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08.恐怖侯爵様、告白する。②
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「──へ?」
あ、変な声出た。
え、ちょっと待って。今なんて言った?
私のことを──好き? はい?
頭が追いつかない。ぐるぐるする。
そんな私に、イシドール様はまっすぐ透き通ったアイスブルーの瞳を向けた。
「レディアのことを初めて知ったのは……一年半ほど前になるか」
そう言って、イシドール様は机の引き出しを開けた。
一年半……ラヴィーナさんが駆け落ちした頃よね。私は十六歳だ。
イシドール様が取り出したのは、一枚の栞だった。
淡い紫のスミレが押し花にされた、手作りの──
「これは、その頃に図書館の隅で配布されていた栞だ。“春の花です。誰かの心に陽が射しますように”と、書いてある」
──ん?
なんか聞いたことがあるようなないような。
イシドール様は……目を細めてその栞を見ている。
まるで、愛おしいものでも見つめるように。
「あの頃の俺には、それが沁みた。……世界に見放された気分でいたからな」
ラヴィーナさんが消えた直後に見つけたその栞……もしかして、もしかすると。
「……それ、私が作ったものかもしれません」
「ああ、司書にそう聞いた」
イシドールは微かに笑って、栞を握った。
「その司書に、君の家の事情を少し聞いてしまってな……どうにかできないものかと、悩んでいた」
あの……ただの栞娘に、気を遣いすぎでは?
「レディアは知らなかったかもしれないが……君の両親は、その……君をゴルベリウス商会の総代表の元へ嫁がせるつもりだったようだ」
「……うそ」
ちょっと、血の気が下がる音が聞こえた気がした。
ゴルベリウス商会の総代表というと、お金にものを言わせて、何人も愛人を囲っているようなエロジジイで有名。
私、あんなところに嫁に行かされるところだったの!?
「さすがに憐れと思ってしまってな……。俺はずっと出し渋っていた離婚届を提出し、君の両親に貰い受けたいと旨を話した。条件をゴルベリウスよりも良くすれば、簡単に頷いてくれたよ。あ、すまない。君の両親を」
「いえ……そういう親ですから……」
というか、あのゴルベリウスよりも良条件って……私にいくら使ってくれたんだろう。聞くのが怖い。
「しかし、またラヴィーナの時と同じように、権力で妻を手に入れただけだと思うと、罪悪感があった。だからもし、君に好きな男がいれば、俺の方から手を放すつもりでな。あの家から君を解き放つ……ただ、それだけだった」
どうしよう、泣きそう。
どこまでも優しいんだ、この人は……。
お礼を言わなきゃって思うのに、唇が震えちゃって言葉が出てこない。
そうしているうちに、イシドール様の言葉が重ねられていく。
「だが、君がうちに来てから、この家の空気は変わった。君がシャロットと笑い合うたびに、一生懸命に俺と交流を図ろうとしてくれるたびに──……どんどん、どんどん好きになっていった」
もう、耐えられない。
私の目から、ぽろりと涙が溢れて床に落ちる。
「どうして……そんなに優しいんですか……っ」
イシドール様は、巷で言われているような恐怖侯爵なんかじゃない。
確かに、他の人の前では顔はこわばって、恐く見えるけど……。
私は知ってる。本当は、ストロベリーみたいに笑える人だって。
「……俺は、両親を事故で亡くした。十八で襲爵することになるとは、思ってもみなかった。舐められぬよう恐怖の仮面をつけて、いつしかそれが剥がれぬようになっていた」
イシドール様の、昔話。
両親が亡くなったのって、本当だったんだ。
そして恐怖侯爵になってしまった……家を、守っていくために。
「……俺も、欲しかったんだ。あたたかなものが。だから、誰かが手を伸ばしていたら……せめて、届くようにしてやりたいと思った」
それが、イシドール様の優しさの理由……。
きっと、本当は、誰よりも優しくしてほしかったんだろう。
だけど、イシドール様はそれを言える立場じゃなかった。
だから与える側に回った。
じゃあ、誰があなたに優しさを、愛を与えるの?
──そんなの、決まってる。
「私が差し上げます! イシドール様の求める、あたたかなもの……!」
「レディア……」
イシドール様の、初めて見る少し泣きそうな顔に、私は微笑んだ。
「だって私たち……両想いだったんですよね?」
私の言葉に、イシドール様は気が緩んだのか──
一筋、涙が溢れた。
きっと、ずっと、ずーーーーっと我慢していたもの。
ご両親が亡くなっても、ラヴィーナさんが駆け落ちしてしまっても、恐怖の仮面を貼り付けて耐え続けてきたものが、今。
涙を隠すように、机に目を落としたイシドール様を……私は後ろに回って、そっと抱きしめた。
「大好きです……。私、イシドール様に助けられて……結婚できて、本当によかった……!」
私の言葉に、イシドール様からの返事はなかった。
でも、それでいい。
細かく肩を揺らしているだけで……気持ちはもう、十分伝わってる。
そう思った私は、ぎゅっとその背中に腕を回したまま、目を閉じる。
あたたかい。
お互いに求めていたものが今、ここにあるんだって。
そう、思えた。
あ、変な声出た。
え、ちょっと待って。今なんて言った?
