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第28話 眠れる封印の鼓動
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朝が訪れたはずの村は、夜の終わりを拒むように暗かった。
陽は昇っているはずなのに、光が地上まで届かない。
まるで見えない手が光を遮っているかのようだ。
アレンは空を見上げながら、小さく息を吐いた。
「封印環の完成率が八割を超えた……王都は容赦がないですね。」
風に混じる空気の粒までが重たく感じる。
肌にひりつく魔力の膜。触れるだけで人の感情を奪う冷たさ。
アレンはそれを全身で感じながら、村の中央――井戸のある広場へ足を踏み入れた。
ミーナと村長、そしてリィナが待っていた。
リィナの顔は青白く、彼女の金の瞳はさっきまで光を映していたのに、今は霞がかっている。
「……大丈夫か?」
アレンが尋ねると、リィナはゆっくり頷いた。
「森と繋がる線が細くなってて……でも、まだ聞こえます。」
「封印の波に負けたら、森が君を通じて眠ってしまう。絶対に意識を離さないでください。」
「はい。」
ミーナが叫ぶように言った。
「アレンさん、結界が狭まってます! このままだと畑の外まで飲み込まれる!」
「時間がないな……。地絡線が封鎖する前に、僕たちが逆流させる必要があります。」
「逆流?」
「眠りの契約を逆に使うんです。封印の“夢”に介入して、その源を“自ら眠らせる”。」
村長が低く唸った。
「つまり……誰かがその夢に入らねばならんのかの。」
「そうです。」
アレンは迷いなく名を呼んだ。
「僕が行きます。」
リィナが即座に首を振った。
「だめです。あなたは封印の理を持ってる。入ったら戻れなくなるかもしれない!」
「だからです。戻れなくても、術式を止められるのは僕だけです。」
アレンは淡々とした口調で答えた。だが、その目には疲労だけでなく、どこか決意の影が見えていた。
リィナは唇を噛んだ。
「じゃあ……私も一緒に行きます。」
「だめだ。」
「言いましたよね。“一人では無理”って。夢の向こう側に届くのは、私の声なんです。」
「リィナ……。」
「森が言ってました。『選ばれし者は導き手ではなく伴走者だ』って。」
彼女の声は震えていたが、その意志は揺るがなかった。
アレンは一瞬だけ黙り、やがて小さく笑った。
「……相変わらず、強情ですね。」
「師匠がそう仕込んだんです。」
◇
二人は井戸の縁へ立ち、同時に魔力を解き放った。
地面に光が走り、封印環の紋章が姿を現す。
まるで生き物のようにうねる光の線。
それが村全体を包み込み、次第に重く、緩やかに地へ沈んでいく。
リィナは息を詰めた。
「これが……封印の中心?」
「そう。ここに“核となる夢”がある。」
アレンが杖を構え、詠唱を始める。
「夢を抱く者、夢に侵されしもの、その境を開け――再構築・夢界接合式。」
周囲の空気がひずみ、世界が裏返るような音がした。
それと同時に、アレンとリィナの足元がふっと消えた。
視界を覆ったのは、朝焼けでも夕暮れでもない赤い光。
地は浮かび、空が沈む。
ここは――封印の夢の中。
声がした。
「ようこそ、我が“夢”へ。」
霧の向こうから現れたのは一人の男。
白金の衣をまとい、手には王国紋章が刻まれた杖を持っている。
その姿は、十年前のハイゼルだった。
若く、理想に燃え、まだ自分の弟子を信じていた頃の彼。
リィナが戸惑いの声を上げる。
「これ、幻……?」
アレンは静かに頷いた。
「いいえ、“記憶”です。封印環は彼の理から作られた。これは装置そのものが生み出した“虚像のハイゼル”。」
虚像のハイゼルが杖を軽く掲げる。
「アレン、君はなぜ背いた。神の理を否定して何を得た。」
アレンは苦笑を浮かべた。
「変わりませんね。あなたは昔から、信仰と人の狭間で答えを求めていた。」
「答えは見つかったのか。」
「ええ。人は、傷を赦すために生きている。」
ハイゼルの表情が動いた。次の瞬間、閃光が走る。
赤い世界に無数の鎖が現れ、アレンを縛る。
リィナが叫ぶ。
