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第7話 奴隷商で売れ残りのエルフを購入。その正体は滅国の姫君でした
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バルガの裏通り。
表通りの華やかさとは打って変わり、薄暗く湿った空気が漂うこのエリアに、その店はあった。
『闇の鎖』。
看板には錆びついた鎖の絵が描かれているだけで、一見すると何の店かわからない。だが、知る人ぞ知る、この地方最大の奴隷商館だ。
「ここですか? なんだかカビ臭いです……」
フェリスが鼻をつまんで顔をしかめる。
彼女は獣の嗅覚を持っているので、この通りに充満する澱んだ空気や、染み付いた血と涙の匂いが敏感に感じ取れるのだろう。
「我慢してくれ。すぐに用は済む」
俺はフェリスの手を引き、重厚な鉄の扉をノックした。
ゴトッ、と小窓が開き、警戒心の強そうな目がこちらを覗く。
「……何の用だ。紹介状は?」
「ない。だが、これならある」
俺は懐から金貨10枚が入った小袋を取り出し、小窓の前にぶら下げた。
チャリ、と重い音がする。
男の目の色が変わった。
「……どうぞ、お客様。歓迎いたします」
ガチャリと鍵が開く音。
やはり、この世界で最も雄弁な通行手形は現金だ。
店内に入ると、むっとするような香の匂いが立ち込めていた。
薄暗いロビーには、高そうな調度品が並べられ、奥からは微かに鎖の擦れる音が聞こえてくる。
「いらっしゃいませぇ。本日はどのような『商品』をお探しで?」
揉み手をしながら現れたのは、小太りで油ぎった男だった。
奴隷商人のドルゴ。
その目は値踏みするように俺と、後ろに控えるフェリス(ローブ姿)を見ている。
「戦闘ができ、かつ身の回りの世話もできる奴隷を探している。種族は問わないが、優秀なのがいい」
俺は単刀直入に告げた。
ドルゴはニヤリと笑う。
「戦闘奴隷ですか。それなら、ちょうどいいのが入っていますよ。北の戦場で捕まった獣人の傭兵や、借金で首が回らなくなった元冒険者など、粒揃いです」
案内されたのは、地下へと続く広い檻の並ぶ部屋だった。
そこには、筋骨隆々の男たちや、鋭い目つきをした女たちが鎖に繋がれていた。
「おい、立て!」
ドルゴが檻を警棒で叩く。
奴隷たちは怯えたように、あるいは反抗的な目でこちらを見る。
俺は【神眼】を発動させ、彼らのステータスをざっと眺めた。
(……微妙だな)
レベルは20から30程度。
一般的には悪くない戦力だが、レベル9999の俺からすれば誤差のようなものだ。
何より、彼らの目には「諦め」や「卑屈さ」が宿っている。
俺が求めているのは、ただ強いだけの駒じゃない。
逆境にあっても折れない心、あるいは再起を賭ける強い意志を持った原石だ。
「他にはいないのか?」
俺が尋ねると、ドルゴは困ったように頭をかいた。
「へぇ、お眼鏡に叶いませんか。他となると……あとは『訳あり』か『観賞用』くらいになりますが」
「訳ありでも構わない。見せてくれ」
「承知しました。こちらへ」
さらに奥の、一層暗く湿った区画へと案内される。
そこは、病気や怪我、あるいは精神を病んで売り物にならなくなった奴隷たちが押し込められている場所だった。
咳き込む音、うめき声。
衛生状態も最悪だ。
フェリスが俺の袖を強く握りしめる。
「……ひどい」
「ああ」
俺は静かに頷いた。
これがこの世界の現実だ。
俺に全ての奴隷を救う義理はないが、少なくとも目の届く範囲で、かつ俺の役に立ちそうな者がいれば拾い上げたい。
俺は檻の一つ一つを見て回った。
そして、一番奥にある、鉄格子すら錆びついた小さな独房の前で足を止めた。
そこには、一人の少女がうずくまっていた。
ボロボロの布切れを纏い、手足は痩せ細り、肌は泥と垢で黒ずんでいる。
長い髪は絡まり、顔の半分を覆っているが、その隙間から見える尖った耳が、彼女がエルフであることを示していた。
だが、普通のエルフではない。
彼女の肌には、幾何学模様のような黒い痣が浮かび上がっていた。
それは呪いの刻印。
しかも、かなり強力な上位の呪いだ。
「ああ、そいつですか」
ドルゴが忌々しそうに顔をしかめた。
「こいつは失敗作ですよ。入荷した時は極上のエルフだと思ったんですがね、この奇病……『黒死の呪い』にかかっていたんです。治療師に見せても治せないし、他の商品に伝染るといけないんで、明日には処分する予定でして」
処分。
