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第27話 穢れた朝と封印の報せ
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夜の終わりを待たずに、ルーデンの空が鉛色に染まった。
陽が昇るはずの東の地平線が、まるで焼けた金属のようにくすんでいる。
アレンは丘の上で風向きを確かめながら、目を細めた。
風が淀んでいる。昨日までの爽やかな潮流とはまるで違う、乾いた血と灰の匂い。
「……動きましたね、王都が」
彼の呟きに、背後からリィナの声がした。
「この空の色……また門が?」
「神門は沈静化していましたが、別系統の術式なら話は別です。“封印装置”が起動した可能性があります。」
「封印装置……?」
「再構築者を拘束するために、ハイゼルが作った拘束環。僕がかつて設計に関わった、最悪の罠ですよ。」
言い終えたアレンの瞳がわずかに笑う。皮肉と諦念とが混ざっていた。
リィナは心配そうに眉を潜めた。
「アレンさん、それって……私たちにも影響が?」
「ええ。君と僕の力の位相は似ています。あれが完全に展開されれば、この村全体が凍るように止まるでしょう。」
「そんな……!」
リィナは北の森の方角を見つめた。木々が弱々しく揺れている。
「この風、森が怯えています。」
「森は正直です。命を脅かすものが近づけば必ず先に泣く。“選ばれた者”を守る責務を果たそうとしているんでしょう。」
アレンは空を見上げ、唇を噛んだ。
「ですが今回は、守るだけでは戦えない。」
◇
朝が完全に訪れる前に、村人たちは不穏な気配に気づき、次々に外へ出てきた。
全員の顔に疲労と恐怖がにじんでいる。
ミーナが泣きそうな顔でアレンに駆け寄った。
「ねえアレンさん! 村の西側、道が……道が光ってるんです!」
「光?」
「道沿いの石が全部、青白く……まるで、誰かが下から掘ってるみたいな。」
アレンはミーナの腕を軽く掴み、息を吸い込んだ。
「それは封印環の“地絡線”です。地を這うように魔力を流し、一定範囲を封じ込める。」
「つまり、私たちは……」
「もう囲まれている。外に出ても、結界で押し戻されるでしょう。」
その時、空が鳴った。
稲妻ではない、魔力の共鳴音だった。
空から淡い光の粒子が降り、村の周囲を覆う透明な幕が波打つ。
逃げ遅れた鳥がその幕に触れた瞬間――光と共に灰へと散った。
リィナが恐怖に息を詰める。
「……あれって、封じるだけじゃなく、殺してます。」
「はい。生物の流れを“停止”させる。時間そのものを凍らせる魔法陣式です。」
「そんなものを……人の手で作れるんですか?」
「作ったのは、“僕”です。」
その一言にリィナもミーナも息を呑んだ。
アレンは淡々と、自嘲の笑みを浮かべる。
「十年前、僕は王都で研究していました。人が神の奇跡に頼らず“秩序”を保つための術――それが“停止技術”でした。
けれど、今はそれが武器になっている。」
「止められないんですか?」
「理論上、一度広域展開が始まれば、反対位相で打ち消す以外方法はありません。準備に三日はかかる。」
「三日も!?」ミーナが顔をしかめる。
「だから僕が手を出す前に、誰か――ハイゼル自身がここに来るでしょう。」
◇
日が昇る。
封印環の光は空気の層を震わせ、村の輪郭をぼんやりと歪めている。
アレンは村長家の屋上に上がり、周囲を観察した。
結界の中心に淡く立ち上る光柱がある。それはちょうど、数日前に眠りの契約を行った井戸の真上。
恐らく、そこが封印環の焦点――“鍵穴”だ。
あそこにハイゼルが刻んだ発動印がある。
もし何もせずに放置すれば、あと半日で村の全生物が昏睡し、永眠の眠りにつくだろう。
ミーナが屋上に上ってくる。
「アレンさん、王都から鳥が! 黒い羽根の伝書鳥が降りてきました!」
彼女が差し出した筒には赤い封蝋。王国第一等の緊急通信仕様。
アレンがそれを受け取り、ゆっくり開ける。
【再構築者アレン=クロードへ告ぐ。
あなたは“神の複製”を試み、禁忌の理を犯した。
よって王国と聖王庁はあなたの存在を“封”と定めた。
投降の機会は一度きり。日没までに応じぬ場合、封印は完全発動する。】
ミーナが顔を真っ青にした。
「封印って、そんな……」
