楽将伝

九情承太郎

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第二章 君を守るために僕は夢を見る

三十九話 金森長近という人(2)

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 越前大野(福井県東部)三万石を任されて、金森長近ながちかが最初に行ったのは、大野城の建築だ。
 地理を詳細に点検し、これから興す市街地の邪魔にならない高台に、大野城建築を計画する。
 この建築作業の為に集める人員は、農作業のない農閑期に募集したので、地元の人々からは臨時収入をもたらしてくれた新領主として好印象を高めた。
(ちなみに柴田勝家は、農作業よりも城の建築を急げと命じて、顰蹙を買った)
 大野城は無理をせずに、歳月をかけて建築させる。
 その間、この地特有の豊富な湧き水を市街地に導き、上下水道が整った都市基盤を敷く。
 都市基盤の工事も、農閑期の人々に声をかけた。
 賃金を支払い、最初に提示した無理のない仕事内容を遵守し、残業ゼロ。
 こういう良い領主が指揮していると、作業も捗るし、良い評判が広がり易い。
 都市の基本が整ったので、寺を建立可能な通りと敷地を公表して募集すると、瞬時に多くの宗派が名乗りをあげた。
 この辺は、大野攻略戦で可能な限り不殺を貫いた、金森長近ながちかの行いが活きている。
(一向宗関係者は、流石に来なかったが)
 寺の建立ラッシュが始まると、民衆も大野が安全地帯と見定めて、引っ越しに来る。
 様々な職種の人々が集まり、大野の町が軌道に乗った頃。
 織田信長が、上杉謙信を討つと、覚悟を決めた。


 天正てんしょう五年(1577年)七月。
 上杉謙信と長期間戦っている関東の北条家・奥州の伊達家・その他「上杉謙信なんか大嫌い連合」と連携を組んで、織田信長は上杉謙信討伐を決める。
 二年前には、信長の方から仕掛けるのは考えられなかった事だが、事情が大きく変わった。
 一向宗の本家・石山本願寺が、信長に追い詰められたせいで、上杉謙信と和睦してしまった。
 上杉謙信は永らく一向一揆と対立して、何度も領内で一揆を起こされて煮え湯を飲まされ、長期遠征を邪魔されてきた。
 追い詰められた石山本願寺が大幅に妥協し、上杉謙信への対立を辞めた。
 途端に上杉謙信が自由に遠征可能になったので、周辺国は戦慄する。
 「上杉謙信なんか大嫌い連合」は織田信長に援軍を乞い、信長もこの好機を逃さずに大規模出兵を決める。
 柴田勝家に「上杉謙信が攻めている七尾城を救出に迎え」と命じ、援軍を与えた。
 柴田勝家には二年前から、与力として前田利家や佐々成政、金森長近ながちかを預けていたが、これに羽柴秀吉や堀秀政、丹羽長秀、滝川一益を援軍に行かせる。
 織田軍の総勢は、四万。
 上杉謙信の予想戦力は、二万。
 数だけ見ると優勢だが、相手は神将とまで呼ばれる伝説級の無双キャラである。
 大河ドラマだとGAKCTや阿部寛が演じる最強キャラなのだ。
 織田軍は慎重に情報を集めながら、上杉謙信が進軍中の能登国(石川県)へと進軍する。
 だが有効な情報は全く集まらず、大雨も重なり、一ヶ月を浪費してしまう。

「慎重過ぎないか? 七尾城が落ちちまうぞ?」
 軍議で前田利家が、あまりにも遅い進軍速度に意見する。
「俺に五千預けて、先に七尾城救出に向かうのは、どうだろう? 長篠城みたいに、救出可能かも」
「出来ない。全滅する。却下。お茶飲んで、寝ろ」
 お茶の振る舞い役に徹して口を出さなかった金森長近ながちかが、神速で100%却下したので、利家は涙目で引っ込んだ。
 それでも、救援を求められて信長が派遣した軍勢である。遅々としながらも、七尾城に向かう。
 九月十一日の段階で、七尾城の偵察に向かった部隊が、壊滅しながらも最新情報を持ち帰る。
「城は上杉軍一万に包囲されておりますが、まだ落ちていません。何より、上杉謙信が到着していません」
 これは間に合うかもという楽観が、織田軍に蔓延する。
 勿論、これを素直に喜ばない面々もいる。
「二ヶ月経っても落としていないのは、罠だぎゃあ」
 羽柴秀吉が、楽観に異を唱える。
「こちらが引き返せない所まで進んでから、七尾城を落とす気だぎゃあ。七尾城は見捨てて、撤退するだぎゃあ」
「出来るかあ!!!!!」
 柴田勝家が一喝で却下する。
 この軍の指揮官である柴田勝家に対し、唯一同格の丹羽長秀が、意見する。
「どの道、ゆっくり進むぞ。七尾城には気の毒だが、急ぐ余裕はない」
 そもそも、全く情報が取れないのは、既に敵が優位に地盤を固めている証拠なのだ。
 上杉謙信に奇襲を喰らいたくないので、丹羽長秀は進行速度を犠牲にしてでも、情報収集に拘泥る。
「金森の配下は、少しでも良い知らせを持って来ないのか?」
 丹羽長秀が、忍者の家来が多い金森長近ながちかを、縋るような目で見る。
 長近ながちかは、お手上げのジェスチャーをする。
「行けども潜れども、見つかって『失せろ』と言われて引き返すのみです」
 この状況でも顔色を変えない長近ながちかに、丹羽長秀は少し恨みがましい目をしてしまうが、自省する。
 この男がサボる時は、既に仕事を終えた時なので、逆に少し安堵した。