つまり、殺して焼却するということだ。
ドルゴはまるで壊れた家具の話をするように語る。
「魔力も空っぽ、言葉も発さない。ただ死を待つだけのゴミです。お客様のような上客にお見せするようなものでは……」
「……鑑定」
俺はドルゴの言葉を無視し、スキルを発動した。
レベル9999の鑑定眼は、表面上の汚れや呪いの奥にある、彼女の真実を暴き出した。
【名前】セラム・シルヴァ・エルリオス
【種族】ハイエルフ(王族)
【年齢】115歳(外見年齢17歳)
【職業】元王女/精霊剣士
【レベル】1(呪いにより低下中。潜在レベル80以上)
【状態】呪詛侵食(残り命数3日)、魔力枯渇、衰弱
【スキル】精霊魔法(封印)、王家の剣技(封印)、指導者(カリスマ)
【備考】滅びたエルフの国『エルリオス』の最後の生き残り。国を滅ぼした魔王軍への復讐心と、民を守れなかった悔恨を抱えている。
(……当たりだ)
俺の心臓が早鐘を打った。
ハイエルフの王族。
しかも、あの伝説の魔法大国『エルリオス』の姫君だとは。
10年前に魔王軍の侵攻によって一夜にして地図から消えた国だ。
彼女はその地獄を生き延び、呪いを受けながらも、ここまで生き抜いてきたのだ。
彼女の瞳を見る。
虚ろで、光を失っているように見える。
だが、その奥底には、決して消えることのない小さな、しかし熱い炎が揺らめいていた。
復讐の炎。そして、生への渇望。
「この子を貰おう」
俺は言った。
ドルゴがきょとんとする。
「は? え、いや、ですから旦那様。こいつはもう死にかけで……明日には死にますよ? 金貨をドブに捨てるようなもんです」
「いくらだ?」
俺は再度聞いた。
ドルゴは俺の目が本気だと悟ると、商人の顔に戻った。
「……まぁ、旦那様がどうしてもとおっしゃるなら。本来ならハイエルフは金貨1000枚は下りませんが、この状態ですし、処分費用も浮くと考えれば……金貨5枚でいかがでしょう?」
ゴミ同然の扱いだ。
ハイエルフの王女が、一般人の一ヶ月分の生活費程度で売られようとしている。
俺は黙って金貨10枚を投げ渡した。
「お釣りはいらない。その代わり、今すぐこの檻を開けて、彼女の拘束具を外せ」
「へ、へい! まいどありぃ!」
ドルゴは慌てて鍵を開けた。
俺は檻の中に入り、セラムの前に膝をついた。
近くで見ると、その衰弱ぶりは痛々しいほどだった。
呪いの刻印が脈打ち、彼女の生命力を蝕んでいるのがわかる。
「……う、ぅ……」
セラムが薄く目を開けた。
その瞳は綺麗な翠玉(エメラルド)色をしていたが、今は濁っている。
彼女は俺を見て、怯えることもなく、ただ静かに見つめ返した。
「立てるか?」
俺が手を差し伸べる。
彼女は首を横に振った。力が入らないのだろう。
「失礼するよ」
俺は彼女を横抱きにした。
驚くほど軽い。羽毛のように重さがない。
骨と皮だけになりかけている。
「アレン様、その方は……」
フェリスが心配そうに覗き込む。
「大丈夫だ。助ける価値がある」
俺はセラムを抱えたまま、店を出ようとした。
ドルゴが後ろから声をかける。
「旦那様、そいつが死んでも返品は利きませんからねぇ!」
「安心しろ。死なせはしない」
俺は振り返らずに答えた。
店を出た瞬間、俺はこっそりと【状態保存】の魔法をセラムにかけた。
これで宿に着くまでは、容態が悪化することはない。
***
宿に戻ると、俺はすぐにセラムをベッドに寝かせた。
フェリスが温かいお湯とタオルを持ってきてくれる。
「まずは体を綺麗にしよう。フェリス、手伝ってくれるか?」
「はい! お任せください!」
フェリスが丁寧にセラムの体や顔を拭いていく。
泥が落ちると、その下からは透き通るような白磁の肌が現れた。
整った顔立ち。長く尖った耳。
やつれてはいるが、その美貌は隠しきれない。さすがはハイエルフだ。
だが、問題はこの黒い痣だ。
『黒死の呪い』。
対象の魔力を喰らい尽くし、最後には肉体ごと腐らせる禁呪。
普通の回復魔法やポーションでは治せない。
「アレン様、この黒い模様……見ていて怖いです」
フェリスが不安そうに言う。
「ああ、これは呪いだ。でも、今の俺なら解ける」
俺はセラムの額に手をかざした。
レベル9999の魔力が掌に集束する。
俺が持っている【状態異常無効】スキルは自分用だが、【神聖魔法(極)】の中にある『解呪(ディスペル)』と『浄化(ピュリファイ)』を使えば、他人の呪いも消し去ることができる。
「『聖なる光よ、邪悪なる鎖を断ち切れ――ホーリー・ピュリフィケーション』」
カッ!
