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第29話【水沢匠】
しおりを挟む週末がやってきた。
今日は、結婚相手候補との顔合わせの日。
とはいえ、西園寺邸で昼食をともにするだけの、ささやかな顔合わせだった。
格式を重んじる西園寺家にしては珍しく、形式にはこだわっていない。
それは――幸が生理的に受け入れられない相手であれば、相手に失礼のないよう、
穏やかに断れるようにとの配慮だった。
幸は、メイドの良子に手伝ってもらいながら、身支度を整えていく。
装いは、柔らかな印象の上品なワンピース。
昼食の場にふさわしく、華美すぎず、それでいて清楚な雰囲気を纏っていた。
幸がリビングに案内されると、すでに相手の男性は席に着いていた。
肩幅が広く、無駄のない体つき。
背筋の伸びたその姿には自然と目を引くものがある。
整った顔立ちは、柔らかさよりも冷ややかな静けさが勝っており、どこか近寄りがたいオーラを放っていた。
視線が合った瞬間、幸は息を呑む。
笑顔一つ見せていないのに、整った顔立ちと落ち着いた雰囲気に、なぜか心を掴まれる。
初対面でありながら、自然と目が離せなくなる――そんな男性だった。
皆が席に着くと、使用人が静かにワインと前菜を運んできた。
テーブルの上には、磨き上げられたナイフとフォークが並び、昼食の時間が始まる。
祖母の文が、穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「では、改めてご紹介しますね。こちらが、私の孫の幸です」
幸は背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げる。
「西村幸と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
声はわずかに緊張を含んでいたが、丁寧な挨拶に、文も満足げにうなずく。
文は、次に相手の男性へと目を向けた。
「こちらが――水沢ホールディングスの水沢匠さん。お祖父様同士が昔からの知り合いでね、
それがご縁で今回のお話をいただいたの」
匠は静かに立ち上がり、
「水沢匠と申します。お招きいただき、ありがとうございます」
そして、軽く会釈をする。
低く落ち着いた声。
その響きには、年齢以上の重みと確かな自信が滲んでいた。
仕草の一つひとつにも、育ちの良さと理知的な印象が宿っている。
幸は、グラスを持つ手をわずかに強ばらせながら、彼を見つめた。
外見だけなら、圭吾も誰もが認める整った顔立ちの男だ。
けれど、この水沢匠という男性と比べると、圭吾が霞んでしまう。
――放たれる空気が、まるで違う。
匠からは、どっしりとした落ち着きと静かな威厳が漂っていた。
――だけど、内面はどうなんだろう。
――圭吾みたいに、非情で支配的な人なのか。
そんな思考を遮るように、文が柔らかく微笑み口を開く。
「とりあえず、まずはお食事を楽しみましょう。お二人とも、気兼ねなくね」
その一言で、張りつめていた空気がふっと和らぐ。
銀のナイフとフォークが静かに触れ合う音が響き、穏やかな会食が始まった。
やがて、勝造と匠は自然とビジネスの話題に移り、幸はそれを静かに聞きながら、口を動かしていた。
そんな中、匠がふと姿勢を正し、落ち着いた声で口を開く。
「都内で、IT・テクノロジー系の会社を設立しようかと考えているんです」
その言葉に、幸の手が止まった。
実は、幸も、IT・テクノロジー系の会社を立ち上げ、圭吾と対立しようと考えていたのだ。
しかし、会社を立ち上げるには時間がかかるうえに、圭吾に邪魔される可能性も十分にある。
そのため、自分で立ち上げるのはやめて、黒田ホールディングスに対抗できる企業を、
祖父に紹介してもらうのも一つの手だと考えていたところだった。
――水沢ホールディングス。
勝造と匠の会話から、海外を拠点に展開している会社であることがわかる。
さらに、黒田ホールディングスと力関係に大差がないことも明らかだった。
黒田ホールディングスの干渉を受けない、水沢ホールディングスなら、私を雇用してもらえるかもしれない。
匠を見つめながら、幸はそんなことを考えていた。
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