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第63話【指輪】
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月曜日の社長室。
幸はいつものように、匠のデスクにコーヒーを置いた。
そして、続いて村田秘書のデスクにコーヒーを置く。
その瞬間――
村田の目が、幸の左手の薬指に釘付けになり、見開かれた。
「えっ!? 西村さん、それ……指輪? えっ……婚約したんですか!?」
驚きの声が社長室に響き渡った。
あまりの大きな声に、幸は思わず肩をすくめてしまう。
「えぇ……はい」
少し照れたように答えると、村田の視線はゆっくりと匠へと向けられた。
その視線に気づいた匠は、書類から顔を上げ、
「西村は、俺の婚約者だから」
まるで当たり前のように、匠はさらりと言い切った。
「そ、そうなんですね……!」
村田は驚きのあまり、手に持っていた書類を落としそうになる。
恋人関係かもしれないと、薄々思ってはいた。
しかし――
“女性を寄せ付けない”と有名だった社長が、この短い期間で婚約に至ったという事実に、動揺を隠しきれない。
でも、次の瞬間。
「お、お、おめでとうございます!!!」
村田のテンションは一気に跳ね上がり、顔がぱぁっと明るく輝いた。
「いやぁ、よかったです! 社長についに春が来たんですね! いや、ずっと来ないと思ってたので……本当に……本当に……!よかったです!!」
匠の側でずっと秘書として働いてきた村田は、身内のように感極まっている。
突然の熱量に、幸は思わず苦笑する。
匠は、小さくため息をつきながらも、目を細め、口角を上げた。
*****
今日も朝から忙しい。
契約を交わしたいと、事前にアポイントを取っていた各社の社長たちが、次々と会社を訪れる。
先週に比べれば少し落ち着いたとはいえ、対応に追われる忙しさは変わらない。
幸は朝から正面玄関で来訪者を迎え、匠が待つ応接室まで丁寧に案内していく。
話し合いが終われば見送り、すぐ次の来訪者へ――。
その繰り返し。
そのたびに、幸の姿は何度も表玄関に現れた。
キラリ、と。
照明を受けて、薬指の指輪が輝く。
最初に気づいたのは、受付の女性社員だった。
「……あれ? 西村さん……指輪、してたっけ?」
その小さな疑問が、すぐ近くにいた社員の耳に入る。
「え? 指輪?」
「ほら……あれ……」
「えっ……ほんとだ……」
「えっ? ちょっとまって、あれ薬指じゃない?」
「なに? どうしたの?」
「見て、ほら 西村さんの薬指」
周りの空気が、一気にざわつき始めた。
「西村さん、婚約してるの?」
「いつのまに!?」
「えっ、相手誰? まさか……」
「ねぇねぇ、あの指輪。……絶対いいやつだよね?」
みんなの視線が、幸の薬指に吸い寄せられる。
本人は全く気づかず、次の来客を迎えるために、ちょっと早歩きで玄関へと向かう。
指輪がまた光った。
「値段、高そう……」
「あれだけの指輪買える人って、そうそういないよね……」
「やっぱり……社長かな?」
「いやいや、まさかそんな……」
「いやいやいや……でも最近……社長と一緒にいること多くない?」
社員たちの噂話は、確実に熱を帯びていく。
*****
「今日はありがとうございました」
【NexSeed黒田】から付き合いのある岡山社長を、玄関先までお見送りしていると、
「西村さん。さっきも言ったけど……本当に、婚約おめでとう。水沢夫人、か。いやぁ、おめでたい」
岡山社長が、満面の笑顔で、幸にお祝いの言葉を贈った。
「岡山社長、ありがとうございます」
幸は、少し照れた笑みで返す。
その瞬間、近くにいた社員たちは、みんな動きを止めた。
そして、次の瞬間――
「え――まじで」
「……やっぱりそうなんだ……」
「ほんとに社長と……!?」
「いや、すご……あの社長を落とすなんて……」
「むしろ西村さんしか無理だよ……」
ヒソヒソ声が一気に花咲き、フロア中に波のように広がった。