部屋の中が眩い純白の光に包まれた。
俺の手から放たれた神聖な波動が、セラムの体を包み込む。
黒い痣が、まるで陽光を浴びた雪のようにジュワジュワと音を立てて蒸発していく。
「あ……ぁ……ッ!」
セラムが小さく声を漏らし、背中を反らせた。
苦痛ではない。解放の感覚だ。
体中に巣食っていた毒素が抜け、同時に俺の膨大な魔力が彼女の空っぽの器に流れ込んでいく。
数秒後。
光が収まると、そこには先ほどとは別人のような少女が横たわっていた。
黒い痣は完全に消滅し、肌には健康的な血色が戻っている。
カサカサだった髪は艶を取り戻し、黄金色に輝いている。
呼吸も穏やかだ。
「す、凄いです……! 綺麗になりました!」
フェリスが目を輝かせる。
「呪いは消えた。あとは体力の回復だな」
俺は【亜空間倉庫】から、とっておきのアイテムを取り出した。
『世界樹の雫』。
以前、ダンジョンの深層で偶然見つけた超レアアイテムだ。
HPとMPを全回復させ、さらに欠損部位すら再生させる秘薬である。
本来なら国宝級の代物だが、今の俺には惜しくない。
小瓶の蓋を開け、セラムの口元に一滴垂らす。
彼女は無意識にそれを飲み込んだ。
ドクンッ。
彼女の体から、翠色のオーラが立ち上った。
生命力の奔流。
痩せこけていた手足に肉がつき、筋肉が戻っていく。
そして。
パチッ。
長い睫毛が震え、彼女が目を開けた。
そこにあったのは、宝石のように澄み渡った、力強い翠玉の瞳だった。
「……ここは……?」
鈴のような、しかし凛とした声。
彼女はゆっくりと上半身を起こし、自分の手を見つめ、そして俺を見た。
「呪いが……消えている? 魔力が……溢れてくる……」
彼女は信じられないといった表情で自分の体を触り、そしてベッドの横にいる俺とフェリスを交互に見た。
「貴方が、私を助けてくれたのですか?」
「ああ。奴隷商から買わせてもらった。俺はアレン。こっちはフェリスだ」
「アレン……」
彼女はその名を口の中で転がし、そして急にベッドから降りて、その場に膝をついた。
王族らしい、優雅で洗練された動作だった。
「感謝いたします、アレン様。私は……セラム。かつて『エルリオス』と呼ばれた国の、不肖の娘です」
「知っているよ。鑑定させてもらった」
「……ならば、話は早い」
セラムは顔を上げ、射抜くような視線を俺に向けた。
その目には、助けてもらったことへの感謝と同時に、強い意志が宿っていた。
「私の命は、貴方に救われました。本来なら、この命を捧げて恩に報いるべきでしょう。ですが……私には、まだ死ねない理由があります」
「復讐、か?」
俺が言うと、彼女はハッとして、そして悲しげに頷いた。
「はい。私の国は、魔王軍の幹部『黒騎士』によって滅ぼされました。父も、母も、民たちも……皆、私の目の前で殺された。私だけが、母様の最期の魔法で逃がされ、無様に生き延びてしまった」
彼女の拳が震えている。
爪が掌に食い込むほどに。
「私は力を失い、呪いに侵され、奴隷にまで落ちぶれました。ですが、諦めきれなかった。いつか力を取り戻し、あの黒騎士の首を取るまでは……!」
「だから、お願いです」
セラムは頭を床に擦り付けた。
「私を解放してくださいとは言いません。貴方の奴隷として、どんな酷使にも耐えます。剣となり、盾となりましょう。ですから……どうか私に、復讐を果たすための『機会』と『力』をお与えください!」
奴隷として買われた身で、主に要求をする。
それは本来なら許されないことだ。
だが、俺は彼女のその気高さが気に入った。
「いいだろう」
俺は言った。
セラムが顔を上げる。
「ただし、条件がある」
「条件……?」
「俺はお前を奴隷として扱うつもりはない。俺が作りたいのは国だ。お前には、その国の幹部として、そして俺の背中を預ける仲間として働いてもらう」
「なっ……仲間、ですか?」
