ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして。

桜あげは

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子供編・学園編(一年目一学期)まとめ

改・子供時代(ハートのJ)7

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 あの後、カミーユは城の医務室へと運ばれた。白い壁と天井に囲まれた無機質な部屋——負傷した兵士や魔法使い、体調を崩した役人などが運ばれる場所である。
 ロイス殿下は、城に戻ってすぐに安全の為にと彼の自室へ連れて行かれた。
 目の前のカミーユは、目を閉じて死んだように眠っている。命に別状はないと言われたが、心配だった。

 あるのは後悔ばかりだ
 望めばいくらでも魔法を覚えられる恵まれた環境下にあったのに、俺は何故それを実行しなかったのか。
 カミーユが数々の魔法書を持参した際にでも、一緒に覚えておけば良かったのに。
 護衛がいるからと安心しきって、何の対策も講じていなかったのも失態だった。
 他人を当てにせず、万が一の事態に備えておくべきだったのだ。
 もう二度と、こんなことは起こさない——!
 俺は、自分の胸に手を当ててそう誓った。

 カミーユの父である長官や、副長官である俺の父親は事件の事後処理に追われているため、今ここにはカミーユと俺の二人だけしかいない。
 俺も、父から自宅へ帰るように言われたが断ったのだ。
 この状態のカミーユを一人になんてさせられない。彼女は、俺達を守る為に負傷したのだから。
 しばらくすると、カミーユが僅かに身じろぎした。

「カミーユ、カミーユ……?」

 呼びかけると、瞼が小刻みに動く。彼女が反応を返してくれたことに、俺は心から安堵した。

「いいかげん、起きなよ。いつまで寝ている気?」

 早く起きて。目を覚まして安心させて欲しい。
 俺は、傷に障らないように緩くカミーユの体を揺すった。

「んー!」

 カミーユは、鬱陶しげに俺の手を振り払う。

「……おい」

 ……これ、もう起こしていいよな? 完全に、寝起きのパターンだよな?

「起きないとキスするよ?」

 試しに、カミーユが飛び起きそうな台詞を口にしてみる。

「ふがー!」

 予想通り、覚醒しかけていたのであろうカミーユは、焦った表情で勢いよく身を起こした。
 ああ、良かった……思ったよりも元気そうだ。
 俺はカミーユの目が覚めたことにホッとした。
 安心しすぎて、今にも全身の力が抜け落ちそうだ。決して口には出さないが。

「やっぱり……眠りが浅くなっている気がしたんだよね」

 動揺を悟られないように、落ち着いた表情でカミーユと対峙する。

「アシ……ル……あれ、何で? 私……生きてるの?」
「生きているよ。ここは城の医務室。カミーユは助かったんだ」

 カミーユは、一瞬安心したような笑みを浮かべたが、急に青ざめた表情で震え出した。
 きっと、刺される直前の怖い記憶を思い出したのだろう。

「ロイス様は?」

 恐怖で青くなっているくせに、まず聞くことがそれなのか……

「無事だよ、無傷だ。危ない目に遭ったばかりだから、今は自室に押し込められてる」
「良かった……アシル、怪我はない?」
「へーき、大した怪我は負っていないよ。かすり傷だけ」

 そんなことよりも、自分の心配をしたらどうなんだ?
 カミーユのお人好し加減に、俺は彼女のことが心配になった。

「ねえ。私は、あの後どうなったの? すぐに倒れちゃって覚えていないんだけど」
「……覚えてないの? 何も?」
「うん、刺されたところまでしか……」

 刺されてすぐに、カミーユは気を失ってしまったようだ。
 カミーユを刺した瞬間に敵の男は焼け落ちて炭になってしまい、彼の持っていたナイフも一瞬で溶けた。
 てっきり、彼女が何かしたものだと思ったのだけれど、そうではないらしい。
 カミーユに一連の出来事を話すと、彼女は信じられないと言う風に目を見開いた。
 無意識での行動だったらしい。