幸はいつものように、匠のデスクにコーヒーを置いた。
そして、続いて村田秘書のデスクにコーヒーを置く。
その瞬間――
村田の目が、幸の左手の薬指に釘付けになり、見開かれた。
「えっ!? 西村さん、それ……指輪? えっ……婚約したんですか!?」
驚きの声が社長室に響き渡った。
あまりの大きな声に、幸は思わず肩をすくめてしまう。
「えぇ……はい」
少し照れたように答えると、村田の視線はゆっくりと匠へと向けられた。
その視線に気づいた匠は、書類から顔を上げ、
「西村は、俺の婚約者だから」
まるで当たり前のように、匠はさらりと言い切った。
「そ、そうなんですね……!」
村田は驚きのあまり、手に持っていた書類を落としそうになる。
恋人関係かもしれないと、薄々思ってはいた。
しかし――
“女性を寄せ付けない”と有名だった社長が、この短い期間で婚約に至ったという事実に、動揺を隠しきれない。
でも、次の瞬間。
「お、お、おめでとうございます!!!」
村田のテンションは一気に跳ね上がり、顔がぱぁっと明るく輝いた。
「いやぁ、よかったです! 社長についに春が来たんですね! いや、ずっと来ないと思ってたので……本当に……本当に……!よかったです!!」
匠の側でずっと秘書として働いてきた村田は、身内のように感極まっている。
突然の熱量に、幸は思わず苦笑する。
匠は、小さくため息をつきながらも、目を細め、口角を上げた。
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今日も朝から忙しい。
契約を交わしたいと、事前にアポイントを取っていた各社の社長たちが、次々と会社を訪れる。
先週に比べれば少し落ち着いたとはいえ、対応に追われる忙しさは変わらない。
幸は朝から正面玄関で来訪者を迎え、匠が待つ応接室まで丁寧に案内していく。
話し合いが終われば見送り、すぐ次の来訪者へ――。
その繰り返し。
そのたびに、幸の姿は何度も表玄関に現れた。
キラリ、と。
照明を受けて、薬指の指輪が輝く。
最初に気づいたのは、受付の女性社員だった。
「……あれ? 西村さん……指輪、してたっけ?」
その小さな疑問が、すぐ近くにいた社員の耳に入る。
「え? 指輪?」
「ほら……あれ……」
「えっ……ほんとだ……」
「えっ? ちょっとまって、あれ薬指じゃない?」
「なに? どうしたの?」
「見て、ほら 西村さんの薬指」
周りの空気が、一気にざわつき始めた。
「西村さん、婚約してるの?」
「いつのまに!?」
「えっ、相手誰? まさか……」
「ねぇねぇ、あの指輪。……絶対いいやつだよね?」
みんなの視線が、幸の薬指に吸い寄せられる。
本人は全く気づかず、次の来客を迎えるために、ちょっと早歩きで玄関へと向かう。
指輪がまた光った。
「値段、高そう……」
「あれだけの指輪買える人って、そうそういないよね……」
「やっぱり……社長かな?」
「いやいや、まさかそんな……」
「いやいやいや……でも最近……社長と一緒にいること多くない?」
社員たちの噂話は、確実に熱を帯びていく。
*****
「今日はありがとうございました」
【NexSeed黒田】から付き合いのある岡山社長を、玄関先までお見送りしていると、
「西村さん。さっきも言ったけど……本当に、婚約おめでとう。水沢夫人、か。いやぁ、おめでたい」
岡山社長が、満面の笑顔で、幸にお祝いの言葉を贈った。
「岡山社長、ありがとうございます」
幸は、少し照れた笑みで返す。
その瞬間、近くにいた社員たちは、みんな動きを止めた。
そして、次の瞬間――
「え――まじで」
「……やっぱりそうなんだ……」
「ほんとに社長と……!?」
「いや、すご……あの社長を落とすなんて……」
「むしろ西村さんしか無理だよ……」
ヒソヒソ声が一気に花咲き、フロア中に波のように広がった。
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