「アレンさん!」
「大丈夫……!」
彼は光を生み出し、鎖を防ぐ。しかし、虚像のハイゼルはさらに強く詠唱を重ねる。
「神の力は人のためにある。人がそれを得れば滅びしかない!」
アレンは声を張り上げた。
「ならばどうして神は人を作った! 矛盾を抱えたまま、夢に逃げるだけなら、それこそ虚構だ!」
衝突。
光と影が交錯し、世界が震える。
リィナが手を伸ばす。
「アレンさんを……!」
彼女の指先から青い光が広がり、鎖を断ち切る。
アレンが息を吐き、リィナの腕を掴んだ。
「ありがとう。やっぱり、君が鍵だ。」
共鳴する二人の光が混ざり合い、夢界の空に巨大な波紋が広がる。
虚像のハイゼルが後退する。
「……なるほど、夢を塗り替える気か。」
「あなたの理を眠りにつかせる。それが僕たちの契約です。」
アレンが杖を地に突き、叫んだ。
「再構築・封印逆転――“眠り返し”!」
光が爆発した。
世界が反転し、光が空を貫く。
赤い空が青へと変わり、鎖が霧散する。
虚像のハイゼルは微笑んだ。
「……やはり、君は私の最高傑作だな。」
その声が消え、全てが光に包まれた。
◇
目を開けると、井戸の水面が見えた。
アレンは泥の上に倒れていた。リィナが隣で彼を支えている。
「成功……しましたね。」
アレンはわずかに頷いた。
「封印環は崩壊しました。もう村は止まらない。」
外の空は再び朝の光を取り戻していた。
雲の切れ間から差す陽射しが村を照らし、草木が揺れる。
誰かが泣き、誰かが笑う声。
リィナは安堵の息を吐き、アレンの手を握った。
「もう、一人で背負わないでください。」
「……努力してみます。」
「絶対ですよ。」
アレンは少し笑った。
「その言葉、森にも言ってあげてください。」
彼の掌の竜紋が淡く輝いた。
その光の中で、遠く王都の神殿塔では警鐘が鳴り響く。
ハイゼルが塔の上で空を見つめながら、低く息を吐いた。
「封印装置、消失……。やはり、君は“理の外側”に立つのか。」
竜の印は波を送り、アレンの胸の奥で鼓動を打った。
それは眠りの合図ではなく、“次なる目覚め”の予告。
ルーデンの地に新しい光が芽生え、封じられた理は静かにその形を変えようとしていた。
――眠れる封印の鼓動が、再び世界を揺らす。
陽は昇っているはずなのに、光が地上まで届かない。
まるで見えない手が光を遮っているかのようだ。
アレンは空を見上げながら、小さく息を吐いた。
「封印環の完成率が八割を超えた……王都は容赦がないですね。」
風に混じる空気の粒までが重たく感じる。
肌にひりつく魔力の膜。触れるだけで人の感情を奪う冷たさ。
アレンはそれを全身で感じながら、村の中央――井戸のある広場へ足を踏み入れた。
ミーナと村長、そしてリィナが待っていた。
リィナの顔は青白く、彼女の金の瞳はさっきまで光を映していたのに、今は霞がかっている。
「……大丈夫か?」
アレンが尋ねると、リィナはゆっくり頷いた。
「森と繋がる線が細くなってて……でも、まだ聞こえます。」
「封印の波に負けたら、森が君を通じて眠ってしまう。絶対に意識を離さないでください。」
「はい。」
ミーナが叫ぶように言った。
「アレンさん、結界が狭まってます! このままだと畑の外まで飲み込まれる!」
「時間がないな……。地絡線が封鎖する前に、僕たちが逆流させる必要があります。」
「逆流?」
「眠りの契約を逆に使うんです。封印の“夢”に介入して、その源を“自ら眠らせる”。」
村長が低く唸った。
「つまり……誰かがその夢に入らねばならんのかの。」
「そうです。」
アレンは迷いなく名を呼んだ。
「僕が行きます。」
リィナが即座に首を振った。
「だめです。あなたは封印の理を持ってる。入ったら戻れなくなるかもしれない!」
「だからです。戻れなくても、術式を止められるのは僕だけです。」
アレンは淡々とした口調で答えた。だが、その目には疲労だけでなく、どこか決意の影が見えていた。
リィナは唇を噛んだ。
「じゃあ……私も一緒に行きます。」
「だめだ。」
「言いましたよね。“一人では無理”って。夢の向こう側に届くのは、私の声なんです。」
「リィナ……。」
