王妃の椅子~母国のために売られた公子

11ミリ

文字の大きさ
9 / 17

8.離宮・王妃の回想(5)

しおりを挟む

 呼び止められたのは、軍用会議室の前だ。
 ライルはこの部屋で会議をするからと招集を受けていた。自分が一番下っ端なのは分かりきったことなので、扉の外で時間を取られるわけにはいかない。
 失礼な相手はやり過ごすのが一番である。

「あなたも会議への参加ですか。ではお先にどうぞ」

 一歩脇へ避けると、やりとりを聞いていた警備兵が扉を開ける。部屋の中からは通路に立つハムザの姿が見えているはずなので、これで入室せざるを得ない状況になった。

「チッ……。後で話がある」

 部屋はそれほど広くない。中央には大きな円卓があり、その上には地図が広げられている。
 装飾が凝った最奥の椅子以外、どの席でも構わないらしく、扉に近い席を選ぶ。既に椅子の半数以上が埋まっていて、後からやって来る者ほど外套の装飾が豪華だった。
 最後に王のカビルが入室して戦の作戦会議が始まった。
 もう山では熊も狐も冬眠の支度をするころだ。こんな時期に他国を攻めるとは、余程自信があるのだろう。
 会議というが作戦はすでに決まっていて、連絡事項の通達と確認だけだった。出発は二日後。ライルの聞き間違えかと思ったが、そうではない。ディルア軍がとんでもなく戦慣れしているのだ。
 山鳩を射るよう気軽さで他国を攻め、小川の魚を捕るように略奪の許可をする。それを重臣たちが喜び頷く。

「あの国の姫はかなりの美姫だそうだ。それに新しく迎えた王妃は少女のように愛らしいとの噂。両方生きて捕まえ、儂の下へ連れてこい。城を攻め落としたら女の味見をするのが勝者の礼儀というものだろう!」
「少女のようではなく、本当に少女でしたらいかがいたしますか?」
「構わん。それなら切り捨てるだけよ」

 どっと笑い声が上がる。主が主なら、重臣も重臣だ。どこに笑える要素があるというのか。
 この国は奪うだけの下劣で卑しい国だ。
 リガーレが侵略されずに良かったと、心から思えた。
 他国に起きる窮状を知りながら、母国の平和に安堵する。良心が痛もうと、何かができる身ではない。余計なことは絶ち、与えられた役割を果たす。それがこの国ディルアでの生きる道だ。
 慣れなければ。そう思いながらも不快な気持ちから抜け出せなかった。


「カラス、お前が最後だぞ」

 少年らしさが残る声に周囲を見渡すと、最後の重臣が退室する背が見えた。
 同じ十五歳とは思えないほど体格に恵まれている。ライルが椅子から立ち上がっても、面と向かって話そうとするなら顎を上げなければいけなかった。

「わたしにはライルという名がある」
「俺はディルア第六王子、ハムザだ」
「知っている。それで話とは?」
「あ? お前、俺が誰か分かってその態度か?」
「広さは違えど、国を統治する家門の直系という立場は同じ。年齢もわたしと同じと聞いた。ならば身分は同列。上下関係はないだろう」
「……言うじゃねぇか」

 会議の場にいたのだから、互いが次の戦いに参加するのは知っている。特にライルは兵士の士気を上げるために前線で飛ぶ任務がある。怪我を負わせて作戦に支障が出るような暴力沙汰は、この場でできないはずだ。

「これ以上話はないようだな。失礼する」
「ちょっと待て。俺も獅子の間にいたぞ。謁見のときだ。お前が大臣と二人でいた謁見だ」

 去ろうとしたところ、呼び止められる。どこかを掴まれたかと思ったが、どこにも触れられてなかった。

「そうか」

 背を向けたままそれだけ言って、扉を潜った。
 辱めを受けた謁見を敢えて持ち出す意味は何か。ライルを精神的に屈服させ、優位に立とうとでもしたいのか。
 ディルアの王はライルへ煮え湯を飲ませ、その息子の王子は湯を追加する。
 アーシムの言うとおり、よく似た親子だ。
 似すぎていて、吐き気がこみ上げた。