「炎の魔法を使った所為で、敵の刃物を通して熱に変換した魔力が流れ込んじゃったのかもね。稀に、そういうことがあるらしいんだ……っ」

 カミーユは、相変わらずカタカタと震えている。
 まだ、恐怖が拭えないようだ。

「カミーユ……もう大丈夫だよ。残りの奴らも全員捕まったから」

 俺は、彼女を安心させる為に、その後のいきさつをかいつまんで話した。
 あの後、すぐに長官達が駆けつけて、犯人達は黒焦げになった男以外全員捕縛されたのだと。

「私……人を焦がして……殺しちゃったの?」

 不安そうな表情で、カミーユがポツリと呟いた。
 自衛のためとはいえ、彼女は人を殺めてしまったことに罪悪感を感じているらしい。そんな必要はないのに……

「カミーユは少しも悪くない。あの状況下で、敵から殿下と俺を護ってくれたんだよ。あいつが生きていたら、俺たち全員殺されていた」

 カミーユの目から涙が零れ落ちる。握り締めた彼女の手の甲が、ポタポタと落ちてきた雫で濡れた。
 どうしよう——
 俺は、焦った。令嬢の涙は苦手だ……けれど——
 他人を慰めたことなんて一度もない。でも、カミーユに泣きやんで欲しくて、俺は必死に彼女を宥める。

「もう大丈夫……カミーユは何も悪くない。俺も殿下も、カミーユに感謝しているよ」

 そっとカミーユの髪を撫でると、彼女は僅かに顔を上げた。そして、余計に泣き出す。
 何故だ——!?
 今までの人生で、俺がこれほど混乱したことはない。

「私を破滅させるくせに、優しくしないでよぉ……ひっく」

 泣きながら、意味不明な言葉を口走るカミーユ。
 確か、彼女は以前も「破滅させないで」と口走っていたような気がする。一体、「破滅」って何なのだ?
 その後、カミーユが落ち着くまで、俺は彼女の傍で声を掛け続けた。

 俺達を襲った奴らは、何者かに雇われた下っ端の暗殺者だった。
 その「何者か」は、国王陛下やロイス殿下に敵対している王弟殿下に組する者だという可能性が高いらしいが、証拠がない。
 巧妙に足がつかないように先手を打たれているらしい。
 本来の護衛に上手く混じっていた為に、最後まで護衛達も暗殺者に気が付かなかったのだそうだ。

 奴らは数年にわたり、護衛の兵士として潜伏していた。
 結果、護衛達の間に油断が生じてやられてしまったという。
 王子の護衛なのに……弱すぎないか? 次期国王の護衛だというのに、あまりにもお粗末な結果である。

 今回の事件は、俺やカミーユ、殿下に大きなトラウマを残すこととなる。
 けれど、悪いことばかりでもなかった。
 以前は、俺に対して常に警戒していた様子のカミーユが、あの事件以来、自然体で接してくれるようになったのだ。
 玉の輿候補のカミーユに懐かれて、悪い気はしない。



「アシル! 今度のロイス様主催のお茶会、行く~?」

 朝一番に子爵邸へ乗り込んできたカミーユが、開口一番に笑顔でそう質問してきた。そういえば、そんな連絡が来ていたな。

「どうでもいいけれど、箒で窓から侵入するのは止めてよね」

 令嬢として……いや、そもそも人としてどうなのだ、それは。
 しかし、カミーユが俺の苦言を真に受けることはない。案の定、何事もなかったかのように話を先へ進めている。

「お茶会には、国王派の貴族の子供達が集まるみたいなんだけど~……」
「俺も出席するよ。うちにも招待状が来ていたから」

 そう伝えると、カミーユはラズベリー色の瞳をキラキラと輝かせた。

「そっか~! 良かった。私、同い年くらいの知り合いが少ないんだよね~」

 カミーユは、上機嫌で持参した魔法書を開いて読み始める。
 怪我の方は、すっかり治ったみたいだ。

「アシルも一緒に見る?」
「うん、見せて。今日は何の本?」
「上級攻撃魔法の本だよ。これ、持ち出したのはお父様に内緒ね? 子供が見るものじゃないって怒られるから」

 カミーユは、あの事件以来、益々魔法に傾倒するようになった。
 最近では、長官や父に「魔法棟で働きたい」とせっついているらしい。魔法刺青も全身に入れ始めている。

 あの事件以来、俺も本格的に魔法を学び始めた。
 父がほとんど家に帰って来ないため、自分で勝手に父の魔法書を読み漁ったり、遊びに来たカミーユに彼女の覚えた魔法を教えてもらったりしている。

