ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして。

桜あげは

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子供編・学園編(一年目一学期)まとめ

改・子供時代(ハートのJ)9

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「ヤバかった……ぎりぎり間に合ったな」
 
 何がヤバかったのかと言うと、間一髪、父を通して侯爵にカミーユとの婚約を捥ぎ取った事がだ。本当に、ぎりぎりのタイミングで婚約が叶った……
 幸い侯爵側にも事情があり、急遽カミーユと俺との身分違いの婚約を進める形になったのだ。侯爵側の事情というのが、これまた厄介な話ではあるのだが……

 なんと、あの舞踏会に来ていた隣国の第二王子が、カミーユを見初めていたらしいのだ。
 隣国には、刺青を忌避する習慣などないので盲点だった。刺青塗れではあるものの、カミーユの外見は絶世の美少女なのである。きっと、隣国の王子は彼女の外見に惹かれたのだろう。

 十年近く、密かに想い続けていた相手との婚約に、俺は完全に舞い上がっていた。
 当の本人の発言に、崖から突き落とされるような思いを味わわされるとは思いもせずに——



「申し訳ございませんでしたー!」

 ロイス殿下に招集をかけられて集まった彼の部屋で、出会い頭にカミーユがスライディング土下座をかましてきた。優雅に長椅子に腰掛けていたロイス殿下が、驚きに固まっている。
 まだ日も高く、窓の外には丁寧に剪定された庭木や、整えられた花壇が見えた。よい天気だ。
 しかし、室内の空気はかなり微妙である。

「カミーユ、アシルに何かしたの? どうして床に蹲っているの?」

 尤もな殿下の問いに、カミーユは言葉を詰まらせた……理由は分かっているけどね。
 俺が人のことを言えた義理ではないが、カミーユも、十年近く望みのない恋心を殿下に対して抱き続けている。彼の前では、俺との婚約の話は避けたいのだろう。けれど、彼女の思い通りに事を運ぶのも癪だ。
 俺は、殿下を一瞥しながら、そんなカミーユにニコリと微笑みかけた。

「もしかして、婚約のことかな?」

 途端に、カミーユは視線をウロウロと彷徨わせ始める。とても分かりやすい。
 ……残念だけど、殿下は既に俺の味方だよ? 彼は、俺の恋を陰ながら応援してくれているのだから。

 その後——
 俺は、カミーユに今回の婚約について説明したのだが、事実を聞いても彼女の顔色は優れないままだった。

「だって、アシルの輝かしい未来が、私との婚約の所為で……」
「だから、なんでそうなるの!?」

 ジェイド子爵家の方から、正式に婚約を申し込んだって言っているのに!
 俺達の様子を見ていたロイス殿下は、椅子の上で俯いて上品に爆笑している。あそこまで品良く笑えるのは、彼くらいのものだろう。

「ふふふっ。どうやら、行き違いがあるみたいだね……二人で、きちんと話し合った方が良いんじゃないかなあ」

 完全に、俺達のことを面白がっている殿下は、親切にも少しの間席を外してくれた。
 残されたカミーユは、絨毯の上に座り込んだままの状態で、相変わらず俺に対して申し訳なさそうな顔を見せている。
 溜息が出た——

 スライディングしたままのカミーユと目線をあわせるため、彼女の前にしゃがみ込んだ俺は、彼女の白く細い手を取って再度自分の気持ちを告げる。

「言っておくけれど、俺は、カミーユとの婚約を嫌がっていないからね」
「……私相手に、気を使わなくてもいいのに」

 ——駄目だ、通じない
 なんだか悲しくなってきたが、ここで中断すると、カミーユが婚約破棄に走り出しそうで怖い。

「俺は、元々カミーユと婚約したかったんだ。カミーユは、何かを勘違いしているみたいだけれど、これは俺の意思だよ」

 俺の言葉を聞いたカミーユは、静かに顔を上げる。長い睫毛に覆われたラズベリー色の瞳が、じっと俺を見つめた。
 何を考えているのだろう……?

