ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして。

桜あげは

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子供編・学園編(一年目一学期)まとめ

改・子供時代(ハートのJ)1

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 母の顔は覚えていない。物心付いた頃には、俺は王都の外れにある孤児院にいた。
 孤児院といっても、その環境はロクでもないものだった。
 沢山いる子供の割には設備も物資も貧相だから、食べ物も道具も常に奪い合いだ。
 国の援助なんて当てに出来ない。
 生きる為には街に出て物乞いをし、盗みを働くことも必要だった。
 そんな環境の中で育ったためだろうか、俺は他人を出し抜き利用する事だけが上手くなっていた。

 ある日、そんな俺に転機が訪れる。
 俺の父と名乗る男が、息子を引き取りたいと言って孤児院にやってきたのだ。
 お綺麗な衣装に身を包んだその男は、ガリガリに痩せて襤褸布を身にまとった埃まみれの俺に微笑みかけた。
 男に対して「何を今更迎えに来たんだ……」なんて、俺は怒ったりも傷ついたりもしない。
 そんな可愛らしくてお綺麗な精神は、とうの昔にどこかに飛んで行って星にでもなってしまったのだろう。

 ああ、やっとこの最悪な環境から抜け出せる……
 俺の頭の中の大半は、そのことで占められていた。

 生まれて初めて馬車に乗り、父と名乗る男の家に向かう。
 馬車の中で、男が自分の事をポツリポツリと話し始めた。
 彼は貴族らしいが、「ジェイド子爵」と言われても、平民である俺には縁がなさすぎて、どこの誰だかさっぱり分からない。
 お貴族様である父は昔、身分を偽って場末の酒場の娘である母と付き合っていたそうだ。
 そして、母が妊娠して俺が生まれたが、父は身分故に母と俺の元にいることが出来なかった。
 二人を邸に迎え入れるにも、父の母親、つまり俺の祖母に当たる女がひどく反対したために結局実行出来ず終い。
 父には、既に正妻と他の子供がいたのだ。お綺麗な外見に反して、ソッチ方面はだらしないらしい。

 そのうち、実の母親が病気で亡くなり、厄介者の俺は孤児院に預けられたということだった。
 父は、邸にいた祖母が他界すると同時に、孤児院から俺を引き取ろうとやってきたようだ。
 このまま、彼の家である子爵邸で俺を育てたいと言う。
 男の希望はともかく、ボロ孤児院から貴族のお屋敷へ引っ越し出来るなんて、俺としては万々歳だった。



「まあっ! なんて汚らしい子供!」

 父に連れられて屋敷に入った瞬間、ケバい女が走り出てきた。
 真っ赤なドレスに真っ赤な爪、真っ赤な口紅の派手な出で立ちの女は、おそらく子爵の正妻だろう。
 俺が汚いのは否定しない。孤児院では、体なんてロクに洗えなかったのだ。汚れた姿を見咎めた屋敷の使用人達によって、ソッコーで風呂に強制連行される。
 風呂から上がって、ゴテゴテした高そうな服に着替えさせられると、俺はこの家の他の住人の元に引き立てられた。
 父と、先程のケバい女と、子供が三人。
 子供の内訳は、俺より少し年上の男女と、少し年下の女だ。

「紹介しよう、新しい家族のアシルだ」

 父が、俺の名前を呼んだ。

「こっちは、私の妻のアデライドと息子のドミニク、娘のデボラとデジレだよ」

 アデライドとドミニクは、よその女の子供である俺を嫌悪に満ちた目で睨んでいる。
 ドミニクは父に似ず、かなりの肥満体だった。きっと、毎日良い物を沢山食べているのだろう。
 デボラとデジレは、興味津々といった様子で俺の方を見ている。
 試しに愛想良く微笑んでみたら、二人とも顔を真っ赤にして目を逸らせた。
 なるほどね、こいつらは使えそうだ。

