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第13話 温泉回。美少女たちとの混浴と、新たな決意
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「ふぅ……生き返るな」
湯気が立ち込める岩風呂。
俺は肩までお湯に浸かり、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。
源泉掛け流しの『アレンの湯』。
ドラゴンのヴォルガスが掘り当て、加熱してくれているこの温泉は、硫黄の香りと適度なぬるぬる感があり、肌にしっとりと馴染む。
レベル9999の肉体は疲労を知らないはずだが、こうして温かい湯に包まれていると、精神的な澱が溶け出していくのを感じる。
「アレン様、お背中流しますね!」
背後から、元気な声と共に柔らかい感触が押し当てられた。
フェリスだ。
彼女は今、人間態の姿だが、興奮しているのか銀色の獣耳と尻尾が出っ放しになっている。
手にはタオルを持っているが、半分くらいは彼女自身の体で洗っているようなものだ。
「ありがとう、フェリス。……って、ちょっと力が強いぞ」
「すみません! アレン様の背中が広くて素敵なので、つい力が入っちゃいました!」
「ご主人様、頭はこちらへ。シャンプーしますから」
俺の頭側には、メイド姿(今は湯浴み着代わりのタオル一枚だが)のリナが待機している。
彼女は俺の頭を膝に乗せ、器用な手つきで髪を洗い始めた。
元暗殺者だけあって指先の動きが繊細だ。ツボを的確に刺激してくるので、意識が飛びそうになる。
「リナ、お前本当にメイドの才能あるな」
「……うるさいです。これは任務の一環ですから。髪の毛一本残らず綺麗にしないと、私のプライドが許さないだけです」
ツンデレな返答だが、その手つきは優しい。
そして、俺の正面。
湯船の中に座り、日本酒(錬金術で作った米の酒)を入れた徳利と猪口を盆に乗せて浮かべているのが、ハイエルフのセラムだ。
濡れた金髪が肌に張り付き、湯気越しに見えるその肢体は神々しいまでの美しさだった。
「アレン様、どうぞ。いい月見酒です」
「ああ、もらうよ」
俺は猪口を受け取り、一口煽った。
美味い。
冷えた酒が、火照った体に染み渡る。
「……夢みたいですね」
セラムが月を見上げて呟いた。
「数日前まで、私は絶望の中にいました。呪いに侵され、泥水をすすり、ただ復讐だけを誓って生きていました。それが今は……こうしてアレン様と共に、温かいお湯に浸かっている」
彼女の翠玉の瞳が揺れている。
「この幸せが、時々怖くなります。目が覚めたら、またあの冷たい檻の中なんじゃないかって」
「夢じゃないさ」
俺は空いた手で、セラムの頭を撫でた。
「これは全部現実だ。俺が作った現実だ。誰にも壊させないし、奪わせない」
「……はい。信じております」
セラムは嬉しそうに目を細め、俺の手のひらに頬を擦り寄せた。
平和だ。
この時間が永遠に続けばいい。
そう思った、その時だった。
『――警告。防衛エリア内に高エネルギー反応接近』
脳内のシステムログが、無機質なアラートを鳴らした。
同時に、城の正門の方角から、ズドォォォォンッ! という爆発音が響いた。
「キャッ!?」
フェリスが驚いて俺にしがみつく。
「な、何ですか今の音は!?」
「……客人が来たみたいだな」
俺は猪口を盆に戻し、ため息をついた。
せっかくの極楽タイムだというのに、間の悪い連中だ。
***
数分前。アレン城正門前。
「ここが例の拠点か。……ふん、趣味の悪い城だ」
月明かりの下、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ巨漢が立っていた。
魔王軍四天王『黒騎士』ガルド。
彼の背後には、精鋭である魔族兵士50名が控えている。
「報告通り、ゴーレムが一体いるだけか。たかが石人形、我が魔剣で粉砕してくれるわ!」
ガルドは背中の大剣を引き抜いた。
その剣身からは禍々しい瘴気が溢れ出している。
伝説の魔剣『ソウル・イーター』。
斬った相手の魂を喰らう、呪われた剣だ。
「いくぞ! 突撃!」
ガルドの号令と共に、魔族兵たちが雄叫びを上げて突っ込んだ。
だが。
ギギギ……。
門番として立っていた巨大な黒曜石のゴーレム――オニキスが、ゆっくりと動いた。
その目は紅く輝き、手にしたドラゴンの骨の大剣を構える。
『――排除スル』
ブォンッ!!