「予告とは優しいですね。だがこれは、戦争の宣告と同じです。」
手紙を握るアレンの指先がかすかに震える。
彼は深呼吸し、顔を上げた。
「……リィナを呼んできてください。すべて話す時が来ました。」
◇
昼下がり。
村の会議場に集まった人々の前で、アレンは硬い声で口を開いた。
「皆さん。残念ながら、この村は王国によって封印対象とされました。」
ざわめきが広がる。
彼は全員の目を見渡し、続けた。
「しかし、絶望することはありません。僕たちはすでに“契約”によってこの地を森と結びました。完全な支配下ではない。
まだ、抗う手があります。」
リィナが一歩前へ出た。
「封印を破る方法があるんですか?」
「ええ。眠りの契約で生まれた“夢の層”を使えば、ハイゼルの術式を逆流させることができるかもしれません。
ただし、成功する保証はない。失敗すれば全員が飲み込まれます。」
ミーナが震える声で問う。
「それって、また……アレンさん1人でやるんですか?」
「いいえ。今回は僕一人では無理です。」
アレンはリィナの方を向いた。
「再び、あなたの力を貸してください。」
リィナは小さく頷いた。その瞳には恐怖ではなく覚悟があった。
「森が言ってました。命の流れを止めようとする光に、わたしは抗えと。」
「それが、森の最後の声ですね。」
アレンは微笑み、手を差し出した。
二人の手が触れ合う。わずかに温かい光が重なる。
村人たちは息をのんで見守る。
再び祈りの輪が描かれ、地面が淡く振動する。
アレンの声が静かに響いた。
「朝の光が沈む前に、僕たちはもう一度“誓い”を結ばなければならない。この村を、生きるために。」
◇
その頃、遠く離れた王都の神殿塔。
ハイゼルは窓際で封印装置の発動状況を確認していた。
副官が報告を回しながら言う。
「閣下、封印展開率七割まで進行。辺境ルーデン地区、予期せぬ反作用は確認されず。」
「そうか。……だが、アレンはあの程度で終わる男ではない。」
「対応策を?」
「構わぬ。彼が抗うなら、その力すら証拠となる。」
ハイゼルはゆっくりと掌を見つめ、低く呟く。
「なぜか――君には、生かして証を立ててほしいと思っている。……弟子よ。」
塔の外で風が鳴った。
封印環の光と重なるように、遠くの空に新しい輝きが灯る。
そしてその光は、ゆっくりと王都からルーデンへ――運命を繋ぐ糸のように伸びていった。
その瞬間、アレンの胸の奥で竜の印が再び熱を帯びた。
彼は静かに目を閉じる。
「師弟の理は、崩すためにあるんですよ。」
穢れた朝の中で、新たな衝突の気配が確かに芽吹いていた。
陽が昇るはずの東の地平線が、まるで焼けた金属のようにくすんでいる。
アレンは丘の上で風向きを確かめながら、目を細めた。
風が淀んでいる。昨日までの爽やかな潮流とはまるで違う、乾いた血と灰の匂い。
「……動きましたね、王都が」
彼の呟きに、背後からリィナの声がした。
「この空の色……また門が?」
「神門は沈静化していましたが、別系統の術式なら話は別です。“封印装置”が起動した可能性があります。」
「封印装置……?」
「再構築者を拘束するために、ハイゼルが作った拘束環。僕がかつて設計に関わった、最悪の罠ですよ。」
言い終えたアレンの瞳がわずかに笑う。皮肉と諦念とが混ざっていた。
リィナは心配そうに眉を潜めた。
「アレンさん、それって……私たちにも影響が?」
「ええ。君と僕の力の位相は似ています。あれが完全に展開されれば、この村全体が凍るように止まるでしょう。」
「そんな……!」
リィナは北の森の方角を見つめた。木々が弱々しく揺れている。
「この風、森が怯えています。」
「森は正直です。命を脅かすものが近づけば必ず先に泣く。“選ばれた者”を守る責務を果たそうとしているんでしょう。」
アレンは空を見上げ、唇を噛んだ。
「ですが今回は、守るだけでは戦えない。」
◇
朝が完全に訪れる前に、村人たちは不穏な気配に気づき、次々に外へ出てきた。
全員の顔に疲労と恐怖がにじんでいる。
ミーナが泣きそうな顔でアレンに駆け寄った。
「ねえアレンさん! 村の西側、道が……道が光ってるんです!」
「光?」
「道沿いの石が全部、青白く……まるで、誰かが下から掘ってるみたいな。」
アレンはミーナの腕を軽く掴み、息を吸い込んだ。
「それは封印環の“地絡線”です。地を這うように魔力を流し、一定範囲を封じ込める。」
