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後悔
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アレクサンデルはあれから1週間昏睡のままだった。
ずっと婚約者であるクリスティーナは傍で看病を続けていた。あれだけ非難されてもクリスティーナはアレクサンデルを愛していた。
それは大丈夫だと支えてくれた国王夫妻が居たのが大きいだろう。今回のことを知ってクリスティーナの父が婚約を破棄するべきだと言ったがクリスティーナはアレクサンデル様が目を覚ましてから決めたいと告げた。
今もなお裏切った恋人を愛するクリスティーナをいじらしく感じたが国王夫妻もクリスティーナを大切にしていたしクリスティーナの母も王妃と仲が良いので無碍には出来ない。お咎めなしとはいかないだろうがクリスティーナの父は複雑な気持ちでいるようだった。
――――…
王城にある一室、豪華なベッドの上で一人の青年が眠っている。
この国の王太子であるアレクサンデルだ。その横に寄り添うように椅子に座って女性が濡れたタオルでやさしくアレクサンデルの汗を拭う。
クリスティーナを庇って怪我を負い今も昏睡状態の彼をずっと見守ってきた。やさしく撫でるようなその手はそっと掴まれた。
「え?」
ゆっくりと開くアレクサンデルの青い瞳はしっかりとクリスティーナを捉えていた。
そしてそのまま引き寄せると自然とクリスティーナはアレクサンデルの胸の上に収まる。とくんとアレクサンデルの心音が聞こえてクリスティーナは恥ずかしげに頬を赤く染めた。
「クリス…。」
「アレクサンデル様、お帰りなさいませ。目が覚めて良かったです。」
「クリス、すまなかった。」
「謝罪はすでに頂きましたわ。もう、良いのです。」
クリスティーナは悲しげに微笑む。
そしてゆっくりとアレクサンデルの上から離れ意を決したように彼の瞳を見る。アレクサンデルはすでに体を起こしていた。そっと水の入ったグラスを差し出す。
一息ついたところでクリスティーナは居住まいを正すときゅっと両手を握りこんだ。
「アレクサンデル様、婚約の件ですが…。」
「っ…あぁ。」
びくりと肩を揺らしたアレクサンデルにできるだけ笑顔を向けようとクリスティーナは微笑む。
それはひどく儚げで今にも折れそうな表情に見えるのだがそれでもはっきりさせなければならない。
「アレクサンデル様が望まれるのであれば白紙にして頂いてかまいません。」
「…それは。」
「もとより政略結婚のようなもの。アレクサンデル様が望まれる方と添い遂げてください。」
「っ…分かった。」
「では御前を失礼します。」
退室の許可の返事を聞く前にクリスティーナはアレクサンデルの部屋を飛び出した。きらりと光るものがクリスティーナから流れ落ち床を濡らしたがアレクサンデルは止める言葉を持たなかった。
どれだけ傷つけたのか分からないほど愚かではないからだ。だがそれと同時にアレクサンデルは喪失感が心を占めた。
まるで大切なものがすっぽりと心の中から飛び出してしまったような。それは絶望にも似た何か。
アリアに裏切られたときには感じなかったそれにアレクサンデルはやっと自分の思いに気が付いた。信じていたかった。だが、目の前に突き付けられるものはそれを否定する物ばかりで、信頼していたからこそ裏切られたのだと傷ついた。
だが、それは間違いだったと今ではわかる。
ずっと政略結婚だと思っていたし、それ相応に共に過ごしてきている。親愛の情はあっても愛情ではないと考えていた。だが、彼女が去ってからアレクサンデルは自分がどれだけクリスティーナに救われていたのかを知ったのだ。
失って初めて彼女を愛していたことに気が付いた。それは遅すぎる気づきだった。
後日、アレクサンデルとクリスティーナの婚約破棄が受理された。あれだけ大勢の前で行った仕打ちのまま婚約を続けることなど出来るはずがない。結局アレクサンデル自身に対するお咎めは両陛下からのきついお叱りしか受けずに終わってしまった。
次期国王であるアレクサンデルが罰を受けるには騒動の内容が稚拙過ぎた。それに多くの学院に通っていた生徒たちからもアレクサンデルには同情の声が上がっている。
彼が偶然にも居合わせた現場だけを見ればどのように理解されるのかが分からない訳ではないからだ。それも何度も重なればどんなに優秀な人物でも信頼している相手への思いが崩れてしまうのは致し方ない事だというものだ。
あれではまるでクリスティーナがわざとそうなるように仕向けていると思われても仕方のない程の奇妙な偶然が重なっていたのだから。
問題なのはアレクサンデルの学院での側近たちの方だった。
アリアに良いように動かされ、彼女の望む情報を集め、嘘の報告をした者や金で偽の証言をした者、金で雇われた男たち。上げればきりがない。そういった彼らはすでにアレクサンデルの側近から外され、各々処分を受けた。中には廃嫡されたものもいる。