オニキスが大剣を一振りした。
ただそれだけ。
剣技も魔力もない、純粋な質量による横薙ぎ。
ドッゴォォォォォォォンッ!!
「ぐあぁぁぁぁっ!?」
「な、なんだこの威力はァ!?」
先頭を走っていた魔族兵10名が、紙くずのように吹き飛んだ。
鎧ごと粉砕され、遥か後方の森の木々に激突して絶命する。
「なっ……!?」
ガルドが目を見開いた。
たかがゴーレムの一撃が、精鋭部隊を壊滅させた?
「おのれ……! 私が相手だ!」
ガルドは魔剣に魔力を込めた。
『黒炎斬』。
全てを焼き尽くす黒い炎を纏った必殺の一撃。
彼はオニキスの懐に飛び込み、その足を狙って斬りつけた。
ガィィィィンッ!!
嫌な音が響いた。
魔剣が弾かれたのだ。
オニキスの黒曜石の装甲には、傷一つついていない。
『硬度不足。脅威判定、Eランク』
オニキスが無感情に告げる。
それは「お前の剣じゃ痒くもない」という宣告だった。
「バ、バカな……! 我が魔剣が通じぬだと!?」
『反撃スル』
オニキスが拳を振り上げた。
単純な殴打。だが、その拳は隕石のような圧力を伴っていた。
「くっ!」
ガルドは咄嗟に横に飛んで回避した。
ズドンッ!
彼がいた場所に巨大なクレーターができる。
「ええい、化け物め! だが、動きは遅い! 無視して中に入るぞ! 目標は領主の首だ!」
ガルドは部下にオニキスの足止めを命じ(それは死刑宣告に等しかったが)、自らは跳躍して城壁を飛び越えようとした。
バチバチバチッ!!
「ぐアアアッ!?」
城壁に触れようとした瞬間、高圧電流のような結界が作動した。
ガルドは空中で痺れ、無様に庭へと落下した。
「ハァ……ハァ……なんだこの城は……! ゴーレムといい結界といい、規格外すぎる……!」
焦げた匂いをさせながら、ガルドは立ち上がった。
プライドはずたずただが、彼は四天王。
任務を遂行するまでは引けない。
「裏手だ! 裏手からなら!」
彼は城を迂回し、湯気の立つ湖畔の方へと走った。
***
「……来たな」
温泉の中で、俺は視線を入り口の植え込みに向けた。
ガサガサと茂みが揺れ、黒い鎧の男が飛び出してきた。
全身煤だらけで、肩で息をしているが、その殺気は本物だ。
「見つけたぞ……! 貴様がここの領主か!」
ガルドが魔剣を突きつけた。
俺は湯船に浸かったまま、首を傾げた。
「ああ、そうだが。人が風呂に入ってる時に土足で踏み込んでくるとは、随分と教育がなってないな」
「黙れ! 我は魔王軍四天王『黒騎士』ガルド! 貴様の首をもらいに来た!」
ガルド。
その名を聞いた瞬間、隣にいたセラムの体が強張った。
「ガルド……黒騎士、ガルド……ッ!」
セラムが立ち上がろうとする。
その顔からは血の気が引き、憎悪と恐怖で唇が震えている。
無理もない。
彼女の国を滅ぼし、両親を殺した張本人だ。
トラウマの権化が目の前にいるのだ。
「む? その顔、その金髪……もしや、あの時のエルフの小娘か?」
ガルドがセラムに気づき、兜の下で醜悪な笑みを浮かべた。
「生き残っていたとはな。しかも、こんなところで人間の男に媚びて裸を晒しているとは……エルリオスの王族も地に落ちたものよ!」
「き、貴様ぁ……ッ!」
セラムが叫ぶが、恐怖で足がすくんでいる。
手が震えて、言葉が出てこない。
「安心しろ、今すぐ両親の元へ送ってやる。この男と一緒にな!」
ガルドが跳躍した。
魔剣を振り上げ、無防備な俺たち――正確には、恐怖で動けないセラムを狙って落下してくる。
「アレン様!」
フェリスとリナが叫ぶ。
俺は動かなかった。
いや、湯船から出る必要すらなかった。
「……セラムを泣かせた罪は重いぞ」
俺は手桶にお湯を汲み、それをガルドに向かってパシャリと掛けた。
「『ウォーター・カノン(湯)』」
ただのお湯掛け。
だが、レベル9999の俺が放てば、それは質量兵器となる。
ドパァァァァァァァンッ!!
