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第62話【祝福】
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自宅マンションに戻った二人は、それぞれ自室へと向かい、シャワーを浴びて身支度を整える。
ホテルでのディナーということもあり、幸はいつもより少しだけお洒落をしてみた。
着ていく服に選んだのは、柔らかな照明によく映える深いワインカラーのワンピース。
胸元には、過度に主張しない一粒パールのネックレス。
イヤリングも同じパールを合わせ、さりげなく統一感を持たせてみた。
そして今夜は、髪をまとめず、緩やかに揺れるカールで柔らかい印象に。
メイクはいつもより大人っぽく整え、仕上げにローズの口紅をひいた。
「これで、いいかな……」
鏡の前で、最終チェックをする。
そして、時間を確かめると、幸は小さく深呼吸をして玄関へと向かった。
その足取りは、自然と軽い。
匠と出かけると思うだけで、幸の胸の奥はじんわりと嬉しさで満たされていく。
玄関から出ると、ちょうど匠も出てくるところだった。
落ち着いたダークグレーのスーツに白いシャツ。
そして胸元には、深いワインカラーのネクタイが品よく結ばれている。
そのネクタイの色が、幸のワンピースと同じ色味だった。
まるで、ふたりで合わせたかのようなコーディネートに、なんとなく気恥ずかしくなってしまう。
自分がそう感じるのだから、彼も同じ気持ちなのでは――と、つい考えてしまう。
けれど匠は、気にする様子もなく、
「今日も、綺麗だね」
と、幸が喜ぶ言葉を口にした。
海外で仕事をしていたからなのだろうか。
照れることもなく、匠はいつでもまっすぐに褒めてくる。
幸は、頬が熱くなるのを感じた。
匠に褒められるのは、何度目でも慣れない。
「……ありがとうございます」
できるだけ平静を装って返したつもりなのに、声がわずかに震えているのが自分でも分かった。
そんな幸を見つめる匠の眼差しも、自然と柔らかくなる。
「それじゃ、行こうか」
匠に促され、二人は並んで歩きだした。
*****
匠が予約したホテルは、西園寺家が所有する最高級のホテルだった。
二人一緒にレストランに入ると、黒服のスタッフがすぐに気づき、窓際のVIP席へと案内してくれた。
落ち着いた照明に、お花で彩られたテーブル。
静かな空気が漂い、特別な空間が演出されている。
高台にあるホテルから見下ろす夜景は、まるで宝石を敷き詰めたようにきらめいていて、幸は息をのむ。
「すごい……綺麗……」
窓の外に視線を奪われた幸がつぶやくと、穏やかな声で、
「気に入ってもらえてよかった」
と、匠が口を開いた。
喜ばせようと思って連れてきてくれたのだと、なんとなく伝わってくる。
そのさりげない優しさに、幸の胸はまた温かさで満たされていく。
料理が次々と運ばれて、静かで心地よい時間が流れる。
幸は、美しい盛りつけに目を輝かせながら一口ずつ味わい、匠はそんな幸を柔らかな眼差しで見守った。
食事を終えるころには、窓の外の夜景がさらに深い色に染まる。
スタッフが食器を下げ、後は、デザートを残すのみになった。
そのタイミングで、黒服のスタッフが大きな花束を抱えて近づいてきた。
そして、その花束を匠に手渡す。
匠は花束を受け取ると、姿勢を正し、スーツのポケットから小さなケースを取り出した。
大きな花束に、小さな箱。
匠の表情は、驚くほど真剣だ。
――まさか、これは……。
幸の胸が、期待で大きく膨らむ。
匠は椅子から立ち上がり、花束を片腕に抱えたまま、幸のそばへと歩み寄る。
そして、小さなケースを静かに開いた。
照明を受けて輝く指輪が現れた瞬間、幸は息をすることすら忘れてしまう。
「幸」
名前を呼ぶ匠の声が、心に響く。
