28 / 87
第28話【最低な男】
しおりを挟む喫茶店で幸と会ってから、三日が過ぎていた。
圭吾は、これまでの幸の従順な態度から、今回も素直に自分の言葉に従うだろうと信じて疑わなかった。
マンションに荷物を戻し、自分が来るのを大人しく待っている――そう思い込んでいた。
その日、圭吾は会議を早めに切り上げ、就業時間を待たずにオフィスを出る。
幸が待つであろうマンションへ、口元に薄ら笑みを浮かべながら帰宅した。
玄関の鍵を開け、部屋に足を踏み入れる。
しかし、室内はしんと静まり返り、物音ひとつしない。
――出かけているのか。
一瞬そう考えた圭吾だったが、念のため幸の荷物があるかを確かめようと、寝室へと足を向けた。
「……どういうことだ」
圭吾は低く呟いた。
部屋のどこを見ても、幸の荷物はない。
クローゼットの中も、空っぽだ。
――まさか、戻ってきていないのか。
瞬時に、圭吾の顔が怒りで真っ赤に染まる。
拳を握る手が震え、ポケットから携帯を乱暴に取り出す。
そして、苛立ちを隠そうともせず、片桐秘書に電話をかけた。
「探偵事務所に連絡しろ。幸が今どこにいるのか、すぐに調べさせろ」
それだけ言い捨てると、返事を待つこともなく通話を切った。
翌日の午後、圭吾のもとに、探偵事務所から報告が入った。
圭吾は手元の書類から顔を上げ、そばに立つ片桐秘書へと視線を向ける。
「それで――見つかったのか?」
低く抑えた声に、片桐は一瞬ためらい、圭吾の鋭い眼差しから逃れるように、
ファックスで送られてきた報告書へと視線を移した。
「……現在のところ、友人宅にもおられず、ご実家にも戻られていないようです。西村さんの足取りは、
いまだ掴めておりません」
圭吾の眉がぴくりと動く。
「監視カメラは? マンションの出入り口には防犯カメラがあったはずだ」
「確認したとのことです。三日前の昼過ぎ、キャリーバッグを持って出る姿が映っていたそうですが……その後の行方は不明との報告でした。タクシー会社にも照会したようですが、該当する乗車記録も見つかっていないようです」
報告を聞くうちに、圭吾の表情がみるみる険しくなっていく。
デスクの上で指先が、一定のリズムもなくカタカタと音を立てた。
そのたびに、片桐の背筋がわずかに強張る。
「……つまり、何の手掛かりも掴めていないということか」
圭吾の声は低く、冷え切っていた。
「は、はい……。ただ、どこかに身を隠している可能性が高い、との報告です」
片桐はおそるおそる言葉を続けた。
「そんなことは分かっている!」
圭吾の怒声が室内に響いた。
片桐は、身をすくませ沈黙する。
幸が自分に逆らうなど、考えたこともなかった。
素直で、反抗することを知らない女――その幸が、完全に姿を消した。
圭吾は額に手を当て、苛立たしげに言葉を吐く。
「……どんな手を使っても構わない。必ず見つけろ」
最後にそう言い放つと、圭吾はデスクを強く叩いた。
その音に片桐がびくりと肩を揺らす。
自分から幸を手放すならまだしも、彼女のほうから離れていくなど、男としてのプライドが許さなかった。
冷静な顔の裏で、怒りと執着を隠しきれない圭吾の横顔を見つめながら、片桐は胸の奥で思う。
――人として、この男は最低だ。
もし可能であれば、今すぐにでもこの会社を辞めたい。
でも、この男の支配から逃れようとすれば、自分も彼女と同じように執着されるのだろうか――。
片桐は無言のまま視線を落とし、探偵事務所へと電話をかけた。
526
あなたにおすすめの小説
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる