ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして。

桜あげは

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子供編・学園編(一年目一学期)まとめ

改・学生時代(ハートのJ)2

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「ふー、終わったー!」

 数時間後、ようやくカミーユは、全教科の追試対策を終えることが出来た。
 あとは自分で復習しておけばなんとかなるだろう。
 辺りは夜になっており、窓の外は既に真っ暗だ。図書室の受付以外の人間は、誰もいなくなっていた。

「頑張ったね、これで追試は大丈夫だ」

 俺は、そう言ってカミーユの頭に手を伸ばす。
 彼女は、ほんのり頬を染めながらも、髪を撫でる俺の手を受け入れてくれていた。
 これは……少しは好かれているのだろうか? ……恋愛的な意味で!
 大人しくピンク色の髪を撫でられ続けているカミーユを見た俺は、ほんの少し調子に乗った。

「カミーユ。さっきのお礼、やっぱりお願いして良い?」

 カミーユは、ラズベリー色の目を瞬かせながら不思議そうに頷く。

「……? もちろん、いいけど」

 彼女の返事を受けた俺は、壁際に座っている婚約者を自分の方へと引き寄せて、抱き締めてみた。
 もじもじと体をよじる彼女からは、魔法実験に使う花の良い匂いがする。

「ふわぁっ? え? アシル?」

 腕の中のカミーユは、顔を真っ赤にしながら困惑していた。
 けれど、俺の腕を払いのける様子はない。目をうるうるさせているだけだ。
 彼女は、じっと俺の方を見つめていた。

「カミーユ、好きだよ」

 困ったようにこちらを見上げるカミーユに、俺は優しく微笑みかける。
 途端に、カミーユの顔の赤みが更に増した。どうやら、彼女は盛大に照れているだけのようだ。

「あの……アシル、これは……」
「だから、お礼をもらっているんだけど?」

 小さく華奢な肩を震わせながら、カミーユはおずおずと口を開いた。

「そっか……こんなので良かったら、いくらでも抱きしめていて良いよ。私なんかじゃ、全然お礼に足りていないけど」

 ……うん。嬉しいのと悲しいのが半々だな。
 カミーユに、「いくらでも抱き締めて良い」と言われ、天にも昇るような気持ちになる反面、「私なんかじゃ」と、自分を必要以上に卑下する彼女に、全く自分の気持ちが伝わっていない事実を突き付けられて、地面に叩き落とされるようなショックを受けてしまう。

「あの、アシル……?」

 何も分かっていないカミーユは、無垢な瞳でこちらを伺っている。
 そんな彼女を見て、俺の中の何かが崩壊した。

「——だから、俺はカミーユが良いって言っているのに。好きだって言っているのに……どうして信用してくれないわけ?」
「……へ?」

 カミーユは、惚けたような声を出して口をポカンと開けている。

「何回告白させれば気が済むの!? どうして、すぐに「私なんか」とか言って自己完結するの?」
「だって、それは……」
「好きでもない女相手に、俺が態々毎回勉強を見てやるなんてこと、するはずがないだろ? カミーユは、一体俺をなんだと思っているんだよ!?」

 何が悲しくて、婚約者にこんなことを言わなければならないのか……

「カミーユはニブすぎる。徐々に気付いてもらおうと思ったけど、全然気付く気配がないんだから……!」

 気まずくなったのか……カミーユは、ぎこちない動作で目を逸らせている。

「俺がカミーユと婚約したのはカミーユが好きだったからだし、その気持ちは今でも続いているよ」
「そんな……でも」
「婚約者とはいえ、カミーユが嫌なら何もしない。カミーユの気持ちを優先させたいし……って思っていたけれど——待つだけっていうのもいい加減、限界なんだよね」

 横から手を出して来ようとしている、トパージェリアの第二王子のような礼儀知らずな奴もいるしな。
 例え王族であろうと、俺はあの男にカミーユを渡す気など微塵もない。

「えー……なんてこったい」

 隣から、気の抜けるような言葉が聞こえてくる。「なんてこったい」は、俺のセリフだよ。

「アシルって趣味が悪いね」
「……本当にね」

 まったく、なんでこんな面倒な相手を好きになってしまったのか……
 カミーユは、全然俺の思い通りになってはくれない。

 でも、今の彼女は恥ずかしがって、置物のように静止している。
 ——これは……かなり、意識されているということだよな?

