【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

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一章(エレオノール視点)

とある噂話

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 エマは自分を買いに来た客と話をしていたが、とある男がやって来たのを見つけて、話を中断した。

「クズリー様ですね。お待ちしておりました」

 娼館クルチザンヌは一階が酒場で、気に入った女と金の交渉して成立すれば二階へ上がれる。値切るような男は論外、女から提示された金額で買う男は三流で、金額以上を支払っても二流止まりだ。
 そもそも金のやり取り自体が野暮。一流は遊ぶ前から女主人に金を渡しているのだ。店自体への心付けにもなるし、前払いならば信用が出来る。支払いをすっぽかされた娼婦は、給料から差し引かれてしまう。客を見る目が無かったと嘲笑の対象となる。

 エマに声をかけられたクズリーは、突然のことに驚いた顔をした。人気の娼婦に話しかけられたのだ。しかもお待ちしておりましたとも言われ、事情が分からず当惑してもいた。

「お、おれ?」
「ええ、お待ちしておりましたの。どうぞお二階へ」
「へ?あ、いやいや!」

 クズリーは盛大に手を振った。

「アンタを買う金なんてねぇよ」
「構いませんよ。私がお支払いします」
「い、いや、でも、おれはラリーを買いに来たんだ」
「ラリーさんは本日はお休みです」
「そ、そうかい。それは残念だ」
「ですから、お詫びに私が相手します」

 エマはクズリーの手を両手で握った。固く荒れた手を労るように撫でると、クズリーは生唾を飲み込んだ。
 けどよ、とクズリーは苦い顔をした。

「アンタ、寝ないんだろ?俺ごときがアンタを笑わせられるとは思えないし、遠慮しとくよ」
「…………」

 おもむろに、エマは扇子を取り出した。周囲から顔を隠すように扇子を広げると、ゆいいつ顔を見たクズリーは悲鳴に近い声を上げた。
 周囲がなんだなんだと二人に注目する。
 驚愕の声に似つかわしくなく、クズリーの顔は笑顔だ。
 扇子を下げたエマの顔はいつも通りの無表情だった。

「あんた…」
「どうぞお二階へ」
「へ、へへ」

 二階へと消えていったエマとクズリー。二人のやり取りに注目していたギャラリーは、あの扇子で顔を隠した瞬間、エマがどんな顔をしたのか。まさか笑顔を見せたのではないか。まさかあんな男に?という疑念を膨らませて口を揃えて言い合った。


 だがその後、クズリーがどうなったのかを知り、更にに周囲を仰天させた。

 



 ──いつもの酒場のいつもの席に座った男は、注文を言う前にビールを出してくれたマスターに礼を言って喉を潤した。

「…あー。やっぱここのが一番うめぇや」
「どこの店も同じですよ。同じ所から仕入れてるもんで」
「マスターのトコが一番冷えてんだよ」

 冷やすには保冷庫に氷をふんだんに入れて保管しなければならない。氷をケチれば当然、庫内の温度は上がる。他の店にも行ったことがあるが、やはり一番冷えているのがこの店だった。

 褒めたのが良かったのか、マスターはツマミのチーズを多めに出してくれた。

「冷えると言えば、石工職人の話は聞きましたか?」

 マスターの話に男はもちろん、とチーズを口にする。

「あのエマが相手した男だろ?死体で見つかった」
「なんでも彼女を笑わせたとかで、幸運にも二階へ上げてもらえたそうですよ」
「羨ましいねぇ。どうやって笑わせたんだろうな」
「知りたいですねぇ。もう聞けませんが」
「その次の日に死ぬんじゃ、笑えねぇよな」

 注文していた魚の塩焼きを給仕が持ってくる。串を持って頭から頬張ると、よく焼かれていて食べ応えがあった。

「なんでも石工職人は、エマと寝てる最中に突然逃げるように店を出てったらしいぜ」
「ああ聞きましたよ。裸のまま飛び出していったとか」
「狂ったように叫んでたとか」
「恐ろしいですね」
「前にもあったって聞いたぞ。そいつもエマが相手してるときに窓から飛び降りて死んだって」

 マスターは思案する素振りをして、ああ、と手を叩いた。

「ありましたよ。私が聞いたのは、城壁の塔から飛び降りて死んだという顛末でしたが」
「窓から飛び降りた奴もいたし、塔から飛び降りた奴もいたのかもな」
「どちらにせよ、彼女が相手をした男は死ぬ運命にあるようですね」
「マスターよかったな。寝てなくてよ」
「分かりませんよ?」
「あ?」
「天上の悦びを得られるなら、死んでも本望かもしれません」

 どうしたんだよ、と男は言おうとしたが、言えなかった。
 普段はにこやかなマスターが、目を大きく見開いた。視線は男の後ろに向けられている。
 何に驚いているのか知ろうと、男も後ろを振りかえる。そしてマスターと同じく目を見張った。

 男は会ったことが無い。たが、一目で分かった。

 そこに立っているのが噂の張本人、エマであると。



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