13 / 18
第13話 温泉回。美少女たちとの混浴と、新たな決意
しおりを挟む
「ふぅ……生き返るな」
湯気が立ち込める岩風呂。
俺は肩までお湯に浸かり、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。
源泉掛け流しの『アレンの湯』。
ドラゴンのヴォルガスが掘り当て、加熱してくれているこの温泉は、硫黄の香りと適度なぬるぬる感があり、肌にしっとりと馴染む。
レベル9999の肉体は疲労を知らないはずだが、こうして温かい湯に包まれていると、精神的な澱が溶け出していくのを感じる。
「アレン様、お背中流しますね!」
背後から、元気な声と共に柔らかい感触が押し当てられた。
フェリスだ。
彼女は今、人間態の姿だが、興奮しているのか銀色の獣耳と尻尾が出っ放しになっている。
手にはタオルを持っているが、半分くらいは彼女自身の体で洗っているようなものだ。
「ありがとう、フェリス。……って、ちょっと力が強いぞ」
「すみません! アレン様の背中が広くて素敵なので、つい力が入っちゃいました!」
「ご主人様、頭はこちらへ。シャンプーしますから」
俺の頭側には、メイド姿(今は湯浴み着代わりのタオル一枚だが)のリナが待機している。
彼女は俺の頭を膝に乗せ、器用な手つきで髪を洗い始めた。
元暗殺者だけあって指先の動きが繊細だ。ツボを的確に刺激してくるので、意識が飛びそうになる。
「リナ、お前本当にメイドの才能あるな」
「……うるさいです。これは任務の一環ですから。髪の毛一本残らず綺麗にしないと、私のプライドが許さないだけです」
ツンデレな返答だが、その手つきは優しい。
そして、俺の正面。
湯船の中に座り、日本酒(錬金術で作った米の酒)を入れた徳利と猪口を盆に乗せて浮かべているのが、ハイエルフのセラムだ。
濡れた金髪が肌に張り付き、湯気越しに見えるその肢体は神々しいまでの美しさだった。
「アレン様、どうぞ。いい月見酒です」
「ああ、もらうよ」
俺は猪口を受け取り、一口煽った。
美味い。
冷えた酒が、火照った体に染み渡る。
「……夢みたいですね」
セラムが月を見上げて呟いた。
「数日前まで、私は絶望の中にいました。呪いに侵され、泥水をすすり、ただ復讐だけを誓って生きていました。それが今は……こうしてアレン様と共に、温かいお湯に浸かっている」
彼女の翠玉の瞳が揺れている。
「この幸せが、時々怖くなります。目が覚めたら、またあの冷たい檻の中なんじゃないかって」
「夢じゃないさ」
俺は空いた手で、セラムの頭を撫でた。
「これは全部現実だ。俺が作った現実だ。誰にも壊させないし、奪わせない」
「……はい。信じております」
セラムは嬉しそうに目を細め、俺の手のひらに頬を擦り寄せた。
平和だ。
この時間が永遠に続けばいい。
そう思った、その時だった。
『――警告。防衛エリア内に高エネルギー反応接近』
脳内のシステムログが、無機質なアラートを鳴らした。
同時に、城の正門の方角から、ズドォォォォンッ! という爆発音が響いた。
「キャッ!?」
フェリスが驚いて俺にしがみつく。
「な、何ですか今の音は!?」
「……客人が来たみたいだな」
俺は猪口を盆に戻し、ため息をついた。
せっかくの極楽タイムだというのに、間の悪い連中だ。
***
数分前。アレン城正門前。
「ここが例の拠点か。……ふん、趣味の悪い城だ」
月明かりの下、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ巨漢が立っていた。
魔王軍四天王『黒騎士』ガルド。
彼の背後には、精鋭である魔族兵士50名が控えている。
「報告通り、ゴーレムが一体いるだけか。たかが石人形、我が魔剣で粉砕してくれるわ!」
ガルドは背中の大剣を引き抜いた。
その剣身からは禍々しい瘴気が溢れ出している。
伝説の魔剣『ソウル・イーター』。
斬った相手の魂を喰らう、呪われた剣だ。
「いくぞ! 突撃!」
ガルドの号令と共に、魔族兵たちが雄叫びを上げて突っ込んだ。
だが。
ギギギ……。
門番として立っていた巨大な黒曜石のゴーレム――オニキスが、ゆっくりと動いた。
その目は紅く輝き、手にしたドラゴンの骨の大剣を構える。
『――排除スル』
ブォンッ!!