「そうだ。俺もかつて、仲間だと思っていた連中に裏切られた。だから、俺が信じるのは肩書きや身分じゃない。どん底から這い上がろうとする意志を持つ奴だけだ」
俺は手を差し出した。
「セラム。お前の復讐、俺も手伝ってやる。その代わり、お前の剣と魔法、そしてその王族としての知識、全部俺のために使え」
セラムは呆然と俺の手を見つめ、そして涙を溢れさせた。
それは悲しみの涙ではなく、絶望の淵でようやく掴んだ希望の涙だった。
「……はい! 我が剣、我が命、全て貴方様に捧げます……我が主(マスター)アレン!」
彼女は俺の手を取り、その甲に口づけをした。
それは王族が主君に対して行う、絶対の忠誠の誓いだった。
その瞬間、俺の脳内にシステムログが流れた。
『セラム・シルヴァ・エルリオスとの契約成立』
『スキル【経験値委託】のリンクを確立しますか?』
「承認」
俺は心の中で念じた。
今度は「回収」ではない。「供給」だ。
俺が持っている膨大な経験値の余剰分、そしてこれから得る経験値を、彼女に分配するパスを繋ぐ。
ドクンッ!!
セラムの体が再び輝いた。
「え、あ、あぁぁっ!? な、何ですか、これ!? 力が……体の中に、信じられないほどの力が流れ込んで……!」
彼女のレベルが一気に跳ね上がる。
レベル1から10、20、50……そして、彼女の潜在能力の上限である80を一瞬で突破し、限界突破を起こして100、200へと上昇していく。
『セラムのレベルが250に到達しました』
『【精霊剣帝】【ハイ・エンチャント】などのスキルが覚醒しました』
光が収まった時、セラムは自分の体を見下ろして戦慄していた。
かつての全盛期どころではない。
魔王軍の幹部すら単独で圧倒できるほどの力が、今の彼女には備わっていた。
「アレン様……貴方は、一体……?」
「ただの冒険者だよ。ちょっと運がいいだけのな」
俺はニヤリと笑った。
「さあ、これで準備は整った。フェリス、セラム。俺たちの国作りの始まりだ」
「はい、アレン様!」
「御意のままに、マイ・ロード」
銀狼の神獣と、ハイエルフの剣帝。
左右に最強の美少女を従え、俺は窓の外に広がる世界を見据えた。
まずは手始めに、誰も手を出せなかった未開の地――『死の森』を買い取りに行こうか。
あそこなら、ドラゴンも出るし、面白い国が作れそうだ。
俺の野望は膨らむばかりだった。
***
【閑話】その頃の勇者一行。木の棒でゴブリンと戦う日々
(※次回の予告的な要素として少し触れる)
「はぁ、はぁ……死ね! 死ねぇ!」
カイルは、拾った手頃な木の枝を振り回し、一匹のスノーゴブリンと死闘を繰り広げていた。
聖剣も防具もない。
服はボロボロで、半裸に近い。
かつての栄光ある勇者の姿は見る影もなかった。
「ギャッ!」
ゴブリンがカイルの腕に噛み付く。
「いってぇぇぇっ! 離せ! この汚い獣が!」
泥仕合である。
なんとか石で頭を殴って倒したが、カイルは肩で息をしてその場に倒れ込んだ。
得られた経験値は雀の涙。
レベル1から2に上がる気配すらない。
「お腹……すいた……」
近くではマリアが雪を食べて飢えを凌いでいる。
これが、アレンを追放した彼らの現実だった。
(つづく)
表通りの華やかさとは打って変わり、薄暗く湿った空気が漂うこのエリアに、その店はあった。
『闇の鎖』。
看板には錆びついた鎖の絵が描かれているだけで、一見すると何の店かわからない。だが、知る人ぞ知る、この地方最大の奴隷商館だ。
「ここですか? なんだかカビ臭いです……」
フェリスが鼻をつまんで顔をしかめる。
彼女は獣の嗅覚を持っているので、この通りに充満する澱んだ空気や、染み付いた血と涙の匂いが敏感に感じ取れるのだろう。
「我慢してくれ。すぐに用は済む」
俺はフェリスの手を引き、重厚な鉄の扉をノックした。
ゴトッ、と小窓が開き、警戒心の強そうな目がこちらを覗く。
「……何の用だ。紹介状は?」
「ない。だが、これならある」
俺は懐から金貨10枚が入った小袋を取り出し、小窓の前にぶら下げた。
