「役立たず」と追放されたが、俺のスキルは【経験値委託】だ。解除した瞬間、勇者パーティーはレベル1に戻り、俺だけレベル9999になった

たまごころ

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第12話 森の主であるドラゴン襲来。ペットにして温泉を掘ってもらおう

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「ほらリナ、もっとスカートの裾を直して。メイドたるもの、身だしなみは完璧じゃないと」
「うぅ……なんで私がこんな格好を……」

アレン城の裏手、湖へと続く小道。
俺たちの後ろをついてくるのは、フリルたっぷりのメイド服に身を包んだダークエルフのリナだった。
彼女は恥ずかしそうにスカートを押さえながら、それでも暗殺者としての習性か、足音一つ立てずに歩いている。

「似合ってるぞ、リナ。うちの城の制服として採用したいくらいだ」
「からかわないでください、ご主人様……! くっ、この服、動きやすいけど防御力が皆無だわ……」

リナは文句を言いながらも、俺の作ったサンドイッチの入ったバスケットを大事そうに抱えている。
どうやら胃袋は完全に掴んでしまったらしい。

「アレン様、湖が見えてきました!」
先頭を歩いていたフェリスが声を弾ませる。

視界が開け、巨大な湖が姿を現した。
深い藍色をした水面は鏡のように静まり返り、周囲の原生林を映し出している。
そしてその中央にある小島には、苔むした石造りの遺跡が鎮座していた。

「……異様な気配ですね」
セラムが剣の柄に手をかけた。
「ただの廃墟ではありません。空間が歪んでいます。おそらく、強力な結界が張られているのでしょう」

「ああ。ハミルトン男爵が言っていた『ダンジョンの入り口』ってのは本当みたいだな」

俺は湖畔に立ち、【神眼】を発動させた。
遺跡の周囲には、幾重もの魔法陣が展開されている。
古代語で書かれた術式。
封印の種類は……『神級』か。

「へぇ、結構厳重だな。何が封印されてるんだ?」

俺が興味本位で近づこうとした、その時だった。

ズズズズズズズ……。

地面が小刻みに震え出した。
地震か? いや、違う。
これは巨大質量が接近してくる振動だ。

「アレン様、上です!」
フェリスが空を指差して叫ぶ。

見上げると、太陽が陰っていた。
雲ではない。
巨大な翼が、空を覆い隠していたのだ。

「グルルルルルルル……ッ!!」

鼓膜をつんざくような咆哮と共に、その巨体が湖畔に降り立った。
ドォォォォンッ!!
着地の衝撃で湖の水が大きく波打ち、木々が薙ぎ倒される。

現れたのは、全身が赤黒い岩石のような鱗に覆われた、超巨大なドラゴンだった。
体長は50メートルほど。
以前デコピンで吹き飛ばしたエンシェント・ヴォルカニック・ドラゴンよりは一回り小さいが、その身に纏う魔力の密度は段違いだ。
背中からは高熱の蒸気が噴き出し、周囲の草花が一瞬で炭化していく。

「貴様らか……我が眠りを妨げる羽虫どもは」

ドラゴンが低い声で唸った。
人語を解する知能があるようだ。
その金色の瞳が、俺たちを睥睨する。

「ここは我が縄張り『死の森』の中心地。人間風情が土足で踏み入ってよい場所ではない。……む? そこにいるのはエルフと、フェンリルの小娘か?」

「ッ……! この圧力……間違いありません。こいつがこの森の『主(ヌシ)』、SSランク『グラン・マグマ・ドラゴン』です!」

セラムが顔を青くして叫んだ。
リナに至っては、腰を抜かしてバスケットを取り落としそうになっている。
「う、嘘でしょ……伝説級の魔物がなんでこんなところに……! おしまいだわ……」

