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子供編・学園編(一年目一学期)まとめ
改・学生時代(ハートのJ)3
しおりを挟むカミーユの追試からしばらく経ったある日、俺は唐突に殿下の部屋に呼ばれた。
彼の部屋に足を踏み入れると、いつものキラキラしたオーラを引っ込めて、心なしか暗い表情を浮かべた殿下が窓際でたそがれていた。
殿下は、愁いを帯びた目で入室した俺を見つめる。
「どうしたんですか……殿下?」
「……アシル。どうやら、叔父に加担する貴族が動き出したみたいなんだ。僕、命を狙われているみたい」
俺の耳にも、国の二大派閥に関する大体の情報は入ってきていた。
とうとう本格的に王弟派が動き出したらしい。
ここ最近、国王派と王弟派の争いは表面だっては鳴りを潜めていたのだが……
それにしびれを切らした王弟派の貴族の一部が、実力行使に出てしまったようだ。
「ところが、隣国にも一部不穏な動きをしている勢力があって……そちらが僕を狙っている可能性があるという情報も入ってきた」
「隣国の件は、俺のせいかもしれないですね……申し訳ありません」
カミーユを手に入れることを裏で妨害した殿下に恨みを持っている勢力だとすれば……俺も、無関係だとは言えない。
国内か隣国か、もしくはその両方か……
ややこしいことだが……娘が隣国へ嫁いだり、隣国から来た嫁を貰ったという王弟派貴族は存在するのだ。
「だから、これから誰が僕を狙っているのかを絞ろうと思って……向こうも、中々尻尾を掴ませてくれないからさあ」
俺は、嫌な予感がした。最近の殿下は、少々無謀なところがある。
「もちろん、アシルとカミーユにも協力してもらうよ」
「……危険だと思うのですが」
殿下は、俺の苦言を爽やかな笑顔で躱した。
彼の計画はこうだ。
学園の敷地内にある山に遊びに出かけ、わざと襲われる。
そこで、王弟派の動きを見て彼等がどちらの勢力なのかを見極めるというものである。
「それでね……隣国出身の生徒にも協力してもらおうと思って……」
「また、無茶なことを……危ない目に遭う可能性があるのに、協力してくれる生徒なんているのですか?」
「うん。もうお願いしちゃったんだ。最近知り合った隣国の王太子の護衛の子なんだけど……かなり強いと思う。ほら、カミーユの友達のベアトリクスって子、聞いたことないかな?」
そう言えば、カミーユが隣国の第二王子の部屋へ遊びに行った時、そんな名前の生徒と話したと言っていた気がする。
けれど、俺には隣国から狙われている身であるのに、隣国の令嬢の協力を仰ぐ殿下の考えが分からない。
「で、そのベアトリクスという生徒は、協力してくれると?」
俺の質問に、殿下は笑顔のキラキラ度を増した。
これは……笑って何かを誤摩化そうとしているな?
カミーユにしても、殿下にしても……俺の周りには、困った人間が多い。
「実は……一緒にピクニックに行こうとしか言っていないんだよね。嘘は言っていないし、いいかなって……」
殿下は、キラキラした爽やかな顔でニッコリと笑った……
「まあまあ、そう怒らないでよ。必要はなさそうだけれど、いざとなれば僕も戦えるし」
確かに、殿下は幼少期からは考えられないほどに強くなった。その身分には不必要なほどに。
「アシルは気が乗らないみたいだね、折角デートしながら犯人を炙り出せる良い計画だと思ったのになあ」
爽やかな彼の笑顔の中に、少しだけ黒いものが混じる……
殿下の凶悪な笑顔も勿論だが、俺は彼の言葉の内容も気に掛かった。
「……デート? 殿下と誰がですか?」
「だから、ベアトリクスだよ。デートも出来るし、敵を炙り出すことも出来る……一石二鳥の作戦だと思うんだ。」
「隣国の令嬢というのは意外でしたが……殿下もそういうお年頃なのですね。」
俺は、なんとも言えない気持ちで殿下を見た。