「お菓子と紅茶とロイス様。お茶会って、良いことずくめだよね!」

 そう言って笑うカミーユに、俺は少し複雑な気持ちを抱いた。

「カミーユって、ホント殿下が好きだよね」
「うん!」

 元気よく返事をしたカミーユの顔は薔薇色に染まっていた。
 自分で話を振ったくせに、返ってきた彼女の答えになんだか無性にイライラする。
 カミーユが頬を赤らめる相手は、いつも「ロイス様」ばかりなのだ。



 広い庭園に、高価な食器、女共の好きそうな丸い小さなテーブルが並ぶ。
 ガーデンパーティーとは名ばかりの、国王派の結束を固める集いである。当然メンバーは国王派の貴族ばかりだ。
 数年前から、ロードライト侯爵家もジェイド子爵家もこの集まりに呼ばれる様になった。
 カミーユは「良いことずくめ」だと言ったパーティーだが、俺にとってはそうでもない。

「アシル様ぁ!」
「きゃあっ、こっち向いてくださいませ!」
「ああっ! 今、目が合ったわ!」

 俺は、年の近い令嬢達にやたらとモテる。今のは、確か……デボラの知り合いの男爵令嬢だったかな。
 彼女達は、俺の顔が目当てなのだろう。人の顔を見るなり、キャーキャー金切り声を上げて……正直ウザいだけだが、愛想を振りまく事は忘れない。いつか役に立ってもらう日が来るかもしれないからね。

 ふと視線を感じて振り返ると、カミーユが紅茶を片手にニヤニヤしながらこちらを見ていた。

「よっ、色男!」

 何が「色男」だ!
 酔いの回った親父のような口調で揶揄ってくる……なんか腹が立つな。
 そう言うカミーユの周囲には、男の取り巻きが一人もいない。彼女は美少女だが、全身に魔法刺青を施している為に、異性から敬遠されているのだ。
 カミーユもデビューしたての時は、大勢の男共に囲まれていた。俺と同じく、婿養子狙いの貴族の次男や三男達に。
 それに辟易していた彼女は、敢えて魔法刺青全開で出席しているのだろう。浅知恵だが、効果は抜群である。
 しかし……魔法刺青程度でアッサリ引き下がるなんて、しょうもない男共だな。

 俺が引き続き煩わしい令嬢の相手をしていると、少し離れた場所で歓声が上がった。

「ロイス様ぁ!」
「キャー! 素敵ですわぁ!」
「はあ……あの微笑み、眩しすぎて目眩が……!」

 殿下も令嬢達に大人気のようだ。彼の歩く先々で黄色い悲鳴が飛び交っている。

「ロイス様……あちらでお話ししませんこと?」
「いいえ、ロイス様はわたくしと……」
「いいえ! ワタクシと!」
「この女狐! 殿下から離れなさい!」
「何よ! あなたこそ……! あ、そこのあなた抜け駆けしないでちょうだい!」

 殿下を囲んで五、六人の令嬢がバトルを繰り広げている。

「ロイス様は、私と一緒にケーキを食べるんだもんねっ! ちょっと失礼~♪」

 なんだか、聞き覚えのある声がするな……

「なんですってぇー! この刺青女!」
「そっちこそ、子供のくせに厚化粧なんかしちゃって! 将来肌がボロボロになっても知らないよっ!」

 やっぱりだ。声のする方を見ると、いつの間にかカミーユもロイス殿下争奪戦に参加していた。
 その一角だけがカオスと化している。異様な空気なので近づきたくない。

「アシル……」

 しばらくして、団子状態の令嬢の輪の中からロイス殿下がフラフラとした足取りでこちらに歩み寄って来た。
 目の前で繰り広げられる女の醜い争いに精神を削ぎ落とされて逃げて来たようだ。
 近くにある椅子を勧めると、彼は倒れ込むように腰を下ろす。

「大変でしたね……」
「うん……少し疲れたよ。令嬢達は、皆元気だね」
「適当に、カミーユあたりを虫除けに仕立て上げれば楽なのに……あの場にいたでしょう?」

 カミーユは、忠実すぎる護衛希望者で殿下に好意はあるが王妃になるという願望はない。ついでに、打算も無いし見返りも求めない。
 ロイス殿下にとっては、まさに献身的過ぎる都合のいい相手だった。