「騒がしいな」

俺は一歩前に出た。
ドラゴンの鼻先まで数メートルの距離。
普通なら熱で焼け死ぬ距離だが、俺には心地よい暖房程度だ。

「よう。俺はこの森の新しい領主になったアレンだ。挨拶に来てくれたのか?」

「領主……だと?」

ドラゴンが鼻で笑った。
その鼻息だけで突風が巻き起こる。

「笑わせるな、人間。この森は太古より我のものだ。貴様らのような矮小な生物が所有権を主張するなど、片腹痛いわ」

「金貨1000枚で買ったんだよ。権利書もあるぞ」
俺は懐から羊皮紙を取り出して見せた。

「紙切れなど知らぬ! 我が認めぬ限り、貴様はただの不法侵入者だ! 昨夜、妙な城を建てたのも貴様だな? 目障りだから消してやろうと思っていたところだ!」

ドラゴンが口を大きく開けた。
喉の奥で、灼熱のマグマが渦巻いているのが見える。
ブレスの予備動作だ。

「アレン様、避けてください! あれは山一つ溶かす『焦熱ブレス』です!」
フェリスが俺を庇おうと飛び出す。

「いいや、待てフェリス」

俺はフェリスを手で制し、ニヤリと笑った。

「ちょうどよかった」
「え?」

「風呂、沸かしたかったんだよな」

「は?」

ドラゴンの口から、極太の熱線が放たれた。
『インフェルノ・バースト』。
あらゆる物質を原子レベルで分解する超高熱の奔流。

俺はそれを、左手の手のひら一つで受け止めた。

ジュワァァァァァァッ!!

熱線が俺の手のひらに当たり、四方へと拡散する。
俺の後ろにいるフェリスたちには、熱風ひとつ届かない。

「な、なにぃぃッ!?」

ドラゴンの目が点になった。
必殺のブレスが、人間ごときに素手で止められたのだ。
しかも、その人間は火傷ひとつ負っていないどころか、「いい湯加減だ」みたいな顔をしている。

「なかなかいい熱量だ。これなら源泉掛け流しができるな」

俺はブレスを握りつぶし、地面を蹴った。
一瞬でドラゴンの頭上に移動する。

「落ちろ」

脳天に踵落とし。
ただし、手加減スキルLv10発動。

ズガァァァァァンッ!!

ドラゴンの巨体が地面にめり込んだ。
クレーターができ、湖の水が流れ込んでくる。

「ギャオオオオッ!?」

ドラゴンは白目を剥いて気絶……しかけたが、さすがは森の主。
すぐに意識を取り戻し、怒り狂って起き上がろうとした。

「貴様ァァァッ! 我を誰だと思っている! 大地の覇者、グラン・マグマ・ドラゴンのヴォルガス様だぞッ!」

「ヴォルガスか。いい名前だ。じゃあ今日からお前はウチのペットな」

「ぺ、ペットだとぉぉぉ!?」

プライドを傷つけられたヴォルガスは、全身の鱗を逆立て、体当たりを敢行してきた。
その突進力は戦艦をも沈める威力。
だが、俺にとってはじゃれついている子犬と変わらない。

俺は突進してくるドラゴンの角を片手で掴み、そのまま一本背負いをお見舞いした。

ドッスーン!!

「グハッ……!?」

さらに起き上がろうとするところを、デコピンで弾き飛ばす。

パチンッ。
ドガガガガッ!

巨体が森の木々をなぎ倒して転がっていく。

「まだやるか? 俺は一向に構わないが、次はお前の自慢の鱗を剥がして盾の材料にするぞ?」

俺は冷たい笑顔で告げた。
ヴォルガスは震え上がった。
本能が告げているのだ。
目の前の存在は、人間ではない。
ドラゴンの自分ですら敵わない、理外の化け物だと。

「……ま、参りました」

ヴォルガスは地面に頭を擦り付けた。
完全降伏だ。
土下座するドラゴンの図というのは、なんともシュールである。

「降参するならよし。殺しはしない」
「は、はい……命だけはお助けを……」

後ろで見守っていた三人が、ポカーンとしている。
「SSランクドラゴンが……あんなにあっさりと……」
リナが乾いた笑いを漏らしている。現実逃避に入ったようだ。

「さて、ヴォルガス。お前、土を掘るのは得意か?」

俺はしゃがみ込んで、ヴォルガスの巨大な顔を覗き込んだ。

「は? 土、ですか? まあ、地中を移動することもありますので、造作もないことですが……」

「よし。じゃあ、城の裏手に穴を掘れ。深さはそうだな、地下水脈に当たるまでだ。そして、お前のその熱エネルギーを使って、地下水を温めて温泉にしてくれ」

「……はい?」

ヴォルガスは耳(のような器官)を疑った。
森の主たるこの俺に、穴掘りと湯沸かしをしろと言うのか?

