クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

文字の大きさ
29 / 73

第29話【水沢匠】

しおりを挟む

 週末がやってきた。

 今日は、結婚相手候補との顔合わせの日。

 とはいえ、西園寺邸で昼食をともにするだけの、ささやかな顔合わせだった。

 格式を重んじる西園寺家にしては珍しく、形式にはこだわっていない。

 それは――幸が生理的に受け入れられない相手であれば、相手に失礼のないよう、
 穏やかに断れるようにとの配慮だった。

 幸は、メイドの良子に手伝ってもらいながら、身支度を整えていく。

 装いは、柔らかな印象の上品なワンピース。
 昼食の場にふさわしく、華美すぎず、それでいて清楚な雰囲気を纏っていた。

 幸がリビングに案内されると、すでに相手の男性は席に着いていた。

 肩幅が広く、無駄のない体つき。
 背筋の伸びたその姿には自然と目を引くものがある。

 整った顔立ちは、柔らかさよりも冷ややかな静けさが勝っており、どこか近寄りがたいオーラを放っていた。

 視線が合った瞬間、幸は息を呑む。

 笑顔一つ見せていないのに、整った顔立ちと落ち着いた雰囲気に、なぜか心を掴まれる。

 初対面でありながら、自然と目が離せなくなる――そんな男性だった。

 皆が席に着くと、使用人が静かにワインと前菜を運んできた。

 テーブルの上には、磨き上げられたナイフとフォークが並び、昼食の時間が始まる。

 祖母の文が、穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

「では、改めてご紹介しますね。こちらが、私の孫の幸です」

 幸は背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げる。

「西村幸と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

 声はわずかに緊張を含んでいたが、丁寧な挨拶に、文も満足げにうなずく。

 文は、次に相手の男性へと目を向けた。

「こちらが――水沢ホールディングスの水沢匠さん。お祖父様同士が昔からの知り合いでね、
 それがご縁で今回のお話をいただいたの」

 匠は静かに立ち上がり、

「水沢匠と申します。お招きいただき、ありがとうございます」

 そして、軽く会釈をする。

 低く落ち着いた声。
 その響きには、年齢以上の重みと確かな自信が滲んでいた。

 仕草の一つひとつにも、育ちの良さと理知的な印象が宿っている。

 幸は、グラスを持つ手をわずかに強ばらせながら、彼を見つめた。

 外見だけなら、圭吾も誰もが認める整った顔立ちの男だ。
 けれど、この水沢匠という男性と比べると、圭吾が霞んでしまう。

 ――放たれる空気が、まるで違う。

 匠からは、どっしりとした落ち着きと静かな威厳が漂っていた。

 ――だけど、内面はどうなんだろう。

 ――圭吾みたいに、非情で支配的な人なのか。

 そんな思考を遮るように、文が柔らかく微笑み口を開く。

「とりあえず、まずはお食事を楽しみましょう。お二人とも、気兼ねなくね」

 その一言で、張りつめていた空気がふっと和らぐ。

 銀のナイフとフォークが静かに触れ合う音が響き、穏やかな会食が始まった。

 やがて、勝造と匠は自然とビジネスの話題に移り、幸はそれを静かに聞きながら、口を動かしていた。

 そんな中、匠がふと姿勢を正し、落ち着いた声で口を開く。

「都内で、IT・テクノロジー系の会社を設立しようかと考えているんです」

 その言葉に、幸の手が止まった。

 実は、幸も、IT・テクノロジー系の会社を立ち上げ、圭吾と対立しようと考えていたのだ。

 しかし、会社を立ち上げるには時間がかかるうえに、圭吾に邪魔される可能性も十分にある。

 そのため、自分で立ち上げるのはやめて、黒田ホールディングスに対抗できる企業を、
 祖父に紹介してもらうのも一つの手だと考えていたところだった。

 ――水沢ホールディングス。

 勝造と匠の会話から、海外を拠点に展開している会社であることがわかる。

 さらに、黒田ホールディングスと力関係に大差がないことも明らかだった。

 黒田ホールディングスの干渉を受けない、水沢ホールディングスなら、私を雇用してもらえるかもしれない。

 匠を見つめながら、幸はそんなことを考えていた。

しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

姉の婚約者を奪おうとする妹は、魅了が失敗する理由にまだ気付かない

柚木ゆず
恋愛
「お姉ちゃん。今日からシュヴァリエ様は、わたしのものよ」  いつも私を大好きだと言って慕ってくれる、優しい妹ソフィー。その姿は世間体を良くするための作り物で、本性は正反対だった。実際は欲しいと思ったものは何でも手に入れたくなる性格で、私から婚約者を奪うために『魅了』というものをかけてしまったようです……。  でも、あれ?  シュヴァリエ様は引き続き私に優しくしてくださって、私を誰よりも愛していると仰ってくださいます。  ソフィーに魅了されてしまったようには、思えないのですが……?

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。

今さら泣きついても遅いので、どうかお静かに。

有賀冬馬
恋愛
「平民のくせに」「トロくて邪魔だ」──そう言われ続けてきた王宮の雑用係。地味で目立たない私のことなんて、誰も気にかけなかった。 特に伯爵令嬢のルナは、私の幸せを邪魔することばかり考えていた。 けれど、ある夜、怪我をした青年を助けたことで、私の運命は大きく動き出す。 彼の正体は、なんとこの国の若き国王陛下! 「君は私の光だ」と、陛下は私を誰よりも大切にしてくれる。 私を虐げ、利用した貴族たちは、今、悔し涙を流している。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

【完結】最後に貴方と。

たろ
恋愛
わたしの余命はあと半年。 貴方のために出来ることをしてわたしは死んでいきたい。 ただそれだけ。 愛する婚約者には好きな人がいる。二人のためにわたしは悪女になりこの世を去ろうと思います。 ◆病名がハッキリと出てしまいます。辛いと思われる方は読まないことをお勧めします ◆悲しい切ない話です。

処理中です...