異世界配信始めました~無自覚最強の村人、バズって勇者にされる~

たまごころ

文字の大きさ
8 / 30

第8話 王都潜入と貴族の闇

しおりを挟む
夜の王都は、昼間とは別の顔をしていた。  
昼間は市民と商人のざわめきで賑わっていた通りが、今はまるで死んだように静まり返っている。  
外灯の代わりに浮かぶ魔導球が青白く光を放ち、その下で黒い影が蠢いていた。  
ルミナスの小さな光が、まるで迷子を導く星のように肩のそばで明滅する。  

『ご主人さま、本当に夜に潜入するんですか? 昼間なら光学隠蔽フィルターで──』  
「昼間だと目立つだろ。勇者派の監視が張ってる。」  
『でも、闇夜に動くと怪しさ倍増です……視聴率は上がりますけど。』  
「……配信基準で動くなよ、ルミナス。」  

後ろからレアが足音を忍ばせて近づいてきた。  
黄金の髪を黒いマントに隠し、その瞳には王女らしからぬ決意が宿っている。  
「リオネルの言葉、覚えてる? “貴族たちは勇者アルトの影で民を売っている”。その証拠を押さえるのが今日の目的よ。」  
「ああ。セリカの情報によると、地下交易区の奥に“神核炉”に関するデータを流している闇商会があるらしい。そこを突き止めれば、王都の支配網が見える。」  

夜風が冷たく、どこか金属の匂いが混じっている。  
遠くで時計塔が十二回鳴った瞬間、路地の奥に人影が現れた。  
背の低い商人風の男が、こちらをちらりと見る。  
「待っていた。あんたが“配信の勇者”か。」  

「……俺は勇者じゃない。ただの村人だ。」  
「へっ、村人にしちゃ足取りが兵士並みに静かだな。」  
男は歯を見せて笑い、古い瓦屋根の一角にある扉を指した。  
「入れ。こっから先は俺も知らん。あんたらの自己責任だ。」  

扉の向こうは、まるで裏社会そのものだった。  
地上の王都とは違う、暗い光に照らされた通路。  
酒と煙の混じった空気が鼻を刺す。  
カードゲームに興じる男たち、魔法薬を取引する商人、そして街娼たちの笑い声が重なって響く。  
どこを見ても、この国の“正義”とは程遠い現実だ。  

『すごい……視聴者数がぐんぐん伸びてます。地上波より危険な香りがあるって評判ですよ!』  
「不謹慎な人気取りだな……」  
『それが配信のリアルです! ちなみにコメント欄、既に“潜入実況”タグでトレンド入りしてます!』  

ルミナスのレンズが自動的に周囲をスキャンし、名前のついた光のピンを地図上に打っていく。  
『あそこ、魔導印の密売人。あっち、王国軍の脱走兵。あと、そこのテーブル……』  
「ん?」  

目をやると、黒いローブを纏った貴族風の男が酒杯を片手に何かの契約書を読んでいた。  
その隣の小柄な男が、異様に馴れ馴れしい。  
「契約成立、ですよね? “神核炉”の魔素供給は我々商会にお任せを。」  
「……ああ、よろしく頼む。」  

ルミナスが急に音をひそめた。  
『音声解析完了。“神核炉”のワード確認。ご主人さま、あの男が貴族派の中枢です。魔力量から見ても高位のマントラ使用者。』  
「よし、近づいて会話を録音だ。」  

俺とレアは人混みを縫うように近づいた。  
ちょうどその時、男たちが立ち上がる。  
「納品は三日後、場所は聖堂区裏の塔。“管理核”の鍵を使う。例のAI技術者が裏切らなければな。」  
「ルミナス、記録完了か?」  
『ばっちり撮れました! セリカにも転送済み!』  

だが、次の瞬間、空気が震えた。  
魔力を感じる。視界の端で、貴族風の男がこちらを振り返っていた。  
「……見ていたな。」  

鋭い殺気が走る。  
男が指を鳴らすと、周囲の客が一斉に立ち上がり、目の光が青白く染まった。  
「操られてる!? 全員、傀儡か!」  
『マインドリンクです、ご主人さま! この区域自体が呪文網の中です!』  

レアがとっさに剣を抜く。  
「リアム、行くわよ!」  
「避けろ、ここで戦ったら被害が──」  

しかし追い詰められた俺の腕が、勝手に動いていた。  
燃えるような光が掌から走り、空気が波打つ。  
青い閃光が通路を貫き、傀儡たちの魔眼が一斉に砕け散った。  

静寂。  
ルミナスが震えた声で呟く。  
『マナ出力、記録更新……基準値の三千倍です。ご主人さま、意識的なコントロールを!』  
「無理だ、勝手に……!」  

光の奔流が完全に止まった頃には、通路の床一面に焦げ跡だけが残っていた。  
貴族の男は片膝をついたまま、信じられないという目で俺を見つめる。  
「やはり……“魔王の継承者”か。勇者が言っていた通りだ。」  

「魔王……?」  
「千年前、非存在となったはずの魂。その欠片を宿す者が再び現れるとはな。あの日、神核炉が暴走した理由も、すべてお前の因果だ。」  

レアが一歩前に出た。  
「お前たちは王国の名を騙り、人を操っているだけじゃない! 神の技を使って民を制御してる!」  
男は不気味に笑った。  
「制御されることを望む民もいる。恐怖を与えれば、誰も反抗しない。勇者アルトはそれを知り尽くしている。」  
「もう聞くまでもないな。」  

俺はルミナスのレンズを指した。  
「ルミナス、撮れてるか?」  
『はい、全方向マルチアングルで! 世界中にライブ配信されています!』  
「じゃあ、こいつらの罪は世界に晒してやる。」  

男の表情が凍る。  
怒りと焦りが入り混じった声で叫ぶ。  
「そんなもので何が変わる! 貴様は結局、誰も救えぬ“魔王の影”だ!」  

「違う。俺はこの世界を再起動させる“配信者”だ!」  

言葉と共に、掌から光が放たれる。  
貴族の男の後ろにあった契約書が燃え上がり、空気中に無数の金色の文字が浮かんだ。  
ルミナスが光を拡散させ、その映像が実世界と〈魔導ネット〉の全端末に投影される。  

【速報:王都上空に巨大な光映像、勇者連盟の不正か?】  
【リアムが暴いた貴族の闇】  
【正義の村人VS腐敗の勇者王国】  

瞬く間にコメント欄が爆発する。  
ルミナスが喜びを隠せない声で言う。  
『ご主人さま、再生数が異常! 全王国の通信回線がリアルタイム接続してます!』  

光の幕が消えたころ、地下街の住人たちは息を呑みながらこちらを見ていた。  
操られていた人々も意識を取り戻し、青ざめた顔で膝をつく。  
レアが剣を収め、静かに言った。  
「証拠は十分ね。このまま王城に向かえば、勇者アルトの正体も暴ける。」  

俺は頷き、焦げた床を見下ろした。  
「……けど、これで敵も本気を出してくるだろうな。」  

ルミナスが少しだけ声を落とす。  
『ご主人さま、本当は怖いです。配信がどれだけ広がっても、あなたはひとりで戦ってる。』  
「ルミナスがいるだろ。レアも。……それに視聴者がいる。」  
『……はい。世界中があなたのこと、見ています。』  

その光が少しだけ強くなった。  
夜明けの鐘が遠くで鳴り始めている。  
俺たちは再び外へ出た。してやられた貴族の怒号が背後で響く。  

世界の目はもう、王都の真実から逸らせない。  
俺は手を上げ、ルミナスに合図した。  
「次のタイトルは“王都潜入・腐敗を暴け!”でいこう。」  
『了解です、ご主人さま! 一晩で百万人視聴突破まちがいなしです!』  

レアが苦笑しながら言う。  
「あなた、本当に配信者向きね。」  
「そうかもな。でも——このバズで世界を救えるなら、悪くない。」  

東の空がかすかに白み始める。  
王都の塔の上で揺れる光を見つめながら、俺は小さく息を吸った。  
次の戦いが、もうそこまで迫っている気がしてならなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...