 自室に戻ると、筆を手に取りシャラフへ手紙を書いた。
 武術訓練で指導してくれた騎士のアーシムによると、宿舎内の書簡管理室では配達の手配をしてくれるそうだ。通常はディルア国内のみだが、そこは知り合い同士なら人伝で国外への発送も請け負う。ただ、手数料や入国費用も一部負担が必要になるし、国外便がいくつか溜まってからの発送だから、いつ相手方へ届くかの保証はない。
 だが届きさえすればいい。シャラフは文字もまだ読めないが、乳母がいる。彼女が読み上げてくれるだろう。そのうちシャラフが一人で読めるようになる日もくる。
 文字は大きく、短く、簡潔に。健やかに日々を楽しく過ごしてくれと綴った。
 書簡管理の受付けは二人いた。男女一人ずついるが、女性の方が話を通してくれると聞いていたのでそうした。小声でリガーレ公国へと頼むと、中年の女がにこやかに笑う。

「アーシムから聞いているよ。あの子はわたしの甥なの。だからやってあげるわ。だけどね、国外便は日数がかかる分、配達料も高いのよ。銀貨五枚だけど大丈夫?」

 国内便ならどこへでも銀貨一枚らしい。
 その値段でもシャラフと繋がりを持てるのなら、高いとは思わなかった。

「本来の業務外だから、内緒にしてね」

 女が目配せをする。隣では孫がいそうな男が手紙を束ねて紐でまとめている。耳が遠いのか、こちらを全く気にしない様子だ。
 ライルは掌で見えないようにして、女へ銀貨を渡した。





 本当に二日でディルア軍は出発した。移動の途中途中で兵が集まってきて、目的地に着くころには大陣営になっていた。
 戦の相手はダーイフ国だ。ディルアから見て東に位置する。
 国境はどの国も堅固な守りを作る。
 ダーイフは山を利用した天然の要塞があり、ディルアは過去何度か攻めていた。この度は本格的な冬が訪れる前に陥落させ、主要となる城まで進む。春になれば休む暇を与えず首都まで乗り込む算段だという。
 陣営では各部隊長へ最終確認が行われた。
 要職に就いている者ほど、甲冑が虹色に輝いている。リガーライトを使っている証だ。
 軽さと丈夫さを称え、早々に手に入れられて良かったと自慢する声がそこかしこから聞こえた。

 改選前の興奮状態に入った兵士たちの熱気がまとわりつく。
 今から大勢の血が流れるのだ。いくらディルア軍が強くとも、誰一人死なない戦はない。骨すら拾われない下級の兵士だっているだろう。
 ライルは小刻みに震える指を強く握りしめた。

「おい、ライル」

 ハムザだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

牙を以て牙を制す

makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子はある日兄の罪を擦り付けられ、一人異国である牙の国に貢物として献上されてしまう。ところが贈り先でさえ受け取りを拒否され、途方に暮れた彼は宮廷で下働きを始めることに。一方、なにも知らずに日夜執務に追われる牙の国の王太子は、夜食を求め宮廷厨房へと足を運んでいた――

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

虐げられた令息の第二の人生はスローライフ

りまり
BL
 僕の生まれたこの世界は魔法があり魔物が出没する。  僕は由緒正しい公爵家に生まれながらも魔法の才能はなく剣術も全くダメで頭も下から数えたほうがいい方だと思う。  だから僕は家族にも公爵家の使用人にも馬鹿にされ食事もまともにもらえない。  救いだったのは僕を不憫に思った王妃様が僕を殿下の従者に指名してくれたことで、少しはまともな食事ができるようになった事だ。  お家に帰る事なくお城にいていいと言うので僕は頑張ってみたいです。        

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

たとえ運命の番じゃなくても

暁 紅蓮
BL
運命の番を探している‪α‬とそんな‪α‬に恋をしてしまったΩの話。 運命の番が現れるまででいいから番にして欲しい…… 貴方の幸せを、俺は願っています― オメガバースは独自の世界観があります

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

処理中です...