そして――
「俺と――結婚してほしい」
まっすぐで、飾り気のない言葉が幸の鼓膜を震わせた。
差し出された大きな花束。
その奥で、匠の真剣な瞳が幸を見つめている。
「これからの人生を、君と一緒に過ごしたい」
その言葉に、胸の奥が一気に熱くなり、視界がじわりと涙で滲む。
「……よろしくお願いします」
震える声で返事をし、幸は迷わず花束を受け取った。
その瞬間、周囲で見ていた人たちから小さな歓声が上がり、黒服のスタッフが、
“おめでとう” の文字をかたどった蝋燭が灯された大きなホールケーキを運んできた。
匠はケースから指輪を取り出し、幸の左手の薬指にはめる。
繊細で上品なデザインの指輪は、幸の指にぴたりとはまり、美しい輝きを放つ。
プロポーズが成功すると、匠の合図でスタッフたちが一斉に動き出した。
ほどなくして、レストランにいるすべての客とスタッフへ、綺麗に切り分けられたケーキと飲み物が振る舞われた。
匠のさりげない気遣いに、この場にいる誰もが笑顔を浮かべ、穏やかな祝福の空気に包まれる。
幸もまた、光り輝く指輪を見つめながら、胸いっぱいに幸福が広がっていくのを感じていた。
*****
幸に対する第一印象は、決して悪くなかった。
それどころか、言葉を交わせば交わすほど、彼女と過ごす時間は心地よく、楽しいものだった。
そして――
幸が自分にすべてを話してくれた、あの日。
匠は、その瞬間から”幸と結婚する”と心に決めた。
だからこそ、ホテルを前もって予約し、指輪も有名デザイナーに特別注文していた。
しかし、まだ知り合って日が浅いことや、幸が受け入れてくれるかどうかを考えると、
――やはり急ぎすぎではないか。
そんな迷いがよぎった瞬間もあった。
しかし、幸の計画を聞いたとき、その迷いは霧が晴れるように消えていった。
むしろ早く婚約したほうが、彼女の立場を守れる――匠はそう確信したのだ。
薬指の指輪を見つめながら、嬉しさを隠しきれず微笑む幸。
その姿を、匠はただ穏やかな眼差しで見つめていた。
ホテルでのディナーということもあり、幸はいつもより少しだけお洒落をしてみた。
着ていく服に選んだのは、柔らかな照明によく映える深いワインカラーのワンピース。
胸元には、過度に主張しない一粒パールのネックレス。
イヤリングも同じパールを合わせ、さりげなく統一感を持たせてみた。
そして今夜は、髪をまとめず、緩やかに揺れるカールで柔らかい印象に。
メイクはいつもより大人っぽく整え、仕上げにローズの口紅をひいた。
「これで、いいかな……」
鏡の前で、最終チェックをする。
そして、時間を確かめると、幸は小さく深呼吸をして玄関へと向かった。
その足取りは、自然と軽い。
匠と出かけると思うだけで、幸の胸の奥はじんわりと嬉しさで満たされていく。
玄関から出ると、ちょうど匠も出てくるところだった。
落ち着いたダークグレーのスーツに白いシャツ。
そして胸元には、深いワインカラーのネクタイが品よく結ばれている。
そのネクタイの色が、幸のワンピースと同じ色味だった。
まるで、ふたりで合わせたかのようなコーディネートに、なんとなく気恥ずかしくなってしまう。
自分がそう感じるのだから、彼も同じ気持ちなのでは――と、つい考えてしまう。
けれど匠は、気にする様子もなく、
「今日も、綺麗だね」
と、幸が喜ぶ言葉を口にした。
海外で仕事をしていたからなのだろうか。
照れることもなく、匠はいつでもまっすぐに褒めてくる。
幸は、頬が熱くなるのを感じた。
匠に褒められるのは、何度目でも慣れない。
「……ありがとうございます」
できるだけ平静を装って返したつもりなのに、声がわずかに震えているのが自分でも分かった。
そんな幸を見つめる匠の眼差しも、自然と柔らかくなる。
「それじゃ、行こうか」
匠に促され、二人は並んで歩きだした。
