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エピローグ
しおりを挟む「お待ちください殿下!お嬢様は……。」
制止の声が聞こえたがそれどころではない。自殺を図ったと聞いたアレクサンデルは気が気ではなかったのだ。久しぶりに見た元婚約者のクリスティーナは少し痩せたように見えた。そっとその頬を撫でる。彼女の目の下には真っ黒な隈ができていた。
「ぅん……。」
くすぐったそうにクリスティーナがもぞりと向きを変えてふと固まった。ゆっくりと開かれる瞳にアレクサンデルが映る。
「夢?」
「現実だよクリス。」
アレクサンデルが告げるとクリスティーナの顔がみるみる赤くなった。寝姿を殿方に見られるなんて恥ずかしすぎる。
「あ、アレクサンデル様!やだ、どうして?」
がばりと起き上がったが自分の姿を思い出したのか慌てて布団で体を隠す。めずらしく慌てた様子にアレクサンデルは思わずくすりと笑った。今までアレクサンデルが見てきたクリスティーナはいつも完璧な姿で何事も粗相なくやり遂げる人だった。
それがこんなに愛らしく慌てる姿を見られただけでも来たかいがあったというもの。だが、今日はそんな事を確認しに来たわけではない。
「自殺を図ったと噂で聞いた。」
「はぇ?自殺ですか…。」
「違うのか?」
「違います。ただ、眠れなくて睡眠薬を規定より少し多めに飲んでしまっただけですわ。」
「駄目じゃないか!」
薬を規定より多く飲むなどありえない。アレクサンデルは思わず大声を上げた。びくりと肩が揺れてクリスティーナはしゅんと項垂れた。
「ごめんなさい。」
「……私に謝ってどうする。全くなぜそんな事に。いや、私のせいなのか?」
その言葉にそっとクリスティーナは目を伏せた。沈黙は肯定だ。目の前で切られたアレクサンデルを見たクリスティーナは不眠症になっていた。愛する人が目の前で血を流して倒れていくのを見たクリスティーナは目を瞑ればそれが脳裏に浮かんで眠れなくなってしまったのだ。
アレクサンデルの看病をしていた時には起こらなかったこと。
眠たいのに眠れない。それが続いてとうとう薬を使うようになったのだが、それも効きが悪くなってしまった。飲み続けることで耐性が出来たのだろう。飲むのを一旦止めるように言われたがとてもそれが出来る状態ではなかった。
それで飲みすぎた結果ずっと目を覚まさないクリスティーナを誤解した侍女が慌てて医者を呼ぶという大騒ぎになったのだ。そして例の噂に繋がる。
「殿下のせいではありません。私が弱いのです。」
「今もそうなのか?」
「起きているときは大丈夫なのですが、眠ろうとすると…。」
「そうか。休んでいるところ悪かったな。ゆっくりと体を休めていいのだぞ?横になっているだけでも良いだろう。」
「それは、その。」
殿下の前でそんな事はできませんとクリスティーナは言いたかったが体はだるく今にも倒れそうだ。アレクサンデル様のお言葉に甘える事にした。
もぞりとベッドに横になるとアレクサンデルはそっとクリスティーナの手を握った。
「えっとアレクサンデル様?」
「なんだ?」
「手を…。」
「眠れるまで握っておいてやる。これなら私が無事だと分かるだろう?」
「…恥ずかしいです。」
「それとも寝かしつけてやろうか?」
「それは結構です。」
子供扱いされてクリスティーナの頬が膨らむ。今日はクリスティーナの今まで見た事のない姿が多く見られてアレクサンデルは驚きの連続だった。アレクサンデルが握る手は冷たく冷えていたがすぐに暖かくなっていく。
そしてクリスティーナが眠りにつくと愛おしい頬にそっと口付けた。やわらかな頬の感触にアレクサンデルはふと気が付く。
指先へのキスはした事があってもこれまでクリスティーナに口付けた事がない事実に唖然とした。
次の日の朝、小鳥の声でクリスティーナは目を覚ました。昨日はぼんやりとしていて誰かに会った気がするが定かではなかった。
だからこそこの事態にどうしたら良いのか分からなくなったのだ。ずっしりとした重みが腕にかかっている。ふと視線を向ければ椅子に座ったままクリスティーナの手を握って腕に頭を乗せたアレクサンデルの姿があった。
「え?」
