6 / 19
第6話 伝説の素材を売却したら、国が買えるほどの金貨になりました
しおりを挟む
要塞都市バルガの一等地に聳え立つ、白亜の巨塔。
それが、この街で最も格式高く、最も高価な宿泊施設『王の休息』亭だ。
王族や他国の大使、あるいはSランク冒険者だけが泊まることを許されるその場所は、かつての俺にとっては雲の上の存在だった。
カイルたちでさえ、「いつかあそこに泊まってやる」と憧れを口にしながら、実際には予算不足で指をくわえて見ていた場所だ。
「い、いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
エントランスに入ると、燕尾服を着た支配人が慌てて駆け寄ってきた。
俺の服装は上質な『黒竜のコート』だが、隣にいるフェリスはフードを目深に被っており、一見すると怪しい二人組に見えなくもない。
だが、支配人の目は俺の胸元にある銀色のギルドカード――それも、ギルドマスターの署名が入った特別発行のCランク証――と、俺から滲み出る隠しきれない魔力の残滓を見逃さなかったようだ。
「一番いい部屋を頼む。今日から無期限で」
俺はカウンターに金貨を一枚、チャリと置いた。
チップ代わりだ。
「は、はいっ! ただいま最上階のロイヤルスイートをご用意いたします! 一泊につき金貨10枚となりますが……」
金貨10枚。
日本円にしておよそ100万円。
以前の俺なら卒倒していた金額だが、今の俺の懐には5億ガルド(金貨5万枚相当)がある。
誤差の範囲だ。
「構わない。それと、食事も最高級のものを部屋に運んでくれ。二人分だ」
「かしこまりました! 直ちにご案内いたします!」
支配人の態度が目に見えて恭しくなった。
金と力。
この世界における二つの絶対的な正義を、俺は今、両方持っている。
***
案内されたロイヤルスイートは、俺の想像を遥かに超えていた。
広さは学校の体育館ほどもあり、床には深紅の絨毯が敷き詰められている。
天井からは巨大なシャンデリアが下がり、窓からはバルガの街並みと、遠くに『氷獄の霊峰』が一望できた。
家具はすべて最高級の黒檀で作られ、ベッドに至ってはキングサイズどころか、大人5人が余裕で寝られそうな大きさだ。
「わあぁ……っ! アレン様、ここがお家ですか!? 凄いです、キラキラしてます!」
部屋に入った瞬間、フェリスがフードを脱ぎ捨てて歓声を上げた。
銀色の獣耳がピコピコと動き、ふさふさの尻尾がスカートの下でブンブンと振られているのがわかる。
「とりあえずの宿だよ。気に入ったか?」
「はい! 雪山の洞窟とは大違いです! あそこは硬くて冷たかったので……」
フェリスはふかふかのソファーにダイブし、その感触を楽しんでいる。
神獣とはいえ、中身は無邪気な少女のようだ。
俺は苦笑しながら、窓の外を見た。
遠くに見える雪山。
夜の帳が下り、山頂付近は漆黒の闇に包まれている。
あそこで今、かつての仲間たちが凍えていると思うと、この温かい部屋との落差に何とも言えない優越感が湧いてくる。
性格が悪いと言われるかもしれないが、散々虐げられてきたのだ。これくらいの感情は許されるだろう。
「アレン様、あちらに大きなお水溜まりがあります!」
「ん? ああ、風呂か」
フェリスが指差したのは、大理石で作られた室内浴場だった。
常時お湯が循環し、魔石で適温に保たれている。
「お風呂……人間は毎日体を洗うと聞きましたが、私も入っていいのですか?」
「もちろん。フェリスも雪山での戦いで汚れてるだろうし、さっぱりしておいで」
「はい! ……あ、でも」
フェリスは急にモジモジし始めた。
頬を赤らめ、上目遣いで俺を見る。
「使い方がわかりません。背中も、自分では流せなくて……」
「……」
これは、あれか。
いわゆる「一緒に入って」というやつか。
相手は絶世の美少女。しかも耳と尻尾付き。
断る理由などどこにもないが、俺の理性が持つかどうか。
「……背中くらいなら、流してやるよ」
「本当ですか!? 嬉しいです、アレン様!」