オニキスが大剣を一振りした。
ただそれだけ。
剣技も魔力もない、純粋な質量による横薙ぎ。
ドッゴォォォォォォォンッ!!
「ぐあぁぁぁぁっ!?」
「な、なんだこの威力はァ!?」
先頭を走っていた魔族兵10名が、紙くずのように吹き飛んだ。
鎧ごと粉砕され、遥か後方の森の木々に激突して絶命する。
「なっ……!?」
ガルドが目を見開いた。
たかがゴーレムの一撃が、精鋭部隊を壊滅させた?
「おのれ……! 私が相手だ!」
ガルドは魔剣に魔力を込めた。
『黒炎斬』。
全てを焼き尽くす黒い炎を纏った必殺の一撃。
彼はオニキスの懐に飛び込み、その足を狙って斬りつけた。
ガィィィィンッ!!
嫌な音が響いた。
魔剣が弾かれたのだ。
オニキスの黒曜石の装甲には、傷一つついていない。
『硬度不足。脅威判定、Eランク』
オニキスが無感情に告げる。
それは「お前の剣じゃ痒くもない」という宣告だった。
「バ、バカな……! 我が魔剣が通じぬだと!?」
『反撃スル』
オニキスが拳を振り上げた。
単純な殴打。だが、その拳は隕石のような圧力を伴っていた。
「くっ!」
ガルドは咄嗟に横に飛んで回避した。
ズドンッ!
彼がいた場所に巨大なクレーターができる。
「ええい、化け物め! だが、動きは遅い! 無視して中に入るぞ! 目標は領主の首だ!」
ガルドは部下にオニキスの足止めを命じ(それは死刑宣告に等しかったが)、自らは跳躍して城壁を飛び越えようとした。
バチバチバチッ!!
「ぐアアアッ!?」
城壁に触れようとした瞬間、高圧電流のような結界が作動した。
ガルドは空中で痺れ、無様に庭へと落下した。
「ハァ……ハァ……なんだこの城は……! ゴーレムといい結界といい、規格外すぎる……!」
焦げた匂いをさせながら、ガルドは立ち上がった。
プライドはずたずただが、彼は四天王。
任務を遂行するまでは引けない。
「裏手だ! 裏手からなら!」
彼は城を迂回し、湯気の立つ湖畔の方へと走った。
***
「……来たな」
温泉の中で、俺は視線を入り口の植え込みに向けた。
ガサガサと茂みが揺れ、黒い鎧の男が飛び出してきた。
全身煤だらけで、肩で息をしているが、その殺気は本物だ。
「見つけたぞ……! 貴様がここの領主か!」
ガルドが魔剣を突きつけた。
俺は湯船に浸かったまま、首を傾げた。
「ああ、そうだが。人が風呂に入ってる時に土足で踏み込んでくるとは、随分と教育がなってないな」
「黙れ! 我は魔王軍四天王『黒騎士』ガルド! 貴様の首をもらいに来た!」
ガルド。
その名を聞いた瞬間、隣にいたセラムの体が強張った。
「ガルド……黒騎士、ガルド……ッ!」
セラムが立ち上がろうとする。
その顔からは血の気が引き、憎悪と恐怖で唇が震えている。
無理もない。
彼女の国を滅ぼし、両親を殺した張本人だ。
トラウマの権化が目の前にいるのだ。
「む? その顔、その金髪……もしや、あの時のエルフの小娘か?」
ガルドがセラムに気づき、兜の下で醜悪な笑みを浮かべた。
「生き残っていたとはな。しかも、こんなところで人間の男に媚びて裸を晒しているとは……エルリオスの王族も地に落ちたものよ!」
「き、貴様ぁ……ッ!」
セラムが叫ぶが、恐怖で足がすくんでいる。
手が震えて、言葉が出てこない。
「安心しろ、今すぐ両親の元へ送ってやる。この男と一緒にな!」
ガルドが跳躍した。
魔剣を振り上げ、無防備な俺たち――正確には、恐怖で動けないセラムを狙って落下してくる。
「アレン様!」
フェリスとリナが叫ぶ。
俺は動かなかった。
いや、湯船から出る必要すらなかった。
「……セラムを泣かせた罪は重いぞ」
俺は手桶にお湯を汲み、それをガルドに向かってパシャリと掛けた。
「『ウォーター・カノン(湯)』」
ただのお湯掛け。
だが、レベル9999の俺が放てば、それは質量兵器となる。
ドパァァァァァァァンッ!!
