氷鬼司のあやかし退治

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
35 / 42
大天狗

氷鬼先輩と大天狗

しおりを挟む
 翔の言葉に司は、不安そうに眉を下げる。
 凛も、「無理無理!!」と、湊に抱き着いた。

 兄の存在は二人にとって大きかったらしく、不安な空気が詩織にも流れ込む。

(不安、なのは当然だ。大天狗は、話だけでもすごい強いのはわかる。二人だけで勝てるのかわからない。天才と言われ、実力が高くても、怖いものは、こわいよ……)

 服をつかみ、詩織も不安そうに顔を下げる。

(怖い、戦いたくない。でも、戦わないといけない。私も、その覚悟でここまで来たんだ)

 詩織は、唇をかみ、眉を吊り上げ顔を上げた。
 司たちに近付き、顔をのぞかせた。

「司先輩、行きましょう」

 詩織の黒いひとみに迷いはない。
 司と凛の強さをうたがっておらず、自分も絶対に役に立ってやるという決意が見えた。

 ここで、自分が不安に思っている訳にもいかない。そう思い、自分を振るい立たせ司は立ちあがった。

「詩織、ごめん。もう大丈夫だよ、ありがとう」

「はい」

 二人が気合を入れ直していると、凛も不安に思いながらも湊に頭をなでられ、気合を入れ直す。
 こぶしを作り、湊からはなれた。

 司を先頭に歩き出した三人。後ろで翔と湊はほほ笑み、安心したようについて行く。

「強くなったな」

「そうみたいだね」

 自分の弟と妹がたくましくなって行く姿を見ることができ、嬉しい反面寂しい気持ちもあり、複雑な感情を二人は抱えてしまった。

 ※

 森の奥に行くと、徐々に辺りが暗くなる。
 周りに立ち並ぶ木が太陽をさえぎり、足元が危なくなる。

 司は詩織の手をにぎり、気を付けながら歩いていると、不穏ふおんな気配を感じ全員立ち止まった。

「――――あっちから来たかもしれないね」

「そうだね」

 司と凛は、周りを意識する。
 翔と湊も周りを見回し始めた。

(なんか、肌がぞわぞわする。寒気というか。なんか、寒い……)

 周りから冷たい空気が流れ、詩織は腕をさする。
 顔を真っ青にし、詩織はにぎってくれている司の手を強くにぎり返した。

「――――来た!!」

 司の声で全員、上空を見る。
 そこには、カラス天狗の倍以上はある体の男性が、しゃくじょうを手に皆を見下ろしていた。

 黒いくちばしのマスク、黒い腰まで長い髪、黒いひとみ
 全身が黒で埋め尽くされているあやかし、大天狗が三人の前にとうとう現れた。

 バサッと、大きな黒いつばさを広げ、シャランとしゃくじょうを鳴らす。
 それだけでその場の空気が変わり、ズシンと重くなる。

 なれている司や凛ですら体を動かすことが出来ず、詩織は立っていることすら出来ない。
 その場で膝を突き、倒れてしまった。

「近くにいるだけで、この圧か…………」

「すさまじいねぇ…………」

 膝に手を置き、湊と翔は詩織を守るように立つ。

 四人が警戒態勢けいかいたいせいを作る。
 すると、ずっと何も言わなかった大天狗が口を開いた。

『なに用だ、人の子よ』

 地をうような低い声が辺りにひびいた。
 耳がビリビリとしびれ、詩織は思わず耳をふさいだ。

「――――カラス天狗が今、人の町をあらしていると聞いた。だから、僕達退治屋がその元凶を探し、対処することになったんだ。なにか、心当たりはある?」

(えっ、そこまで言っちゃうの!?)

 圧に負けず、司は正直に言った。
 詩織はおどろき、大天狗を見上げた。

『そうか。カラス天狗が手荒てあらなことをしたらしい。それについてはすまない』

 大天狗が素直にあやまった。
 凛は大天狗の反応に一瞬、気をゆるめかけた。だが、次の言葉で体に冷たい何かが流れ、気を引き締め直す。

『だが、理由は今、わかった』

 そう言った黒いひとみの先には、怯えている詩織の姿。
 視線を向けられただけで詩織は、顔を真っ青にして体を大きくふるわせた。

「やっぱり、鬼の血が目的?」

『カラス天狗からの報告では聞いていたな。鬼の血を持つ少女か』

「やっぱり、聞いていたんだ。でも、残念。聞いたところで意味は無いよ。絶対に、渡さない」

『それでも構わん』

 淡々とした口調にも関わらず、相手を威圧するような声。
 司も凛も瞬時にお札を取り出し、自身達の式神を出した。

「出ろ、ヒョウリ!」

「お願い! 輪入道わにゅうどう!!」

 二人は自身が持っている一番強い式神を出した。

「ひっ!!」

「え?」

 輪入道わにゅうどうに詩織は一度、屋上でおそわれている。
 その記憶がよみがえり、小さな悲鳴を上げてしまった。

 まさか、式神を出しただけで怯えられるとは思わず、凛は詩織を見た。

「詩織、大丈夫。あれは凛の式神の輪入道わにゅうどうだからおそい掛かってこないよ」

「は、はい…………」

 なぜ詩織が怖がってしまったのか瞬時に理解した司は、簡単に説明する。
 凛もなんとなく理解して、大天狗に向き直した。

『――――ほう。輪入道わにゅうどうと雪女か。いいのを持っているな』

 大天狗は二人の式神を見て、少しいぶかしげに眉を顰めたが、すぐに歓喜の声を上げる。
 そんな声など気にせず、司はかばんに入れていた狐面を顔につけた。

「あ、あの狐面」

「ヒョウリを使うときはやっぱり、あの狐面は必須だよな」

 詩織のとなりで司たちの戦いを見守ろうと、翔が移動する。
 湊は二人の視界をふさがない程度に前に立ち、いつでも動けるようにした。

『ほう。私に歯向かう気か、人の子』

「当たり前でしょ。じゃなかったらここまで来ないわよ」

「凛の言う通りですよ。ここまで来たのですから、目的は達成しないといけません」

(司先輩の口調が、変わった。ここから、本気を出す気なんだ)

 詩織が眉を吊り上げ司たちの戦闘を見守ろうとした時、翔と湊がげんなりとした声を上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

大人にナイショの秘密基地

湖ノ上茶屋
児童書・童話
ある日届いた不思議な封筒。それは、子ども専用ホテルの招待状だった。このことを大人にナイショにして、十時までに眠れば、そのホテルへ行けるという。ぼくは言われたとおりに寝てみた。すると、どういうわけか、本当にホテルについた!ぼくはチェックインしたときに渡された鍵――ピィピィや友だちと夜な夜な遊んでいるうちに、とんでもないことに巻き込まれたことに気づいて――!

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...