フェリスは満面の笑みで、躊躇なくワンピースのボタンに手をかけた。
「ちょ、ちょっと待て! 脱ぐのは向こうで!」
俺は慌てて彼女を脱衣所へと押し込んだ。
レベル9999になっても、女性への耐性はレベル1のままだったらしい。
***
入浴を済ませ、豪華なディナーを楽しんだ後、俺たちは広すぎるベッドで横になった。
フェリスは俺の腕に抱きつき、安らかな寝息を立てている。
石鹸の香りと、彼女自身の甘い匂いが混ざり合い、俺の鼻腔をくすぐる。
(まさか、こんな日が来るとはな)
天井を見上げながら、俺は今日一日の出来事を反芻した。
追放、覚醒、最強、そしてこの贅沢。
人生の大逆転劇。
だが、これはまだ始まりに過ぎない。
ギルドカードの残高は5億ガルド。
これだけの金があれば、何でもできる。
装備を整えるのも、自分だけの拠点を作るのも、あるいは……国を作ることだって夢じゃないかもしれない。
俺のスキル【経験値委託】は、今は誰にも繋がっていない。
だが、これを信頼できる仲間に繋げば、最強の軍団を作り上げることも可能だ。
フェリスのような強力な相棒をもっと増やし、俺の国を作る。
カイルたちが目指していた「勇者としての栄光」などというちっぽけなものではなく、もっと自由で、もっと強大な何かを。
「……ふふ、面白くなってきたな」
俺はフェリスのサラサラとした銀髪を撫でながら、静かに眠りについた。
***
翌朝。
俺たちは朝食を済ませると、早速街へと繰り出した。
今日の目的は「買い物」だ。
「まずはフェリスの服だな。昨日のローブじゃ味気ないし、そのワンピースもボロボロだ」
「アレン様に選んでいただけるなんて幸せです!」
フェリスは昨日のローブを羽織っているが、その足取りは軽い。
俺たちは街のメインストリートにある高級ブティック『銀の糸』に入った。
ここは貴族御用達の店で、一着数万ガルドは下らない高級店だ。
以前、マリアがショーウィンドウにへばりついて「欲しいなぁ」とねだっていたが、カイルが「高すぎる」と却下した店でもある。
「いらっしゃいませ。……おや?」
店主の初老の女性が、俺たちの姿を見て訝しげな顔をした。
一見客、しかも若い男とローブの少女。
冷やかしだと思ったのだろう。
「あー、そこのお客様。当店は会員制に近い形式をとっておりまして、ご予約のない方は……」
「これで足りるか?」
俺は懐から革袋を取り出し、カウンターに逆さまにした。
ジャラジャラジャラッ!!
大量の金貨がカウンターに溢れ、床にも零れ落ちる。
ざっと100枚はあるだろうか。
「ひぃっ!?」
店主が目を剥く。
「す、すぐに採寸いたします! どうぞ奥のVIPルームへ!」
現金(ゴールド)は強し。
俺たちはVIPルームに通され、次々と最新のドレスや冒険者用の服を持ってこさせた。
「これも、これも、あとそれも全部」
俺はフェリスに似合いそうな服を片っ端から指差した。
フェリスは何を着ても似合う。
白いドレスは女神のように、冒険者風の革鎧は凛々しい戦乙女のように。
特に、耳と尻尾を出すためのスリットが入った特注の服(追加料金で即日加工させた)を着た時の破壊力は凄まじかった。
「アレン様、どうでしょうか……?」
フェリスが選んだのは、動きやすいショートパンツスタイルの冒険者服と、その上に羽織る白銀のマント。
ニーソックスと絶対領域が眩しい。
「最高だ。全部買おう」
「ぜ、全部ですか!? こんなにたくさん……」
「いいんだよ。俺の相棒には世界一いいものを着てほしいからな」
店主は涙を流して感謝し、俺たちは店中の在庫の半分くらいを買い占めて店を出た。
支払いはもちろん一括払いだ。
次に向かったのは武器屋だ。
俺自身はステータスが高すぎるので素手でも十分だが、魔法の威力を底上げする杖や、見た目重視の剣くらいはあってもいい。
何より、金を使うこと自体が今の俺には一種のストレス発散になっていた。
バルガで一番の老舗『ドワーフの鉄槌』亭。
店に入ると、熱気と鉄の匂いが立ち込めていた。