「不服か?」
俺が拳を握ると、ポキポキと音が鳴った。

「い、いえ! 滅相もございません! 喜んでやらせていただきます! 最高の温泉を作ってみせましょう!」

ヴォルガスは尻尾を振って(媚びて)了承した。
力こそ正義。
魔物の世界はシンプルで助かる。

   ***

一時間後。
アレン城の中庭、湖を望む絶景ポイントに、巨大な岩風呂が完成していた。

「できたぞ、天然温泉『アレンの湯』だ」

俺たちが湯気の立つ岩風呂の前に立つと、ヴォルガスが誇らしげに鼻息を荒くしていた。
彼は鋭い爪で岩盤を綺麗にくり抜き、地下水脈を掘り当て、さらに自身のマグマエネルギーを地中に注入して、恒久的に湯が温められるシステムを構築したのだ。
さすがはSSランクドラゴン。土木工事の才能がすごい。

「すごいです、アレン様! 硫黄の匂いがします! 本物の温泉ですね!」
フェリスが目を輝かせて湯面を覗き込む。

「温度も完璧です。これなら疲労回復効果も抜群でしょう」
セラムが手を入れて温度を確認する。

「まさかドラゴンを給湯器にするなんて……常識が壊れる……」
リナが遠い目をしているが、まあ慣れてくれるだろう。

「ヴォルガス、よくやった。褒美だ」

俺は【亜空間倉庫】から、最高級の『飛竜の干し肉』を取り出し、放り投げた。
ヴォルガスはそれをパクっと空中でキャッチし、目を丸くした。

「う、美味い! なんだこれは! 魔力が満ち溢れてくる!」

「俺の特製干し肉だ。これからいい働きをすれば、毎日食わせてやる」

「一生ついていきます、ご主人様(マスター)!」

ヴォルガスは完全に堕ちた。
やはり胃袋を掴むのは基本戦略だ。

「よし、せっかくだから一番風呂といくか」

俺は服を脱ぎ始めた。
当然のように、後ろの三人も服に手をかけている。

「……えっと、また一緒に入るのか?」
俺が尋ねると、三人はキョトンとした顔をした。

「当然です! 背中を流す係が必要ですよね?」(フェリス)
「混浴は太古からの習わしです。それに、アレン様の裸体を見ないなど損です」(セラム)
「わ、私はメイドですから! ご主人様の身の回りのお世話は義務です! べ、別に一緒に入りたいわけじゃないんだからね!」(リナ)

リナまで染まってきている。
まあ、広い露天風呂だし、減るもんじゃないからいいか。

俺たちは湯に浸かった。
熱めのお湯が、体に染み渡る。
目の前には美しい湖と森の絶景。
隣には美少女たち。
少し離れたところでは、巨大なドラゴンが番犬のように丸くなって寝ている。

「極楽だ……」

俺は空を見上げた。
青い空に白い雲。
平和だ。
勇者パーティーを追放されてから、まだ数日しか経っていないのが嘘のようだ。

「アレン様、お酌を」
セラムが盆に載せた冷酒(果実水)を浮かべて渡してくれる。
「アレン様、肩揉みますね!」
フェリスが後ろから抱きついてくる。
「ご主人様、頭洗いますからじっとしててください」
リナがシャンプー(錬金術で作った)を泡立てている。