「ベアトリクスの強さは、隣国で評判だよ。国を上げての武力自慢大会で六回も優勝しているし、一人でトライア王子に手を出した曲者を組織ごと壊滅させている。それを知っていても尚、侮って攻撃を仕掛けて来るならウチの国の者。攻撃を仕掛けてきつつも彼女を警戒する素振りを見せたなら隣国の者の可能性が高い」
「……相手が王弟派だった場合には、巻き込まれたベアトリクス嬢が気の毒ですね」
俺が素直な感想を述べると、殿下は困ったように碧色の目を逸らした。
「そんなに責めないでよ……それと、カミーユにもこのことは黙っていてね」
「……確かにカミーユが計画を知れば、ものすごく動揺しそうですね。それにバカ正直者なので……動きがぎこちなくなることは必至です」
「うん、だから、今回はタダのピクニックということにするよ。護衛の数も減らして行く、僕を狙ってくれるように……二人にも途中で僕から距離を置いてもらうから」
「しかし、殿下に何かあれば……」
「あると思う? 君とカミーユが付いていて……。王弟派と隣国の間に繋がりがあるかどうかは、捕えた者達を尋問して聞き出す。決行は今度の休日だから、予定を空けておいてね」
殿下は、俺に一方的に用件を告げる。
彼からの命令なら、俺に思うところがあっても逆らうわけにはいかない。
※
ピクニック当日は、晴れだった。目の前には、学園の青々とした裏山が広がっている。
その入口で、品の良い軽装を身に纏った殿下は、まず俺に見慣れない男装の女子生徒を紹介した。
「隣国トパージェリアの第二王子の護衛、ベアトリクス・タパス伯爵令嬢だよ」
「ベアトリクスです。初めまして」
長い黒髪を後ろで一つに結んだ長身の女が、俺に向かってキビキビとした動作で一礼した。
「……アシル・ジェイドです。いつも、カミーユがお世話になっております」
ベアトリクスの腰には、大きめの剣がさげられている。
殿下からベアトリクスの話を聞いた俺は、今日までに彼女のことを全て調べ上げていた。
しかし、ベアトリクスは、殿下に害意を持ってはいないし、カミーユとも仲が良い。まだ、完全に彼女を信頼しているわけではないが、ひとまず同行しても大丈夫だろうと思う。
道中の殿下は、ずっとベアトリクスにべったりだった。
カミーユにアレだけ言い寄られてもどこ吹く風だった彼なのに、もの凄い変わりようだ。
「あうっ!? 引っかかった!」
「……ん?」
突然隣で妙な奇声が聞こえて振り返れば……俺と並んで歩いていたカミーユが、ローブの裾を木の枝に引っ掛け、よろけていた。
「……」
こんな日まで、ローブを着て来るからだ。
カミーユは、魔法使いの服装にこだわりがあるようで、いつもローブを身に纏っている。俺は、枝に引っかかったカミーユのローブを外して没収した。
その間、俺の左手は、あらぬ方向へ歩き出そうとするカミーユの腕をしっかりと掴んでいる。
彼女は、移動時にはいつも空を飛んでいるので、地上の道を覚えることが苦手なのだ。
※
折り返し地点の湖まで辿り着いた俺と殿下は、早速以前の計画を実行することにした。
まずは、殿下が俺達から離れて一人になる必要がある。
湖は思ったよりも小さく、すぐに一周できてしまうような大きさだ。殿下に何かあれば、すぐ分かるだろう。念のため、俺は殿下に了承を得て、彼に「異変察知」の魔法を掛けた。
初夏の裏山は生命力に満ちていた。瑞々しい枝葉が、空へと向かって蔓を伸ばしている。
しばらくすると、昼食を食べ終えたカミーユが「湖を見て歩く」と言い出した。
カミーユは俺を殿下の側に残しておくつもりのようだが、それだと計画が狂ってしまうので俺も素早く立ち上がる。
自分も同行したいと言い出すベアトリクスの言葉を遮り、俺はカミーユだけを殿下の傍から連れ出した。
突然俺に手を引かれたカミーユは、抗議の視線を向けてきたが、こちらの様子を見て何かを感じ取ったらしい。納得していない表情を浮かべながらも、大人しく俺に手を引かれて歩き出す。
湖の周りには、細い小道が通っていた。元々は獣道だったものだろう。