彼らが裏切っていなければアレクサンデルに入る情報によってクリスティーナを疑うような事にはならなかったのだから。
結局アレクサンデルが身を挺して婚約者を庇ったことで罰は相殺という形で落ち着いたのだが、アレクサンデルはその後自ら謹慎を申し出て半年間これまでの事を振り返りながら猛省した。
そこで改めて知ったのはクリスティーナが自分のためにどれだけ奔走してくれていたのかという事。そして、アリアの為に彼女のしでかした事から彼女自身を必死で守ろうと頑張ってくれていたことだった。
アレクサンデルは自分が周りを見ることができていなかったことにやっと気が付いた。周囲の雰囲気に呑まれ、部下の情報を鵜呑みにし、自分が見た状況だけで判断してしまう。
これでは傀儡だ。
他者に良いように扱われるなど次期国王となるアレクサンデルには在ってはならない事だ。
あの事件から一年。
アレクサンデルは今までの遅れを取り戻すべく王太子としての職務に没頭していた。
そんな中、社交界から姿を消したクリスティーナが自殺を図ったという噂が流れた。家からも出ずに塞ぎこんだクリスティーナ。一命は取り止めたが以前にも増して塞ぎこんでしまったらしい。
それを聞いたアレクサンデルはもはやいても立ってもいられなくなった。
社交をしていれば多くの令嬢に声をかけられるアレクサンデルだがクリスティーナに代わる女性など見つける事は出来なかった。ずっと忘れることも出来ずかといって会うのも躊躇われた。
日々、思い出すのは共に過ごした彼女との懐かしい出来事や最後に見た彼女の儚げなやさしい微笑みばかりで狂おしい程に思いばかりが募る。
会いたい。すぐにでも飛んで行ってもう一度彼女と…。
思えばアリアの事は学院長に頼まれたことで世話を始めた。アレクサンデルに兄弟は居ないが妹のような感覚だったのかもしれない。わがままな妹に振り回されて、それでも愛おしいと感じる。きっと妹が居ればあのような気持ちになったのかもしれない。
しかし、あまりにも大勢の前でひどく傷つけたクリスティーナに会わせる顔など持ち得ないアレクサンデルは、それとなくずるずると先延ばしにして顔を合わせることなくここまで来てしまった。
アレクサンデルは改めて悔やんだ。そして、もはや悔やんでばかりの自分に、それしかできないのかと嫌気がさす。
「クリスティーナ!」
ばたんと音を立てて扉を開いて入ったアレクサンデルが見たのは寝室に眠り続けるクリスティーナの姿。侍女が慌ててアレクサンデルを止めるが寝台に眠るクリスティーナを見れば止まれない。
ずっと婚約者であるクリスティーナは傍で看病を続けていた。あれだけ非難されてもクリスティーナはアレクサンデルを愛していた。
それは大丈夫だと支えてくれた国王夫妻が居たのが大きいだろう。今回のことを知ってクリスティーナの父が婚約を破棄するべきだと言ったがクリスティーナはアレクサンデル様が目を覚ましてから決めたいと告げた。
今もなお裏切った恋人を愛するクリスティーナをいじらしく感じたが国王夫妻もクリスティーナを大切にしていたしクリスティーナの母も王妃と仲が良いので無碍には出来ない。お咎めなしとはいかないだろうがクリスティーナの父は複雑な気持ちでいるようだった。
――――…
王城にある一室、豪華なベッドの上で一人の青年が眠っている。
この国の王太子であるアレクサンデルだ。その横に寄り添うように椅子に座って女性が濡れたタオルでやさしくアレクサンデルの汗を拭う。
クリスティーナを庇って怪我を負い今も昏睡状態の彼をずっと見守ってきた。やさしく撫でるようなその手はそっと掴まれた。
「え?」
ゆっくりと開くアレクサンデルの青い瞳はしっかりとクリスティーナを捉えていた。
そしてそのまま引き寄せると自然とクリスティーナはアレクサンデルの胸の上に収まる。とくんとアレクサンデルの心音が聞こえてクリスティーナは恥ずかしげに頬を赤く染めた。
「クリス…。」
「アレクサンデル様、お帰りなさいませ。目が覚めて良かったです。」
「クリス、すまなかった。」
「謝罪はすでに頂きましたわ。もう、良いのです。」
クリスティーナは悲しげに微笑む。
そしてゆっくりとアレクサンデルの上から離れ意を決したように彼の瞳を見る。アレクサンデルはすでに体を起こしていた。そっと水の入ったグラスを差し出す。
一息ついたところでクリスティーナは居住まいを正すときゅっと両手を握りこんだ。
「アレクサンデル様、婚約の件ですが…。」
「っ…あぁ。」
びくりと肩を揺らしたアレクサンデルにできるだけ笑顔を向けようとクリスティーナは微笑む。
それはひどく儚げで今にも折れそうな表情に見えるのだがそれでもはっきりさせなければならない。
「アレクサンデル様が望まれるのであれば白紙にして頂いてかまいません。」
「…それは。」
「もとより政略結婚のようなもの。アレクサンデル様が望まれる方と添い遂げてください。」
「っ…分かった。」
「では御前を失礼します。」