「アシルは……舞踏会のときの発言で、収拾がつかなくなった訳じゃないの?」
「違うよ。俺は、俺の意思でカミーユに婚約を申し込んだ」

 カミーユは、俺の言葉をゆっくりと反芻し、やがて薄桃色の唇を小さく開いた。

「……わかった。私でいいのなら、その、よろしくね?」
「カミーユ——!」

 長年の想い人の返事に感極まった俺は、勢い余って強く彼女を引き寄せた。そのまま、自分の腕の中に倒れ込んだカミーユに口付けようとして……

「あ!」

 当人の間の抜けた声により、それを中断させられた。
 ……この空気の読めなさは、流石カミーユである。

「そうだ、大事な話をしておかなきゃならないんだった! アシル、好きな人が出来たら、愛人にしてもいいからね? 侯爵としてのお仕事さえしてくれれば、私は気にしないから!」

 ——少しは気にしろよ!!
 婚約者の暴言に脳内でツッコミを入れながら、俺は凍り付いていた。

「じゃあ、私、仕事があるからもう行くね。ロイス様によろしく」

 そして、この状況で放置か! この天然鬼畜!
 残された意思の力を総動員し、俺は、立ち上がりかけたカミーユを制止する。

「待って……まだ、話は終わっていないんだけど。今日の仕事は夕方からだろ?」

 まだだ……まだ、時間はある筈だ。
 俺の傷だらけの心の内を知らないカミーユは、不思議そうな顔で真正面に座り込む。

「話って? 愛人の数なら……」
「愛人の話なら、もういいよ!」

 何が悲しくて、やっと手に入れた婚約者から、愛人の話をされねばならないのか!
 意を決して告白した相手に対して、あんまりな仕打ちである。

「俺は、カミーユがいれば満足なんだってば! 愛人なんて、絶対に要らない!」
「まーたまたぁ♪」

 ああ、イラッと来る……
 この女、全然俺の言葉を信じていない。

「……鈍いカミーユには、何を言っても無駄だよね。分かった、これから頑張って証明していくから」
「へ? 証明って?」

 惚けた表情のカミーユも、流石に不穏な空気を感じ取ったらしい。再び顔色を悪くしている。
 でも、既に手遅れだ——
 俺は、カミーユの後頭部に手を掛けると、ゆっくりと彼女の頬に口付けた。
 カミーユは、信じられないという風に目を見張ったまま、真っ赤な顔で固まっている。
 ……ざまぁ見ろ。



「アシル、婚約成立おめでとう! どうなることかと思ったけれど、無事にカミーユの誤解が解けて良かったね」
「……ええ。告白した直後に、愛人を勧められましたけどね」

 そう答える俺に、爆笑するロイス殿下。最近の彼は、笑いの沸点が低い。
 他人事だと思って……

「仲の良い側近の二人が婚約した上に手元に残ってくれて、僕は嬉しいよ。隣国が、まだカミーユのことを諦めていないみたいなのが気がかりだけれど」
「隣国……トパージェリアの第二王子ですか。王族が相手では、分が悪いですね」

 分が悪いどころではない。子爵家の庶子である俺なんて、全く太刀打ち出来ない雲の上過ぎる相手である。

「大丈夫、僕が全力で阻止するから! 信頼出来る数少ない友人を、余所の国へやったりしないよ」

 威勢良くそう宣言するロイス殿下。俺は、いつになく彼がとても頼もしく見えた。

「ところで、相談なんだけど。僕、学生生活というものを送ってみたいんだ」
「……? 学生、ですか?」
「うん。だから、王立魔法学園に入学しようと思う。出来れば、アシルとカミーユにも一緒に来て欲しい」

 王立魔法学園とは、その名の通り王都にある魔法を学ぶための学校だ。そして、ガーネットで一番難易度が高い、全世界でもトップクラスの実績を誇る魔法学校でもある。
 当然、余所の国からの留学生も多く、入学は狭き門となっていた。入学試験の難易度もさながら、三年に一度しか試験がないためだ。
 けれど、この国の貴族はまだマシである。平民達や他国の留学生達に比べると門戸が広い。
 魔法学園には、四つのクラスがあるのだが、そのうち二つのクラスはこの国の貴族の為のクラスだからだ。つまり、殿下や俺やカミーユは他の生徒に比べて格段に入試に受かりやすくなっている。
 戦争が起こった際に前線で戦わなければならないからというのが、理由らしいが……なんとも不平等なクラス分けだった。

「わかりました。殿下が入学されるのなら、カミーユも来るでしょうね」

 そう返事を返しつつも、カミーユの勉強嫌いを思い浮かべた俺は、これからのことを思って暗澹たる気分になったのだった。
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