けれど、歴代の学生が歩くうちに道幅が広がり、今ではちょうど良い細さの道が出来上がっていた。小道の両側には、小さな薄桃色の花が咲いている。
確認のために、湖沿いの道から殿下の方を振り返ると、彼はとても良い笑顔をしてベアトリクスに何事かを囁いていた。
殿下は、ベアトリクス嬢と二人きりになれたことにいたく満足している様子だ。人の気も知らないで、楽しそうである。
……殿下がその気なら、俺もカミーユと束の間の散歩を満喫しても良いはずだ。
少し開き直った俺は、任務に支障のない範囲でカミーユとの散歩を楽しむことにする。
握っているカミーユの小さな右手は、ほんのりと温かくて柔らかくて触り心地が良い。
今回の外出に殿下の計画が絡んでいなければ、もっと楽しめたのに……少し残念だ。
湖の周りを半分程歩いたところで、前方から不意に強い風が吹いた。
落ち葉や塵が一斉に舞い上がったので、俺は咄嗟にカミーユを抱き締めて彼女を守る。
「大丈夫?」
「へ、平気……ありがとうアシル」
俺に答えるカミーユの顔はやや赤く、ラズベリー色の目は面白いくらいに泳いでいる。
突然俺に抱き締められたことで、彼女は酷く動揺してしまったようだ。
ここ最近のカミーユは、何かと俺の一挙一動に翻弄されてくれる。今までは、全くそういう風に意識されていなかったので、この変化は嬉しい。
オロオロするカミーユの髪に、風で舞い上げられた薄桃色の花びらが付いている。
俺が花びらに手を伸ばすと、カミーユが僅かに身じろぎした。
「……あの、アシル?」
戸惑ったようなカミーユの声に、俺はハッとして我に返る。
花びらを取るだけだったつもりが、無意識に彼女の髪を弄っていたらしい。
「髪に花びらが付いていたよ?」
俺は、当初の目的である花びらを手に取り彼女に見せて、その場を取り繕った。
「なんだ、花びらか。びっくりした」
あからさまに挙動不審なカミーユが可愛らしくて、俺はつい意地悪を言ってしまう。
「一体、なんだと思ったの?」
「……別に」
平静を装ったぶっきらぼうな返事だけれど、耳が真っ赤なので台無しである。
そんな様子も愛おしくて、俺は彼女のほっそりした右腕に自分の左腕を素早く絡めた。
あと少しで、湖を一周して殿下達と合流してしまう。この穏やかな時間が終わるのは、少し残念だ。
俺とカミーユは、休憩場所のすぐ近くまで戻って来た。
ここまで来ると、木々の隙間から湖越しに殿下達の様子が見えるが、彼を狙う刺客が動き出す様子はない。
……今回は不漁だったかもしれないな。
そう思って殿下の元へ戻ろうとしたその時、殿下に掛けていた「異変察知」の魔法が発動した。
ベアトリクスが彼の隣に立ち、険しい顔で気配のする方向を睨んでいる。彼女の手は剣の柄に掛かっていた。
俺は刺客の気配のする方向へと羽ペンで移動し、カミーユは木々の隙間から殿下の周りに魔法で罠を巡らせる。
遠距離から複雑な魔法を組んでいるカミーユ……彼女は、近頃益々人間離れしてきたようだ。
すぐに、殿下の背後にある木の陰から、二十人ほどの男達が現れた。
全員が、黒いフードを被っていて表情が見えない。
「ロイス殿下であらせられますな?」
「そうだよ?」
殿下が正直に答えると同時に、男達は一斉に彼に襲いかかる。
「ロイス殿下、私の後ろへ!」
ベアトリクスが背後に殿下を庇って、剣を抜いた。彼女が持っているのは、曲線型の大剣だ。
しかし、ベアトリクスが一歩を踏み出す前に、カミーユの罠が発動した。
地面を割って太い茨の蔓が伸び、黒ずくめの男達にきつく絡まる。捕まった男達は、そのせいで身動きが取れない。
……刺が地味に痛そうだった。
茨から運良く逃れた男達を、俺は風の魔法で一人残らず蹴散らしていく。もちろん、息の根を止めないように気をつけながら……
殿下は全員に護られながらニコニコとその様子を傍観していた。
結局、刺客達はあっという間に一網打尽にされる。
とてもあっけない幕引きだ。
「僕らも舐められたものだねー、この程度の刺客でどうにか出来ると思われているなんて」
