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第27話【庶民の意地】
しおりを挟む幸は部屋へと案内された。
扉が開いた瞬間、思わず足を止める。
目の前に広がっていたのは、まるで高級ホテルのような空間だった。
天井にはシャンデリアが輝き、壁は淡いアイボリーで統一されている。
窓際にはレースとベルベットの二重カーテン、奥にはキングサイズのベッドと、
上質なソファセットまで備えられていた。
室内に漂うのは、ほんのりとした甘い香り。
どこを見ても“西園寺家の格式”が感じられる。
「幸ちゃん、必要な物があったら遠慮なく言うのよ。すぐに用意させるから。
それと、このカードで欲しい物は買いなさいね」
文は、微笑みながら一枚のカードを手渡した。
手のひらに載せられたカードを見て、幸は思わず目を見張る。
それは、一般の人ではまず持つことのできないブラックカードだった。
「お祖母様、自分の物は自分で買いますから、大丈夫です」
幸は慌ててカードを返そうとする。
しかし、文は静かに微笑み、首を横に振った。
「幸ちゃん、今日からあなたは西園寺家の一員なのよ。
身なりも持ち物も、この家の名にふさわしいものを身に着けなきゃいけないの。
だから、いいと思うものは値段を気にせず買いなさい。それが――西園寺家の品格を守るということよ」
文の声音は穏やかでありながら、どこか有無を言わせぬ気品を帯びていた。
幸は小さく頷き、
「わかりました。使わせていただきます。ありがとうございます」
カードを握りしめる。
「あとでメイドの良子さんに、温かい飲み物を用意させるわね。
なにかあれば、いつでも良子さんを呼んで頼んでちょうだい。――それじゃあ、今日はゆっくりお休みなさい」
微笑みを残して、文は部屋を後にした。
扉が閉まると同時に、幸は「ふぅ」と小さく息を吐き、肩の力を抜いた。
握りしめていた手を緩め、手のひらの上にあるブラックカードを見つめる。
重圧を感じるカードを見つめながら、綾乃が口にした“縛り”という言葉の意味が、
少しだけ――わかったような気がした。
とはいっても、もう引き返せない。
西園寺家の孫として生きると決めたのだから、前に進むしかない。
取りあえず、心配しているであろう洋子に連絡することに。
幸は、鞄から携帯を取り出し、彼女に電話をかけた。
二回目のコールで、洋子が電話に出る。
「もしも――」言いかけたところで、
「幸、どうなったの? 心配してたんだけど」
洋子の言葉に遮られた。
幸は、文が自分の祖母だったこと、母親同士が従姉妹の関係で、自分と洋子が又従姉妹にあたることを伝えた。
すると、電話の向こうで洋子が驚きの声をあげる。
「えっ!? ということは、幸が、あの西園寺財閥総師の孫ってことなの?」
「どうも、そうらしいの」
「そうか……。だからママが“綾乃ママに相談しなさい”って言ってたんだ。
ということは、ママ同士は分かってたってことよね」
「そうみたい。知らなかったのは、洋子と私だけで、お兄ちゃんも今は苗字が変わって、
西園寺俊一になってるみたい」
「そうなんだ……。でもそれなら、もうあのクズ男の言いなりにならなくても大丈夫ってことだよね」
「それはそうなんだけど……お祖父様が気に入った相手とお見合いしなきゃいけなくなって……」
「えっ!? それって、政略結婚じゃないの?」
「そうなのかな。でも、相手が生理的に無理なら断ってもいいって、お祖母様が言ってて」
「えー、それなら良かったじゃない。だってお祖父様が紹介する相手って、みんなハイスペックでしょ?
気に入らなければ断ればいいし、選び放題でいいじゃない」
――選び放題って。
前向きな洋子の意見に、幸から思わず笑みがこぼれる。
確かに、その考え方は楽観的で救われる。
だけど――。
圭吾の件で、男というものに懲りていた幸は、少なからず男性不信に陥っていた。
そのため、お見合いをしても心が動くとは思えなかった。
「まぁ、お見合いの件はおいといて……西園寺財閥の孫だってことは、
圭吾にはしばらく隠しておこうかと思ってるの」
「えっ? どうして?」
「権力で懲らしめるんじゃなくて、実力で圭吾に勝って懲らしめたいの。
そのためには、一般庶民のふりをしなきゃね」
「なにか、策はあるの?」
「一応、考えてるのがあるんだけど……まぁ、もう少し策を練ってみる。それよりも、明日、荷物取りに行くね」
「明日は仕事だから、勝手に持っていって」
「わかった。いつもありがとうね。また連絡する。おやすみ」
幸はそう言って通話を終えた。
通話を終えた幸の心には、権力を振りかざした圭吾に、庶民の意地と底力を思い知らせたいという
静かな炎が燃えていた。
権力ではなく、自分の力で――圭吾を懲らしめる。
幸は、携帯をギュッと握りしめた。
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