62 / 101
子供編・学園編(一年目一学期)まとめ
改・子供時代(ハートのJ)9
しおりを挟む「ヤバかった……ぎりぎり間に合ったな」
何がヤバかったのかと言うと、間一髪、父を通して侯爵にカミーユとの婚約を捥ぎ取った事がだ。本当に、ぎりぎりのタイミングで婚約が叶った……
幸い侯爵側にも事情があり、急遽カミーユと俺との身分違いの婚約を進める形になったのだ。侯爵側の事情というのが、これまた厄介な話ではあるのだが……
なんと、あの舞踏会に来ていた隣国の第二王子が、カミーユを見初めていたらしいのだ。
隣国には、刺青を忌避する習慣などないので盲点だった。刺青塗れではあるものの、カミーユの外見は絶世の美少女なのである。きっと、隣国の王子は彼女の外見に惹かれたのだろう。
十年近く、密かに想い続けていた相手との婚約に、俺は完全に舞い上がっていた。
当の本人の発言に、崖から突き落とされるような思いを味わわされるとは思いもせずに——
※
「申し訳ございませんでしたー!」
ロイス殿下に招集をかけられて集まった彼の部屋で、出会い頭にカミーユがスライディング土下座をかましてきた。優雅に長椅子に腰掛けていたロイス殿下が、驚きに固まっている。
まだ日も高く、窓の外には丁寧に剪定された庭木や、整えられた花壇が見えた。よい天気だ。
しかし、室内の空気はかなり微妙である。
「カミーユ、アシルに何かしたの? どうして床に蹲っているの?」
尤もな殿下の問いに、カミーユは言葉を詰まらせた……理由は分かっているけどね。
俺が人のことを言えた義理ではないが、カミーユも、十年近く望みのない恋心を殿下に対して抱き続けている。彼の前では、俺との婚約の話は避けたいのだろう。けれど、彼女の思い通りに事を運ぶのも癪だ。
俺は、殿下を一瞥しながら、そんなカミーユにニコリと微笑みかけた。
「もしかして、婚約のことかな?」
途端に、カミーユは視線をウロウロと彷徨わせ始める。とても分かりやすい。
……残念だけど、殿下は既に俺の味方だよ? 彼は、俺の恋を陰ながら応援してくれているのだから。
その後——
俺は、カミーユに今回の婚約について説明したのだが、事実を聞いても彼女の顔色は優れないままだった。
「だって、アシルの輝かしい未来が、私との婚約の所為で……」
「だから、なんでそうなるの!?」
ジェイド子爵家の方から、正式に婚約を申し込んだって言っているのに!
俺達の様子を見ていたロイス殿下は、椅子の上で俯いて上品に爆笑している。あそこまで品良く笑えるのは、彼くらいのものだろう。
「ふふふっ。どうやら、行き違いがあるみたいだね……二人で、きちんと話し合った方が良いんじゃないかなあ」
完全に、俺達のことを面白がっている殿下は、親切にも少しの間席を外してくれた。
残されたカミーユは、絨毯の上に座り込んだままの状態で、相変わらず俺に対して申し訳なさそうな顔を見せている。
溜息が出た——
スライディングしたままのカミーユと目線をあわせるため、彼女の前にしゃがみ込んだ俺は、彼女の白く細い手を取って再度自分の気持ちを告げる。
「言っておくけれど、俺は、カミーユとの婚約を嫌がっていないからね」
「……私相手に、気を使わなくてもいいのに」
——駄目だ、通じない
なんだか悲しくなってきたが、ここで中断すると、カミーユが婚約破棄に走り出しそうで怖い。
「俺は、元々カミーユと婚約したかったんだ。カミーユは、何かを勘違いしているみたいだけれど、これは俺の意思だよ」
俺の言葉を聞いたカミーユは、静かに顔を上げる。長い睫毛に覆われたラズベリー色の瞳が、じっと俺を見つめた。
何を考えているのだろう……?
