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二章(ジョン視点)
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しおりを挟むよく眠り、気づけば陽が傾き始めていた。ココットに介抱されながら昼食と夕食の境い目の食事を取り、部屋に向かうと、そこにエレオノールはいなかった。
「どこへ行った」
侍女が庭だと答える。庭に行くと、花園にエレオノールはいた。屋根付きの椅子に腰掛けて、本を読んでいた。
ジョンに気づいた侍女がエレオノールに耳打ちする。エレオノールは読書を中断して立ち上がった。
「殿下」
小鳥のように繊細な声だった。ブルーピンクの淡い衣装を纒ったエレオノールは、やはり昨日見た印象と同じだった。触れがたい、神聖さがある。それを汚して自分のものにしたい。ジョンは今すぐにでも寝室へ連れていきたい衝動を堪えて、本に目を向けた。
「何を読んでいた」
「騎士道物語です」
ジョンは本を手にとって表紙を見た。知らない題名だったが、騎士道物語は恋物語だ。そもそもジョンは本を読まない。
「昨日は、すまな──」
謝罪をしている途中で、エレオノールが膝を折る。ジョンは慌てて立ち上がらせた。
「なんでそんなことをする」
「殿下は王となられるお方。そんなお方に謝罪させたとあっては、私の立つ瀬がございません」
えらく小難しいことを考えるものだと思った。伯爵という立場がそう言わせているのか?
それに、とエレオノールは続けた。
「殿下のお立場もお察ししております」
「皇太子という立場か」
「次期君主となられる重責は計り知れないものかと」
エレオノールの発言が心配にも哀れみにも聞こえて、ジョンは少し不機嫌になった。
なにより、何の表情も見せない、憂いを帯びた顔が気に食わなかった。
皇太子であれば、皆が媚びへつらってくる。誰もが褒めそやすのが当たり前。
諫言してくる臣下はいるが、それは父の差し金だ。
この娘も、父の推薦だった。ということは、笑わないのも、こんなつまらないやり取りをするのも、父の命令だとしたら──
昨日の高揚が、冷めていく。
「俺の何がわかる。言ってみろ」
「私が殿下を語ろうなど、恐ろしいことです」
「言え」
「お許しください」
「父になら言えるのか」
エレオノールは顔を向けてくる。
「父に俺を更生するようにでも言われたか」
「陛下はよくよく殿下をお支えするようにとおっしゃられました。私も、そう務めたいと思っております」
「支える?監視の間違いじゃないのか」
「いえ、決して」
仰々しく一歩も二歩も引いた答えばかり。ジョンは不機嫌になった。
「殿下」
声がけしてきたのは、ココットだった。扇子を半開きにして顔半分だけ見せているのは、昔からの誘いの合図だった。
花園へは人払いをしていた。だが愛人であるココットは別だ。どこにでも入れる許しを与えていた。
「殿下、賭けトランプでもいたしましょう」
「ああ、後で行く」
「外国から呼び寄せた楽士が到着しましたの。彼らの奏でる音色を聴きながら興じましょう」
にこやかな笑顔で、ココットは誘う。赤い口紅に惹き寄せられそうになる。
「今、妃と話している。後でな」
「後でと言わず、ご一緒なされては?宮廷入りしたばかりですし、まだ慣れておりませんでしょう。私がここの催しをお教えいたしますよ」
まだ慣れていない。その言葉にハッとする。そうだ。父が寄越した娘だ。何か吹き込まれていたとしても、エレオノールは自分の妻なのだ。夫は妻に従うべきだ。であれば、こちらに引き込んでしまえばいい。
「そうだ。エレオノール。お前も来い。呼んだ楽士は、あのカルティーナ楽団だぞ。きっと気に入る」
エレオノールは硬い顔をしたままだった。だが楽しませてしまえば、エレオノールも笑顔になる。笑えばきっと、ジョンにも心を開く。
返事をしないエレオノールの腕を掴む。
「来い」
引けば、つまづきながらもついて来た。少し力をいれたら折れてしまいそうな腕だった。
花園を抜けた所で、待機していたエレオノールの侍女が、ジョンの前に跪いた。ジョンに挨拶の口上を述べたあと、エレオノールに向き直る。
「エレオノール様、陛下が直ぐに来るようにと仰せです」
「放っておけ。エレオノールは俺と行く」
再び腕を引くと、拒まれる。ジョンが振り返ると、エレオノールはやはり無表情のままだった。
「殿下、私は陛下のもとへ向かいます」
「俺より父を選ぶのか」
「私が選ぶのではなく、全ては陛下の身心しだいです」
「お前はこの侍女の言伝を聞かなかったことに出来る。結局は父を選んでいるじゃないか」
「私が無視をすれば、侍女が罰を受けます」
「侍女ごときで!」
むりやり腕を引っ張ると、エレオノールは苦痛に顔を歪めた。初めて見せた感情が、こんな苦しみから生まれたものなのが、ジョンはますます気に入らなかった。
「殿下、お待ちになって」
二人の間に割って入ったのはココットだった。やんわりとジョンの手を解いて、エレオノールを解放する。
「エレオノール様のおっしゃる通りですわ。陛下の命令は絶対ですもの」
「お前まで」
「それにエレオノール様は、まだ殿下の物ではありませんもの。陛下に従うのは自然な流れですよ」
ココットがくすくす笑う。初夜を迎えていないエレオノールに対する当てつけなのか、ココットはジョンにすり寄った。
「ほら、行きましょう。楽士は待ってくれますが、時間は待ってくれません。少しでも楽しい時間を私と過ごしましょう」
今度はココットがジョンの腕を引いた。ココットに導かれるまま庭を後にしたジョンは、エレオノールがどんな顔をしていかなど知る由もなかった。
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