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14.離宮・王妃の回想(11)★不穏な単語を使ってます
しおりを挟む軍の行動予定は機密情報だ。けれどディルアの国民も、ダーイフの国民にも分かっていることがある。ディルア軍は間違いなくダーイフの首都まで攻めるのだと。
そこで進撃は一旦止まるのか、それとも別方面へ向かうかは未知数だが、少なくとも首都までの道のりにある城を攻めるのは明白だった。
今回の要所は当然ダーイフの首都だ。そこに至るまでは序幕から第一王子のヌールが指揮をとり、王は最終幕の首都戦になってから登場することになる。
ハムザはどの戦いでも活躍を見せているが、王子の中では年若で末席の王子だ。指揮を執るには経験が不足している。ディルアの王位継承は長子制度をとっていないので第一王子でも第六王子でも身分は平等になるが、何かと年長者の第一王子が有利になっていた。
ライルを含む後発の軍は各所で補給をしながら進み、先発のリガーレ軍が待機する陣へ到着した。そこで早々に軍議が行われた。前回と大きく違うのはヌールがいること。いくつかの家門は交代していたが参謀はそのままだった。
軍議は滞りなく進んだ。作戦の説明、質疑応答、修正、確認。いつもならばそれで終了する。
「そうだ、リガーレのカラスよ」
最終の確認後、ヌールがさも思い出したように名を出した。けれど揺るぎない太い声は、初めから筋書き通りだと語っているようだった。
「お前は前線を低く飛べ」
血が氷水になったかのごとく、全身がさあっと冷えた。鳥の姿になって飛ぶということは、盾も持てず鎧も着けられない。一切が無防備の上に、飛行中は急所の腹を地に向けているのだ。『低く飛べ』という命は、ただ『死ね』という意だ。
「……前回とは変更になるのですね」
ライルは精一杯気持ちを落ち着かせて発言をした。
「そうだ。慈悲深き陛下は、矢に当たらぬよう高く飛べと配慮してやったのだろう。だがわたしは違う。お前のような人であらぬ者は、汚らわしく卑しい存在だ。本来ならこの場にいることさえ許されないが、作戦に加わる名誉を与えてやろう。前線で敵を翻弄するのがお前の役目だ」
ヌールは父親に似ていない。体格は良いがカビルに比べたら見劣りするし、髪も赤毛だ。
だが、土足で弱者を踏みにじる物言いは、父という立派な手本を見て育ったからだろう。実によく似ている。
親は独断と偏見で人を貶め、子は罪亡き人へ死を命じる。それに異議を唱えない廷臣たち。まるで奇妙な世界に紛れ込んでいるようだった。
「ヌール兄上!」
挙手と同時に上がるハムザの声が沈黙を打ち破った。
「ライルは自軍の士気を上げるために参加しているんだ。もし矢がぶっ刺さって落ちたら不吉だと騒がれるだろう。軍にとってなんの得にもならない」
「弁えよハムザ。第六の末弟ごときが生意気にわたしへ意見をするな!」
「だってよ、首都攻略の前に飛べなくなったら本末転倒じゃねぇか。んなこと陛下が知ったら……」
「軽々しく陛下を持ち出すな! 全権を任されているのはこのわたしだ。カラスをどう使おうと、たかが鳥一羽だ」
「たかがじゃない!」
王子たちの諍いにまあまあと割って入ろうとする者もでたが。ほとんどはヌールを指示するばかり。我が儘を言う子どもを大人が宥めようとする図になってくる。冷静な者ほど静観しているようだ。
仕方なくライルは挙手をした。
「殿下、発言を失礼いたします。心得ました。重要なお役目を賜り身に余る光栄です。ヌール殿下の指示通り動き、敵軍を翻弄させてみせましょう」
ヌールからは「分かればいい」と一瞥され、周囲からは冷たい視線を投げられた。ともかく軍議は終わった。
とっとと退散するつもりでいたが、結局通路に出てすぐのところでハムザに捕まった。言葉通り、襟首を後ろから掴まれたのだ。
「おい、何であんなこと言ったんだ。死ぬ気か? 低く飛んだらすぐ串刺しになるの分かってるのか。死ぬぞお前」
「勝手に殺すな。わたしだって命が惜しい。弓でも矢でも避けるさ。それから首を離せ、不愉快だ」
頭半分は身長差がある。襟首を掴まれたままでは人間に捕獲された野良猫だ。
「……飛んで逃げるなよ? まだ話は終わってねぇんだ」
「服が脱げてしまうからそんなことはしない」
ぱっと後ろ手でハムザの手を払う。首回りの窮屈さから解放され振り向くと、カビルと顔立ちがそっくりな男が不満そうにライルを見下ろしている。
「ライル、お前今夜はどこの部屋で寝泊まりするんだ?」
「部屋? ああ、地下の執事室には行かない。あの部屋をお前がまだ使っているなら、一人で自由に使ってくれ」
元はライルが使っていた部屋だが、留守中にハムザが女を連れ込んでからは近寄っていない。
「二度言わせるなよ。どこの部屋かって訊いてんだ」
通路の端に寄せるようににじり寄られ、気付けば壁と背合わせ。威圧的に上から見下ろされている。ハムザの素性を知らなければ、どこかの盗賊の一味かと思える粗野な振る舞いだ。
「言う必要はないだろう」
執事室で好き勝手に過ごしたいから確認を取りたいだけ、ライルにはそう見えた。覗く趣味はないから好きに女を連れ込めと言いたくもあったが、飲み込んだ。
「……そうかよ」
「お前の家族は似ているな」
ハムザの眉が、片方だけぴくりと動く。
「似てねぇわ」
「似てる。わたしを『カラス』と呼ぶところがな」
カビルからも、ヌールからも、ハムザからも見事にそう呼ばれた。
「誰もわたしを人だと思っていないんだ」
その場を立ち去ったライルを呼び止める声はなかった。
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