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一章(エレオノール視点)
目で殺す
しおりを挟む「──エマさん」
マスターが小さな声で呟く。エマは頷くと音もなく男の隣に座った。
噂通り、エマは美しかった。結い上げた黒髪には銀の花の飾りが刺さり、同じ意匠の耳飾りが揺らめいている。男が一生働いても買えないような宝飾品だろうが、飾りは所詮飾り。圧倒的な顔立ちの美しさの前には霞んで見えた。
白い肌、長いまつ毛に高い鼻。完璧な横顔に、男は一瞬にして心を奪われていた。
隣に座ったエマは、両手をカウンターの上に置いた。男には一瞥もくれず、マスターを見据えた。
「お久しぶりです。ジョースターさん」
噂通りの小鳥のような聴き心地の良い澄んだ声だった。
マスターが、ええ、よく覚えていましたね、と答える。声は硬かった。ここは酒場で、ガラの悪い奴らがゴロゴロやって来ても顔色を変えないマスターが、小柄な女ひとりに緊張しているのが如実に分かった。
いや、マスターの反応はどうでもいい。心をとらわれた男はひたすらにエマを注視していた。
「どうしてこちらに?この時間はお仕事でしょう」
「お休みをいただいたんです。アーケードのお店を回って、最後にここに」
「それは光栄です」
「初めてのお休みで、はしゃいでしまって。足が棒です」
背すじを伸ばして姿勢良く座る姿は、確かに由緒正しい貴族のようだ。白いドレスは上等な布地で、女の気品を引き立てている。
「こういうお店初めてで、勝手が分かりません。女性の方もいませんし、私のような者が来てもよかったのかしら」
「ここは酒場ですからね。昼間働いた男たちが集まってくるんです。女性も来ますが、圧倒的に数は少ないですね」
正直に話すマスターに、エマは、そうですかと答えた。その声色はあまり気にしていないようだった。
「女一人では心証が悪いですものね」
「そんなことありません。歓迎しますよ。喉が渇いているのならビールでも飲みますか?」
「今年はずっと暑いですね。それでお願いします」
マスターは冷えたグラスを取り出してビールを注いでカウンターに置いた。
エマはグラスを両手で持って口をつける。こくり、と喉が動くのを男は食い入るように見つめた。
グラスが離れて息を吐く。その吐息が、とてつもなく男を魅了した。
「──ああ美味しい。よく冷えていますね」
言いざま、つい、と瞳が動く。不躾に見ていた男の視線に気づいたのだろう。男が目を逸らそうとした時には、もう合ってしまっていた。
青の瞳。男は真っ直ぐに射抜かれた。きれい、という自分らしくない言葉だけでは終われない。見れば見るほど惹き込まれていく。触れてしまいたいのと触れてはならない気持ちがせめぎ合って、触れてしまいそうになる。
ガン、と大きな音が鳴る。びくついた男の前には、注文した新たな料理が置かれていた。
「はい、ご注文の雌牛の煮込みです」
マスターの言葉で我に返る。無意識の内にエマへと伸ばしかけていた手に男は気づいて、誤魔化すように皿を引き寄せた。
──危なかった。
目を合わせただけ。それだけだ。それだけで、まるで酩酊したかのように理性を失い、溺れてしまいそうになってしまった。マスターの助けがなければ、今頃はどうなってしまったのだろう。
こんなに美しく惹かれる娘は初めてだった。どことなく匂い立つ色香に、どうしても男は惑わされてしまいそうになる。
煮込みの味付けは濃いはずだった。今まで何度も頼んだことがある。なのに何の味もしなかった。
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