 孤児院の中でも俺は女受けがいい方だったから、子供も大人も遠慮なく利用させてもらった。
 ここでも、その手は通用するらしい。
 居心地がいい家とは言えないが、前の環境よりは遥かにマシだ。
 俺は新しい環境を有り難く受け入れた。



 父は、俺に義兄達と同等の教育を施した。

 慣れないマナーや言葉遣いを口うるさく指導され、正直糞食らえと思ったが、義母や義兄にバカにされるのも腹が立つので真面目に覚えた。
 それだけでは飽き足らず、ご丁寧に専属の家庭教師まで付けられた。
 歴史やら、文字やら、経営やらを片っ端から叩き込まれる。
 勉強する内容は思ったよりも簡単で、俺は特に苦労する事なく数ヶ月でドミニクの授業内容に追いついた。
 何故か、家庭教師達は驚いていた……

 けれど、この授業内容は、一体いつ使うものなのだろうか。
 俺はこれからどうすればいいのだろうか。

 この子爵家はドミニクが継ぐだろうし、デボラとデジレは他所へ嫁ぐだろう。
 折角良い環境で暮らせるのだから、将来的にも良い暮らしを継続したいところだ。
 また、孤児院のような環境には戻りたくない。

「やだぁ、そんなこと? ……アシルは可愛いわねぇ」

 呼ばれて訪れた姉のデボラの自室でその話をしてみたら、彼女は得意そうに笑った。
 デボラは、ヒラヒラした悪趣味な奥義で口元を隠し、俺に対して媚びた視線を送ってくる。

「アシルったら、心配しなくても大丈夫よ」

 デジレも、まだ子供のくせにキツい香水を振りまいた体で俺にすり寄って来た。
 匂いが移るから本気でやめて欲しい。
 二人とも父譲りなのは髪の色だけで、全体的に義母似だ。美人ではないし、性格も悪い。
 でも、俺の言うことは大抵なんでも聞いてくれる。

「そうねぇ……貴族の次男や三男は、役人になったり騎士団に入ったり、息子がいない家の婿養子になったりするわ」
「まあ、婿養子が一番楽でしょうねぇ。私も玉の輿って憧れるもの……」

 何かを思い浮かべたのか、デボラは扇を一振りして頬を染めた。

「ふうん。貴族って、そういうものなんだ?」
「ねえ、アシル。お母様に内緒でお菓子を取り寄せたのよ、一緒に食べましょう」
「私もアシルにプレゼントがあるのよ」
「ありがとう、デボラお姉様、デジレ」

 笑みを貼付けながら礼を言う俺を見て、嬉しそうに顔を赤らめるデボラとデジレ。
 ホント、持つべきものは、便利な義姉妹だよね。

 今の環境から出世して、この国で成り上がるのも面白そうだ。
 どこまで行けるか試してみるのもいいし、今の地位よりも上になって、エラソーな義母やドミニクの悔しさに歪んだ顔を見てみたい気もする。
 とりあえず、俺は、今出来る勉強を頑張ることにした。



「聞いておくれ。アシルに、是非とも会わせたい子がいるんだよ」

 子爵家に引き取られてしばらく経ったある日、仕事から帰ってきた父が俺に向かって唐突にそう告げた。

「僕の上司であるロードライト侯爵のお嬢さんなんだけど、魔法が得意ですごく賢い子なんだ。きっと、アシルも気に入ると思うよ」

 父の話によると、侯爵令嬢は一人娘らしく、男兄弟が出来る気配もないらしい。
 デジレの言っていた玉の輿(この場合逆玉?)が狙えるかもしれない相手だ。
 しかも、彼女に会う場所は王城だという。
 令嬢を手玉に取って、城で将来の仕事の伝手を見つければ一石二鳥である。

「とても楽しみです、お父様」

 俺の心からの答えに満足して、父が笑った。
 正直、家族の中でこいつが一番チョロい。
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