「へいらっしゃい! 冷やかしなら火傷するぜ!」
頑固そうなドワーフの親父が、鎚を振るう手を止めて睨んでくる。
「一番いい武器を見せてくれ。金に糸目はつけない」
「はん、若造が大きく出たな。一番いいってのは、俺が打ったミスリルの剣だが、こいつは金貨500枚はするぞ」
ドワーフが奥から一本の剣を持ってきた。
青白く輝く刀身。
確かに業物だ。
だが……。
「鑑定」
【銘】ミスリルの剣
【ランク】B
【攻撃力】+150
【耐久】200
(……しょぼいな)
俺のレベル9999の目から見ると、それはただのナマクラに見えた。
俺の素手の攻撃力がSSS+(数値換算で数百万クラス)なのに、+150の剣を持ったところで誤差にもならない。
「親父さん、もっといいのはないのか? 例えば、オリハルコンとか、龍の素材を使ったやつとか」
「あぁ? オリハルコンだぁ? そんな伝説の金属、この辺境にあるわけねぇだろ。寝言は寝て言え」
ドワーフが鼻で笑う。
なるほど、素材がないのか。
なら、提供すればいい。
「これを使って打ってくれ」
俺は亜空間倉庫から、昨日回収した『エンシェント・ヴォルカニック・ドラゴンの爪』と『牙』を一本ずつ取り出し、カウンターに置いた。
ドスン、と重い音がする。
熱気でカウンターの木材が焦げる匂いがした。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁッ!?」
ドワーフの目が飛び出した。
「こ、これは……古龍の爪!? しかも、まだ魔力が生きてやがる! どこで手に入れた!?」
「拾ったんだ。これで剣と、フェリス用の爪装備を作ってくれ。加工賃は弾む」
「ひ、拾っただと……? バカ言え、こんなもん国宝級だぞ……! だが、燃えてきたぜ! ドワーフの鍛冶師として、こんな素材を目の前にして引けるかよ!」
親父さんは目の色を変えて、すぐに作業に取り掛かろうとした。
「完成まで三日はくれ! 最高の武器に仕上げてやる!」
「頼んだぞ。前金でこれだけ置いておく」
俺は金貨1000枚の袋を置いた。
親父さんは震える手でそれを受け取り、「一生の仕事にする」と誓った。
店を出ると、ちょうど昼時だった。
街の広場には多くの冒険者が集まっている。
その中で、一つの露店に人だかりができていた。
「おい、これマジかよ?」
「『暁の剣』の装備だろ? なんでこんなところで売られてるんだ?」
「質流れ品か? それとも盗品か?」
俺とフェリスは顔を見合わせ、その露店に近づいた。
そこには、見覚えのある装備が並べられていた。
カイルが予備として街の倉庫に預けていた『炎の剣』。
マリアが「デザインが気に入らない」と言って使わなかった『聖女のローブ』。
レオンが「魔力効率が悪い」と放置していた『雷の杖』。
彼らが「不要品」として質屋に入れていたものや、倉庫の維持費が払えずに競売にかけられたものが、ここに流れてきているようだ。
どうやら、彼らの口座残高も底をつき、自動引き落としができなくなって資産が差し押さえられたらしい。
勇者パーティーの資金管理も俺がやっていたのだが、俺がいなくなって数日でこの有様とは。
「あらら、可哀想に」
俺は思わず吹き出した。
彼らの栄光の証だった装備が、二束三文で叩き売られている。
「店主、これ全部くれ」
「へ? 全部って、これ全部ですか?」
「ああ。いくらだ?」
「え、えっと、全部で金貨50枚くらいで……」
「はいよ」
俺は即決で購入した。
別に彼らの装備に未練があるわけではない。
ただ、これを俺が買い占めて【亜空間倉庫】の肥やしにしておけば、万が一彼らが生きて戻ってきた時に、「装備を買い戻す」ことすらできなくなる。
徹底的に退路を断つ。
それが俺流の「ざまぁ」だ。
「アレン様、そんなガラクタ、何に使うのですか?」
フェリスが不思議そうに首を傾げる。
「リサイクルだよ。素材に分解して、もっといい道具の材料にするんだ」
「なるほど! さすがアレン様、無駄がないですね!」
