王妃の椅子~母国のために売られた公子

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9.離宮・王妃の回想(6)

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 元々年齢の割に大柄なハムザは甲冑を着込んで更に巨躯に見えた。胸元には王家の紋が彫られているが虹色に光っていない。リガーライト製ではなかった。

「お前、初陣だろ」
「……それがどうかしたか」

 上からの視線を、負けじと睨め付けた。

「びびってねぇでしっかり飛べよ。後方にも見えるように高く飛べ」
「ほう。指揮官のような口ぶりだな」
「低いところでちまちま飛ばれても邪魔なだけだ。慌てて勝手に前線から出んじゃねえぞ」
「それはお前自身のことか?」

 ハムザは前衛としてどこかの伯爵家の中に組み込まれている。
 王子の身分のためか軍議に出席はしているが、扱いは一兵卒だ。第六王子とはいえ、王族の割に立場は弱いのだろう。

「いいから、俺の活躍ぶりでも空から優雅に眺めてろ」
「いちいち地上の兵を区別して探せと?」
「いやでも目に付くさ」

 ハムザは小脇に抱えた兜を被った。頭頂部分の飾りは、青く染めた鳥の羽で飾りが使われている。目立つかもしれないが、それだけだ。
 支度があるからとライルはその場を去り、荷馬車の中で鳥の姿をとった。
 ハムザに絡まれたのは二度目だ。面倒でしかないが、気付けば指の震えは収まっていた。
 苛立ちが緊張を飲み込んでいた。


 突如、パパパパパーッッと音楽隊のラッパが響く。

「我がディルアの勇敢なる兵よ!」

 カビルの登場に、割れんばかりの歓声が上がる。

「あの城塞に見覚えはないか! 我らの進軍を阻む憎きダーイフの城塞だ! これまで耐えてきたのだろうが、それも今日までよ! ダーイフの滅亡はここから始まる! 城壁の向こうには、金も女もあるぞ! 手に入れたい者は前へ進め! 勝利の女神は我らへニケを遣わした! さあニケに導かれ、約束された栄光を掴みに行くがいい!」

 カビルの激が終わると同時に音楽隊が盛り上げ、興奮が最高潮になる。
 打ち合わせ通りにライルが本部の上を旋回し、カビルが「進撃せよ!」と叫ぶ声に合わせて敵陣へ飛ぶ。地上では歩兵、弓兵、騎馬兵らが陣形を崩さずに前進している。彼等への指示は本陣に高く掲げた旗の本数や色で分かる仕組みだ。
 大陸でのし上がるには知略や連携も他国より優れている必要がある。ただ暴力的で野蛮なだけではなかった。
 弓の射程距離に入ると、城塞から雨のように矢が降ってくる。前方だけではない。後方からもディルア軍が弓を射かける。
 ライルの眼下では斬り合いが始まった。砂煙が立ち、地上が黄土色にくすむ。金属がぶつかり合う音と絶叫がぐちゃぐちゃに絡み合う。赤い池に伏せた者は動かない。それが徐々に増えていく。土埃に混じって、鉄さびの匂いが昇ってきた。
 ライルは惨状の上を休まなく飛び続けた。翼を休められる木があっても、枝に止まるのは許されていない。
 しばらくすると疲労で高度が落ちた。だが矢よりも高く飛ばねば、あっという間に串刺しになる未来が待っている。自分が失敗すれば、母国リガーレが目の前と同じ運命を辿ってしまう。国を守るために与えられた役割を果たすのだ。
 飛べ、飛べ、飛べ、飛ぶんだ。翼の感覚がなくなっても、心が折れたとしても。
 ライルは必死に自分を鼓舞した。
 それでも次第に高度は下がり、矢が近くを通り過ぎた。もう保てない。落ちる。
 意識が遠のきそうになって、シャラフの顔が浮かんだその時だ。

「この馬鹿ガラスーーっ! 邪魔だっつったろうがーーっ!」

 無礼な怒号に身体全体が目が覚めた。慌ててはばたき、高度を上げる。
 ライルの下で、青い羽根飾りの目立つ槍使いがいた。
 腕に小型の盾をはめ、両手で槍を繰り出す。どちらも美しく虹色に輝いている。

 ハムザがリガーライトを使っていた。槍が一見してすぐ分かるほど長い。けれど軽々と扱っている。王子なのにリガーライトを存分に与えてもらえず、槍と盾だけに使用したのだろう。
 たったそれだけしかないのに、動く毎に敵は倒れていく。槍で突いては倒し、振り回しては退ける。横から敵兵が切りつけても盾で弾き飛ばす。。
 ライルは無敵の鉱物さえ発掘されなければ、ずっと母国にいられたはずだと、リガーライトを忌々しく思うこともあった。けれどもハムザがそれを使っているのがぞくぞくするほど嬉しい。
 どうだ凄いだろう、軽いだろう、使いやすいだろうと声に出したくなった。
 胸を張れる母国の品だ。
 自慢の品なのだ。
 


 外側の壁を上り詰める兵士が現れ、内側から入り口が解放された後は早かった。一気に減ししが城壁内へなだれ込み、一番高い中央の塔へ掲げられていたダーイフの国旗はディルアのものにすげ替えられた。城塞の主は斬首された。
 勢いづいた兵士たちは城塞を侵略していく。邪魔者を排除しながら欲望の世界を繰り広げる。
 嵩張らない高価な物はどんどんなくなる。窓掛けの布を外してそれらを包み、背中にいくつも背負う者がいる。高そうな甲冑を着た敵兵は生け捕って後々身代金と交換したりする。叫び声の中には女の声も混じる。
 いずれも命をかけた兵士たちの報酬だから行為の否定はできない。
 ライルは鳥の姿のまま部屋の窓辺にいた。城主の家族が使用していそうな豪華な寝台がぽつんと残されていた。部屋の主はどこにいるのか知らない。
 すでに荒し終わった部屋だ。覗く者がいてもすぐに素通りされる。

「あれ? ライルここにいたのかい?」

 部屋にやってきた何人目かの騎士はアーシムだ。彼もまた返り血を浴びた甲冑を纏って、高級そうな掛布で作った荷物を背負っている。

「何か良い物でも見付けられた?」

 首を横に振って否定する。
 ライルはカラスのニケだからきらきらと輝くものが好きだ。宝石もいいが、銀の匙でも、朝露のぷっくりした滴でもいい。
 けれど心躍るものはここには何もない。何もかもが淀んで見えてしまう。
 たとえどんなに大きな金剛石が転がっていたとしても、手に取りたいとは思わないだろう。
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