手桶一杯のお湯が、空中で高圧の水塊へと変化し、ガルドの全身を直撃した。
「ぐ、ぼァッ!?」
ガルドの突進が空中で止まる。
鎧がひしゃげ、魔剣が手から弾き飛ばされる。
彼はそのままピンボールのように吹き飛び、背後の岩盤に激突した。
ズガガガガッ!
「が、はっ……な、なんだ……今のは……水魔法……?」
ガルドは岩にめり込んだまま、血を吐いて俺を見た。
信じられないという顔だ。
最強の魔剣技を放とうとした自分が、ただの「お湯」で迎撃されたのだから。
「ぬるかったか? なら、追い焚きしてやろう」
俺は指をパチンと鳴らした。
「起きろ、ヴォルガス」
「グルルゥ……」
湯船のすぐ横、岩と同化するように寝ていた「岩山」が動いた。
SSランクドラゴン、ヴォルガスが目を覚まし、巨大な鎌首をもたげた。
その口からは、チロチロと灼熱の炎が漏れている。
「な……ド、ドラゴン……!? グラン・マグマ・ドラゴンだと!?」
ガルドの目が飛び出した。
なぜこんなところに伝説のドラゴンがいる。
しかも、まるで番犬のように大人しく控えている。
「ヴォルガス、あいつが風呂の邪魔をした。少し遊んでやれ」
「御意、マスター。……ほう、魔族か。丁度小腹が空いていたところだ」
ヴォルガスがニヤリと笑い(ドラゴンが笑うと怖い)、ガルドに近づく。
「ひ、ひぃぃッ! ま、待て! 私は四天王だぞ! ぐ、やめろ、食うな! 鎧が溶ける!」
ガルドは半狂乱で逃げようとしたが、ヴォルガスの前足で踏みつけられ、身動きが取れなくなった。
SSランクのドラゴンと、Aランク相当の四天王。
勝負にすらならない。
「……終わりか」
俺はため息をついた。
あっけない。
だが、これで終わりではない。
俺はセラムの方を見た。
彼女はまだ震えている。
「セラム」
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
「見てみろ。あれがお前が恐れていた男の末路だ」
「……あ……」
セラムがおずおずと顔を上げる。
そこには、ドラゴンの足元で情けなく命乞いをする、かつての仇敵の姿があった。
圧倒的な強者だと思っていた黒騎士が、今はただの弱々しい敗北者に見える。
「俺がいる限り、お前を傷つけられる奴なんていない。世界中が敵に回っても、俺が全部返り討ちにしてやる」
俺は彼女の目を見て言った。
セラムの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
それは恐怖の涙ではなく、長年彼女を縛り付けていた呪縛が解けた、安堵の涙だった。
「アレン様……アレン様ぁ……ッ!」
セラムは俺の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。
俺は彼女の背中を優しく撫で続けた。
***
騒動が収束した後。
ガルドはヴォルガスによって簀巻きにされ(生かしておいた。情報源として使える)、城の地下牢へと放り込まれた。
部下の魔族兵たちはオニキスによって全滅させられていた。
俺たちは再び湯船に戻っていた。
雰囲気は先ほどとは少し違う。
より結束が深まったというか、リラックスした空気が流れている。
「アレン様、ありがとうございます。……私、もう迷いません」
泣き止んだセラムが、晴れやかな顔で言った。
「復讐は終わりました。これからは過去のためではなく、未来のため……アレン様と、私たちが作る国の為に剣を振るいます」
「ああ。頼りにしてるよ、精霊剣帝」
「はい!」
セラムは微笑み、改めて俺にお酌をした。
月が綺麗だ。
「あの~、アレン様。いい雰囲気のところ申し訳ないんですが」
リナが申し訳なさそうに手を挙げた。
「どうした?」
