わたしたちの庭

犬飼ハルノ

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夜の掟

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 夫人自らから淹れてくれた紅茶と心尽くしの菓子を有難く頂き、落ち着いたところで話が始まった。

「一週間も馬車に揺られて、着いたばかりなのに悪いわね。でも、この家の決まりは早いうちに理解してもらった方が貴方には良いと思うから」

「大丈夫です。今日はほんの数時間の移動で、とても楽でした。それに乗り心地の良い馬車を用意してくださりありがとうございます」

「いいえ、本来なら私が直接迎えに行くべきだったのだけど、領地の事で少し手が離せなくて」

 フィリスは何も聞かされていないが、ブルーノ家の経営をグィネス夫人が行い、当主は関与していないという話だけはウエスト家にいた時に継母たちの会話を偶然聞きつけて知った。

「では、本題に行きましょう。この部屋の廊下に繋がる扉が貴方の座っているところから見えるかしら」

「はい」

「内鍵が三つついているでしょう。締め方はわかる?」

 フィリスの頭より少し高い位置に一つ、ドアノブの近くに一つ、ひざ下ほどの低い位置に一つ。
 内鍵のつまみが見えた。

「はい。ウエストにも同じ構造の鍵があって、触ったことがあります」

「なら、話が早いわ。これともう一つ、バスルームから廊下へ繋がる使用人用出入り口の扉にも三つずつの内鍵が付いているの。就寝時に侍女たちが下がったら、必ずどちらも全ての鍵をきちんとかけて、夜明けがくるまで絶対に開けないように。このことを絶対に守ってちょうだい」

「え……?」

 確かにバスルームの先にもう一つ扉があり、そこには内鍵が付いていた。
 ずいぶん頑丈なものが取り付けてあるのだなと、目についたのを思い出す

「今から言う事を笑わずに聞いてちょうだい」

 夫人は声を落とし、真剣な眼差しでフィリスの顔を覗き込んだ。

「この家には人に化けて人を喰らう、恐ろしい魔物が出るの」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

「ばけもの、ですか……?」

「そう。ただし、いつ現れるかはわからない。夜であることだけは間違いないのだけど」

 からかわれているのかと思った。
 しかし、夫人は真剣な表情のままだ。

「だから、真夜中は外出せずにこの部屋で過ごし、夜明けになるまで絶対に扉を開けないで」

 実は迷信深い人なのだろうか。
 それとも……。

「頭がおかしいのではないかと、今思ったでしょう」

「あ……。いいえ、その……」

 見目麗しいと評判のアーロン・ブルーノ伯爵子息が、十七歳にもなって婚約者が決まらなかった理由は、これなのだろうか。

「魔物、ですか」

 半信半疑のフィリスを叱ることなく、苦笑いを浮かべて夫人は続けた。

「そうよ。恐ろしい魔物。それは悪知恵だけは長けているの。貴方に鍵を開けさせるために、扉の向こうからあらゆることを語り掛けてくるでしょうよ。例えば、侍女や執事のふりをして開けてくれと頼むかもしれない。助けを求めたり、何か重大な話をしたいから入れてくれというでしょう。でも、絶対に内鍵を開けないと約束して頂戴」

「重大な話……?」

「そう。例えば……そうね。私が階段から落ちて死にそうになっている……とか、危篤だとか」

「そんな……」

「何があっても開けてはだめよ。もしそれが真実だとしても、夜に起きたことはどうにもならないのだから」

 賢夫人と。
 迎えに来てくれた侍女や騎士たちは口をそろえて語っていた。
 グィネス・ブルーノ伯爵夫人なくして、領地の安寧と家の繁栄はあり得ないと。

「わかりました。就寝する時には必ず、鍵をかけて、そして朝陽が昇るまで開けません」

「ありがとう。貴方ならそう言ってくれると思ったわ」
 
 ブルーノ家の夜の掟。
 フィリスがグィネスの忠告の本当の意味を知るのはもう少し先のこと。 

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