俺たちは大量の荷物(全て収納済み)を持って、再び街を歩き出した。
***
一通りの買い物を終え、カフェテラスで休憩している時だった。
俺はふと、今後のことを考えた。
装備は整った(注文済み)。
資金も潤沢にある。
だが、拠点が宿屋というのは落ち着かない。
やはり、自分だけの「城」が欲しい。
「フェリス、俺たちはこれからどうしようか」
「私はアレン様がいればどこでも! でも、できれば広いお庭があるところがいいです。駆け回りたいので!」
「庭付きか。いいね」
この街で屋敷を買うのもいいが、どうせならもっと自由な場所がいい。
誰も干渉してこない、俺たちだけの王国。
未開の地を開拓するのも面白そうだ。
俺の魔法なら、整地も建築も一瞬で終わる。
だが、問題が一つある。
建物は作れても、それを維持管理する「人手」が足りない。
掃除、洗濯、料理(俺もできるが、毎日やるのは面倒だ)、庭の手入れ。
フェリスは戦闘向きだし、俺も領主プレイをするなら使用人が欲しい。
「信頼できる部下が欲しいな」
普通の人間を雇ってもいいが、俺たちの秘密(レベル9999やフェンリルの正体)を知られても裏切らない、絶対的な忠誠心を持つ相手が必要だ。
となると、選択肢は一つしかない。
「奴隷、か」
この世界では奴隷制度が合法だ。
犯罪奴隷や借金奴隷はともかく、中には事情があって身売りされた亜人や、国を追われた元貴族などもいるという。
魔術的な契約で縛られた奴隷なら、裏切られる心配もない。
それに、不遇な扱いを受けている奴隷を俺が買い取り、最高の環境で育て上げれば、最強の戦力になるかもしれない。
俺の【経験値委託】を使えば、レベル1の奴隷でもすぐにSランク冒険者並みに強化できるはずだ。
「よし、決めた」
俺はティーカップを置いた。
「フェリス、次は『奴隷商』に行くぞ」
「どれい、ですか? 新しいお仲間ですか?」
「そうだ。俺たちの国を作るための、最初の国民を探しに行くんだ」
「はい! 楽しみです!」
俺たちは席を立った。
目指すは、街の裏通りにあるという、少し怪しげだが品揃えは一級品だという奴隷商館『闇の鎖』。
そこで俺が出会うことになるのは、ただの奴隷ではない。
かつては大国を治めていたエルフの王女や、呪いによって力を封じられた魔族の女騎士など、訳ありだがダイヤの原石のような少女たち。
彼女たちを救い出し、俺のハーレム兼最強軍団に加える。
俺の物語は、冒険者から「支配者(ルーラー)」へとシフトしようとしていた。
***
【一方その頃】
標高3000メートル地点、雪洞の中。
「うぅ……ひもじい……」
カイルたちは、奇跡的に見つけた洞窟の中で、互いに身を寄せ合って震えていた。
昨夜のゴブリンの襲撃は、なんとか地形を利用して凌いだものの、彼らは完全に消耗しきっていた。
カイルの聖剣はなく(手放してはいないが重くて振れない)、マリアの魔力も尽き、ニーナの体力も限界。レオンは既に熱を出してうわ言を言っている。
「何か……食べるもの……」
ニーナが洞窟の奥で、カビの生えたキノコのようなものを見つけた。
普段なら毒味もせずに食べるなどあり得ないが、極限状態の彼らに判断力はなかった。
「よこせ!」
カイルがそれを奪い取り、むしゃぶりつく。
生のキノコの土臭さと苦味が口に広がるが、今の彼にはご馳走だった。
「あ、ずるいぞカイル!」
「私にもちょうだい!」
勇者たちは、たった一つのキノコを巡って醜い争いを始めた。
かつて世界を救うと豪語していた英雄たちの姿は、そこにはなかった。
あるのは、生存本能のみで動く獣のような姿だけ。
「ゲホッ、オェッ……!」
突然、カイルが嘔吐した。
キノコには当然のように毒があったのだ。
麻痺毒だ。
手足が痺れ、泡を吹いて倒れるカイル。
「カイル!? いやあああ!」
絶叫が洞窟に響く。
だが、助けは来ない。
彼らが捨てたアレンは、今頃高級ホテルでワインを傾けているのだから。
「アレン……助けて……」
マリアの悲痛な願いも、雪嵐にかき消されていった。