「今回の襲撃で、私たちの居場所が魔王軍に完全にバレました。ガルドが捕まったとなれば、次はもっと大軍が来るかもしれませんよ?」
「……そうだな」
俺は空を見上げた。
隠れてスローライフを送るつもりだったが、向こうから来るなら仕方がない。
逃げ隠れするのは性分じゃない。
それに、俺には守るべき仲間と、城がある。
「決めた」
俺は盃を置いた。
「国を作ろう」
「え?」
三人が声を揃える。
「ただの領地じゃない。独立国家だ。魔王軍だろうが、人間の王国だろうが、手出しさせない最強の国家を作る。俺が王になり、お前たちが国民第一号だ」
「お、王様……!?」
フェリスが目を輝かせる。
「アレン様が王様なら、私は女王様ですか!? ペットですか!?」
「アレン様が建国……ふふ、望むところです。私が全身全霊で補佐いたします」
セラムが騎士の礼をとる。
「はぁ……また大事になりそう。でも、ご主人様についていくって決めたからには、私も覚悟を決めますよ」
リナが肩をすくめて笑う。
「よし。じゃあ、まずはこの周辺の魔物を全部配下にして、軍事力を強化するか。それと、特産品も作って経済圏も確立しないとな」
やることは山積みだ。
だが、ワクワクする。
レベル9999の俺が本気で国作りをしたら、一体どんな国ができるのか。
「アレン・キングダム、始動だ」
俺の宣言と共に、ヴォルガスが祝砲代わりに炎のブレスを夜空に吐いた。
それは美しい花火となって、俺たちの門出を彩った。
こうして、俺のハーレム建国物語は、新たなステージへと突入したのだった。
***
【おまけ】
地下牢にて。
「だ、出してくれぇ……ここはどこだ……」
簀巻きにされたガルドは、暗い牢屋で震えていた。
彼の目の前には、自動掃除機ルンバ君がウィーンと音を立てて巡回している。
「な、なんだその円盤は! 来るな! 吸うな! 私のマントを吸うなァァァッ!」
かつての四天王の悲鳴が、誰にも届くことなく響いていた。
(つづく)
湯気が立ち込める岩風呂。
俺は肩までお湯に浸かり、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。
源泉掛け流しの『アレンの湯』。
ドラゴンのヴォルガスが掘り当て、加熱してくれているこの温泉は、硫黄の香りと適度なぬるぬる感があり、肌にしっとりと馴染む。
レベル9999の肉体は疲労を知らないはずだが、こうして温かい湯に包まれていると、精神的な澱が溶け出していくのを感じる。
「アレン様、お背中流しますね!」
背後から、元気な声と共に柔らかい感触が押し当てられた。
フェリスだ。
彼女は今、人間態の姿だが、興奮しているのか銀色の獣耳と尻尾が出っ放しになっている。
手にはタオルを持っているが、半分くらいは彼女自身の体で洗っているようなものだ。
「ありがとう、フェリス。……って、ちょっと力が強いぞ」
「すみません! アレン様の背中が広くて素敵なので、つい力が入っちゃいました!」
「ご主人様、頭はこちらへ。シャンプーしますから」
俺の頭側には、メイド姿(今は湯浴み着代わりのタオル一枚だが)のリナが待機している。
彼女は俺の頭を膝に乗せ、器用な手つきで髪を洗い始めた。
元暗殺者だけあって指先の動きが繊細だ。ツボを的確に刺激してくるので、意識が飛びそうになる。
「リナ、お前本当にメイドの才能あるな」
「……うるさいです。これは任務の一環ですから。髪の毛一本残らず綺麗にしないと、私のプライドが許さないだけです」
ツンデレな返答だが、その手つきは優しい。
そして、俺の正面。
湯船の中に座り、日本酒(錬金術で作った米の酒)を入れた徳利と猪口を盆に乗せて浮かべているのが、ハイエルフのセラムだ。
濡れた金髪が肌に張り付き、湯気越しに見えるその肢体は神々しいまでの美しさだった。
「アレン様、どうぞ。いい月見酒です」
