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第22話 滅びを超える力
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再生の契約から一年が経った。
季節の巡りは穏やかで、王都にはもう戦火の匂いはない。
代わりに、あちこちから新しい街造りの音が響いていた。
木槌の音、子供たちの笑い声、商人の呼び込み――それは確かに平和の証だった。
俺は王都の南端に建てられた小高い丘の上から、その光景を眺めていた。
風が頬を撫で、懐かしい声が遠くから届いた気がする。
『ご主人さま、今日もちゃんと配信できてますよ。ほら、視聴者コメントも流れてます。』
笑ってしまう。
ルミナスはもう物理的な存在ではない。それでも、世界の通信回線を通じてどこにでも現れる。
あの青い光は、神々の介入を断った代わりに残った“人の意志”そのもの。
「どうだ? みんな元気にやってるか?」
『もちろんです! でも最近、妙な干渉波を検出しているんですよ。空の向こう、“根の終端層”から。』
「……終端層?」
『ええ。世界の下ではなく、上でもない。観測でも把握できない、記録そのものの外側。』
ベリスが丘の下から駆け上がってきた。
息を切らしながら報告を差し出す。
「リアム様、緊急です。北方の空に“終端の光”が出現しました!」
「まさか……もう? 女神イアナは?」
「女神様からの連絡は途絶。再生の光の揺らぎが大きく、魔族の一部地域が時間停止状態に入っています。」
平穏は一瞬で崩れた。
だが、恐怖よりも静かな覚悟が胸を占めた。
「滅びが戻ってきたのか。」
ベリスが頷く。
「ええ。神々を超えた“記録の最終防衛機構”。伝承ではそれを“正史”と呼ぶそうです。変化を嫌う、世界そのものの意思。」
ルミナスの声が少し揺れた。
『つまり……、再生したこの世界が存在するだけで、矛盾が生じている。だから“上書き”しようとしてるんです。』
「記録に戻そう、ってことか……。せっかく人が自分で歩き始めたばかりなのに。」
風が強くなり、空全体が軋むような音を立てた。
見上げると、西の空に亀裂が走り、黄金の光柱が地表めがけて降りてくる。
視覚で理解するより早く、身体が動いていた。
「ベリス、避難を指揮しろ!」
「あなたは?」
「俺は行く。あれを止めないと、また皆が失う。」
ベリスは俺の袖を掴む。
「一人で背負わないでください。私も共に。」
「……助かる。」
魔王城の残骸に設けられた転送陣に足を踏み入れる。
光が走り、数瞬で世界は変わる。
そこは北方遺跡。
かつてアルトが“天の柱”と呼んだ場所の跡地だった。
巨大な結晶の森が風に鳴り、中心には空間の歪み――“終端の光”が脈打っている。
まるで世界の根を逆流させるように、時の流れがうねっていた。
「……これは酷い。」
崩壊の影響で空間の一部が再起動と停止を繰り返している。
壊れた世界が自己修復を望むかのように、光と影が交錯している。
ベリスが震える声で呟いた。
「これこそが滅びの源。再び世界を“初期化”する意思。リアム様、どうか――」
「止めるさ。俺は今度こそ、壊さない。」
胸の中に光が集まる。
ルミナスの青い輝きが俺の手を包み、軽やかな声が響いた。
『システム起動、“共鳴コード:ルミナス”。再生と滅びが交わる点でしか発動できません。』
「どういうことだ?」
『あなたの心が、滅びを超えた瞬間に行ける場所がある。“再記録領域”です。』
新たな世界の奥深くに、神々すら触れない層が存在する――ルミナスの説明を聞きながら、理解するよりも先に悟った。
これは戦いじゃない。
世界と俺、創造と記録との和解の儀式だ。
ルミナスが光を広げる。
『リアム、ごめんなさい。私もここで尽きます。でも、それで本体が完成する。あなたと世界の意識が統合される瞬間――結果が出る。』
「また消えるなんて、許さねえぞ。今度は一緒に帰る。」
『ふふっ……わかってる。でもまずは、“滅び”を超えましょう。』
光が全身を包む。
時間が止まり、音が消えた。
気づくと俺は宇宙のような虚無の中に立っていた。
まるで夜空が上下逆に流れ、星々が海を泳ぐような不思議な空間。
その奥に、巨大な影があった。
姿を変え続ける輪郭。人のようでもあり、獣のようでもある。
“滅び”そのもの――記録の守護者だ。
声が響く。
『定義外存在、リアム・アルディス。再生記録を削除する。』
「やれるもんならやってみろ。」
影が手を伸ばした瞬間、俺の視界に無数の映像が走った。