チャリ、と重い音がする。
男の目の色が変わった。
「……どうぞ、お客様。歓迎いたします」
ガチャリと鍵が開く音。
やはり、この世界で最も雄弁な通行手形は現金だ。
店内に入ると、むっとするような香の匂いが立ち込めていた。
薄暗いロビーには、高そうな調度品が並べられ、奥からは微かに鎖の擦れる音が聞こえてくる。
「いらっしゃいませぇ。本日はどのような『商品』をお探しで?」
揉み手をしながら現れたのは、小太りで油ぎった男だった。
奴隷商人のドルゴ。
その目は値踏みするように俺と、後ろに控えるフェリス(ローブ姿)を見ている。
「戦闘ができ、かつ身の回りの世話もできる奴隷を探している。種族は問わないが、優秀なのがいい」
俺は単刀直入に告げた。
ドルゴはニヤリと笑う。
「戦闘奴隷ですか。それなら、ちょうどいいのが入っていますよ。北の戦場で捕まった獣人の傭兵や、借金で首が回らなくなった元冒険者など、粒揃いです」
案内されたのは、地下へと続く広い檻の並ぶ部屋だった。
そこには、筋骨隆々の男たちや、鋭い目つきをした女たちが鎖に繋がれていた。
「おい、立て!」
ドルゴが檻を警棒で叩く。
奴隷たちは怯えたように、あるいは反抗的な目でこちらを見る。
俺は【神眼】を発動させ、彼らのステータスをざっと眺めた。
(……微妙だな)
レベルは20から30程度。
一般的には悪くない戦力だが、レベル9999の俺からすれば誤差のようなものだ。
何より、彼らの目には「諦め」や「卑屈さ」が宿っている。
俺が求めているのは、ただ強いだけの駒じゃない。
逆境にあっても折れない心、あるいは再起を賭ける強い意志を持った原石だ。
「他にはいないのか?」
俺が尋ねると、ドルゴは困ったように頭をかいた。
「へぇ、お眼鏡に叶いませんか。他となると……あとは『訳あり』か『観賞用』くらいになりますが」
「訳ありでも構わない。見せてくれ」
「承知しました。こちらへ」
さらに奥の、一層暗く湿った区画へと案内される。
そこは、病気や怪我、あるいは精神を病んで売り物にならなくなった奴隷たちが押し込められている場所だった。
咳き込む音、うめき声。
衛生状態も最悪だ。
フェリスが俺の袖を強く握りしめる。
「……ひどい」
「ああ」
俺は静かに頷いた。
これがこの世界の現実だ。
俺に全ての奴隷を救う義理はないが、少なくとも目の届く範囲で、かつ俺の役に立ちそうな者がいれば拾い上げたい。
俺は檻の一つ一つを見て回った。
そして、一番奥にある、鉄格子すら錆びついた小さな独房の前で足を止めた。
そこには、一人の少女がうずくまっていた。
ボロボロの布切れを纏い、手足は痩せ細り、肌は泥と垢で黒ずんでいる。
長い髪は絡まり、顔の半分を覆っているが、その隙間から見える尖った耳が、彼女がエルフであることを示していた。
だが、普通のエルフではない。
彼女の肌には、幾何学模様のような黒い痣が浮かび上がっていた。
それは呪いの刻印。
しかも、かなり強力な上位の呪いだ。
「ああ、そいつですか」
ドルゴが忌々しそうに顔をしかめた。
「こいつは失敗作ですよ。入荷した時は極上のエルフだと思ったんですがね、この奇病……『黒死の呪い』にかかっていたんです。治療師に見せても治せないし、他の商品に伝染るといけないんで、明日には処分する予定でして」
処分。
つまり、殺して焼却するということだ。
ドルゴはまるで壊れた家具の話をするように語る。
「魔力も空っぽ、言葉も発さない。ただ死を待つだけのゴミです。お客様のような上客にお見せするようなものでは……」
「……鑑定」
俺はドルゴの言葉を無視し、スキルを発動した。
レベル9999の鑑定眼は、表面上の汚れや呪いの奥にある、彼女の真実を暴き出した。
【名前】セラム・シルヴァ・エルリオス
【種族】ハイエルフ(王族)
【年齢】115歳(外見年齢17歳)
【職業】元王女/精霊剣士
【レベル】1(呪いにより低下中。潜在レベル80以上)