(つづく)
それが、この街で最も格式高く、最も高価な宿泊施設『王の休息』亭だ。
王族や他国の大使、あるいはSランク冒険者だけが泊まることを許されるその場所は、かつての俺にとっては雲の上の存在だった。
カイルたちでさえ、「いつかあそこに泊まってやる」と憧れを口にしながら、実際には予算不足で指をくわえて見ていた場所だ。
「い、いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
エントランスに入ると、燕尾服を着た支配人が慌てて駆け寄ってきた。
俺の服装は上質な『黒竜のコート』だが、隣にいるフェリスはフードを目深に被っており、一見すると怪しい二人組に見えなくもない。
だが、支配人の目は俺の胸元にある銀色のギルドカード――それも、ギルドマスターの署名が入った特別発行のCランク証――と、俺から滲み出る隠しきれない魔力の残滓を見逃さなかったようだ。
「一番いい部屋を頼む。今日から無期限で」
俺はカウンターに金貨を一枚、チャリと置いた。
チップ代わりだ。
「は、はいっ! ただいま最上階のロイヤルスイートをご用意いたします! 一泊につき金貨10枚となりますが……」
金貨10枚。
日本円にしておよそ100万円。
以前の俺なら卒倒していた金額だが、今の俺の懐には5億ガルド(金貨5万枚相当)がある。
誤差の範囲だ。
「構わない。それと、食事も最高級のものを部屋に運んでくれ。二人分だ」
「かしこまりました! 直ちにご案内いたします!」
支配人の態度が目に見えて恭しくなった。
金と力。
この世界における二つの絶対的な正義を、俺は今、両方持っている。
***
案内されたロイヤルスイートは、俺の想像を遥かに超えていた。
広さは学校の体育館ほどもあり、床には深紅の絨毯が敷き詰められている。
天井からは巨大なシャンデリアが下がり、窓からはバルガの街並みと、遠くに『氷獄の霊峰』が一望できた。
家具はすべて最高級の黒檀で作られ、ベッドに至ってはキングサイズどころか、大人5人が余裕で寝られそうな大きさだ。
「わあぁ……っ! アレン様、ここがお家ですか!? 凄いです、キラキラしてます!」
部屋に入った瞬間、フェリスがフードを脱ぎ捨てて歓声を上げた。
銀色の獣耳がピコピコと動き、ふさふさの尻尾がスカートの下でブンブンと振られているのがわかる。
「とりあえずの宿だよ。気に入ったか?」
「はい! 雪山の洞窟とは大違いです! あそこは硬くて冷たかったので……」
フェリスはふかふかのソファーにダイブし、その感触を楽しんでいる。
神獣とはいえ、中身は無邪気な少女のようだ。
俺は苦笑しながら、窓の外を見た。
遠くに見える雪山。
夜の帳が下り、山頂付近は漆黒の闇に包まれている。
あそこで今、かつての仲間たちが凍えていると思うと、この温かい部屋との落差に何とも言えない優越感が湧いてくる。
性格が悪いと言われるかもしれないが、散々虐げられてきたのだ。これくらいの感情は許されるだろう。
「アレン様、あちらに大きなお水溜まりがあります!」
「ん? ああ、風呂か」
フェリスが指差したのは、大理石で作られた室内浴場だった。
常時お湯が循環し、魔石で適温に保たれている。
「お風呂……人間は毎日体を洗うと聞きましたが、私も入っていいのですか?」
「もちろん。フェリスも雪山での戦いで汚れてるだろうし、さっぱりしておいで」
「はい! ……あ、でも」
フェリスは急にモジモジし始めた。
頬を赤らめ、上目遣いで俺を見る。
「使い方がわかりません。背中も、自分では流せなくて……」
「……」
これは、あれか。
いわゆる「一緒に入って」というやつか。
相手は絶世の美少女。しかも耳と尻尾付き。
断る理由などどこにもないが、俺の理性が持つかどうか。
「……背中くらいなら、流してやるよ」
「本当ですか!? 嬉しいです、アレン様!」
フェリスは満面の笑みで、躊躇なくワンピースのボタンに手をかけた。
「ちょ、ちょっと待て! 脱ぐのは向こうで!」