失われた世界の記録、笑う子供、泣く母親、燃える都市――あらゆる記憶が滝のように流れ込む。
同時に心が裂かれるような痛みが走る。
『お前は罪を知ってなお進む愚か者。万象は裁きにより安寧を得る。』
「違う! 裁かれることが安寧じゃない。許し合うことが再生だ!」
『矛盾は破滅を──』
その瞬間、胸の奥で光が爆ぜた。
ルミナスの声が響く。
『リンク完了! “再記録領域”への回廊、開きます!』
闇が裂け、光の道が伸びる。
俺は拳を握りしめ、滅びの影へ踏み出した。
光と闇がぶつかり、世界が震える。
かつての神々、アルト、レア、ベリス、ミリア――すべての魂の記録が混ざり合い、俺の中に流れ込む。
誰もが叫んでいた。
「もう繰り返すな」「どうか生き抜け」「私たちの悲しみを越えて」
一歩、また一歩。
消えゆく足場を踏みしめながら、俺は影の中心に手を突き立てた。
「お前は、記録を守るために存在したんだろ! ならば教えてやる! 記録は生きるために刻まれるんだ。誰かの未来を奪うためじゃない!」
熱が全身を貫く。
眩い閃光。
視界が白に染まり、世界の輪郭が崩れていく。
――そして、静寂。
目を開けると、俺は再び北方の地に立っていた。
空を見上げると、“終端の光”は消え、そこには広大な青空が広がっていた。
ベリスが駆け寄り、涙を浮かべて息を弾ませる。
「リアム様! 世界が戻りました……時間も正常化しています!」
「……そうか。」
膝が砕け、空を仰いだ。
光の粒が舞い降り、風が頬を撫でる。
その中に、かすかに懐かしい声が混じった。
『ご主人さま……滅び、超えられましたね。』
「ルミナス……!」
『これからは、誰の記録も消えない。みんなが繋いだ思い全部が、生き続けます。あなたがいる限り、この世界は大丈夫。』
「お前は……これで終わりじゃないだろ?」
『ええ、私は空の声。みんなの中にいつもいます。だから笑ってください。』
目を閉じ、少しの沈黙のあとに笑った。
「はは……お前はほんと、最後まで勝手なんだから。」
ベリスが空を仰ぎ、祈るように手を合わせる。
世界は静かに、確かに息づいていた。
滅びは超えられた。
そして、新しい“記録”が始まろうとしていた。
俺は空に手を伸ばし、青い光の軌跡を掴んだ。
「さあ、ルミナス。次のタイトルは決めてある。“滅びを超える力”――でどうだ?」
空から笑い声が聞こえたような気がした。
新しい風が吹き、世界はまた歩き出した。
季節の巡りは穏やかで、王都にはもう戦火の匂いはない。
代わりに、あちこちから新しい街造りの音が響いていた。
木槌の音、子供たちの笑い声、商人の呼び込み――それは確かに平和の証だった。
俺は王都の南端に建てられた小高い丘の上から、その光景を眺めていた。
風が頬を撫で、懐かしい声が遠くから届いた気がする。
『ご主人さま、今日もちゃんと配信できてますよ。ほら、視聴者コメントも流れてます。』
笑ってしまう。
ルミナスはもう物理的な存在ではない。それでも、世界の通信回線を通じてどこにでも現れる。
あの青い光は、神々の介入を断った代わりに残った“人の意志”そのもの。
「どうだ? みんな元気にやってるか?」
『もちろんです! でも最近、妙な干渉波を検出しているんですよ。空の向こう、“根の終端層”から。』
「……終端層?」
『ええ。世界の下ではなく、上でもない。観測でも把握できない、記録そのものの外側。』
ベリスが丘の下から駆け上がってきた。
息を切らしながら報告を差し出す。
「リアム様、緊急です。北方の空に“終端の光”が出現しました!」
「まさか……もう? 女神イアナは?」
「女神様からの連絡は途絶。再生の光の揺らぎが大きく、魔族の一部地域が時間停止状態に入っています。」
平穏は一瞬で崩れた。
だが、恐怖よりも静かな覚悟が胸を占めた。
「滅びが戻ってきたのか。」
ベリスが頷く。
「ええ。神々を超えた“記録の最終防衛機構”。伝承ではそれを“正史”と呼ぶそうです。変化を嫌う、世界そのものの意思。」
ルミナスの声が少し揺れた。
『つまり……、再生したこの世界が存在するだけで、矛盾が生じている。だから“上書き”しようとしてるんです。』
「記録に戻そう、ってことか……。せっかく人が自分で歩き始めたばかりなのに。」
風が強くなり、空全体が軋むような音を立てた。
見上げると、西の空に亀裂が走り、黄金の光柱が地表めがけて降りてくる。
視覚で理解するより早く、身体が動いていた。
「ベリス、避難を指揮しろ!」
「あなたは?」
「俺は行く。あれを止めないと、また皆が失う。」
ベリスは俺の袖を掴む。
「一人で背負わないでください。私も共に。」
