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私たちが音楽室を使った後は、伯爵令嬢のエリザベトが部屋を予約していることが多い。子どもの頃から神童と持て囃され、コンクールを総なめにしたあの才女だ。
「もう時間のはずです。さっさと部屋から出て行って下さい。」
「あら、すみません。少し練習に熱中していたもので。」
「そういえば、殿下に『二流』と言われて、ヴァイオリンに乗り換えたそうですね。確かにあなたのピアノの演奏は雑音でしたものね。」
お世辞にも上手いとは思わないが、こうはっきり言われると、さすがに傷つく。
「もともと習っていたヴァイオリンの方が得意なんです。ピアノは皇宮に言われて練習していただけなので。」
「そうですか。まあ、推薦した先生の顔に泥を塗らないように、せいぜい頑張って下さいね。」
すると、隣にいたジョルジュがおもむろに口を開いた。
「エリザベト嬢、随分自分に自信があるようだが、君こそ最近はコンクールで十分な成績を残せていないのではないか?アカデミー音楽祭は、楽器の別を問わず、順位がつく。つまり結果を見れば、自ずとその実力差が分かる。では失礼する。行くぞ、ソフィ。」
「はい。」
彼女は音楽祭の前の一か月は学校を休みにして、自宅で一日中ピアノを練習すると聞いた。彼女はすべてをピアノにかけているため、成績はボロボロらしい。
「エリザベト嬢の言うことは気にするな。」
「大丈夫です。私のピアノは確かに雑音ですから。」
「彼女、小さい頃こそ、天才と呼ばれてもてはやされてきたけど、最近はぱっとしない。案外そういう人は多いんだ。おそらく焦っているのだろう。」
「伸び悩んでいたんですね。知らなかったです。」
「その点、君のヴァイオリンはまだ粗削りの部分もあるが、大いなる可能性を秘めていると思う。どちらが将来有望かと聞かれれば、十人が十人、君と答えるだろうね。」
「随分ほめてくれるのね!ありがとう!」
それから季節は進み、風も冷たくなり、木々の葉が落ちた。遂にアカデミー音楽祭、当日を迎えた。今日は、ペアで出場するため、ジョルジュと衣装を合わせ、彼の瞳と同じ真っ青なドレスを選んだ。
「ソフィ、すごい似合っている!頑張ろうな!」
「ええ、もちろん。」
私たちの出番はエリザベトのすぐ後だった。声楽、フルート、ハープ――生徒たちは思い思いの表現方法で、それぞれ選んだ楽曲を演奏していく。エリザベトの出番だ。真っ赤なドレスに身を包んだ彼女が壇上に上がる。金賞候補の登場で会場に緊張が走る。
彼女が選んだのは、難易度が特に高いと言われる曲だ。目にもとまらぬ速さで鍵盤をはじいていく。一音も間違えていない。リズムも完璧だ。でも、気づいた。彼女の演奏には人の心を震わすような感情がない。ジョルジュに感情がこもっていないと言われた時の私の演奏に似ていると思った。
演奏が終わると、拍手が沸き上がった。やりきったという表情で、彼女は壇上から捌けた。
「よし、いよいよ僕たちの出番だね。」
「ええ、頑張りましょう。」
ステージの真ん中に立つと、スポットライトが私たちを照らす。緊張で口から心臓が飛び出しそうなくらい胸が高鳴った。深呼吸をして会場を見渡す。おや、最前列に並んでいるのは、私のファンクラブの子たちだ。わざわざ応援のために、一番いい席を取って、聞きに来てくれたのか。そう思うと、少し気持ちが和らいだ。
演奏を始めると、一気に曲の世界に引き込まれる。ジュピターはさすが国宝だ。音に厚みがある。私たちの奏でる旋律が会場全体を包み込む。弾いていて、こんな気持ちいいと思ったことはなかった。
私は、ジョルジュがこの国を去っていく――そんな彼を、彼の後ろ姿を思い浮かべ、締め付けられる思いで弦を引く。
無我夢中で演奏を終えると、審査員席からスタンディングオベーションが沸き起こった。ファンクラブの子たちもうれしそうに拍手を送ってくれている。やり切った、と思った。
「ソフィ、過去イチの演奏だったよ。素晴らしかった。」
「あなたこそ、素晴らしかったわ。ジョルジュとファンクラブの子たちのおかげで頑張れたと思う。」
私たちの後も何組か、演奏が続いたが、スタンディングオベーションが起こったのは私たちだけだった。結果発表では、私たちが金賞に輝いた。銀賞はエリザベトだ。
「――悔しいけど、負けだわ。心が震える演奏だった。私も自分に足りなかったものが何かやっと分かった気がする。ありがとう。」
