後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす

絹乃

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四章 猛毒草

12、答えにたどりついた

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「どうしたんですか? 翠鈴姐ツイリンジェ。私、まだあの侍女のことを許してないんですけど」
「うん、それはいい。ありがとうね、わたしのために怒ってくれて」

 肩をいからせていた胡玲フーリンだが。大好きな翠鈴からの感謝の言葉に、表情を緩めた。

「翠鈴姐は、もっと言い返してもいいんです」
「そうね。でも、胡玲がわたしの代わりに怒ってくれるでしょ。それで充分よ」

 翠鈴の言葉は、冬の果ての春から吹く風だ。
 ほわっと、胡玲の表情が緩む。

 二十歳の大人で、賢くてしっかりしている胡玲なのに。ふと、少女の彼女が姿を見せた。
 ぎゅっと翠鈴の手を握って離さない。

 後宮のある杷京はきょうは、冬のさなかだ。道の端の霜柱も、まだ溶けきっていない。
 それでも胡玲の笑みには、温かさが宿っている。翠鈴との思い出の春を、まとっている。

「あの宦官のことだけど」

 翠鈴は、胡玲に手をつながれたままで話を進めた。

呉正鳴ウージョンミンのことですね」
「うん。昨日、嘔吐したでしょ」

 昨日、翠鈴が医局を訪れたとき。微かにえた臭いがしていた。
 嘔吐ならば食中毒か。胃腸炎か。それとも貧血か。
 だが、どの症状も暴れまわるほどの力は出せない。

「あえて吐かせたの?」
「いえ。強烈な吐き気が続いていたようです。それから腹痛を訴えていました。胃腸炎のようでもありましたが」

 胡玲も症状から、一度は胃腸炎を疑ったようだ。
 今の彼女は、医官の顔を取り戻している。

 翠鈴からも手を離して、呉正鳴の状態を教えてくれた。

「胡玲。蔡昭媛ツァイしょうえんに、もう薬を渡した?」
「いえ。気虚ききょの薬ですよね。これから調合します」

 しまった。

 翠鈴は踵を返した。
 ほんの少しの隙間を、見逃しはしないだろう。

 いや、むしろ好機か。人目のないところを選ばれるよりも、ここは医局。医師も医官も揃っている。
 すぐに対処ができる。

 医局の中から叫ぶ声が聞こえた。

 翠鈴と胡玲は、医局の中に飛び込んだ。
 すでに医師や他の医官も、集まっている。呉正鳴が横たわる寝台の周りに。

「何をしているんだ」

 医師が、范敬ファンジンの肩を掴んだ。
 床に、小さな壺が転がっている。そして小さく刻まれたものが散乱していた。白茶のかけらと、緑の葉だ。

「呉正鳴にお薬をあげるのだと、そう彼女が申したので」

 びくびくした様子で、蔡昭媛が説明する。

「とてもよく効く薬だと……」
「そう」

 翠鈴は感情のこもらない、平坦な声で返した。
 しゃがんで、床に散乱しているものを拾う。いや、拾おうとして手を止めた。

「胡玲。いらない箸かなにか、貸してちょうだい。使い捨てになるけれど」

 それが何を意味するのか、分かったのだろう。胡玲は「毒ですか」と尋ねてきた。
 さすがに話が早い。

「見て。これは根茎。筍に似た節があるわ。でも筍ほどには太くはない」

 翠鈴は箸で、小さく切られた根茎を拾いあげた。
 次に、緑の葉や茎の部分をつまむ。
 香りをかぐ。においはない。

 胡玲も心得たもので、決して素手で触れようとはしない。
 なのに。范敬が「すぐに片づけますから」と、両手で落ちたものを集めようとする。

「やめなさい! 死にたいの?」

 翠鈴の声が響いた。鋭く、張りつめた声だ。

「な、なにを」

 范敬は壺を拾って、なおも床に手を伸ばす。

「愚かなことを。あなたが生きていられるのは、たまたま運がよかっただけよ」
「どういうことですか? お薬ではないの?」

 范敬の代わりに問うたのは、蔡昭媛だった。

 自分の主が気鬱になるまで、追い詰めた宦官が床に伏せっている。それなのに、侍女はその宦官にお手製の薬を与えようとする。

 侍女が呉正鳴を慕っている風でもない。
 むしろ、ひどく具合が悪い様子を見ても、心配する様子もない。

 分かった。
 翠鈴は答えにたどりついた。
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