俺は慌てて彼女を脱衣所へと押し込んだ。
レベル9999になっても、女性への耐性はレベル1のままだったらしい。
***
入浴を済ませ、豪華なディナーを楽しんだ後、俺たちは広すぎるベッドで横になった。
フェリスは俺の腕に抱きつき、安らかな寝息を立てている。
石鹸の香りと、彼女自身の甘い匂いが混ざり合い、俺の鼻腔をくすぐる。
(まさか、こんな日が来るとはな)
天井を見上げながら、俺は今日一日の出来事を反芻した。
追放、覚醒、最強、そしてこの贅沢。
人生の大逆転劇。
だが、これはまだ始まりに過ぎない。
ギルドカードの残高は5億ガルド。
これだけの金があれば、何でもできる。
装備を整えるのも、自分だけの拠点を作るのも、あるいは……国を作ることだって夢じゃないかもしれない。
俺のスキル【経験値委託】は、今は誰にも繋がっていない。
だが、これを信頼できる仲間に繋げば、最強の軍団を作り上げることも可能だ。
フェリスのような強力な相棒をもっと増やし、俺の国を作る。
カイルたちが目指していた「勇者としての栄光」などというちっぽけなものではなく、もっと自由で、もっと強大な何かを。
「……ふふ、面白くなってきたな」
俺はフェリスのサラサラとした銀髪を撫でながら、静かに眠りについた。
***
翌朝。
俺たちは朝食を済ませると、早速街へと繰り出した。
今日の目的は「買い物」だ。
「まずはフェリスの服だな。昨日のローブじゃ味気ないし、そのワンピースもボロボロだ」
「アレン様に選んでいただけるなんて幸せです!」
フェリスは昨日のローブを羽織っているが、その足取りは軽い。
俺たちは街のメインストリートにある高級ブティック『銀の糸』に入った。
ここは貴族御用達の店で、一着数万ガルドは下らない高級店だ。
以前、マリアがショーウィンドウにへばりついて「欲しいなぁ」とねだっていたが、カイルが「高すぎる」と却下した店でもある。
「いらっしゃいませ。……おや?」
店主の初老の女性が、俺たちの姿を見て訝しげな顔をした。
一見客、しかも若い男とローブの少女。
冷やかしだと思ったのだろう。
「あー、そこのお客様。当店は会員制に近い形式をとっておりまして、ご予約のない方は……」
「これで足りるか?」
俺は懐から革袋を取り出し、カウンターに逆さまにした。
ジャラジャラジャラッ!!
大量の金貨がカウンターに溢れ、床にも零れ落ちる。
ざっと100枚はあるだろうか。
「ひぃっ!?」
店主が目を剥く。
「す、すぐに採寸いたします! どうぞ奥のVIPルームへ!」
現金(ゴールド)は強し。
俺たちはVIPルームに通され、次々と最新のドレスや冒険者用の服を持ってこさせた。
「これも、これも、あとそれも全部」
俺はフェリスに似合いそうな服を片っ端から指差した。
フェリスは何を着ても似合う。
白いドレスは女神のように、冒険者風の革鎧は凛々しい戦乙女のように。
特に、耳と尻尾を出すためのスリットが入った特注の服(追加料金で即日加工させた)を着た時の破壊力は凄まじかった。
「アレン様、どうでしょうか……?」
フェリスが選んだのは、動きやすいショートパンツスタイルの冒険者服と、その上に羽織る白銀のマント。
ニーソックスと絶対領域が眩しい。
「最高だ。全部買おう」
「ぜ、全部ですか!? こんなにたくさん……」
「いいんだよ。俺の相棒には世界一いいものを着てほしいからな」
店主は涙を流して感謝し、俺たちは店中の在庫の半分くらいを買い占めて店を出た。
支払いはもちろん一括払いだ。
次に向かったのは武器屋だ。
俺自身はステータスが高すぎるので素手でも十分だが、魔法の威力を底上げする杖や、見た目重視の剣くらいはあってもいい。
何より、金を使うこと自体が今の俺には一種のストレス発散になっていた。
バルガで一番の老舗『ドワーフの鉄槌』亭。
店に入ると、熱気と鉄の匂いが立ち込めていた。
「へいらっしゃい! 冷やかしなら火傷するぜ!」
頑固そうなドワーフの親父が、鎚を振るう手を止めて睨んでくる。
