【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

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 エリシアを呼ぶ前に、ハンナに全てを話した。事の次第を把握したハンナは青ざめていた。
「…話は以上だが、これを彼女に話しても問題無いか」
「問題とは…?」
 ソルが捕捉する。
「旦那様はエリシア様がお心を痛めるのを懸念しておられます」
「悲しまれはなさるかと」
「どれくらいだ」
「どれくらい…」
 ソルがまた付け足す。
「旦那様は奥様が寝込まれるのを懸念しておられます」
「さすがにそこまでにはならないかと…エッジワーズ伯爵様より命を狙われているのは前からご存知ですし、腹違いの妹からは虐げられ、使用人も平気でエリシア様の前で掃除をするような有り様でした。今更フットマンが商人や盗賊の手配をしたなどとお知りになっても、寝込む理由がありません」
 マティアスは頷いた。
「フットマンの処分だが、吊るし首でいいか」
「なっ…!それこそエリシア様が寝込まれます!」
 ハンナの剣幕にマティアスは理解できないような顔をした。
「お前は殺されかけたんだぞ。罪状を見ろ。2回は殺さなければ十分な罰にならない」
「私は使用人です」
「フットマンも使用人だ。だから彼女には処分まで話すつもりはない。ハンナ、お前に話している」
「私は…エリシア様に顔向け出来ない事はしたくありませんし、私が決めるには荷が重すぎます。お嬢さま、いえ、奥さまに委ねてください。エリシア様はそんなに弱い方ではありません」
 マティアスは罪状を書いた紙を丸めた。
「傷の具合はどうだ」
「喉に違和感はありますが、特には」
「医師によく診てもらうように」
「…ありがとうございます」
「彼女には私から話す。今どこにいる」
 ハンナは自室に、と告げる。白い息が灯る。ソルがさり気なく退出を促した。

 マティアスはエリシアの自室へ。入ると廊下と変わらず寒かった。暖炉の火は焚かれていなかった。
「誰が消させた」
 エリシアは慌てて答えた。
「私です。無理に頼んだんです」
「何故」
「節約、です」
「必要無い。春まで十分足りる分の薪の調達は済んでいる」
「私こそ必要ありません。見てください」
 そう言って両手に抱えた小さな包みを見せた。
「湯たんぽです。布で巻いて持っていればとても温かいです」
「不便だ」
「座っているだけですから」
 エリシアは微笑む。対するマティアスは無表情で包みを見下ろしている。静かな沈黙が降りる。そのまま、マティアスは部屋を出ていった。
 怒らせてしまったらしい。エリシアは椅子に力なく座った。
 だがそうも経たない内に戻ってきた。バケツを持っていた。その中には薪が。
 マティアスは無言で暖炉の灰を整え薪を並べ始めた。積み重ねて火を付ける。あっという間に炎が上がる。素晴らしい手際の良さだった。
 マティアスは屈んだまま暖炉をじっと見ていた。やがてパチパチと音がなる。二人ともその炎を眺めていた。
「…貴女に負い目がある」
 マティアスはポツリと言った。
「償いをする義務もある」
「よくしていただいております」
「足りない」
「本当です」
 マティアスはまた黙った。二人きりだと、どちらもぎこちない。言葉が続かない。でも不快でも不安でも無かった。不思議な感覚だった。

 二人は小さな丸テーブルを挟んで座った。マティアスは盗賊事件のあらましを話した。エリシアを亡き者にするため、地図と手形を売り国境へおびき寄せ、盗賊に襲わせた。手引きしたフットマンは拘束済み。地図をハンナに売った男も捕らえてある。
「フットマンの口は割らせてある。貴女の父親の命令だったと証言した。フットマンに処罰を与えなければならない」
「父の命令だったなら、彼に罪はありません」
「見逃せと?」
「彼に私を殺したと嘘の報告をさせてください。彼には養う家族がいます。金を握らせれば従うはずです。そうすれば私の命は狙われませんし、ブランチェスカへ今度こそ入国出来ます」
「それでいいんだな?」
 エリシアは頷く。
「どうか、春には去りますから、それまでここにいさせてください」
 マティアスも頷いた。


「それでいいんですか?」
 ソルは詰め寄った。ここまで声を荒げる彼女は珍しい。マティアスは机に並べられた書類に目を通した。
「俺の望む形になった」
「エリシア様がお好きなくせに」
「ソル・グレイ、休暇をやる。この所働き詰めだったな。よく休め」
「エリシア様が去ったら、次はエリシア様の腹違いの妹がこちらに嫁ぎに来られます」
「お前の好きな本屋は今改装中だ。別の店に行くんだな」
「イズベル様は」
「母の話はするな」
 ソルは黙った。睨むような目だけで訴えた。マティアスはため息をついた。
「近々、王都で皇太子叙任の式典が行われる。ついでに祝宴も。王は夫妻での出席を望んでおられるが、俺一人で行くつもりだ。彼女に伯爵夫人は似合わない。彼女の舞いは見事だった。芸は人に見せてこそだ。そうだろ?」
 
 その日の午後、王都からの使者がやって来た。物々しい雰囲気に、マティアスは眉を潜めた。

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