そう言って、壇上を降りたエリザベトはどこか清々しかった。
「もう時間のはずです。さっさと部屋から出て行って下さい。」
「あら、すみません。少し練習に熱中していたもので。」
「そういえば、殿下に『二流』と言われて、ヴァイオリンに乗り換えたそうですね。確かにあなたのピアノの演奏は雑音でしたものね。」
お世辞にも上手いとは思わないが、こうはっきり言われると、さすがに傷つく。
「もともと習っていたヴァイオリンの方が得意なんです。ピアノは皇宮に言われて練習していただけなので。」
「そうですか。まあ、推薦した先生の顔に泥を塗らないように、せいぜい頑張って下さいね。」
すると、隣にいたジョルジュがおもむろに口を開いた。
「エリザベト嬢、随分自分に自信があるようだが、君こそ最近はコンクールで十分な成績を残せていないのではないか?アカデミー音楽祭は、楽器の別を問わず、順位がつく。つまり結果を見れば、自ずとその実力差が分かる。では失礼する。行くぞ、ソフィ。」
「はい。」
彼女は音楽祭の前の一か月は学校を休みにして、自宅で一日中ピアノを練習すると聞いた。彼女はすべてをピアノにかけているため、成績はボロボロらしい。
「エリザベト嬢の言うことは気にするな。」
「大丈夫です。私のピアノは確かに雑音ですから。」
「彼女、小さい頃こそ、天才と呼ばれてもてはやされてきたけど、最近はぱっとしない。案外そういう人は多いんだ。おそらく焦っているのだろう。」
「伸び悩んでいたんですね。知らなかったです。」
「その点、君のヴァイオリンはまだ粗削りの部分もあるが、大いなる可能性を秘めていると思う。どちらが将来有望かと聞かれれば、十人が十人、君と答えるだろうね。」
「随分ほめてくれるのね!ありがとう!」
それから季節は進み、風も冷たくなり、木々の葉が落ちた。遂にアカデミー音楽祭、当日を迎えた。今日は、ペアで出場するため、ジョルジュと衣装を合わせ、彼の瞳と同じ真っ青なドレスを選んだ。
「ソフィ、すごい似合っている!頑張ろうな!」
「ええ、もちろん。」
私たちの出番はエリザベトのすぐ後だった。声楽、フルート、ハープ――生徒たちは思い思いの表現方法で、それぞれ選んだ楽曲を演奏していく。エリザベトの出番だ。真っ赤なドレスに身を包んだ彼女が壇上に上がる。金賞候補の登場で会場に緊張が走る。
彼女が選んだのは、難易度が特に高いと言われる曲だ。目にもとまらぬ速さで鍵盤をはじいていく。一音も間違えていない。リズムも完璧だ。でも、気づいた。彼女の演奏には人の心を震わすような感情がない。ジョルジュに感情がこもっていないと言われた時の私の演奏に似ていると思った。
演奏が終わると、拍手が沸き上がった。やりきったという表情で、彼女は壇上から捌けた。
「よし、いよいよ僕たちの出番だね。」
「ええ、頑張りましょう。」
ステージの真ん中に立つと、スポットライトが私たちを照らす。緊張で口から心臓が飛び出しそうなくらい胸が高鳴った。深呼吸をして会場を見渡す。おや、最前列に並んでいるのは、私のファンクラブの子たちだ。わざわざ応援のために、一番いい席を取って、聞きに来てくれたのか。そう思うと、少し気持ちが和らいだ。
演奏を始めると、一気に曲の世界に引き込まれる。ジュピターはさすが国宝だ。音に厚みがある。私たちの奏でる旋律が会場全体を包み込む。弾いていて、こんな気持ちいいと思ったことはなかった。
私は、ジョルジュがこの国を去っていく――そんな彼を、彼の後ろ姿を思い浮かべ、締め付けられる思いで弦を引く。
無我夢中で演奏を終えると、審査員席からスタンディングオベーションが沸き起こった。ファンクラブの子たちもうれしそうに拍手を送ってくれている。やり切った、と思った。
「ソフィ、過去イチの演奏だったよ。素晴らしかった。」
「あなたこそ、素晴らしかったわ。ジョルジュとファンクラブの子たちのおかげで頑張れたと思う。」
私たちの後も何組か、演奏が続いたが、スタンディングオベーションが起こったのは私たちだけだった。結果発表では、私たちが金賞に輝いた。銀賞はエリザベトだ。
「――悔しいけど、負けだわ。心が震える演奏だった。私も自分に足りなかったものが何かやっと分かった気がする。ありがとう。」
そう言って、壇上を降りたエリザベトはどこか清々しかった。
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