「ああ、もらうよ」
俺は猪口を受け取り、一口煽った。
美味い。
冷えた酒が、火照った体に染み渡る。
「……夢みたいですね」
セラムが月を見上げて呟いた。
「数日前まで、私は絶望の中にいました。呪いに侵され、泥水をすすり、ただ復讐だけを誓って生きていました。それが今は……こうしてアレン様と共に、温かいお湯に浸かっている」
彼女の翠玉の瞳が揺れている。
「この幸せが、時々怖くなります。目が覚めたら、またあの冷たい檻の中なんじゃないかって」
「夢じゃないさ」
俺は空いた手で、セラムの頭を撫でた。
「これは全部現実だ。俺が作った現実だ。誰にも壊させないし、奪わせない」
「……はい。信じております」
セラムは嬉しそうに目を細め、俺の手のひらに頬を擦り寄せた。
平和だ。
この時間が永遠に続けばいい。
そう思った、その時だった。
『――警告。防衛エリア内に高エネルギー反応接近』
脳内のシステムログが、無機質なアラートを鳴らした。
同時に、城の正門の方角から、ズドォォォォンッ! という爆発音が響いた。
「キャッ!?」
フェリスが驚いて俺にしがみつく。
「な、何ですか今の音は!?」
「……客人が来たみたいだな」
俺は猪口を盆に戻し、ため息をついた。
せっかくの極楽タイムだというのに、間の悪い連中だ。
***
数分前。アレン城正門前。
「ここが例の拠点か。……ふん、趣味の悪い城だ」
月明かりの下、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ巨漢が立っていた。
魔王軍四天王『黒騎士』ガルド。
彼の背後には、精鋭である魔族兵士50名が控えている。
「報告通り、ゴーレムが一体いるだけか。たかが石人形、我が魔剣で粉砕してくれるわ!」
ガルドは背中の大剣を引き抜いた。
その剣身からは禍々しい瘴気が溢れ出している。
伝説の魔剣『ソウル・イーター』。
斬った相手の魂を喰らう、呪われた剣だ。
「いくぞ! 突撃!」
ガルドの号令と共に、魔族兵たちが雄叫びを上げて突っ込んだ。
だが。
ギギギ……。
門番として立っていた巨大な黒曜石のゴーレム――オニキスが、ゆっくりと動いた。
その目は紅く輝き、手にしたドラゴンの骨の大剣を構える。
『――排除スル』
ブォンッ!!
オニキスが大剣を一振りした。
ただそれだけ。
剣技も魔力もない、純粋な質量による横薙ぎ。
ドッゴォォォォォォォンッ!!
「ぐあぁぁぁぁっ!?」
「な、なんだこの威力はァ!?」
先頭を走っていた魔族兵10名が、紙くずのように吹き飛んだ。
鎧ごと粉砕され、遥か後方の森の木々に激突して絶命する。
「なっ……!?」
ガルドが目を見開いた。
たかがゴーレムの一撃が、精鋭部隊を壊滅させた?
「おのれ……! 私が相手だ!」
ガルドは魔剣に魔力を込めた。
『黒炎斬』。
全てを焼き尽くす黒い炎を纏った必殺の一撃。
彼はオニキスの懐に飛び込み、その足を狙って斬りつけた。
ガィィィィンッ!!
嫌な音が響いた。
魔剣が弾かれたのだ。
オニキスの黒曜石の装甲には、傷一つついていない。
『硬度不足。脅威判定、Eランク』
オニキスが無感情に告げる。
それは「お前の剣じゃ痒くもない」という宣告だった。
「バ、バカな……! 我が魔剣が通じぬだと!?」
『反撃スル』
オニキスが拳を振り上げた。
単純な殴打。だが、その拳は隕石のような圧力を伴っていた。
「くっ!」
ガルドは咄嗟に横に飛んで回避した。
ズドンッ!
彼がいた場所に巨大なクレーターができる。
「ええい、化け物め! だが、動きは遅い! 無視して中に入るぞ! 目標は領主の首だ!」
ガルドは部下にオニキスの足止めを命じ(それは死刑宣告に等しかったが)、自らは跳躍して城壁を飛び越えようとした。
バチバチバチッ!!