手桶一杯のお湯が、空中で高圧の水塊へと変化し、ガルドの全身を直撃した。
「ぐ、ぼァッ!?」
ガルドの突進が空中で止まる。
鎧がひしゃげ、魔剣が手から弾き飛ばされる。
彼はそのままピンボールのように吹き飛び、背後の岩盤に激突した。
ズガガガガッ!
「が、はっ……な、なんだ……今のは……水魔法……?」
ガルドは岩にめり込んだまま、血を吐いて俺を見た。
信じられないという顔だ。
最強の魔剣技を放とうとした自分が、ただの「お湯」で迎撃されたのだから。
「ぬるかったか? なら、追い焚きしてやろう」
俺は指をパチンと鳴らした。
「起きろ、ヴォルガス」
「グルルゥ……」
湯船のすぐ横、岩と同化するように寝ていた「岩山」が動いた。
SSランクドラゴン、ヴォルガスが目を覚まし、巨大な鎌首をもたげた。
その口からは、チロチロと灼熱の炎が漏れている。
「な……ド、ドラゴン……!? グラン・マグマ・ドラゴンだと!?」
ガルドの目が飛び出した。
なぜこんなところに伝説のドラゴンがいる。
しかも、まるで番犬のように大人しく控えている。
「ヴォルガス、あいつが風呂の邪魔をした。少し遊んでやれ」
「御意、マスター。……ほう、魔族か。丁度小腹が空いていたところだ」
ヴォルガスがニヤリと笑い(ドラゴンが笑うと怖い)、ガルドに近づく。
「ひ、ひぃぃッ! ま、待て! 私は四天王だぞ! ぐ、やめろ、食うな! 鎧が溶ける!」
ガルドは半狂乱で逃げようとしたが、ヴォルガスの前足で踏みつけられ、身動きが取れなくなった。
SSランクのドラゴンと、Aランク相当の四天王。
勝負にすらならない。
「……終わりか」
俺はため息をついた。
あっけない。
だが、これで終わりではない。
俺はセラムの方を見た。
彼女はまだ震えている。
「セラム」
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
「見てみろ。あれがお前が恐れていた男の末路だ」
「……あ……」
セラムがおずおずと顔を上げる。
そこには、ドラゴンの足元で情けなく命乞いをする、かつての仇敵の姿があった。
圧倒的な強者だと思っていた黒騎士が、今はただの弱々しい敗北者に見える。
「俺がいる限り、お前を傷つけられる奴なんていない。世界中が敵に回っても、俺が全部返り討ちにしてやる」
俺は彼女の目を見て言った。
セラムの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
それは恐怖の涙ではなく、長年彼女を縛り付けていた呪縛が解けた、安堵の涙だった。
「アレン様……アレン様ぁ……ッ!」
セラムは俺の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。
俺は彼女の背中を優しく撫で続けた。
***
騒動が収束した後。
ガルドはヴォルガスによって簀巻きにされ(生かしておいた。情報源として使える)、城の地下牢へと放り込まれた。
部下の魔族兵たちはオニキスによって全滅させられていた。
俺たちは再び湯船に戻っていた。
雰囲気は先ほどとは少し違う。
より結束が深まったというか、リラックスした空気が流れている。
「アレン様、ありがとうございます。……私、もう迷いません」
泣き止んだセラムが、晴れやかな顔で言った。