「つまり、私たちは……」
「もう囲まれている。外に出ても、結界で押し戻されるでしょう。」
その時、空が鳴った。
稲妻ではない、魔力の共鳴音だった。
空から淡い光の粒子が降り、村の周囲を覆う透明な幕が波打つ。
逃げ遅れた鳥がその幕に触れた瞬間――光と共に灰へと散った。
リィナが恐怖に息を詰める。
「……あれって、封じるだけじゃなく、殺してます。」
「はい。生物の流れを“停止”させる。時間そのものを凍らせる魔法陣式です。」
「そんなものを……人の手で作れるんですか?」
「作ったのは、“僕”です。」
その一言にリィナもミーナも息を呑んだ。
アレンは淡々と、自嘲の笑みを浮かべる。
「十年前、僕は王都で研究していました。人が神の奇跡に頼らず“秩序”を保つための術――それが“停止技術”でした。
けれど、今はそれが武器になっている。」
「止められないんですか?」
「理論上、一度広域展開が始まれば、反対位相で打ち消す以外方法はありません。準備に三日はかかる。」
「三日も!?」ミーナが顔をしかめる。
「だから僕が手を出す前に、誰か――ハイゼル自身がここに来るでしょう。」
◇
日が昇る。
封印環の光は空気の層を震わせ、村の輪郭をぼんやりと歪めている。
アレンは村長家の屋上に上がり、周囲を観察した。
結界の中心に淡く立ち上る光柱がある。それはちょうど、数日前に眠りの契約を行った井戸の真上。
恐らく、そこが封印環の焦点――“鍵穴”だ。
あそこにハイゼルが刻んだ発動印がある。
もし何もせずに放置すれば、あと半日で村の全生物が昏睡し、永眠の眠りにつくだろう。
ミーナが屋上に上ってくる。
「アレンさん、王都から鳥が! 黒い羽根の伝書鳥が降りてきました!」
彼女が差し出した筒には赤い封蝋。王国第一等の緊急通信仕様。
アレンがそれを受け取り、ゆっくり開ける。
【再構築者アレン=クロードへ告ぐ。
あなたは“神の複製”を試み、禁忌の理を犯した。
よって王国と聖王庁はあなたの存在を“封”と定めた。
投降の機会は一度きり。日没までに応じぬ場合、封印は完全発動する。】
ミーナが顔を真っ青にした。
「封印って、そんな……」
「予告とは優しいですね。だがこれは、戦争の宣告と同じです。」
手紙を握るアレンの指先がかすかに震える。
彼は深呼吸し、顔を上げた。
「……リィナを呼んできてください。すべて話す時が来ました。」
◇
昼下がり。
村の会議場に集まった人々の前で、アレンは硬い声で口を開いた。
「皆さん。残念ながら、この村は王国によって封印対象とされました。」
ざわめきが広がる。
彼は全員の目を見渡し、続けた。
「しかし、絶望することはありません。僕たちはすでに“契約”によってこの地を森と結びました。完全な支配下ではない。
まだ、抗う手があります。」
リィナが一歩前へ出た。
「封印を破る方法があるんですか?」
「ええ。眠りの契約で生まれた“夢の層”を使えば、ハイゼルの術式を逆流させることができるかもしれません。
ただし、成功する保証はない。失敗すれば全員が飲み込まれます。」
ミーナが震える声で問う。
「それって、また……アレンさん1人でやるんですか?」
「いいえ。今回は僕一人では無理です。」
アレンはリィナの方を向いた。
「再び、あなたの力を貸してください。」
リィナは小さく頷いた。その瞳には恐怖ではなく覚悟があった。
「森が言ってました。命の流れを止めようとする光に、わたしは抗えと。」
「それが、森の最後の声ですね。」
アレンは微笑み、手を差し出した。
二人の手が触れ合う。わずかに温かい光が重なる。
村人たちは息をのんで見守る。
再び祈りの輪が描かれ、地面が淡く振動する。
アレンの声が静かに響いた。
「朝の光が沈む前に、僕たちはもう一度“誓い”を結ばなければならない。この村を、生きるために。」
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塔の外で風が鳴った。
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そしてその光は、ゆっくりと王都からルーデンへ――運命を繋ぐ糸のように伸びていった。
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