私のことを──好き? はい?
頭が追いつかない。ぐるぐるする。
そんな私に、イシドール様はまっすぐ透き通ったアイスブルーの瞳を向けた。
「レディアのことを初めて知ったのは……一年半ほど前になるか」
そう言って、イシドール様は机の引き出しを開けた。
一年半……ラヴィーナさんが駆け落ちした頃よね。私は十六歳だ。
イシドール様が取り出したのは、一枚の栞だった。
淡い紫のスミレが押し花にされた、手作りの──
「これは、その頃に図書館の隅で配布されていた栞だ。“春の花です。誰かの心に陽が射しますように”と、書いてある」
──ん?
なんか聞いたことがあるようなないような。
イシドール様は……目を細めてその栞を見ている。
まるで、愛おしいものでも見つめるように。
「あの頃の俺には、それが沁みた。……世界に見放された気分でいたからな」
ラヴィーナさんが消えた直後に見つけたその栞……もしかして、もしかすると。
「……それ、私が作ったものかもしれません」
「ああ、司書にそう聞いた」
イシドールは微かに笑って、栞を握った。
「その司書に、君の家の事情を少し聞いてしまってな……どうにかできないものかと、悩んでいた」
あの……ただの栞娘に、気を遣いすぎでは?
「レディアは知らなかったかもしれないが……君の両親は、その……君をゴルベリウス商会の総代表の元へ嫁がせるつもりだったようだ」
「……うそ」
ちょっと、血の気が下がる音が聞こえた気がした。
ゴルベリウス商会の総代表というと、お金にものを言わせて、何人も愛人を囲っているようなエロジジイで有名。
私、あんなところに嫁に行かされるところだったの!?
「さすがに憐れと思ってしまってな……。俺はずっと出し渋っていた離婚届を提出し、君の両親に貰い受けたいと旨を話した。条件をゴルベリウスよりも良くすれば、簡単に頷いてくれたよ。あ、すまない。君の両親を」
「いえ……そういう親ですから……」
というか、あのゴルベリウスよりも良条件って……私にいくら使ってくれたんだろう。聞くのが怖い。
「しかし、またラヴィーナの時と同じように、権力で妻を手に入れただけだと思うと、罪悪感があった。だからもし、君に好きな男がいれば、俺の方から手を放すつもりでな。あの家から君を解き放つ……ただ、それだけだった」
どうしよう、泣きそう。
どこまでも優しいんだ、この人は……。
お礼を言わなきゃって思うのに、唇が震えちゃって言葉が出てこない。
そうしているうちに、イシドール様の言葉が重ねられていく。
「だが、君がうちに来てから、この家の空気は変わった。君がシャロットと笑い合うたびに、一生懸命に俺と交流を図ろうとしてくれるたびに──……どんどん、どんどん好きになっていった」
もう、耐えられない。
私の目から、ぽろりと涙が溢れて床に落ちる。
「どうして……そんなに優しいんですか……っ」
イシドール様は、巷で言われているような恐怖侯爵なんかじゃない。
確かに、他の人の前では顔はこわばって、恐く見えるけど……。
私は知ってる。本当は、ストロベリーみたいに笑える人だって。
「……俺は、両親を事故で亡くした。十八で襲爵することになるとは、思ってもみなかった。舐められぬよう恐怖の仮面をつけて、いつしかそれが剥がれぬようになっていた」
イシドール様の、昔話。
両親が亡くなったのって、本当だったんだ。
そして恐怖侯爵になってしまった……家を、守っていくために。
「……俺も、欲しかったんだ。あたたかなものが。だから、誰かが手を伸ばしていたら……せめて、届くようにしてやりたいと思った」
それが、イシドール様の優しさの理由……。
きっと、本当は、誰よりも優しくしてほしかったんだろう。
だけど、イシドール様はそれを言える立場じゃなかった。
だから与える側に回った。
じゃあ、誰があなたに優しさを、愛を与えるの?
──そんなの、決まってる。
「私が差し上げます! イシドール様の求める、あたたかなもの……!」
「レディア……」
イシドール様の、初めて見る少し泣きそうな顔に、私は微笑んだ。
「だって私たち……両想いだったんですよね?」
私の言葉に、イシドール様は気が緩んだのか──
一筋、涙が溢れた。
きっと、ずっと、ずーーーーっと我慢していたもの。
ご両親が亡くなっても、ラヴィーナさんが駆け落ちしてしまっても、恐怖の仮面を貼り付けて耐え続けてきたものが、今。
涙を隠すように、机に目を落としたイシドール様を……私は後ろに回って、そっと抱きしめた。
「大好きです……。私、イシドール様に助けられて……結婚できて、本当によかった……!」
私の言葉に、イシドール様からの返事はなかった。
でも、それでいい。
細かく肩を揺らしているだけで……気持ちはもう、十分伝わってる。
そう思った私は、ぎゅっとその背中に腕を回したまま、目を閉じる。
あたたかい。
お互いに求めていたものが今、ここにあるんだって。
そう、思えた。
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