「ぐアアアッ!?」
城壁に触れようとした瞬間、高圧電流のような結界が作動した。
ガルドは空中で痺れ、無様に庭へと落下した。
「ハァ……ハァ……なんだこの城は……! ゴーレムといい結界といい、規格外すぎる……!」
焦げた匂いをさせながら、ガルドは立ち上がった。
プライドはずたずただが、彼は四天王。
任務を遂行するまでは引けない。
「裏手だ! 裏手からなら!」
彼は城を迂回し、湯気の立つ湖畔の方へと走った。
***
「……来たな」
温泉の中で、俺は視線を入り口の植え込みに向けた。
ガサガサと茂みが揺れ、黒い鎧の男が飛び出してきた。
全身煤だらけで、肩で息をしているが、その殺気は本物だ。
「見つけたぞ……! 貴様がここの領主か!」
ガルドが魔剣を突きつけた。
俺は湯船に浸かったまま、首を傾げた。
「ああ、そうだが。人が風呂に入ってる時に土足で踏み込んでくるとは、随分と教育がなってないな」
「黙れ! 我は魔王軍四天王『黒騎士』ガルド! 貴様の首をもらいに来た!」
ガルド。
その名を聞いた瞬間、隣にいたセラムの体が強張った。
「ガルド……黒騎士、ガルド……ッ!」
セラムが立ち上がろうとする。
その顔からは血の気が引き、憎悪と恐怖で唇が震えている。
無理もない。
彼女の国を滅ぼし、両親を殺した張本人だ。
トラウマの権化が目の前にいるのだ。
「む? その顔、その金髪……もしや、あの時のエルフの小娘か?」
ガルドがセラムに気づき、兜の下で醜悪な笑みを浮かべた。
「生き残っていたとはな。しかも、こんなところで人間の男に媚びて裸を晒しているとは……エルリオスの王族も地に落ちたものよ!」
「き、貴様ぁ……ッ!」
セラムが叫ぶが、恐怖で足がすくんでいる。
手が震えて、言葉が出てこない。
「安心しろ、今すぐ両親の元へ送ってやる。この男と一緒にな!」
ガルドが跳躍した。
魔剣を振り上げ、無防備な俺たち――正確には、恐怖で動けないセラムを狙って落下してくる。
「アレン様!」
フェリスとリナが叫ぶ。
俺は動かなかった。
いや、湯船から出る必要すらなかった。
「……セラムを泣かせた罪は重いぞ」
俺は手桶にお湯を汲み、それをガルドに向かってパシャリと掛けた。
「『ウォーター・カノン(湯)』」
ただのお湯掛け。
だが、レベル9999の俺が放てば、それは質量兵器となる。
ドパァァァァァァァンッ!!
手桶一杯のお湯が、空中で高圧の水塊へと変化し、ガルドの全身を直撃した。
「ぐ、ぼァッ!?」
ガルドの突進が空中で止まる。
鎧がひしゃげ、魔剣が手から弾き飛ばされる。
彼はそのままピンボールのように吹き飛び、背後の岩盤に激突した。
ズガガガガッ!
「が、はっ……な、なんだ……今のは……水魔法……?」
ガルドは岩にめり込んだまま、血を吐いて俺を見た。
信じられないという顔だ。
最強の魔剣技を放とうとした自分が、ただの「お湯」で迎撃されたのだから。
「ぬるかったか? なら、追い焚きしてやろう」
俺は指をパチンと鳴らした。
「起きろ、ヴォルガス」
「グルルゥ……」
湯船のすぐ横、岩と同化するように寝ていた「岩山」が動いた。
SSランクドラゴン、ヴォルガスが目を覚まし、巨大な鎌首をもたげた。
その口からは、チロチロと灼熱の炎が漏れている。
「な……ド、ドラゴン……!? グラン・マグマ・ドラゴンだと!?」
ガルドの目が飛び出した。
なぜこんなところに伝説のドラゴンがいる。
しかも、まるで番犬のように大人しく控えている。
「ヴォルガス、あいつが風呂の邪魔をした。少し遊んでやれ」
「御意、マスター。……ほう、魔族か。丁度小腹が空いていたところだ」
ヴォルガスがニヤリと笑い(ドラゴンが笑うと怖い)、ガルドに近づく。
「ひ、ひぃぃッ! ま、待て! 私は四天王だぞ! ぐ、やめろ、食うな! 鎧が溶ける!」
ガルドは半狂乱で逃げようとしたが、ヴォルガスの前足で踏みつけられ、身動きが取れなくなった。
SSランクのドラゴンと、Aランク相当の四天王。
勝負にすらならない。
「……終わりか」
俺はため息をついた。
あっけない。
だが、これで終わりではない。
俺はセラムの方を見た。
彼女はまだ震えている。
「セラム」
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
「見てみろ。あれがお前が恐れていた男の末路だ」
「……あ……」
セラムがおずおずと顔を上げる。
そこには、ドラゴンの足元で情けなく命乞いをする、かつての仇敵の姿があった。
圧倒的な強者だと思っていた黒騎士が、今はただの弱々しい敗北者に見える。
「俺がいる限り、お前を傷つけられる奴なんていない。世界中が敵に回っても、俺が全部返り討ちにしてやる」
俺は彼女の目を見て言った。
セラムの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
それは恐怖の涙ではなく、長年彼女を縛り付けていた呪縛が解けた、安堵の涙だった。
「アレン様……アレン様ぁ……ッ!」
セラムは俺の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。
俺は彼女の背中を優しく撫で続けた。