「うーん、でもねぇ……」
「何ですか?」

 殿下は言いにくそうにしながら俺に目を合わせた。
 何かを訴えかけるように……

「アシルは、それでいいの?」
「良いも何も、どうして俺にそんな事を聞くんですか?」

 俺の言葉を聞いた殿下が、盛大にため息をついた。
 彼がそんな態度を取るのは珍しい。誰にでも分け隔てなく優しい、ある意味王子の鏡のような人物だからだ。

「あのさ……好きな女の子に、そんな事をさせちゃ駄目だよ、アシル」
「はあ?」

 好きって……俺が、カミーユをってことか!?
 ロイス殿下の前だというのに、思わず間の抜けた声を出してしまった。

「アシルは、カミーユのことをいつも気にしているでしょう? カミーユが僕に構いすぎると不機嫌になるし……」
「そんなことはありません!」
「どうかな。カミーユが刺された時も、一番血相を変えていたのはアシルだったよね。応急処置もして、その後も付きっきりで彼女を世話していた」
「……たまたまです。あの時は、侯爵も事後処理に追われていたし、殿下も部屋から出られなかったから」

 そう答えると、彼は長い睫毛を伏せて再びため息をついた。一体、何が言いたいのだ?

「殿下は、カミーユに対して何も思うところはないのですか? カミーユは、明らかにあなたのことを好いていますよ……あっ……」

 無意識に、用意していた答え意外の言葉が口から飛び出してしまった。こんなことを聞くつもりはなかったのに……
 ロイス殿下が驚いた顔をしているが、今更自分の言った内容を取り下げることは出来ない。

「僕が? カミーユに?」
「さっきだって、彼女は殿下争奪戦に参戦していたでしょう?」

 アレだけあからさまな好意を寄せられているのに、殿下は一向にカミーユに靡く様子がない。

「カミーユのは、そういう好意じゃないよ。彼女は絶対に、ある一線からは踏み込んで来ない。だからこそ、僕はあの子と一緒にいられるのだけれど……」

 そのまま、殿下は難しい顔をして考え込んでしまった。
 気の毒に。カミーユの好意は、完全に空回ってしまっているようだ。

「では、殿下はカミーユに何の想いも寄せていないと?」
「うん。カミーユのことは好きだけど、それは恋愛感情からじゃない。その上、彼女は侯爵家を継ぐ人間だし、僕だってそのうち許嫁が出来るだろう……仮に、恋愛感情なんてあったらややこしくなるだけだと思うけど?」
「……そうですね」

 普通はそう答えるよな。カミーユだって以前そう言っていたし。
 何を当たり前の事を聞いているんだ、俺は……
 余計な事を口走ってしまった迂闊な自分にイライラする。

「カミーユは強いよね……」

 他の令嬢達と尚もバトルを繰り広げているカミーユを見つめながら、不意に殿下が口を開いた。
 当のカミーユは、向こうのテーブルで熾烈な女同士の争いを繰り広げているが……殿下が言っているのはそう言う強さではないのだろう。それに……

「カミーユが、強い?」

 そんなはずはない。

「うん。女の子なのに、僕の護衛になろうと頑張ってくれている。一度なんて、僕の所為でお腹を刺されたのに……それでも尚、側にいてくれるもの」

 ロイス殿下は、過去の事件を苦しげに話した。
 あの時の話になると、彼はいつも辛そうに綺麗な顔を歪めるのだ。

 確かに、カミーユは他の令嬢とは違う。たまに妙に大人びた顔をする時があるし、魔法を扱うのも得意だ。殿下を護る為なら戦う事も躊躇しない。
 でも、それだけで彼女が強いと何故言い切れる?

 一年前のあの事件の時だって、医務室のベッドで一人で震えて泣いていた。俺がいなかったら、たぶん誰もその事に気が付かなかっただろう。
 カミーユは、強くあろうと構えているだけで決して強いわけではない。
 どうして、理解してやらないのだろう。よりにもよって、カミーユの想い人であるロイス殿下が——
 あんなにもカミーユが一生懸命に努力をしているのは、全て殿下を護る為だというのに。

 俺なら…………

 そこまで考えてハッとした。
 俺なら、一体何だというのだ……?
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