「アシルは……舞踏会のときの発言で、収拾がつかなくなった訳じゃないの?」
「違うよ。俺は、俺の意思でカミーユに婚約を申し込んだ」
カミーユは、俺の言葉をゆっくりと反芻し、やがて薄桃色の唇を小さく開いた。
「……わかった。私でいいのなら、その、よろしくね?」
「カミーユ——!」
長年の想い人の返事に感極まった俺は、勢い余って強く彼女を引き寄せた。そのまま、自分の腕の中に倒れ込んだカミーユに口付けようとして……
「あ!」
当人の間の抜けた声により、それを中断させられた。
……この空気の読めなさは、流石カミーユである。
「そうだ、大事な話をしておかなきゃならないんだった! アシル、好きな人が出来たら、愛人にしてもいいからね? 侯爵としてのお仕事さえしてくれれば、私は気にしないから!」
——少しは気にしろよ!!
婚約者の暴言に脳内でツッコミを入れながら、俺は凍り付いていた。
「じゃあ、私、仕事があるからもう行くね。ロイス様によろしく」
そして、この状況で放置か! この天然鬼畜!
残された意思の力を総動員し、俺は、立ち上がりかけたカミーユを制止する。
「待って……まだ、話は終わっていないんだけど。今日の仕事は夕方からだろ?」
まだだ……まだ、時間はある筈だ。
俺の傷だらけの心の内を知らないカミーユは、不思議そうな顔で真正面に座り込む。
「話って? 愛人の数なら……」
「愛人の話なら、もういいよ!」
何が悲しくて、やっと手に入れた婚約者から、愛人の話をされねばならないのか!
意を決して告白した相手に対して、あんまりな仕打ちである。
「俺は、カミーユがいれば満足なんだってば! 愛人なんて、絶対に要らない!」
「まーたまたぁ♪」
ああ、イラッと来る……
この女、全然俺の言葉を信じていない。
「……鈍いカミーユには、何を言っても無駄だよね。分かった、これから頑張って証明していくから」
「へ? 証明って?」
惚けた表情のカミーユも、流石に不穏な空気を感じ取ったらしい。再び顔色を悪くしている。
でも、既に手遅れだ——
俺は、カミーユの後頭部に手を掛けると、ゆっくりと彼女の頬に口付けた。
カミーユは、信じられないという風に目を見張ったまま、真っ赤な顔で固まっている。
……ざまぁ見ろ。
※
「アシル、婚約成立おめでとう! どうなることかと思ったけれど、無事にカミーユの誤解が解けて良かったね」
「……ええ。告白した直後に、愛人を勧められましたけどね」
そう答える俺に、爆笑するロイス殿下。最近の彼は、笑いの沸点が低い。
他人事だと思って……
「仲の良い側近の二人が婚約した上に手元に残ってくれて、僕は嬉しいよ。隣国が、まだカミーユのことを諦めていないみたいなのが気がかりだけれど」
「隣国……トパージェリアの第二王子ですか。王族が相手では、分が悪いですね」
分が悪いどころではない。子爵家の庶子である俺なんて、全く太刀打ち出来ない雲の上過ぎる相手である。
「大丈夫、僕が全力で阻止するから! 信頼出来る数少ない友人を、余所の国へやったりしないよ」
威勢良くそう宣言するロイス殿下。俺は、いつになく彼がとても頼もしく見えた。
「ところで、相談なんだけど。僕、学生生活というものを送ってみたいんだ」
「……? 学生、ですか?」
「うん。だから、王立魔法学園に入学しようと思う。出来れば、アシルとカミーユにも一緒に来て欲しい」
王立魔法学園とは、その名の通り王都にある魔法を学ぶための学校だ。そして、ガーネットで一番難易度が高い、全世界でもトップクラスの実績を誇る魔法学校でもある。
当然、余所の国からの留学生も多く、入学は狭き門となっていた。入学試験の難易度もさながら、三年に一度しか試験がないためだ。
けれど、この国の貴族はまだマシである。平民達や他国の留学生達に比べると門戸が広い。
魔法学園には、四つのクラスがあるのだが、そのうち二つのクラスはこの国の貴族の為のクラスだからだ。つまり、殿下や俺やカミーユは他の生徒に比べて格段に入試に受かりやすくなっている。
戦争が起こった際に前線で戦わなければならないからというのが、理由らしいが……なんとも不平等なクラス分けだった。
「わかりました。殿下が入学されるのなら、カミーユも来るでしょうね」
そう返事を返しつつも、カミーユの勉強嫌いを思い浮かべた俺は、これからのことを思って暗澹たる気分になったのだった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつもりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。