薬も飲まずにぐっすりと眠れたのは久しぶりでクリスティーナの頭もすっかり靄が晴れたようにしっかりしている。
ひとりあたふたするクリスティーナは侍女が事情を説明してくれたがどう考えてもこの状態は王子と一夜を共にしたと勘違いされるからだ。王子ともなれば責任をとらされてクリスティーナを望んでいなくても娶らねばならなくなる。
せっかく望んでいない政略結婚を白紙にする事が出来たのだろうにクリスティーナは罪悪感でいっぱいになる。
アレクサンデルからすればむしろ大歓迎な事態なのだがそんなことはクリスティーナには分からない。
どうしようと慌ててもぞりと動いたおかげでアレクサンデルが目を覚ましてしまった。
「………おはようございます殿下。」
「おはよう。以前のようにアレクと呼んでくれクリス。」
何でもないかのように返すアレクサンデルにクリスティーナは固まる。そして普通にしている王子を見て色々と考えていた事を放棄した。
「そうね。客室に泊まった事にすればいいのだわ。」
「何の事だ?」
ぽそりと呟いたつもりがアレクサンデルにはしっかりと届いていた。気まずそうにクリスティーナはなんでもないという事にしたかったのだが、やはり頭の回転は早いようであぁという表情をしてクリスティーナに柔らかく微笑みかけた。
「クリスティーナ・ハウエル。」
「はい。」
「こんな状態で申し訳ないが、私と結婚して欲しい。」
「へ?け、けっこん?」
「クリスなしじゃもう駄目なんだ。私は1年前にやっとそれに気が付いた。こんな私を許してくれるかい?」
「わ、私で良いのですか?だって私の事なんて。」
そっとクリスティーナの両手を握って跪く。
「そんな風に言わないでくれ。君以上の女なんて居ない。君が好きだ、愛しているクリス。ずっと傍にいて欲しい。」
「殿下……。」
「もう二度と寂しい思いはさせない。私に君の人生を共に歩む栄誉を与えてくれ。」
「私も貴方を愛しています。アレクサンデル様。」
頬を染めて答えるクリスティーナは愛らしく思わずアレクサンデルはクリスティーナを抱きしめる。
「ひゃん。」
がっしりと抱きしめられて思わず声が出る。薄い就寝用のドレスに身を包んだクリスティーナはここまでしっかりと抱きしめられたのは初めてだった。
アレクサンデルの情熱の篭った瞳もこうして求められたことも初めての経験で嬉しいような怖いような奇妙な感覚が浮かんでくる。
アレクサンデルの侍従が咳払いをするまでその状況は続いた。
婚約を再び交わして結婚をする。婚約してから半年アレクサンデルにとっては拷問のような時間だった。
もともと結婚の準備を1年前に整えていたのである程度はすぐに準備が整ったのだがそれでも手順どおりに待たされる羽目になり日に日に愛らしくなっていくクリスティーナの傍で男としての誠意を試される事になった。
その苦行の末、やっと夫婦となれる。一時は反対されることも多かったが反対する貴族たちを説得して回り、根回しを済ませて今日がある。
純白のドレスに身を包んだ愛しいクリスティーナを同じく白の礼服で向かえる。
「綺麗だよクリスティーナ。」
「アレクサンデル様も素敵ですわ。」
多くの貴族に祝福を受けながらアレクサンデルとクリスティーナは二人ゆっくりと歩みを進める。
「愛しているクリス。」
「私も愛しておりますアレク様。」
もう二度と愛する人を手放すことはないと神に誓いを立てる。愛するクリスティーナに己の唇を重ねてその日二人は正式に夫婦となった。
1年前の出来事は確かに一度二人を引き裂いた。
だが、その出来事があったおかげで二人の距離は縮まり、真実の愛へと成長した。
それは二人の心を傷つけもしたが、その分結びつきも強める結果となったのだ。
乙女ゲームの結末は悲惨なものだった。だが、それによってアレクサンデルとクリスティーナは真の意味で結ばれた。
その後の治世も安定しアレクサンデル王は妻と共に幸せに暮らした。アレクサンデル王は側妃も持たず、クリスティーナを寵愛した。
二人の間には長男、次男、長女の3人の子がおり、優秀で聡明に育ったという。
‐END‐
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