「そうですね、アッサリしすぎているのが逆に気に掛かりますが」
殿下は、学園の方向へ向けて伝達魔法を飛ばした。
近くに待機している部下に連絡し、この刺客達を回収させるためだ。
「ロイス様! 無事で良かったです」
遠方で罠を張っていたカミーユが、羽ペンで湖を横切ってこちらへ飛んできた。
「カミーユもね。今回の茨も良い出来だね」
「えへへー」
カミーユが嬉しそうに体をくねらせている。完全に、ご主人様に褒められて喜ぶ犬の図だ。
俺は、浮気性の婚約者を、素早く殿下から引き剥がしに掛かった。
やがて、殿下の部下が十名ほど駆けつけて来る。俺達は、捕まえた刺客を彼等に引き渡した。
これから、刺客達は厳しく尋問されるのだ。
「折角ベアトリクスを誘ったのに、とんだピクニックになっちゃったね。申し訳ないよ」
「いえ……」
殿下の方を見ると、彼はベアトリクスに今日の件を謝罪していた。
謝罪する殿下の言葉に、彼女はとんでもないと言う風に頭を振っている。
……真実を知れば、ベアトリクスは怒るだろうな。
「優しいね……次こそは、君にも楽しんでもらえるように頑張るから。僕に、やり直しの機会を与えてくれないかな?」
まったく、どの口がそんなことを言うのだか……殿下の厚かましさには恐れ入る。
「……ロイス殿下」
彼の言葉を受けたベアトリクスは、意志の強そうなオレンジ色の瞳に戸惑ったような光を浮かべていた。
「それとも……もう、刺客を送られるような僕なんかとは出かけたくない?」
「そんな! そんなことは」
「……ありがとう、ベアトリクス。君はやっぱり優しい女性だよ」
殿下は、お得意の爽やかな笑みを浮かべると、ベアトリクスの両手をきつく握りしめた。
ベアトリクス嬢は困ったような表情をしつつも、殿下に丸め込まれている。
けれど、彼女は、殿下のキラキラ攻撃に籠絡されているわけではなさそうだった。
※
あれから数刻後……
ベアトリクスを無事にダイヤ寮まで送り届けた殿下は、護衛数名と共に、事件の事後処理のために城へと向かった。
まだ正式な側近ではない俺とカミーユは、ここで今回の任務を解かれる。
カミーユは、ハート寮の前で名残惜しそうに、別の護衛達と共に去って行く殿下の後ろ姿を見つめていた。
「アシル……」
残された俺に、ポツリとカミーユが呟く。
「今回の件、ロイス様が狙われていることを、アシルは事前に分かっていたの?」
「……まあね」
湖でカミーユを連れ出した際に、彼女も何かあると気が付いたのだろう。
「やっぱり。ロイス様が、いつもの護衛を連れていなかったから……。なんで、私だけ仲間はずれにしたの?」
不満げな声でそう言うカミーユは、少しだけ拗ねている。
「カミーユに言ったら、挙動不審になると思ったから。今回の作戦は、犯人を炙り出すのが目的だし……」
「うっ……。じゃあ、今回はロイス様が自ら囮役を買って出たということ?」
「そうだよ。殿下に命令されたら、俺は従うしかないからね。これから裏で糸を引いている人物を城で洗い出す予定」
……俺達は、それに関われないが。
「悔しいね」
カミーユが珍しく溜息をついた。俺も同意見だ。
俺もカミーユも、まだ「学生」の身分である。
そして、俺達はあくまでも「殿下のお気に入り」であるだけで「正式に任命された側近」というわけでもない。
こういう時、役職による線引きを歯がゆく思う。
「カミーユ、寮に戻ろう。いつまでもここにいても、仕方がないよ」
「うん……そうだね、アシル」
彼が左手を差し出すと、カミーユは自然にその手を掴んだ。
……自分で手を出しておいて言うのもなんだけど、なんて無防備なのだろう。
彼女は気付いているのだろうか。
普通、妙齢の男女は恋人同士でもない限り、こんな風に手を繋いだりはしないということを……
応援ありがとうございます!
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