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第28話【最低な男】
しおりを挟む喫茶店で幸と会ってから、三日が過ぎていた。
圭吾は、これまでの幸の従順な態度から、今回も素直に自分の言葉に従うだろうと信じて疑わなかった。
マンションに荷物を戻し、自分が来るのを大人しく待っている――そう思い込んでいた。
その日、圭吾は会議を早めに切り上げ、就業時間を待たずにオフィスを出る。
幸が待つであろうマンションへ、口元に薄ら笑みを浮かべながら帰宅した。
玄関の鍵を開け、部屋に足を踏み入れる。
しかし、室内はしんと静まり返り、物音ひとつしない。
――出かけているのか。
一瞬そう考えた圭吾だったが、念のため幸の荷物があるかを確かめようと、寝室へと足を向けた。
「……どういうことだ」
圭吾は低く呟いた。
部屋のどこを見ても、幸の荷物はない。
クローゼットの中も、空っぽだ。
――まさか、戻ってきていないのか。
瞬時に、圭吾の顔が怒りで真っ赤に染まる。
拳を握る手が震え、ポケットから携帯を乱暴に取り出す。
そして、苛立ちを隠そうともせず、片桐秘書に電話をかけた。
「探偵事務所に連絡しろ。幸が今どこにいるのか、すぐに調べさせろ」
それだけ言い捨てると、返事を待つこともなく通話を切った。
翌日の午後、圭吾のもとに、探偵事務所から報告が入った。
圭吾は手元の書類から顔を上げ、そばに立つ片桐秘書へと視線を向ける。
「それで――見つかったのか?」
低く抑えた声に、片桐は一瞬ためらい、圭吾の鋭い眼差しから逃れるように、
ファックスで送られてきた報告書へと視線を移した。
「……現在のところ、友人宅にもおられず、ご実家にも戻られていないようです。西村さんの足取りは、
いまだ掴めておりません」
圭吾の眉がぴくりと動く。
「監視カメラは? マンションの出入り口には防犯カメラがあったはずだ」
「確認したとのことです。三日前の昼過ぎ、キャリーバッグを持って出る姿が映っていたそうですが……その後の行方は不明との報告でした。タクシー会社にも照会したようですが、該当する乗車記録も見つかっていないようです」
報告を聞くうちに、圭吾の表情がみるみる険しくなっていく。
デスクの上で指先が、一定のリズムもなくカタカタと音を立てた。
そのたびに、片桐の背筋がわずかに強張る。
「……つまり、何の手掛かりも掴めていないということか」
圭吾の声は低く、冷え切っていた。
「は、はい……。ただ、どこかに身を隠している可能性が高い、との報告です」
片桐はおそるおそる言葉を続けた。
「そんなことは分かっている!」
圭吾の怒声が室内に響いた。
片桐は、身をすくませ沈黙する。
幸が自分に逆らうなど、考えたこともなかった。
素直で、反抗することを知らない女――その幸が、完全に姿を消した。
圭吾は額に手を当て、苛立たしげに言葉を吐く。
「……どんな手を使っても構わない。必ず見つけろ」
最後にそう言い放つと、圭吾はデスクを強く叩いた。
その音に片桐がびくりと肩を揺らす。
自分から幸を手放すならまだしも、彼女のほうから離れていくなど、男としてのプライドが許さなかった。
冷静な顔の裏で、怒りと執着を隠しきれない圭吾の横顔を見つめながら、片桐は胸の奥で思う。
――人として、この男は最低だ。
もし可能であれば、今すぐにでもこの会社を辞めたい。
でも、この男の支配から逃れようとすれば、自分も彼女と同じように執着されるのだろうか――。
片桐は無言のまま視線を落とし、探偵事務所へと電話をかけた。
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