*****
匠が予約したホテルは、西園寺家が所有する最高級のホテルだった。
二人一緒にレストランに入ると、黒服のスタッフがすぐに気づき、窓際のVIP席へと案内してくれた。
落ち着いた照明に、お花で彩られたテーブル。
静かな空気が漂い、特別な空間が演出されている。
高台にあるホテルから見下ろす夜景は、まるで宝石を敷き詰めたようにきらめいていて、幸は息をのむ。
「すごい……綺麗……」
窓の外に視線を奪われた幸がつぶやくと、穏やかな声で、
「気に入ってもらえてよかった」
と、匠が口を開いた。
喜ばせようと思って連れてきてくれたのだと、なんとなく伝わってくる。
そのさりげない優しさに、幸の胸はまた温かさで満たされていく。
料理が次々と運ばれて、静かで心地よい時間が流れる。
幸は、美しい盛りつけに目を輝かせながら一口ずつ味わい、匠はそんな幸を柔らかな眼差しで見守った。
食事を終えるころには、窓の外の夜景がさらに深い色に染まる。
スタッフが食器を下げ、後は、デザートを残すのみになった。
そのタイミングで、黒服のスタッフが大きな花束を抱えて近づいてきた。
そして、その花束を匠に手渡す。
匠は花束を受け取ると、姿勢を正し、スーツのポケットから小さなケースを取り出した。
大きな花束に、小さな箱。
匠の表情は、驚くほど真剣だ。
――まさか、これは……。
幸の胸が、期待で大きく膨らむ。
匠は椅子から立ち上がり、花束を片腕に抱えたまま、幸のそばへと歩み寄る。
そして、小さなケースを静かに開いた。
照明を受けて輝く指輪が現れた瞬間、幸は息をすることすら忘れてしまう。
「幸」
名前を呼ぶ匠の声が、心に響く。
そして――
「俺と――結婚してほしい」
まっすぐで、飾り気のない言葉が幸の鼓膜を震わせた。
差し出された大きな花束。
その奥で、匠の真剣な瞳が幸を見つめている。
「これからの人生を、君と一緒に過ごしたい」
その言葉に、胸の奥が一気に熱くなり、視界がじわりと涙で滲む。
「……よろしくお願いします」
震える声で返事をし、幸は迷わず花束を受け取った。
その瞬間、周囲で見ていた人たちから小さな歓声が上がり、黒服のスタッフが、
“おめでとう” の文字をかたどった蝋燭が灯された大きなホールケーキを運んできた。
匠はケースから指輪を取り出し、幸の左手の薬指にはめる。
繊細で上品なデザインの指輪は、幸の指にぴたりとはまり、美しい輝きを放つ。
プロポーズが成功すると、匠の合図でスタッフたちが一斉に動き出した。
ほどなくして、レストランにいるすべての客とスタッフへ、綺麗に切り分けられたケーキと飲み物が振る舞われた。
匠のさりげない気遣いに、この場にいる誰もが笑顔を浮かべ、穏やかな祝福の空気に包まれる。
幸もまた、光り輝く指輪を見つめながら、胸いっぱいに幸福が広がっていくのを感じていた。
*****
幸に対する第一印象は、決して悪くなかった。
それどころか、言葉を交わせば交わすほど、彼女と過ごす時間は心地よく、楽しいものだった。
そして――
幸が自分にすべてを話してくれた、あの日。
匠は、その瞬間から”幸と結婚する”と心に決めた。
だからこそ、ホテルを前もって予約し、指輪も有名デザイナーに特別注文していた。
しかし、まだ知り合って日が浅いことや、幸が受け入れてくれるかどうかを考えると、
――やはり急ぎすぎではないか。
そんな迷いがよぎった瞬間もあった。
しかし、幸の計画を聞いたとき、その迷いは霧が晴れるように消えていった。
むしろ早く婚約したほうが、彼女の立場を守れる――匠はそう確信したのだ。
薬指の指輪を見つめながら、嬉しさを隠しきれず微笑む幸。
その姿を、匠はただ穏やかな眼差しで見つめていた。
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