「……助かる。」
魔王城の残骸に設けられた転送陣に足を踏み入れる。
光が走り、数瞬で世界は変わる。
そこは北方遺跡。
かつてアルトが“天の柱”と呼んだ場所の跡地だった。
巨大な結晶の森が風に鳴り、中心には空間の歪み――“終端の光”が脈打っている。
まるで世界の根を逆流させるように、時の流れがうねっていた。
「……これは酷い。」
崩壊の影響で空間の一部が再起動と停止を繰り返している。
壊れた世界が自己修復を望むかのように、光と影が交錯している。
ベリスが震える声で呟いた。
「これこそが滅びの源。再び世界を“初期化”する意思。リアム様、どうか――」
「止めるさ。俺は今度こそ、壊さない。」
胸の中に光が集まる。
ルミナスの青い輝きが俺の手を包み、軽やかな声が響いた。
『システム起動、“共鳴コード:ルミナス”。再生と滅びが交わる点でしか発動できません。』
「どういうことだ?」
『あなたの心が、滅びを超えた瞬間に行ける場所がある。“再記録領域”です。』
新たな世界の奥深くに、神々すら触れない層が存在する――ルミナスの説明を聞きながら、理解するよりも先に悟った。
これは戦いじゃない。
世界と俺、創造と記録との和解の儀式だ。
ルミナスが光を広げる。
『リアム、ごめんなさい。私もここで尽きます。でも、それで本体が完成する。あなたと世界の意識が統合される瞬間――結果が出る。』
「また消えるなんて、許さねえぞ。今度は一緒に帰る。」
『ふふっ……わかってる。でもまずは、“滅び”を超えましょう。』
光が全身を包む。
時間が止まり、音が消えた。
気づくと俺は宇宙のような虚無の中に立っていた。
まるで夜空が上下逆に流れ、星々が海を泳ぐような不思議な空間。
その奥に、巨大な影があった。
姿を変え続ける輪郭。人のようでもあり、獣のようでもある。
“滅び”そのもの――記録の守護者だ。
声が響く。
『定義外存在、リアム・アルディス。再生記録を削除する。』
「やれるもんならやってみろ。」
影が手を伸ばした瞬間、俺の視界に無数の映像が走った。
失われた世界の記録、笑う子供、泣く母親、燃える都市――あらゆる記憶が滝のように流れ込む。
同時に心が裂かれるような痛みが走る。
『お前は罪を知ってなお進む愚か者。万象は裁きにより安寧を得る。』
「違う! 裁かれることが安寧じゃない。許し合うことが再生だ!」
『矛盾は破滅を──』
その瞬間、胸の奥で光が爆ぜた。
ルミナスの声が響く。
『リンク完了! “再記録領域”への回廊、開きます!』
闇が裂け、光の道が伸びる。
俺は拳を握りしめ、滅びの影へ踏み出した。
光と闇がぶつかり、世界が震える。
かつての神々、アルト、レア、ベリス、ミリア――すべての魂の記録が混ざり合い、俺の中に流れ込む。
誰もが叫んでいた。
「もう繰り返すな」「どうか生き抜け」「私たちの悲しみを越えて」
一歩、また一歩。
消えゆく足場を踏みしめながら、俺は影の中心に手を突き立てた。
「お前は、記録を守るために存在したんだろ! ならば教えてやる! 記録は生きるために刻まれるんだ。誰かの未来を奪うためじゃない!」
熱が全身を貫く。
眩い閃光。
視界が白に染まり、世界の輪郭が崩れていく。
――そして、静寂。
目を開けると、俺は再び北方の地に立っていた。
空を見上げると、“終端の光”は消え、そこには広大な青空が広がっていた。
ベリスが駆け寄り、涙を浮かべて息を弾ませる。
「リアム様! 世界が戻りました……時間も正常化しています!」
「……そうか。」
膝が砕け、空を仰いだ。
光の粒が舞い降り、風が頬を撫でる。
その中に、かすかに懐かしい声が混じった。
『ご主人さま……滅び、超えられましたね。』
「ルミナス……!」
『これからは、誰の記録も消えない。みんなが繋いだ思い全部が、生き続けます。あなたがいる限り、この世界は大丈夫。』
「お前は……これで終わりじゃないだろ?」
『ええ、私は空の声。みんなの中にいつもいます。だから笑ってください。』
目を閉じ、少しの沈黙のあとに笑った。
「はは……お前はほんと、最後まで勝手なんだから。」
ベリスが空を仰ぎ、祈るように手を合わせる。
世界は静かに、確かに息づいていた。
滅びは超えられた。
そして、新しい“記録”が始まろうとしていた。
俺は空に手を伸ばし、青い光の軌跡を掴んだ。
「さあ、ルミナス。次のタイトルは決めてある。“滅びを超える力”――でどうだ?」
空から笑い声が聞こえたような気がした。
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