【状態】呪詛侵食(残り命数3日)、魔力枯渇、衰弱
【スキル】精霊魔法(封印)、王家の剣技(封印)、指導者(カリスマ)
【備考】滅びたエルフの国『エルリオス』の最後の生き残り。国を滅ぼした魔王軍への復讐心と、民を守れなかった悔恨を抱えている。
(……当たりだ)
俺の心臓が早鐘を打った。
ハイエルフの王族。
しかも、あの伝説の魔法大国『エルリオス』の姫君だとは。
10年前に魔王軍の侵攻によって一夜にして地図から消えた国だ。
彼女はその地獄を生き延び、呪いを受けながらも、ここまで生き抜いてきたのだ。
彼女の瞳を見る。
虚ろで、光を失っているように見える。
だが、その奥底には、決して消えることのない小さな、しかし熱い炎が揺らめいていた。
復讐の炎。そして、生への渇望。
「この子を貰おう」
俺は言った。
ドルゴがきょとんとする。
「は? え、いや、ですから旦那様。こいつはもう死にかけで……明日には死にますよ? 金貨をドブに捨てるようなもんです」
「いくらだ?」
俺は再度聞いた。
ドルゴは俺の目が本気だと悟ると、商人の顔に戻った。
「……まぁ、旦那様がどうしてもとおっしゃるなら。本来ならハイエルフは金貨1000枚は下りませんが、この状態ですし、処分費用も浮くと考えれば……金貨5枚でいかがでしょう?」
ゴミ同然の扱いだ。
ハイエルフの王女が、一般人の一ヶ月分の生活費程度で売られようとしている。
俺は黙って金貨10枚を投げ渡した。
「お釣りはいらない。その代わり、今すぐこの檻を開けて、彼女の拘束具を外せ」
「へ、へい! まいどありぃ!」
ドルゴは慌てて鍵を開けた。
俺は檻の中に入り、セラムの前に膝をついた。
近くで見ると、その衰弱ぶりは痛々しいほどだった。
呪いの刻印が脈打ち、彼女の生命力を蝕んでいるのがわかる。
「……う、ぅ……」
セラムが薄く目を開けた。
その瞳は綺麗な翠玉(エメラルド)色をしていたが、今は濁っている。
彼女は俺を見て、怯えることもなく、ただ静かに見つめ返した。
「立てるか?」
俺が手を差し伸べる。
彼女は首を横に振った。力が入らないのだろう。
「失礼するよ」
俺は彼女を横抱きにした。
驚くほど軽い。羽毛のように重さがない。
骨と皮だけになりかけている。
「アレン様、その方は……」
フェリスが心配そうに覗き込む。
「大丈夫だ。助ける価値がある」
俺はセラムを抱えたまま、店を出ようとした。
ドルゴが後ろから声をかける。
「旦那様、そいつが死んでも返品は利きませんからねぇ!」
「安心しろ。死なせはしない」
俺は振り返らずに答えた。
店を出た瞬間、俺はこっそりと【状態保存】の魔法をセラムにかけた。
これで宿に着くまでは、容態が悪化することはない。
***
宿に戻ると、俺はすぐにセラムをベッドに寝かせた。
フェリスが温かいお湯とタオルを持ってきてくれる。
「まずは体を綺麗にしよう。フェリス、手伝ってくれるか?」
「はい! お任せください!」
フェリスが丁寧にセラムの体や顔を拭いていく。
泥が落ちると、その下からは透き通るような白磁の肌が現れた。
整った顔立ち。長く尖った耳。
やつれてはいるが、その美貌は隠しきれない。さすがはハイエルフだ。
だが、問題はこの黒い痣だ。
『黒死の呪い』。
対象の魔力を喰らい尽くし、最後には肉体ごと腐らせる禁呪。
普通の回復魔法やポーションでは治せない。
「アレン様、この黒い模様……見ていて怖いです」
フェリスが不安そうに言う。
「ああ、これは呪いだ。でも、今の俺なら解ける」
俺はセラムの額に手をかざした。
レベル9999の魔力が掌に集束する。
俺が持っている【状態異常無効】スキルは自分用だが、【神聖魔法(極)】の中にある『解呪(ディスペル)』と『浄化(ピュリファイ)』を使えば、他人の呪いも消し去ることができる。
「『聖なる光よ、邪悪なる鎖を断ち切れ――ホーリー・ピュリフィケーション』」
カッ!
