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二章(ジョン視点)
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しおりを挟む妃候補だとやって来たのが、エレオノール・マルツァーノだった。
なんでも父の推薦だとか。伯爵家ごときを王族に迎え入れる気なのか。舐められたものだと、ジョン皇太子は憤っていた。
父との確執は昔からあった。父は事あるごとにジョンを叱責し、無能め、こんな奴が跡継ぎかと罵った。ジョンも負けじと歯向かうが、まったく敵わなかった。父はかつて王となる為に権謀術数を巡らし兄弟を死に追いやった過去がある。血みどろの宮廷で生きてきた父と、産まれながらに皇太子としてぬくぬくと育った自分とでは、どうしても場数が違った。
ジョンは父から逃げた。勉強はそっちのけで酒を覚え女を覚え、あらゆる享楽にふけった。ますます父から腑抜けだと罵られたが、構わなかった。ジョンの他に王の子供は庶子しかいなかった。王になれるのはジョンだけ。その自負がジョンを助長させた。
十八の時に婚約者の話が舞い込んだ。それがエレオノールだった。
父の差し金の婚約者になど誰が会うものか。引き合わせようとする侍従たちを追い払い、絶対に会わなかった。
それよりもココットだった。娼館で見初めたココットにジョンは夢中だった。天真爛漫で、皇太子である自分にも物怖じしない度胸があった。なにより話が面白く一緒にいて楽しかった。
やがてココットを身請けし、どこぞの貴族と仮初めの結婚をさせ、伯爵夫人の地位を与えた。貴族であれば宮廷に入れる。名実ともにココットを愛人として迎え入れた。
愛人を作ったのならと、父はエレオノールとの結婚を強行してきた。しかもとんでもないだまし討ちで。
母が病気だからと見舞いに行ったら、自分の代わりに女神像に祈りを捧げてほしいと頼まれ、教会へ足を踏み入れた。そこには父と司教、大勢の立会人が待ち受けており、逃げられなかった。
抵抗するジョンに父が王笏を床に打ち付けて、こう言った。
「今ここで死ぬか生きるか、選べ」
結婚を拒めば殺される。もう逃げられなかった。
エレオノールは、この騒動が始まる前から祭壇に立ち待っていた。顔を隠すベールを被っていたせいもあるが、存在感が無く、ジョンはあれが自分が結婚する花嫁だとは初め気づかなかった。
花嫁衣装も装飾の少ないシンプルなもので、おそらくは伯爵家という地位の低さからだろう。死ぬか生きるかの選択を迫られたジョンは、もう半ば投げやりに花嫁のベールを取った。さっさと誓いのキスをして終わらせようと思っていた。
だが、ベールの向こうの素顔に、ジョンは一目で心奪われた。
艶やかなブルネットが、滝のように腰まで流れている。白い肌は内面から発光しているようで、まるで女神像のような荘厳さを放っていた。
伏し目がちな瞳が開かれ、海のようなブルーの瞳がジョンをとらえる。心を鷲掴みにされたように、動けなくなる。
「殿下、誓いのキスを」
司教の言葉に我に返る。ジョンは慌てて触れるだけのキスをした。初めてでもないのに戸惑ってしまい、ジョンは羞恥心から顔が真っ赤になった。
エレオノール・マルツァーノの名を耳にしてから、実に二年が経っていた。
祝賀会が行われ、ジョンは生死の選択まであった結婚式でのことは、どうでもよくなっていた。隣に座るエレオノールとの初夜を楽しみにしていた。
エレオノールはジョンより二つ年下だった。酒をまだ飲めず、あまり食事も進んでいないようだった。小さな手がナイフとフォークを持ち、小さな口に食べ物を入れる様を眺めては、愛おしいと思うようになっていた。
完全な一目惚れだった。背も低く、折れてしまいそうなほど細い腰だった。庇護欲をかき立てられる姿は、豊満な体を持つココットとは全く違う魅力があった。
祝賀会が終わり、エレオノールが待つ寝室へと向かう。その途中でココットと会った。
「殿下、この度はおめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「初めての夜を迎える妃殿下におかれましては、ご不安もあるかと思います。是非わたしから贈り物をさせてくださいませ」
ココットは、ボトルを持っていた。酒のボトルだ。ジョンは苦い顔をした。
「この馬鹿め。エレオノールは酒が飲める歳じゃない」
「あら、お酒ではありませんよ。ハーブが入っておりますの。湯で割ると体も温まり気分も落ち着きますの」
と言ってココットはボトルを開けた。何やら腐臭のようなニオイがした。ジョンは鼻をつまんだ。
「落ち着く?これが?」
「毒ではありませんよ」
「腐ったニオイだ。もっとマシなのはないのか」
「ええありましてよ。お時間は取らせません。どうぞ私の部屋でお試しくださいませ」
ココットの誘いに部屋へ赴く。それからいくつかの試飲をしている内に酒が回ってきたのか、そのままジョンは眠ってしまった。
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