俺は目を閉じて、この幸福を噛み締めた。
この生活を守るためなら、世界を敵に回してもいい。
そう本気で思えるほどだった。

「……あ、そういえば」

俺はふと思い出した。
ドラゴンの襲来ですっかり忘れていたが、本来の目的は湖の遺跡調査だった。

「ヴォルガス。あの湖の遺跡について何か知ってるか?」

俺が声をかけると、ヴォルガスは片目を開けて答えた。

「ああ、あの『封印の祠』のことですか。あそこには、太古の昔に封じられた『迷宮の核(ダンジョン・コア)』があると伝えられています。なんでも、世界を混沌に陥れるほどの力を持つとかで、神々が厳重に封印したそうですよ」

「へぇ、ダンジョン・コアか」

ダンジョン・コア。
それはダンジョンを生み出し、維持し、魔物を生成する心臓部だ。
それを手に入れれば、ダンジョンの構造を自由に書き換えたり、アイテムを生成したりできるという。

「面白そうだな。ウチの地下室にでも飾っておくか」

「……ご主人様、神々の封印をインテリア感覚で扱おうとするのはやめてください」
リナが呆れたように突っ込んだ。

「まあ、今日は温泉でゆっくりして、明日にでも行ってみるか」

俺はのんびりと構えることにした。
急ぐ旅ではない。
俺たちのスローライフは、まだ始まったばかりなのだから。

   ***

その夜。
アレン城の賑やかな夕食風景を、遠くから監視する視線があった。

「……ドラゴンまで手懐けたか」

森の闇に溶け込むように佇む、漆黒の鎧の男。
魔王軍四天王の一角、『黒騎士』ガルドだ。
彼はアレンたちがヴォルガスを倒し、温泉を作って宴会をしている様子を、使い魔を通じて観察していた。

「あのドラゴンは、かつて私が勧誘に行って断られた奴だ。それを力尽くで従えるとは……あのアレンという男、只者ではない」

ガルドは剣の柄を強く握りしめた。
彼の背後には、数百の魔族兵が控えている。

「だが、油断している今が好機。寝静まった頃を見計らい、奇襲をかける。……セラム、待っていろ。今度こそ、その首を貰い受けるぞ」

黒騎士の目が赤く光った。
彼の復讐心と、アレンへの警戒心が交錯する。

しかし、彼らは知らない。
アレン城の「防犯システム」が、ドラゴンとゴーレムだけではないことを。
アレンが気まぐれで設置した『全自動迎撃ルンバ君』や、森中に張り巡らされた『感知結界』が、既に彼らの接近を捉えていることを。

そして何より、アレン自身が「夜這い」に対して、非常に不機嫌になるタイプであることを。

   ***

【閑話】その頃の勇者一行。

「くっさ……! なんなのこの匂い!」

勇者カイルたちは、ボロボロの姿で山道を歩いていた。
彼らが通りかかった場所は、アレン城から風下にあたる場所だった。
風に乗って、微かに漂ってくる香りがあった。

「これは……焼肉の匂いだ」
カイルが鼻をヒクつかせた。
「しかも、極上のスパイスを使った、高級な肉の匂いだぞ……」

「嘘でしょ!? こんな山奥に、そんな料理があるわけないじゃない!」
マリアがヒステリックに叫ぶ。
彼らの手元にあるのは、さっき拾った木の実(渋い)だけだ。

「いや、間違いない。俺の『グルメ』スキルが反応している」
レオンが虚ろな目で言う。
「ああ……芳醇な脂の香り……それに、この甘い香りは焼き立てのパン……」

「やめろ! 言うな!」
ニーナが耳を塞ぐ。
想像するだけで胃が収縮し、空腹が倍増するからだ。

「誰だ……こんなところで宴会をしてやがるのは……」

カイルは憎悪に満ちた目で風上を睨んだ。
まさか、それが自分たちが捨てたアレンだとは夢にも思わない。
だが、その「格差」を本能で感じ取り、彼らの心はさらに荒んでいった。

「行くぞ。街までもう少しだ。街に着けば、俺たちだって美味い飯が食える」

カイルは自分に言い聞かせるように呟き、重い足を前に進めた。
しかし、彼らが街に着いた時、そこに待っているのは「美味い飯」ではなく、「借金の取り立て」と「厳しい現実」であることを、彼らはまだ知らない。

(つづく)
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