「復讐は終わりました。これからは過去のためではなく、未来のため……アレン様と、私たちが作る国の為に剣を振るいます」
「ああ。頼りにしてるよ、精霊剣帝」
「はい!」
セラムは微笑み、改めて俺にお酌をした。
月が綺麗だ。
「あの~、アレン様。いい雰囲気のところ申し訳ないんですが」
リナが申し訳なさそうに手を挙げた。
「どうした?」
「今回の襲撃で、私たちの居場所が魔王軍に完全にバレました。ガルドが捕まったとなれば、次はもっと大軍が来るかもしれませんよ?」
「……そうだな」
俺は空を見上げた。
隠れてスローライフを送るつもりだったが、向こうから来るなら仕方がない。
逃げ隠れするのは性分じゃない。
それに、俺には守るべき仲間と、城がある。
「決めた」
俺は盃を置いた。
「国を作ろう」
「え?」
三人が声を揃える。
「ただの領地じゃない。独立国家だ。魔王軍だろうが、人間の王国だろうが、手出しさせない最強の国家を作る。俺が王になり、お前たちが国民第一号だ」
「お、王様……!?」
フェリスが目を輝かせる。
「アレン様が王様なら、私は女王様ですか!? ペットですか!?」
「アレン様が建国……ふふ、望むところです。私が全身全霊で補佐いたします」
セラムが騎士の礼をとる。
「はぁ……また大事になりそう。でも、ご主人様についていくって決めたからには、私も覚悟を決めますよ」
リナが肩をすくめて笑う。
「よし。じゃあ、まずはこの周辺の魔物を全部配下にして、軍事力を強化するか。それと、特産品も作って経済圏も確立しないとな」
やることは山積みだ。
だが、ワクワクする。
レベル9999の俺が本気で国作りをしたら、一体どんな国ができるのか。
「アレン・キングダム、始動だ」
俺の宣言と共に、ヴォルガスが祝砲代わりに炎のブレスを夜空に吐いた。
それは美しい花火となって、俺たちの門出を彩った。
こうして、俺のハーレム建国物語は、新たなステージへと突入したのだった。
***
【おまけ】
地下牢にて。
「だ、出してくれぇ……ここはどこだ……」
簀巻きにされたガルドは、暗い牢屋で震えていた。
彼の目の前には、自動掃除機ルンバ君がウィーンと音を立てて巡回している。
「な、なんだその円盤は! 来るな! 吸うな! 私のマントを吸うなァァァッ!」
かつての四天王の悲鳴が、誰にも届くことなく響いていた。
(つづく)
湯気が立ち込める岩風呂。
俺は肩までお湯に浸かり、夜空に浮かぶ満月を見上げていた。
源泉掛け流しの『アレンの湯』。
ドラゴンのヴォルガスが掘り当て、加熱してくれているこの温泉は、硫黄の香りと適度なぬるぬる感があり、肌にしっとりと馴染む。
レベル9999の肉体は疲労を知らないはずだが、こうして温かい湯に包まれていると、精神的な澱が溶け出していくのを感じる。
「アレン様、お背中流しますね!」
背後から、元気な声と共に柔らかい感触が押し当てられた。
フェリスだ。
彼女は今、人間態の姿だが、興奮しているのか銀色の獣耳と尻尾が出っ放しになっている。
手にはタオルを持っているが、半分くらいは彼女自身の体で洗っているようなものだ。
「ありがとう、フェリス。……って、ちょっと力が強いぞ」
「すみません! アレン様の背中が広くて素敵なので、つい力が入っちゃいました!」
「ご主人様、頭はこちらへ。シャンプーしますから」