「一番いい武器を見せてくれ。金に糸目はつけない」
「はん、若造が大きく出たな。一番いいってのは、俺が打ったミスリルの剣だが、こいつは金貨500枚はするぞ」
ドワーフが奥から一本の剣を持ってきた。
青白く輝く刀身。
確かに業物だ。
だが……。
「鑑定」
【銘】ミスリルの剣
【ランク】B
【攻撃力】+150
【耐久】200
(……しょぼいな)
俺のレベル9999の目から見ると、それはただのナマクラに見えた。
俺の素手の攻撃力がSSS+(数値換算で数百万クラス)なのに、+150の剣を持ったところで誤差にもならない。
「親父さん、もっといいのはないのか? 例えば、オリハルコンとか、龍の素材を使ったやつとか」
「あぁ? オリハルコンだぁ? そんな伝説の金属、この辺境にあるわけねぇだろ。寝言は寝て言え」
ドワーフが鼻で笑う。
なるほど、素材がないのか。
なら、提供すればいい。
「これを使って打ってくれ」
俺は亜空間倉庫から、昨日回収した『エンシェント・ヴォルカニック・ドラゴンの爪』と『牙』を一本ずつ取り出し、カウンターに置いた。
ドスン、と重い音がする。
熱気でカウンターの木材が焦げる匂いがした。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁッ!?」
ドワーフの目が飛び出した。
「こ、これは……古龍の爪!? しかも、まだ魔力が生きてやがる! どこで手に入れた!?」
「拾ったんだ。これで剣と、フェリス用の爪装備を作ってくれ。加工賃は弾む」
「ひ、拾っただと……? バカ言え、こんなもん国宝級だぞ……! だが、燃えてきたぜ! ドワーフの鍛冶師として、こんな素材を目の前にして引けるかよ!」
親父さんは目の色を変えて、すぐに作業に取り掛かろうとした。
「完成まで三日はくれ! 最高の武器に仕上げてやる!」
「頼んだぞ。前金でこれだけ置いておく」
俺は金貨1000枚の袋を置いた。
親父さんは震える手でそれを受け取り、「一生の仕事にする」と誓った。
店を出ると、ちょうど昼時だった。
街の広場には多くの冒険者が集まっている。
その中で、一つの露店に人だかりができていた。
「おい、これマジかよ?」
「『暁の剣』の装備だろ? なんでこんなところで売られてるんだ?」
「質流れ品か? それとも盗品か?」
俺とフェリスは顔を見合わせ、その露店に近づいた。
そこには、見覚えのある装備が並べられていた。
カイルが予備として街の倉庫に預けていた『炎の剣』。
マリアが「デザインが気に入らない」と言って使わなかった『聖女のローブ』。
レオンが「魔力効率が悪い」と放置していた『雷の杖』。
彼らが「不要品」として質屋に入れていたものや、倉庫の維持費が払えずに競売にかけられたものが、ここに流れてきているようだ。
どうやら、彼らの口座残高も底をつき、自動引き落としができなくなって資産が差し押さえられたらしい。
勇者パーティーの資金管理も俺がやっていたのだが、俺がいなくなって数日でこの有様とは。
「あらら、可哀想に」
俺は思わず吹き出した。
彼らの栄光の証だった装備が、二束三文で叩き売られている。
「店主、これ全部くれ」
「へ? 全部って、これ全部ですか?」
「ああ。いくらだ?」
「え、えっと、全部で金貨50枚くらいで……」
「はいよ」
俺は即決で購入した。
別に彼らの装備に未練があるわけではない。
ただ、これを俺が買い占めて【亜空間倉庫】の肥やしにしておけば、万が一彼らが生きて戻ってきた時に、「装備を買い戻す」ことすらできなくなる。
徹底的に退路を断つ。
それが俺流の「ざまぁ」だ。
「アレン様、そんなガラクタ、何に使うのですか?」
フェリスが不思議そうに首を傾げる。
「リサイクルだよ。素材に分解して、もっといい道具の材料にするんだ」
「なるほど! さすがアレン様、無駄がないですね!」
俺たちは大量の荷物(全て収納済み)を持って、再び街を歩き出した。
***
一通りの買い物を終え、カフェテラスで休憩している時だった。