部屋の中が眩い純白の光に包まれた。
俺の手から放たれた神聖な波動が、セラムの体を包み込む。
黒い痣が、まるで陽光を浴びた雪のようにジュワジュワと音を立てて蒸発していく。
「あ……ぁ……ッ!」
セラムが小さく声を漏らし、背中を反らせた。
苦痛ではない。解放の感覚だ。
体中に巣食っていた毒素が抜け、同時に俺の膨大な魔力が彼女の空っぽの器に流れ込んでいく。
数秒後。
光が収まると、そこには先ほどとは別人のような少女が横たわっていた。
黒い痣は完全に消滅し、肌には健康的な血色が戻っている。
カサカサだった髪は艶を取り戻し、黄金色に輝いている。
呼吸も穏やかだ。
「す、凄いです……! 綺麗になりました!」
フェリスが目を輝かせる。
「呪いは消えた。あとは体力の回復だな」
俺は【亜空間倉庫】から、とっておきのアイテムを取り出した。
『世界樹の雫』。
以前、ダンジョンの深層で偶然見つけた超レアアイテムだ。
HPとMPを全回復させ、さらに欠損部位すら再生させる秘薬である。
本来なら国宝級の代物だが、今の俺には惜しくない。
小瓶の蓋を開け、セラムの口元に一滴垂らす。
彼女は無意識にそれを飲み込んだ。
ドクンッ。
彼女の体から、翠色のオーラが立ち上った。
生命力の奔流。
痩せこけていた手足に肉がつき、筋肉が戻っていく。
そして。
パチッ。
長い睫毛が震え、彼女が目を開けた。
そこにあったのは、宝石のように澄み渡った、力強い翠玉の瞳だった。
「……ここは……?」
鈴のような、しかし凛とした声。
彼女はゆっくりと上半身を起こし、自分の手を見つめ、そして俺を見た。
「呪いが……消えている? 魔力が……溢れてくる……」
彼女は信じられないといった表情で自分の体を触り、そしてベッドの横にいる俺とフェリスを交互に見た。
「貴方が、私を助けてくれたのですか?」
「ああ。奴隷商から買わせてもらった。俺はアレン。こっちはフェリスだ」
「アレン……」
彼女はその名を口の中で転がし、そして急にベッドから降りて、その場に膝をついた。
王族らしい、優雅で洗練された動作だった。
「感謝いたします、アレン様。私は……セラム。かつて『エルリオス』と呼ばれた国の、不肖の娘です」
「知っているよ。鑑定させてもらった」
「……ならば、話は早い」
セラムは顔を上げ、射抜くような視線を俺に向けた。
その目には、助けてもらったことへの感謝と同時に、強い意志が宿っていた。
「私の命は、貴方に救われました。本来なら、この命を捧げて恩に報いるべきでしょう。ですが……私には、まだ死ねない理由があります」
「復讐、か?」
俺が言うと、彼女はハッとして、そして悲しげに頷いた。
「はい。私の国は、魔王軍の幹部『黒騎士』によって滅ぼされました。父も、母も、民たちも……皆、私の目の前で殺された。私だけが、母様の最期の魔法で逃がされ、無様に生き延びてしまった」
彼女の拳が震えている。
爪が掌に食い込むほどに。
「私は力を失い、呪いに侵され、奴隷にまで落ちぶれました。ですが、諦めきれなかった。いつか力を取り戻し、あの黒騎士の首を取るまでは……!」
「だから、お願いです」
セラムは頭を床に擦り付けた。
「私を解放してくださいとは言いません。貴方の奴隷として、どんな酷使にも耐えます。剣となり、盾となりましょう。ですから……どうか私に、復讐を果たすための『機会』と『力』をお与えください!」
奴隷として買われた身で、主に要求をする。
それは本来なら許されないことだ。
だが、俺は彼女のその気高さが気に入った。
「いいだろう」
俺は言った。
