私はもう十七歳!

「慣れるまで、ゆっくりでいい。だけど、今日も君の可愛い顔が見られてうれしいよ」

 後ろから耳元で囁かれる。
 ちょっと待って、誰よこの人に恐怖侯爵なんて言い出したの!!
 これからみんなでストロベリー侯爵って呼びましょ! はい、決定!!

 もう朝の空気が、一気に甘くなった……いや、なりすぎた。
 窓の外で小鳥がさえずってて、パンに塗ったジャムの匂いがふわっと香って、
 ……このまま時間止まってほしいようなほしくないような。

 まさか自分が、こんな風に“甘やかされる側”になるなんて。
 完全に恋する乙女になっちゃってる……言っときますけどこれ、私の初恋ですよ?

 じんわりと嬉しさが積もってきた、その時。

「あ! レディアおねえちゃん、パパのおひざ乗ってるー!」

 きゃ、きゃーー、シャロットが来ちゃったーーー!!
 見られたーーーー!!

 私は慌てて立ち上がる。

「お、おはよう、シャロット」
「おはよぉ! パパのおひざ、あったかいでしょ!」
「そ、そうね」
「パパ、シャルもだっこぉ」

 シャロットの言葉に、イシドール様は手を広げて「おいで」と抱き上げる。
 そこはやっぱり、シャロットの特等席よね。
 私が奪ってしまわないように気をつけなきゃ。

 その膝に座ったシャロットが、何度も私とイシドール様を見比べてる。
 にこにこしてるけど、ちょっと不思議そうな顔。

「レディアおねえちゃんとパパ、なんか今日、すっごくなかよし?」
「えっ……そ、そうかしら?」

 ばれた!? いやでも、別にやましいことはしてないし!?

「うん、なんか、おててもつなぎそう~!」
「つ、つなぐ予定は……」
「俺は構わない」

 ちょ、ま、なに言ってるんですか、イシドール様!

「えっほんとに!? じゃあ、みんなでつなご?」

 ああ、ニコッの純粋無垢のスマイルに射抜かれてしまう!
 でも私の顔が真っ赤になってるのに気づいたイシドール様は、目を細めて微笑んでるんですけど?
 もしかして、からかってます?
 ……もうっ。

「シャロット、それは後でな。今は食事の時間だ」
「はぁい」
「レディアも食べよう。席に着いてくれ」
「は、はい」

 そうして席に着いたけど。
 なんだか心臓がばくばく言いっぱなしで、食べた気がしなかった。
 というかもう、胸がいっぱいです。


 朝食を終えると、シャロットが私の手をひっぱった。

「ねえねえ、いっしょにお庭あるこ!」

 イシドール様にも「いこー!」と手を伸ばして、そして──

「はい、おててつなぎ!」
「えっ!?」

 そう言ってシャロットは、私の手とイシドール様の手を合わせる。
 ちょっとー、シャロットが真ん中じゃないの!? まさかの私が真ん中でした!

 繋がれた右手の主を見上げると……

「っふ……」

 ストロベリー……侯爵……っ!
 私、この状態で散歩して大丈夫? 倒れたりしない?

 荒くなりそうな息をなんとかふーふー隠して──多分隠しきれてないけど──三人で庭園を散歩することになった。

 陽の光が芝の上で揺れて、小鳥の声もぽつぽつと聞こえてくる。
 シャロットはご機嫌で、ぴょんぴょん跳ねながら歩いてた。本当にかわいいんだから。

「みてー! この木、ちっちゃいお花さいてる!」
「ほんとだ。かわいいね」
「レディアおねえちゃんとおそろいくらい、かわいい~!」

 ふいにそんなことを言われて、私はむせそうになる。

「シャロットの方が、もっともっとかわいいのよ」
「おねえちゃんだってかわいいもーん! ね、パパ!」

 イシドール様に話を振らないでー!

「ああ、レディアもたまらなくかわいいな」

 ほら、ストロベリーだから!

「そ、そんなこと……くすんだ灰色の髪ですし、背だって低くて美人じゃないし……」
「どうして? シャル、レディアおねえちゃんかわいいとおもうよ? だいすきだよ?」

 シャロットの言葉に、胸がぎゅうってなる。
 私はこの容姿のせいもあって、家族にいないもの扱いされてきたから。
 そういうものだと、思っていたから。
 認められるのが、嬉しくって。

「俺も……レディアは美しいと思う。見た目も……中身も」

 イシドール様の低くて優しい声が、静かに降りてくる。

「言葉の端に滲む優しさや、笑ったときにほんの少し目元がゆるむところ。君は自身をかわいくないと思ってるみたいだが、俺にとってはすべてが愛おしくて仕方がないんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...