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第64話【招待状】
しおりを挟む社員たちが、婚約の話で盛り上がる中、
「君が婚約したってことは、あの噂がガセだったということだね。……まぁ、南社長から“あの配信は勘違いから出たものだ”と聞いてはいたけど、こうして証明できてよかったよ」
岡山社長が、声を落として、由紀が配信したSNSについて口を開いた。
「それにしても、高瀬テクノロジーのお嬢さんには困ったものだ。
名前こそ伏せていても、“元秘書”と呟けば、誰のことかなんてすぐに察しがついてしまう。特に西村さんは、【NexSeed黒田】と取引のある社長たちの間では、“優秀な秘書”としてよく知られているからね」
岡山社長は小さく息を吐き、言葉を続ける。
「それに……水沢ホールディングスの御曹司でもある水沢匠社長の専属秘書を攻撃するということは、実質、水沢ホールディングスに喧嘩を売っているようなものだ。まして、高瀬テクノロジーのお嬢さんは、黒田ホールディングスの御曹司──黒田社長の婚約者でもある。本来なら、その立場を踏まえて慎重に発信すべきだったんだがね」
岡山社長の言葉から、由紀のSNSの件がすでに社長たちの間で共有され、問題視されているのだと、幸は認識した。
「西村さん。君にはなんの非もないのだから、堂々としていればいい。
――婚約、本当におめでとう」
そう言い残し、岡山社長は穏やかに微笑むと、その場を後にした。
岡山社長の話を聞き、幸は理解した。
自分が婚約したという事実だけで、SNSの件は何もしなくても“こちらに有利な形”で収束していくことを。
――もしかして。
――匠さんは、こうなることを予想していたのだろうか?
もしそうなら、幸の名誉を守るために、このタイミングでプロポーズしてくれたことになる。
その考えが胸をよぎった瞬間、胸の奥がきゅっと熱くなった。
――自分のために、そこまで考えていたのだとしたら……。
匠の思慮深さと、揺るぎない人間性に胸を打たれた幸の心は、匠への感謝と愛しさで満ちていくのだった。
*****
由紀は、自分のSNSでの配信が、想像以上に大事になっていることに気づいていなかった。
【NexSeed黒田】と取引のある経営者たちは、すでにこの件を把握している。
けれど、誰ひとりとして黒田圭吾へ知らせようとはしなかった。
幼稚すぎる配信内容に呆れていた――という理由もある。
だが、それ以上に、彼らの信頼はもはや黒田圭吾よりも水沢匠へと確実に傾いていた。
さらに、水沢ホールディングスと黒田ホールディングスの対立に巻き込まれることだけは避けたい、という経営者としての危機管理意識も強く働いてのことだった。
そんな空気が漂う中、毎年恒例となっている黒田ホールディングス主催の
年末チャリティーパーティーが、土曜日に開催されることとなった。
日本屈指の大企業が主催する格式あるこのパーティーには、各界から著名人や
一流企業の社長・役員クラスが顔をそろえる。
まさに、人脈形成のための重要な社交の場。
そして、その招待状は水沢匠のもとにも届いていた。
デスクに置かれた上質な封筒を、匠は指先でゆっくりとなぞる。
その仕草には、余裕と自信、そしてどこか洗練された魅力すら漂っていた。
匠の口角がふっと上がる。
今回のこのイベントこそが――
由紀に対する、幸の“ささやかな報復”が形となって現れる舞台。
匠は、この日のためにすでに特注のドレスをオーダーしていた。
幸が、誰よりも美しく。
そして堂々と、この場で輝けるように。
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