「カミーユ。顔、上げて?」
「や、やだ!」

 悪ノリした俺の言葉に、茹で蛸のように真っ赤な顔のカミーユは必死に抵抗する。
 俺は、顔を見られないように俯こうとする彼女の顎に手を添えて、強制的に上を向かせた。

「は、離してよ……っ」
「ふふ……顔、真っ赤だ。これは……少しは脈があるってことかな? ねえ、カミーユ」
「そ、そうだ! とっても大事な用事を思い出したよ!」

 恥ずかしさのあまり逃走を図ろうと、カミーユは取って付けたような言い訳を口にする。
 そんなヘタクソな芝居に騙されるのは、彼女の父親ぐらいだろう。

「大事な用なら仕方ないな。部屋まで送っていくよ」

 俺は、カミーユの言い訳を逆手に取ることにした。

「あの、一人で大丈夫だから……ここで」
「送っていくよ」

 完全に相手の出方を封じた俺は、問答無用で彼女を部屋まで送り届けたのだった。



 数日後、カミーユの追試の日がやってきた。
 放課後になり、彼女は意気揚々と追試会場へと向かう。

「カミーユ、頑張って」
「任せて~! もう、バッチリだから」

 ……調子のいい奴め。
 でも、彼女が追試を合格できるのは良いことだ。
 俺は、笑顔で去って行くカミーユを見送った。

 ……しかし。
 追試から数時間が経過しても、カミーユは寮に帰って来なかった。
 頑張ったカミーユに、約束の『魔法アイテム辞典最新版』を届けに来たのに……

「どうして、こんな時間になっても帰って来ないわけ?」

 もうすぐ、日付が変わろうとしている。
 俺は、いつまで経っても戻らない彼女が心配になってきた。
 モンスター退治を生業としていたカミーユは強いが、彼女は少々抜けているところがあるのだ。
 外へ探しに行こうと俺が寮の階段へ向かおうとした時、ようやく階下から軽やかな足音が聞こえて来た。
 薄暗い寮内に、小柄な影が浮かび上がる。
 月明かりに照らされて、ラズベリー色の瞳がキラリと輝いた。

「……カミーユ、こんな時間までどこに行っていたの?」

 無事に帰って来たから良かったものの……
 こんな時間になるまで彼女が一体何をしていたのか、俺は非常に気になる。

「どこって、ダイヤ寮だけど」
「ダイヤ寮? そんな場所に何しに行ったの?」

 ハート寮からほど近い距離にあるダイヤ寮は、異国からの留学生や、貴族ではないが比較的裕福な人間が所属するクラスの寮だ。
 そこには……例のトパージェリアの第二王子もいる。
 まさか、あの王子と二人で会っていたなどということは……

「トライアの部屋に遊びに行って、ベアトリクスと仲良くなった」

 なんで、よりにもよってそんな場所に一人で遊びに行っているんだーーーー!
 この、バカミーユ!!

 どこまでも危機感のない婚約者に、俺は目眩がした。
 そんな俺の心情を解さない彼女は、すたすたと廊下を進み、自分の部屋の鍵を開ける。

 ……普通の令嬢は、男の部屋に一人で上がったりはしないよな?
 でも、カミーユは幼少の頃から俺の部屋に上がり込んでいたっけ……ということは、奴の危機感の薄さは俺の所為なのか!?
 廊下で立ち止まったままで、悶々と悩む俺を不思議に思ったのか……カミーユが、不安そうに声を掛けてくる。

「アシルどうかしたの?……」

 俺は、そんなカミーユの手を掴むと、勝手に彼女の部屋の扉を開けて中に入った。
 カミーユは、こんな時間だというのに、簡単に俺を部屋に上げてしまう。
 そんな婚約者を見た俺は、ますます不安に拍車がかかった。

「……カミーユは、警戒心の欠片もないんだね」
「警戒? 事件か何かがあったの?」

 キョトンとした顔で、不思議そうに俺を見るカミーユに、なんとも言えない気持ちがこみ上げてくる。

「そういうことじゃないよ。カミーユは男に対して警戒心がなさすぎる。一人でフラフラと、それもこんな時間に異性の部屋について行くなんて……何かあったらどうするの」
「何もなかったよ、ケーキを食べて魔法茶を飲んだだけ。ダイヤ勢力の本拠地にいたけれど、アシルが心配するようなことは……」

 ……駄目だ、口で説明するだけでは、カミーユには伝わらない。
 俺は、悩んだ末に実力行使に出ることにした。

「カミーユ。俺が心配しているのは、こういう意味でだよ?」
「アシル?」

 流石のカミーユも、不穏な空気を感じ取ったらしい。
 俺が一歩足を進めるごとに、彼女は一歩後退する。
 でも、残念。カミーユの後ろは壁だ。

 そのままカミーユの顔の両側に手をついて、俺は彼女を囲い込んだ。
 カミーユは大きな目をパチパチと瞬かせて、やや青い顔をしながらこちらを見上げている。

「俺という婚約者がいるのに、フラフラ付いて行った先で俺以外の男にこんなことされたらどうするの?」
「あの……アシル、その、えっと」

 なんとなく、カミーユにも事の重大さが分かったようだ。
 彼女の顔が、更に青くなる。

「ねえ、カミーユ? 俺はカミーユほど寛大じゃないから、婚約者の浮気を多めに見られないんだ」
「う、浮気?」

 徐々に婚約者との距離を詰めた俺は、彼女の小さな桜色の唇に自分のそれを重ねた。

「んっ……」

 驚いたカミーユが、くぐもった声を上げる。
 ゆっくりと唇を離すと、彼女は全身の力が抜けたようにヘナヘナと床へしゃがみ込んだ。

「お休みカミーユ。コレに凝りたら、次からは気をつけるんだよ?」

 青くなったり赤くなったり忙しいカミーユを残し、俺は彼女の部屋を後にした。

 あの後、カミーユは無事に追試に合格したようだ。
 補講を免れることが出来た彼女は、機嫌良く部屋で『魔法アイテム辞典最新版』を読みふけっている。
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