 慎重な武将たちが懸念した通り、上杉謙信は織田軍が到着する寸前に、参陣した。
 船で一万の軍勢を急速に運び、七尾城は内応する者の手であっさりと落城。
 上杉謙信は七尾城を拠点に、織田軍の迎撃に心を注ぐ。
 織田軍は七尾城の落城を知らぬまま、手取川を越えた。
 羽柴秀吉以外は。
 

 相手が上杉謙信なので、羽柴秀吉も念入りに情報を収集し、少しでも勝利の糸口はないかと思案しまくる。
 竹中半兵衛や金森長近ながちかにも相談するのだが、二人とも「勝てないから、撤退に的を絞る」で意見が一致している。
 諦めが良過ぎるので二人が何か仕込んでいるのではないかと勘繰るが、双方口を割らずに趣味で暇を潰している。
「後でネタバラシは、してもらえるだぎゃあ?」
 竹中半兵衛の為に煎じた薬湯に茶菓子を添えて渡しながら、長近ながちかはのんびりと返事をする。
「何のネタバラシ?」
 言う気はないが余裕の姿なので、秀吉はそれ以上の追求を控える。
「あ~、つまらん。早く撤退すりゃあいいのに」
 とはいえ、指揮官が柴田勝家では、一戦も交えずに撤退とかしてくれない。
 一戦したら遅いのだが。
 相手は武田信玄すら引き分けがやっとの、規格外の名将である。
 この機を逃さずに、織田軍を狩まくるだろう。
 そこへ、撤退しても構わないような緊急速報を、秀吉と長近ながちかの情報網がキャッチする。

「松永久秀が、上杉謙信や毛利家に呼応して、謀叛」

 その速報を持って、秀吉は勝家に撤退を促す。
「ここは引き返して、殿の守りを固めるだぎゃあ」
 この撤退の口実に対し、勝家の態度は冷たかった。
「お前に、やりたくない戦を無理にしろとは言わん。金森と一緒に、最後尾で控えていろ」
「そういう問題ではない」
「救援を求められて来たのに、目前で半数の敵に怯えて逃げろだと? 松永の助平爺いが謀叛したくらいで、兵を割く必要はない」
 この段階でも、信長が動員できる兵力は十万を超えるので、柴田勝家の主張は間違ってはいない。
 ただし、今回の第三次信長包囲網には、中国地方の超大国・毛利家も加わっている。
 敵が毛利家と連動している事を加味すれば、秀吉の「無理に謙信と戦わずに、防備を固めろ」というのも正しい。
「撤退の口実には、これで十分だぎゃあ。手取川を越える前なら、楽に引き返せる。ご決断を」
 柴田勝家は、決断した。
「もういい、羽柴。最後尾で金森と遊んでいろ」
「問題を理解しろ、脳筋家老」
 秀吉が、キレた。
 丹羽長秀が止める間もなく、秀吉の口から遠慮がない言葉が溢れる。
「ここにいる武将たちが謙信に狩られたら、今川や武田のように織田が衰退するのが分からんのか?! 今お前さんがやらねばならないのは、丹羽様や又左のような有能な武将たちを、謙信の餌食にしない事だぎゃあ!! だから撤退しろ!!」
「これだけの武将が揃って、二倍の兵力を備えているのに、臆病風を吹かすなクソ猿!!!! 撤退を始めたら、それこそ背中から狩られまくるぞ!!!!」
 平行線で、お互いがブチ切れた。
 元々、何もかも正反対の二人であり、好感は全く抱いていない。
「出て行け!!!!」
「出て行く!!!!」
 秀吉は、軍議の場を出て行った。
 そのまま、自軍を率いて、戦線から離脱を始める。
 自分より知性の劣る指揮官の下で仕事をするストレスが、一気に出た。
 竹中半兵衛や蜂須賀小六が止めても、弟の秀長が懇願しても、長近ながちかが仲裁を申し出ても、秀吉は軍勢を率いて自領に戻ると決めた。
「もう知るかこんなブラック職場! 自宅で酒呑んで女遊びして、有給を消費するだぎゃあ!」
 前門の虎を回避して、後門の狼に向かって転進する、やけっぱちの猿。
 信長に無断で戦線を離脱するので、厳しい処分が予想される。
 羽柴軍の将兵たちは、「気前が良くて面白い上司だったのになあ」と、悲観した。

 長近ながちかは赦免の嘆願を記した書状を速記すると、堀久太郎秀政に緊急速達を頼む。
「秀吉は、あくまで松永弾正&毛利家に備える為に、帰る判断をしたのだ。その筋で、この罪は相殺させるぞ」
 一時の暴発で失うには惜しい男を庇う為に、長近ながちかは堀秀政を巻き込む。
「はい、そうしましょう」
 幸いにも、同意見だった。
 この特大級のトラブルに関して、堀秀政は最優先で行動する。
 この二人が同時に秀吉を庇えば、激昂した信長が秀吉を潰すような真似だけは、制止できるだろう。
 それでも、この件の信長の反応を想像しただけで、堀秀政は嘔吐しそうになる。
 実際、この報せを知った信長は、太田牛一が「秀吉は進退に窮した」と『信長公記』に書き込む程に激怒した。
 だが、そこは歴史的な合理主義者。
 可能な限り松永秀久を再々帰順させたいので、松永久秀対策に秀吉も使った。
 それだけでは足りないので、何年も死ぬほど多忙になる激務「中国地方(毛利家勢力圏)の攻略」を、命じる事になる。


 この一件が無ければ、秀吉は長浜に住む「助平だけど機転が効く戦国大名」として、金森長近ながちか程度の知名度で済んだかもしれない。
 
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