退室の許可の返事を聞く前にクリスティーナはアレクサンデルの部屋を飛び出した。きらりと光るものがクリスティーナから流れ落ち床を濡らしたがアレクサンデルは止める言葉を持たなかった。
どれだけ傷つけたのか分からないほど愚かではないからだ。だがそれと同時にアレクサンデルは喪失感が心を占めた。
まるで大切なものがすっぽりと心の中から飛び出してしまったような。それは絶望にも似た何か。
アリアに裏切られたときには感じなかったそれにアレクサンデルはやっと自分の思いに気が付いた。信じていたかった。だが、目の前に突き付けられるものはそれを否定する物ばかりで、信頼していたからこそ裏切られたのだと傷ついた。
だが、それは間違いだったと今ではわかる。
ずっと政略結婚だと思っていたし、それ相応に共に過ごしてきている。親愛の情はあっても愛情ではないと考えていた。だが、彼女が去ってからアレクサンデルは自分がどれだけクリスティーナに救われていたのかを知ったのだ。
失って初めて彼女を愛していたことに気が付いた。それは遅すぎる気づきだった。
後日、アレクサンデルとクリスティーナの婚約破棄が受理された。あれだけ大勢の前で行った仕打ちのまま婚約を続けることなど出来るはずがない。結局アレクサンデル自身に対するお咎めは両陛下からのきついお叱りしか受けずに終わってしまった。
次期国王であるアレクサンデルが罰を受けるには騒動の内容が稚拙過ぎた。それに多くの学院に通っていた生徒たちからもアレクサンデルには同情の声が上がっている。
彼が偶然にも居合わせた現場だけを見ればどのように理解されるのかが分からない訳ではないからだ。それも何度も重なればどんなに優秀な人物でも信頼している相手への思いが崩れてしまうのは致し方ない事だというものだ。
あれではまるでクリスティーナがわざとそうなるように仕向けていると思われても仕方のない程の奇妙な偶然が重なっていたのだから。
問題なのはアレクサンデルの学院での側近たちの方だった。
アリアに良いように動かされ、彼女の望む情報を集め、嘘の報告をした者や金で偽の証言をした者、金で雇われた男たち。上げればきりがない。そういった彼らはすでにアレクサンデルの側近から外され、各々処分を受けた。中には廃嫡されたものもいる。
彼らが裏切っていなければアレクサンデルに入る情報によってクリスティーナを疑うような事にはならなかったのだから。
結局アレクサンデルが身を挺して婚約者を庇ったことで罰は相殺という形で落ち着いたのだが、アレクサンデルはその後自ら謹慎を申し出て半年間これまでの事を振り返りながら猛省した。
そこで改めて知ったのはクリスティーナが自分のためにどれだけ奔走してくれていたのかという事。そして、アリアの為に彼女のしでかした事から彼女自身を必死で守ろうと頑張ってくれていたことだった。
アレクサンデルは自分が周りを見ることができていなかったことにやっと気が付いた。周囲の雰囲気に呑まれ、部下の情報を鵜呑みにし、自分が見た状況だけで判断してしまう。
これでは傀儡だ。
他者に良いように扱われるなど次期国王となるアレクサンデルには在ってはならない事だ。
あの事件から一年。
アレクサンデルは今までの遅れを取り戻すべく王太子としての職務に没頭していた。
そんな中、社交界から姿を消したクリスティーナが自殺を図ったという噂が流れた。家からも出ずに塞ぎこんだクリスティーナ。一命は取り止めたが以前にも増して塞ぎこんでしまったらしい。
それを聞いたアレクサンデルはもはやいても立ってもいられなくなった。
社交をしていれば多くの令嬢に声をかけられるアレクサンデルだがクリスティーナに代わる女性など見つける事は出来なかった。ずっと忘れることも出来ずかといって会うのも躊躇われた。
日々、思い出すのは共に過ごした彼女との懐かしい出来事や最後に見た彼女の儚げなやさしい微笑みばかりで狂おしい程に思いばかりが募る。
会いたい。すぐにでも飛んで行ってもう一度彼女と…。
思えばアリアの事は学院長に頼まれたことで世話を始めた。アレクサンデルに兄弟は居ないが妹のような感覚だったのかもしれない。わがままな妹に振り回されて、それでも愛おしいと感じる。きっと妹が居ればあのような気持ちになったのかもしれない。
しかし、あまりにも大勢の前でひどく傷つけたクリスティーナに会わせる顔など持ち得ないアレクサンデルは、それとなくずるずると先延ばしにして顔を合わせることなくここまで来てしまった。
アレクサンデルは改めて悔やんだ。そして、もはや悔やんでばかりの自分に、それしかできないのかと嫌気がさす。
「クリスティーナ!」
ばたんと音を立てて扉を開いて入ったアレクサンデルが見たのは寝室に眠り続けるクリスティーナの姿。侍女が慌ててアレクサンデルを止めるが寝台に眠るクリスティーナを見れば止まれない。
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