【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

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一章(エレオノール視点)

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 最近、花街界隈で話題になっている娼婦がいる。
 『クルチザンヌ』のエマ。滝のようなブルネットの髪に、海のようなブルーの瞳。肌は白く小鳥のような声だという。
 元王妃だとか、没落貴族だとかの噂もあるが、真相は不明。
 笑わない彼女を笑わせたら、相手をしてくれるらしい。

「なんで笑わないの?」

 髪を整えていたエマに、小間使いの少年は尋ねた。ここは娼婦たちが身支度を整える部屋。身支度をする者もいれば、食事をする者もいる。ほとんど裸の女もいるが、娼婦たちに見慣れている少年は全く気にしていない。
 エマは鏡台にクシを置いて、無垢な少年を見下ろした。
 そして指で自分の口端を押し上げて笑顔を作ってみせた。
 少年は口を尖らせた。

「そういう作ったのじゃなくて、なんで笑わないの?」
「じゃあ聞くけど、なんでポニーは笑うの?」
「面白いから」

 ポニーと呼ばれた少年は、にっと笑う。

「さっきね、表通りでピエロが輪投げしてたんだ。面白かったよ」
「そう良かったわね」
「ピエロ見たらエマさんも笑う?」
「そうね」
「じゃあ行こうよ!」
「そうね」
「やった!」

 大はしゃぎするポニーに、周りの娼婦たちが良かったねぇと褒める。

「あのエマを口説き落とせたんだから、あんたも立派な男だね」

 と言ってポニーの頭を撫でたのはリリアンだ。リリアンはエマと同室で、同じ娼婦の中では一番よく話す間柄だった。

「でも先客がいるから、今日は諦めな」
「先客?」

 エマが問うと、リリアンは親指で窓を示した。ここは二階。エマが窓から下を見下ろすと、外にステッキを持った紳士が立っていた。

 まだ開店時間には早い。

「こんな時間から気の早い」

 口笛を吹いて囃し立てるリリアンに、エマは違う、と答えた。

「あの人はお医者さんです。私が呼んだの」
「医者?」
「ラリーさん」

 呼ばれた女が振り返る。彼女もまだ髪を結い上げている最中で、艶めく金髪がハラハラと手からこぼれ落ちる。

「なに?」
「お医者さまを呼びましたから、診てもらってください」
「なんで。体調悪くないよ」
「代金は私が持ちますから」
「なんでって聞いたんだけど」

 エマは窓を開けて、地上の紳士に声をかけた。エマに気づいた紳士は帽子を上げて挨拶する。そして建物の中に入っていった。

「ポニー」

 呼ばれた少年は素直に近づく。エマは懐から銅貨を手渡した。

「ごめんね。今日はピエロは行けないわ。これお詫びね」
「えーいらない」
「じゃあヒルダ姐さんに煙草でも買ってきてあげて。そろそろ無くなるだろうから。お釣りはいらないわ」

 この館を取り仕切る女主人のヒルダは、朝から晩まで酒と煙草を嗜んでいる。煙草が切れると手当たり次第に八つ当たりしだすから、頃合いをみて誰か彼かが差し入れして機嫌を取っていた。

 ポニーも女主人の気性は染み付いていて、おそらく暴力もふるわれたこともあるのだろう。とたんに怯えた顔になって一目散に飛び出していった。

「子どもの扱い上手いね」と、リリアン。
「で、アタシは何で医者なのよ」と、ラリー。

 エマはラリーの質問に答えることにした。

「おそらく梅毒かと」
「は?」
「私の気の所為かもしれませんが、ラリーさんが三日前にお相手した方がそのご病気だったそうです。今からお見えになるお医者様が教えてくれました」
「ちょ、ちょっと待って…!」

 ラリーは周囲に聞こえないように声を潜めた。病気が発覚したと知れたら働けなくなるからだ。

「アンタ…!アタシを潰したいのか!」
「仕事に支障が出るのは理解しています。ですが早いうちに調べてもらえば、治療できます。容貌も損ないません」
「ふざけんな…!」

 掴みかかろうとするラリーをリリアンが止める。丁度、医者が案内を受けて別室で待っていると知らせが来た。

「ラリーさんが診察を拒否するならヒルダ姐さんに伝えます」
「有りもしない病気をでっちあげるってかい?」
「診察すれば全てが分かります」

 リリアンもラリーに診てもらうようにと促した。娼婦が病になる確率は高い。もし梅毒だと知られたら客がつかなくなる。鼻は欠け目もあてられない容貌になる。それでも客を取らなければ生きていけない。だから是が非でも隠し通したいのだ。
 ラリーはエマを睨みつけると、そのまま部屋を出ていった。勢いよく扉が閉まり、身支度していた周りの仲間たちは口々にうるさいなぁと舌打ちする。

 リリアンだけが、エマに同情する顔を見せた。そんなリリアンにエマは礼を言って、何事も無かったかのように髪を整え始めた。



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