俺はふと、今後のことを考えた。
装備は整った(注文済み)。
資金も潤沢にある。
だが、拠点が宿屋というのは落ち着かない。
やはり、自分だけの「城」が欲しい。
「フェリス、俺たちはこれからどうしようか」
「私はアレン様がいればどこでも! でも、できれば広いお庭があるところがいいです。駆け回りたいので!」
「庭付きか。いいね」
この街で屋敷を買うのもいいが、どうせならもっと自由な場所がいい。
誰も干渉してこない、俺たちだけの王国。
未開の地を開拓するのも面白そうだ。
俺の魔法なら、整地も建築も一瞬で終わる。
だが、問題が一つある。
建物は作れても、それを維持管理する「人手」が足りない。
掃除、洗濯、料理(俺もできるが、毎日やるのは面倒だ)、庭の手入れ。
フェリスは戦闘向きだし、俺も領主プレイをするなら使用人が欲しい。
「信頼できる部下が欲しいな」
普通の人間を雇ってもいいが、俺たちの秘密(レベル9999やフェンリルの正体)を知られても裏切らない、絶対的な忠誠心を持つ相手が必要だ。
となると、選択肢は一つしかない。
「奴隷、か」
この世界では奴隷制度が合法だ。
犯罪奴隷や借金奴隷はともかく、中には事情があって身売りされた亜人や、国を追われた元貴族などもいるという。
魔術的な契約で縛られた奴隷なら、裏切られる心配もない。
それに、不遇な扱いを受けている奴隷を俺が買い取り、最高の環境で育て上げれば、最強の戦力になるかもしれない。
俺の【経験値委託】を使えば、レベル1の奴隷でもすぐにSランク冒険者並みに強化できるはずだ。
「よし、決めた」
俺はティーカップを置いた。
「フェリス、次は『奴隷商』に行くぞ」
「どれい、ですか? 新しいお仲間ですか?」
「そうだ。俺たちの国を作るための、最初の国民を探しに行くんだ」
「はい! 楽しみです!」
俺たちは席を立った。
目指すは、街の裏通りにあるという、少し怪しげだが品揃えは一級品だという奴隷商館『闇の鎖』。
そこで俺が出会うことになるのは、ただの奴隷ではない。
かつては大国を治めていたエルフの王女や、呪いによって力を封じられた魔族の女騎士など、訳ありだがダイヤの原石のような少女たち。
彼女たちを救い出し、俺のハーレム兼最強軍団に加える。
俺の物語は、冒険者から「支配者(ルーラー)」へとシフトしようとしていた。
***
【一方その頃】
標高3000メートル地点、雪洞の中。
「うぅ……ひもじい……」
カイルたちは、奇跡的に見つけた洞窟の中で、互いに身を寄せ合って震えていた。
昨夜のゴブリンの襲撃は、なんとか地形を利用して凌いだものの、彼らは完全に消耗しきっていた。
カイルの聖剣はなく(手放してはいないが重くて振れない)、マリアの魔力も尽き、ニーナの体力も限界。レオンは既に熱を出してうわ言を言っている。
「何か……食べるもの……」
ニーナが洞窟の奥で、カビの生えたキノコのようなものを見つけた。
普段なら毒味もせずに食べるなどあり得ないが、極限状態の彼らに判断力はなかった。
「よこせ!」
カイルがそれを奪い取り、むしゃぶりつく。
生のキノコの土臭さと苦味が口に広がるが、今の彼にはご馳走だった。
「あ、ずるいぞカイル!」
「私にもちょうだい!」
勇者たちは、たった一つのキノコを巡って醜い争いを始めた。
かつて世界を救うと豪語していた英雄たちの姿は、そこにはなかった。
あるのは、生存本能のみで動く獣のような姿だけ。
「ゲホッ、オェッ……!」
突然、カイルが嘔吐した。
キノコには当然のように毒があったのだ。
麻痺毒だ。
手足が痺れ、泡を吹いて倒れるカイル。
「カイル!? いやあああ!」
絶叫が洞窟に響く。
だが、助けは来ない。
彼らが捨てたアレンは、今頃高級ホテルでワインを傾けているのだから。
「アレン……助けて……」
マリアの悲痛な願いも、雪嵐にかき消されていった。
(つづく)
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる