王妃の椅子~母国のために売られた公子

11ミリ

文字の大きさ
8 / 36

7.離宮・王妃の回想(4)★怪我・流血はしませんが、不穏な単語があります

しおりを挟む


 ニケという特異な体質があるため、一番懸念していたのは食料事情だ。なにせ蜂蜜と果物と花くらいしか食べることができない。それ以外は身体が受け付けない。死にはしないが酷く腹を壊してしまう。
 ところが蜂蜜は庶民にとって高級品だ。
 だから蜂蜜はリガーレの城内にある在庫を攫った。ついでに紅茶の茶葉もあるだけ持ってきたから、この冬の間に飲める温かいものといえば湯しかないはずだった。
 果物は冬のために干して貯蔵していたものを領民たちが惜し気もなく差し出してくれたので、ありがたく頂戴した。花は鳥の姿になって飛んで探せば、真冬になっても無くはない。少々環境が悪くともどうにか生活できる程度は揃えていた。
 そして蓋を開けてみれば、兵士や使用人が利用できる食堂には大概果物があった。
 食べ物で困らないのはありがたいことだ。
 一方で、閉口したのは騒音だ。
 宿舎では朝から深夜まで誰かしら怒鳴っている。ぶつかっただの、食事の盛りが少ないだの、酒場の女がどうのとか。
 そういった者はなぜか体臭が酷い。酒を飲むと更に匂う。つまり自分自身へ無頓着なのは、周囲にも気を遣えない。分かりやすい。
 野蛮で雑。それがディルア王国の印象だ。
 なるべく人と関わらないようにしていたが、訓練では避けようがなかった。
 階級別に別れているが、少年の部隊はざっくりひとまとめにされている。少年といっても未成年なだけで、ほぼほぼ成年と同じような体格ばかり。その中で一際ライルは小柄だった。
 剣を交えれば衝撃の重さが違う。筋肉量にものをいわせて振り下ろされた剣は、木製といえど凶器だ。まともに受ければ力負けする。
 ニケの身体は成人前に完成するので、ライルもそろそろ身体の成長が止まるだろうとリガーレの医師から告げられていた。そうなるとますます差が開く。けれど本当に危機的状況になれば飛んで逃げる手段は残っている。
 もちろんそんなことにならないのが一番良いわけだが。



 休憩時間になると、指導の騎士がライルの元へやってきた。少年の部は騎士の中から当番であたるようで、よく変わる。

「君がリガーレ公国のニケだって本当かい?」

 背の高い青年がやって来て、留学にでもしに来たように軽く言った。
 実際は選択権などなく強制に近かった。肯定すると「凄い……。僕はニケに初めて会ったよ」と素直な感想を告げられた。

「わたしも自分以外のニケと会ったことはないです」
「うんうん。そうだよね。僕も騎士仲間の出身村の隣の村に昔一人だけいたとか、そんな遠い話しか知らないよ。ああ、話が逸れてしまうね。僕はニケを指導したことがないから、訓練の方針を本人と話し合って決めた方がいいかと思ったんだ。えーと、君は……」
「ライルです」
「僕はアーシムだ。ねぇ、リガーレ公国から来たなら、噂のリガーライトの武器を使ったことはあるかい? 軽い、固い、鋭いの三拍子揃った新しい素材なんだってね」

 青年の腰の帯革には家紋の焼き印が押してある。真っ黒な髪は肩で一直線に切りそろえられていた。雰囲気からして騎士の家系かもしれない。傭兵の雑多な雰囲気がなく、それから嫌な匂いもしなかった。

「ああ、それなら……」

 これです、とライルは懐に忍ばせた細く短いナイフを渡した。
 リガーライトは光に当てると虹色に輝く性質がある。

「わぁ、きれいな反射光だ。それに、うん、軽いね。これは素晴らしい。でもね……」

 アーシムが素早く動いたか思うと、ライルの首筋に何かが触れた。風は後からやってきた。

「はい、ライル死亡ー」

 アーシムは一瞬でナイフを鞘にしまい、それをライルの首筋に当てていたのだ。

「っ……」
 言われてから冷や汗が出た。心臓も慌てるように拍動を大きくする。頭も身体も全てが遅れた。

「脅かして悪いね。でも駄目だよ。武器を誰かに渡すのは厳禁。ナイフをいつも隠し持っておくつもりなら簡単に見せたりするのも駄目。知ってる人にでも油断はしないで。基本だよ」
「肝に銘じます……」

 その通りだ。
 リガーレでも剣術は習っていたが、基本と言われるこんなことすら教わっていない。
 武器を振るう国と、習い事で扱う国の差が大きい。


 アーシムと話し合い、今後は持久力と瞬発力の向上を目指すことになった。
 参戦が決まっているライルにできる対策は、何時間でも飛べるようにすること。それは勉強時間の息抜きに飛んでいたのとは比べ物にならない持久力が必要だ。

「人の姿で襲われたとき、一発目までは躱せないと。さっきみたいに棒立ちしてたら簡単に殺れる。ライルは小柄だから、それを生かした技術を身につけた方が良い」
「……はい」

 夕刻を知らせる鐘が鳴ると、訓練も終了する。あちこちに散らばっていた兵士たちも戻ってくる。その中に一際目を引く青年がいた。
 一括りにまとめた黒髪のくせ毛、陽に映える浅黒い肌、彫りの深い目鼻。
 驚くほどカビルに似ているが、あまりにも若い。

「ライルどうした? ああ、彼か。王にそっくりだし、目立つだろう?」
「え、はい。でも、体格が違うから……。でもかなり若い方ですよね?」
「第六王子のハムザ殿下だ。例外で大人に混じって訓練受けているけど、あれでまだ十五歳なんだよ、確か。全く、頼もしい限りだ」

 ディルア国民にとっては誇れる殿下らしい。ライルにとっては忌々しい男によく似た王子。
 落ち着いて二度見すると、確かにまだ顔に年齢往々の幼さがある。体格も父王カビルの血を色濃く受け継いでいるのだろう。未成年とは思えないほどだった。あれが二人もいる国だとは何とも末恐ろしい。


 その恐ろしい王子とは、それから間もなく対面した。

「おい、リガーレのカラス」

 恐ろしいと言うよりも無礼な王子だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

薄紅の檻、月下の契り

雪兎
BL
あらすじ 大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。 没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。 しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。 鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。 一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。 冷ややかな契約婚として始まった同居生活。 だが、伊織は次第に知ることになる。 鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。 発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。 伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。 月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。 大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

お腹いっぱい、召し上がれ

砂ねずみ
BL
 料理研究家でαの藤白蒼は幼なじみで10個下のΩ晃と番になった。そんな二人の間に産まれた照は元気いっぱいな男の子。泣いたり、笑ったり、家族の温かみを感じながら藤白家の日常が穏やかに進んでいく。    そんな愛する妻と愛する息子、大切な家族のお腹いっぱい喜ぶ顔が見たいから。蒼は今日も明日もその先も、キッチンに立って腕を振るう。  さあ、お腹いっぱい、召し上がれ。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

処理中です...