***
騒動が収束した後。
ガルドはヴォルガスによって簀巻きにされ(生かしておいた。情報源として使える)、城の地下牢へと放り込まれた。
部下の魔族兵たちはオニキスによって全滅させられていた。
俺たちは再び湯船に戻っていた。
雰囲気は先ほどとは少し違う。
より結束が深まったというか、リラックスした空気が流れている。
「アレン様、ありがとうございます。……私、もう迷いません」
泣き止んだセラムが、晴れやかな顔で言った。
「復讐は終わりました。これからは過去のためではなく、未来のため……アレン様と、私たちが作る国の為に剣を振るいます」
「ああ。頼りにしてるよ、精霊剣帝」
「はい!」
セラムは微笑み、改めて俺にお酌をした。
月が綺麗だ。
「あの~、アレン様。いい雰囲気のところ申し訳ないんですが」
リナが申し訳なさそうに手を挙げた。
「どうした?」
「今回の襲撃で、私たちの居場所が魔王軍に完全にバレました。ガルドが捕まったとなれば、次はもっと大軍が来るかもしれませんよ?」
「……そうだな」
俺は空を見上げた。
隠れてスローライフを送るつもりだったが、向こうから来るなら仕方がない。
逃げ隠れするのは性分じゃない。
それに、俺には守るべき仲間と、城がある。
「決めた」
俺は盃を置いた。
「国を作ろう」
「え?」
三人が声を揃える。
「ただの領地じゃない。独立国家だ。魔王軍だろうが、人間の王国だろうが、手出しさせない最強の国家を作る。俺が王になり、お前たちが国民第一号だ」
「お、王様……!?」
フェリスが目を輝かせる。
「アレン様が王様なら、私は女王様ですか!? ペットですか!?」
「アレン様が建国……ふふ、望むところです。私が全身全霊で補佐いたします」
セラムが騎士の礼をとる。
「はぁ……また大事になりそう。でも、ご主人様についていくって決めたからには、私も覚悟を決めますよ」
リナが肩をすくめて笑う。
「よし。じゃあ、まずはこの周辺の魔物を全部配下にして、軍事力を強化するか。それと、特産品も作って経済圏も確立しないとな」
やることは山積みだ。
だが、ワクワクする。
レベル9999の俺が本気で国作りをしたら、一体どんな国ができるのか。
「アレン・キングダム、始動だ」
俺の宣言と共に、ヴォルガスが祝砲代わりに炎のブレスを夜空に吐いた。
それは美しい花火となって、俺たちの門出を彩った。
こうして、俺のハーレム建国物語は、新たなステージへと突入したのだった。
***
【おまけ】
地下牢にて。
「だ、出してくれぇ……ここはどこだ……」
簀巻きにされたガルドは、暗い牢屋で震えていた。
彼の目の前には、自動掃除機ルンバ君がウィーンと音を立てて巡回している。
「な、なんだその円盤は! 来るな! 吸うな! 私のマントを吸うなァァァッ!」
かつての四天王の悲鳴が、誰にも届くことなく響いていた。
(つづく)
42
あなたにおすすめの小説
無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした
夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。
死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった!
呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。
「もう手遅れだ」
これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!
雪奈 水無月
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。
ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。
観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中…
ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。
それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。
帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく…
さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした
夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。
しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。
やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。
一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。
これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる