64 / 73
第64話【招待状】
しおりを挟む社員たちが、婚約の話で盛り上がる中、
「君が婚約したってことは、あの噂がガセだったということだね。……まぁ、南社長から“あの配信は勘違いから出たものだ”と聞いてはいたけど、こうして証明できてよかったよ」
岡山社長が、声を落として、由紀が配信したSNSについて口を開いた。
「それにしても、高瀬テクノロジーのお嬢さんには困ったものだ。
名前こそ伏せていても、“元秘書”と呟けば、誰のことかなんてすぐに察しがついてしまう。特に西村さんは、【NexSeed黒田】と取引のある社長たちの間では、“優秀な秘書”としてよく知られているからね」
岡山社長は小さく息を吐き、言葉を続ける。
「それに……水沢ホールディングスの御曹司でもある水沢匠社長の専属秘書を攻撃するということは、実質、水沢ホールディングスに喧嘩を売っているようなものだ。まして、高瀬テクノロジーのお嬢さんは、黒田ホールディングスの御曹司──黒田社長の婚約者でもある。本来なら、その立場を踏まえて慎重に発信すべきだったんだがね」
岡山社長の言葉から、由紀のSNSの件がすでに社長たちの間で共有され、問題視されているのだと、幸は認識した。
「西村さん。君にはなんの非もないのだから、堂々としていればいい。
――婚約、本当におめでとう」
そう言い残し、岡山社長は穏やかに微笑むと、その場を後にした。
岡山社長の話を聞き、幸は理解した。
自分が婚約したという事実だけで、SNSの件は何もしなくても“こちらに有利な形”で収束していくことを。
――もしかして。
――匠さんは、こうなることを予想していたのだろうか?
もしそうなら、幸の名誉を守るために、このタイミングでプロポーズしてくれたことになる。
その考えが胸をよぎった瞬間、胸の奥がきゅっと熱くなった。
――自分のために、そこまで考えていたのだとしたら……。
匠の思慮深さと、揺るぎない人間性に胸を打たれた幸の心は、匠への感謝と愛しさで満ちていくのだった。
*****
由紀は、自分のSNSでの配信が、想像以上に大事になっていることに気づいていなかった。
【NexSeed黒田】と取引のある経営者たちは、すでにこの件を把握している。
けれど、誰ひとりとして黒田圭吾へ知らせようとはしなかった。
幼稚すぎる配信内容に呆れていた――という理由もある。
だが、それ以上に、彼らの信頼はもはや黒田圭吾よりも水沢匠へと確実に傾いていた。
さらに、水沢ホールディングスと黒田ホールディングスの対立に巻き込まれることだけは避けたい、という経営者としての危機管理意識も強く働いてのことだった。
そんな空気が漂う中、毎年恒例となっている黒田ホールディングス主催の
年末チャリティーパーティーが、土曜日に開催されることとなった。
日本屈指の大企業が主催する格式あるこのパーティーには、各界から著名人や
一流企業の社長・役員クラスが顔をそろえる。
まさに、人脈形成のための重要な社交の場。
そして、その招待状は水沢匠のもとにも届いていた。
デスクに置かれた上質な封筒を、匠は指先でゆっくりとなぞる。
その仕草には、余裕と自信、そしてどこか洗練された魅力すら漂っていた。
匠の口角がふっと上がる。
今回のこのイベントこそが――
由紀に対する、幸の“ささやかな報復”が形となって現れる舞台。
匠は、この日のためにすでに特注のドレスをオーダーしていた。
幸が、誰よりも美しく。
そして堂々と、この場で輝けるように。
575
あなたにおすすめの小説
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
姉の婚約者を奪おうとする妹は、魅了が失敗する理由にまだ気付かない
柚木ゆず
恋愛
「お姉ちゃん。今日からシュヴァリエ様は、わたしのものよ」
いつも私を大好きだと言って慕ってくれる、優しい妹ソフィー。その姿は世間体を良くするための作り物で、本性は正反対だった。実際は欲しいと思ったものは何でも手に入れたくなる性格で、私から婚約者を奪うために『魅了』というものをかけてしまったようです……。
でも、あれ?
シュヴァリエ様は引き続き私に優しくしてくださって、私を誰よりも愛していると仰ってくださいます。
ソフィーに魅了されてしまったようには、思えないのですが……?
今さら泣きついても遅いので、どうかお静かに。
有賀冬馬
恋愛
「平民のくせに」「トロくて邪魔だ」──そう言われ続けてきた王宮の雑用係。地味で目立たない私のことなんて、誰も気にかけなかった。
特に伯爵令嬢のルナは、私の幸せを邪魔することばかり考えていた。
けれど、ある夜、怪我をした青年を助けたことで、私の運命は大きく動き出す。
彼の正体は、なんとこの国の若き国王陛下!
「君は私の光だ」と、陛下は私を誰よりも大切にしてくれる。
私を虐げ、利用した貴族たちは、今、悔し涙を流している。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
【完結】最後に貴方と。
たろ
恋愛
わたしの余命はあと半年。
貴方のために出来ることをしてわたしは死んでいきたい。
ただそれだけ。
愛する婚約者には好きな人がいる。二人のためにわたしは悪女になりこの世を去ろうと思います。
◆病名がハッキリと出てしまいます。辛いと思われる方は読まないことをお勧めします
◆悲しい切ない話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる