異世界配信始めました~無自覚最強の村人、バズって勇者にされる~

たまごころ

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第20話 千年の罪と罰

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世界が再び目を開けた時、空はかつてないほど澄んでいた。  
雲がひと筋もなく、陽光が新しい世界を包んでいる。  
風は柔らかく、どこか懐かしい匂いを運んでくる。  
だが俺の胸の奥には、まだ確かな痛みが残っていた。  

――戦いの終わりから、七日が経つ。  

王都はゆっくりと再建を始めていた。  
倒壊した塔に代わって木造の家が建てられ、人々は互いに助け合いながら暮らしを取り戻そうとしている。  
かつて俺が「魔王」と呼ばれた城の跡も今は開放され、避難民のための仮設居住区と化していた。  
瓦礫の上を歩きながら、俺はその光景を見つめた。  

「まるで、時間が巻き戻ったみたいだな。」  
ベリスが隣で頷く。  
「千年前も、戦争の後はこうでした。それでも人は立ち上がり、また争い、また再び……」  
「――同じことを繰り返す。」  
「ええ。でもそれが“人”というものです。」  

彼女の言葉に苦笑が漏れた。  
かつての俺――アルディスが、世界を滅ぼす決断をした理由も、きっと同じだったのだろう。  
人という存在は愚かで、けれど消えもしない。  

ふと、足元の石板が陽に反射して光った。  
拾い上げると、それは古の符文を刻んだメダルだった。  
「……千年前、勇者アルトと戦ったときに使われた認証媒体です。」  
ベリスが指で触れる。  
「リアム様、覚えておられますか? あなたがアルディスだった頃、世界再生の鍵を握っていたもの。」  

「覚えているさ。あの時は――俺自身がそれを破壊した。」  
掌の中のメダルがわずかに震える。  
不思議なことに、まるで赦しを求めているようにも感じられた。  

俺は静かに目を閉じ、深呼吸した。  

ルミナスの声はもう聞こえない。  
彼女の残した光はすでに空に還り、この世界の基盤となった。  
夜になると雲のように浮かぶ青い星波――それはすべて、彼女の記録だという。  
誰かが願うたびに、それは確かに応えるのだ。  

俺は空を見上げて呟いた。  
「あの日、神を討って救ったつもりでいた。でも結局、千年前と同じ罪を繰り返しただけかもしれないな。」  
「罪?」  
ベリスが小首を傾げる。  
「この手で奪った命を、何度“正義”と呼んだか。結局、俺も神崎も、アルトも――全部同じだ。人を裁く者であり、救う者であり、壊す者だ。」  
「……それが、罰なのでしょう。」  

その声の響きが静かに心に沁みる。  
ベリスはわずかに微笑んだ。  
「あなたは“再生”を選びました。壊すことではなく、繋ぐことを。ならば、それでいいのです。」  
「……そう言い切れるほど、俺は立派じゃない。」  
「立派じゃなくとも、人は生きる限り罪を贖える。神ではなく、人として。」  

その言葉の重みを噛みしめた。  
――千年前、俺は神に背いた。  
だが今、俺は神の代わりにこの世界を「生かす」ことを選んだ。  
それは同じ罪を繰り返すかもしれない未来への恐怖でもあり、赦されることのない誓いでもあった。  

その日、王都の中央で式典が開かれた。  
生き残った民、各国からの再建部隊、魔族の難民までもが一堂に集う。  
人と魔の垣根はすでに消えていた。  
俺は壇上に上がり、群衆を見渡した。  

誰も俺を「魔王」とは呼ばなかった。  
ただ静かに、待っている。  

風が吹き抜ける。  
空には、ルミナスが作った通信結晶――世界全体を繋ぐ“新たな回線網”が浮かんでいる。  
彼女の子供たちだ。  
名もなき光の精霊たちが情報を運び、人々は声を通じて互いの存在を感じられる。  
それがこの新しい世界の“ネットワーク”となった。  

俺はマイクに手を置き、静かに話し始めた。  
「世界は、終わりません。たとえ神が消えても、人が消えない限り、物語は続きます。」  
誰一人、息をするのも忘れたように耳を傾けている。  
「かつて俺は、勇者と戦い、この地を焼き払い、幾多の命を奪った。  
 救うためだと思っていた。だが――救われるべきは俺だった。」  

ざわめきが広がる。だがすぐに、聞く者たちは静まり返った。  
「この世界の罪。それは“誰かのせい”ではなく、無関心の罪だ。恐れ、争い、明日を誰かに委ねた――その結果が千年の分断だった。」  

頬を通る風が、かすかに温かい。  
俺はかつての孤独な魔王ではなかった。  
隣には、仲間がいる。  
後方でベリスが手を胸に当て、優しく頷いた。  

「だから、罪に罰を与えるのではなく、罪を共有しよう。  
 苦しみも、嘆きも、希望になるまで分かち合おう。  
 神のように正しくなくていい。間違えることを恐れるな。  
 俺たちは、それでも“生きている”から。」  

広場の隅から、誰かが泣いた。  
それが次第に伝染し、笑いが混じり、いつの間にか歓声になった。  
子供たちが走り回り、空へ手を伸ばして叫んでいる。  

「ルミナスさま、見てるー!」  
「光が動いたよ!」  

青い光がゆっくりと空を渡っていく。  
それは新しい時代の始まりを告げる鐘のようだった。  

式典が終わり、人々が散っていく中、ベリスが静かに尋ねてきた。  
「リアム様、これからどうなさるのです?」  
「決まってる。塔を再建する。」  
「塔を?」  
「ああ。神ではなく、人のための塔を。観測者じゃなく、参加者として世界を繋ぐために。」  

ベリスはふと笑みを見せた。  
「……まるで配信のようですね。」  
その言葉に俺も笑った。  
「ああ、似てるだろう? 世界中を巻き込んで、希望を流すんだ。」  

夜が訪れるころ、王都の高台に登ると、空には無数の光が浮かんでいた。  
ルミナスを中心に、星々が秩序を取り戻すように瞬いている。  
その中に、懐かしい声が届いた気がした。  

『ご主人さま――配信、続いてますよ。』  

まるで風が囁いたようなその声に、俺は微笑んだ。  

「そうか。じゃあ、エンディングにはまだ早いな。」  

千年の罪を抱えながらも、世界は動き始める。  
誰もが自分の物語を語り出し、涙を笑顔に変えていく。  

月明かりが輝く。その下で、俺は静かに空へ手を伸ばした。  
「ルミナス、見てるか? やっと……本当の意味で、世界を繋げたよ。」  

風に乗って返るように、微かな声が聴こえた。  
『はい、ご主人さま。世界は……今日も、配信中です。』  

彼女の声に包まれながら、俺は穏やかに目を閉じた。  
長い戦いの果てに訪れた赦しのような夜だった。
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