セラムが顔を上げる。
「ただし、条件がある」
「条件……?」
「俺はお前を奴隷として扱うつもりはない。俺が作りたいのは国だ。お前には、その国の幹部として、そして俺の背中を預ける仲間として働いてもらう」
「なっ……仲間、ですか?」
「そうだ。俺もかつて、仲間だと思っていた連中に裏切られた。だから、俺が信じるのは肩書きや身分じゃない。どん底から這い上がろうとする意志を持つ奴だけだ」
俺は手を差し出した。
「セラム。お前の復讐、俺も手伝ってやる。その代わり、お前の剣と魔法、そしてその王族としての知識、全部俺のために使え」
セラムは呆然と俺の手を見つめ、そして涙を溢れさせた。
それは悲しみの涙ではなく、絶望の淵でようやく掴んだ希望の涙だった。
「……はい! 我が剣、我が命、全て貴方様に捧げます……我が主(マスター)アレン!」
彼女は俺の手を取り、その甲に口づけをした。
それは王族が主君に対して行う、絶対の忠誠の誓いだった。
その瞬間、俺の脳内にシステムログが流れた。
『セラム・シルヴァ・エルリオスとの契約成立』
『スキル【経験値委託】のリンクを確立しますか?』
「承認」
俺は心の中で念じた。
今度は「回収」ではない。「供給」だ。
俺が持っている膨大な経験値の余剰分、そしてこれから得る経験値を、彼女に分配するパスを繋ぐ。
ドクンッ!!
セラムの体が再び輝いた。
「え、あ、あぁぁっ!? な、何ですか、これ!? 力が……体の中に、信じられないほどの力が流れ込んで……!」
彼女のレベルが一気に跳ね上がる。
レベル1から10、20、50……そして、彼女の潜在能力の上限である80を一瞬で突破し、限界突破を起こして100、200へと上昇していく。
『セラムのレベルが250に到達しました』
『【精霊剣帝】【ハイ・エンチャント】などのスキルが覚醒しました』
光が収まった時、セラムは自分の体を見下ろして戦慄していた。
かつての全盛期どころではない。
魔王軍の幹部すら単独で圧倒できるほどの力が、今の彼女には備わっていた。
「アレン様……貴方は、一体……?」
「ただの冒険者だよ。ちょっと運がいいだけのな」
俺はニヤリと笑った。
「さあ、これで準備は整った。フェリス、セラム。俺たちの国作りの始まりだ」
「はい、アレン様!」
「御意のままに、マイ・ロード」
銀狼の神獣と、ハイエルフの剣帝。
左右に最強の美少女を従え、俺は窓の外に広がる世界を見据えた。
まずは手始めに、誰も手を出せなかった未開の地――『死の森』を買い取りに行こうか。
あそこなら、ドラゴンも出るし、面白い国が作れそうだ。
俺の野望は膨らむばかりだった。
***
【閑話】その頃の勇者一行。木の棒でゴブリンと戦う日々
(※次回の予告的な要素として少し触れる)
「はぁ、はぁ……死ね! 死ねぇ!」
カイルは、拾った手頃な木の枝を振り回し、一匹のスノーゴブリンと死闘を繰り広げていた。
聖剣も防具もない。
服はボロボロで、半裸に近い。
かつての栄光ある勇者の姿は見る影もなかった。
「ギャッ!」
ゴブリンがカイルの腕に噛み付く。
「いってぇぇぇっ! 離せ! この汚い獣が!」
泥仕合である。
なんとか石で頭を殴って倒したが、カイルは肩で息をしてその場に倒れ込んだ。
得られた経験値は雀の涙。
レベル1から2に上がる気配すらない。
「お腹……すいた……」
近くではマリアが雪を食べて飢えを凌いでいる。
これが、アレンを追放した彼らの現実だった。
(つづく)
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