「森が言ってました。『選ばれし者は導き手ではなく伴走者だ』って。」
彼女の声は震えていたが、その意志は揺るがなかった。
アレンは一瞬だけ黙り、やがて小さく笑った。
「……相変わらず、強情ですね。」
「師匠がそう仕込んだんです。」
◇
二人は井戸の縁へ立ち、同時に魔力を解き放った。
地面に光が走り、封印環の紋章が姿を現す。
まるで生き物のようにうねる光の線。
それが村全体を包み込み、次第に重く、緩やかに地へ沈んでいく。
リィナは息を詰めた。
「これが……封印の中心?」
「そう。ここに“核となる夢”がある。」
アレンが杖を構え、詠唱を始める。
「夢を抱く者、夢に侵されしもの、その境を開け――再構築・夢界接合式。」
周囲の空気がひずみ、世界が裏返るような音がした。
それと同時に、アレンとリィナの足元がふっと消えた。
視界を覆ったのは、朝焼けでも夕暮れでもない赤い光。
地は浮かび、空が沈む。
ここは――封印の夢の中。
声がした。
「ようこそ、我が“夢”へ。」
霧の向こうから現れたのは一人の男。
白金の衣をまとい、手には王国紋章が刻まれた杖を持っている。
その姿は、十年前のハイゼルだった。
若く、理想に燃え、まだ自分の弟子を信じていた頃の彼。
リィナが戸惑いの声を上げる。
「これ、幻……?」
アレンは静かに頷いた。
「いいえ、“記憶”です。封印環は彼の理から作られた。これは装置そのものが生み出した“虚像のハイゼル”。」
虚像のハイゼルが杖を軽く掲げる。
「アレン、君はなぜ背いた。神の理を否定して何を得た。」
アレンは苦笑を浮かべた。
「変わりませんね。あなたは昔から、信仰と人の狭間で答えを求めていた。」
「答えは見つかったのか。」
「ええ。人は、傷を赦すために生きている。」
ハイゼルの表情が動いた。次の瞬間、閃光が走る。
赤い世界に無数の鎖が現れ、アレンを縛る。
リィナが叫ぶ。
「アレンさん!」
「大丈夫……!」
彼は光を生み出し、鎖を防ぐ。しかし、虚像のハイゼルはさらに強く詠唱を重ねる。
「神の力は人のためにある。人がそれを得れば滅びしかない!」
アレンは声を張り上げた。
「ならばどうして神は人を作った! 矛盾を抱えたまま、夢に逃げるだけなら、それこそ虚構だ!」
衝突。
光と影が交錯し、世界が震える。
リィナが手を伸ばす。
「アレンさんを……!」
彼女の指先から青い光が広がり、鎖を断ち切る。
アレンが息を吐き、リィナの腕を掴んだ。
「ありがとう。やっぱり、君が鍵だ。」
共鳴する二人の光が混ざり合い、夢界の空に巨大な波紋が広がる。
虚像のハイゼルが後退する。
「……なるほど、夢を塗り替える気か。」
「あなたの理を眠りにつかせる。それが僕たちの契約です。」
アレンが杖を地に突き、叫んだ。
「再構築・封印逆転――“眠り返し”!」
光が爆発した。
世界が反転し、光が空を貫く。
赤い空が青へと変わり、鎖が霧散する。
虚像のハイゼルは微笑んだ。
「……やはり、君は私の最高傑作だな。」
その声が消え、全てが光に包まれた。
◇
目を開けると、井戸の水面が見えた。
アレンは泥の上に倒れていた。リィナが隣で彼を支えている。
「成功……しましたね。」
アレンはわずかに頷いた。
「封印環は崩壊しました。もう村は止まらない。」
外の空は再び朝の光を取り戻していた。
雲の切れ間から差す陽射しが村を照らし、草木が揺れる。
誰かが泣き、誰かが笑う声。
リィナは安堵の息を吐き、アレンの手を握った。
「もう、一人で背負わないでください。」
「……努力してみます。」
「絶対ですよ。」
アレンは少し笑った。
「その言葉、森にも言ってあげてください。」
彼の掌の竜紋が淡く輝いた。
その光の中で、遠く王都の神殿塔では警鐘が鳴り響く。
ハイゼルが塔の上で空を見つめながら、低く息を吐いた。
「封印装置、消失……。やはり、君は“理の外側”に立つのか。」
竜の印は波を送り、アレンの胸の奥で鼓動を打った。
それは眠りの合図ではなく、“次なる目覚め”の予告。
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