俺の頭側には、メイド姿(今は湯浴み着代わりのタオル一枚だが)のリナが待機している。
彼女は俺の頭を膝に乗せ、器用な手つきで髪を洗い始めた。
元暗殺者だけあって指先の動きが繊細だ。ツボを的確に刺激してくるので、意識が飛びそうになる。
「リナ、お前本当にメイドの才能あるな」
「……うるさいです。これは任務の一環ですから。髪の毛一本残らず綺麗にしないと、私のプライドが許さないだけです」
ツンデレな返答だが、その手つきは優しい。
そして、俺の正面。
湯船の中に座り、日本酒(錬金術で作った米の酒)を入れた徳利と猪口を盆に乗せて浮かべているのが、ハイエルフのセラムだ。
濡れた金髪が肌に張り付き、湯気越しに見えるその肢体は神々しいまでの美しさだった。
「アレン様、どうぞ。いい月見酒です」
「ああ、もらうよ」
俺は猪口を受け取り、一口煽った。
美味い。
冷えた酒が、火照った体に染み渡る。
「……夢みたいですね」
セラムが月を見上げて呟いた。
「数日前まで、私は絶望の中にいました。呪いに侵され、泥水をすすり、ただ復讐だけを誓って生きていました。それが今は……こうしてアレン様と共に、温かいお湯に浸かっている」
彼女の翠玉の瞳が揺れている。
「この幸せが、時々怖くなります。目が覚めたら、またあの冷たい檻の中なんじゃないかって」
「夢じゃないさ」
俺は空いた手で、セラムの頭を撫でた。
「これは全部現実だ。俺が作った現実だ。誰にも壊させないし、奪わせない」
「……はい。信じております」
セラムは嬉しそうに目を細め、俺の手のひらに頬を擦り寄せた。
平和だ。
この時間が永遠に続けばいい。
そう思った、その時だった。
『――警告。防衛エリア内に高エネルギー反応接近』
脳内のシステムログが、無機質なアラートを鳴らした。
同時に、城の正門の方角から、ズドォォォォンッ! という爆発音が響いた。
「キャッ!?」
フェリスが驚いて俺にしがみつく。
「な、何ですか今の音は!?」
「……客人が来たみたいだな」
俺は猪口を盆に戻し、ため息をついた。
せっかくの極楽タイムだというのに、間の悪い連中だ。
***
数分前。アレン城正門前。
「ここが例の拠点か。……ふん、趣味の悪い城だ」
月明かりの下、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ巨漢が立っていた。
魔王軍四天王『黒騎士』ガルド。
彼の背後には、精鋭である魔族兵士50名が控えている。
「報告通り、ゴーレムが一体いるだけか。たかが石人形、我が魔剣で粉砕してくれるわ!」
ガルドは背中の大剣を引き抜いた。
その剣身からは禍々しい瘴気が溢れ出している。
伝説の魔剣『ソウル・イーター』。
斬った相手の魂を喰らう、呪われた剣だ。
「いくぞ! 突撃!」
ガルドの号令と共に、魔族兵たちが雄叫びを上げて突っ込んだ。
だが。
ギギギ……。
門番として立っていた巨大な黒曜石のゴーレム――オニキスが、ゆっくりと動いた。
その目は紅く輝き、手にしたドラゴンの骨の大剣を構える。
『――排除スル』
ブォンッ!!
オニキスが大剣を一振りした。
ただそれだけ。
剣技も魔力もない、純粋な質量による横薙ぎ。
ドッゴォォォォォォォンッ!!
「ぐあぁぁぁぁっ!?」
「な、なんだこの威力はァ!?」
先頭を走っていた魔族兵10名が、紙くずのように吹き飛んだ。
鎧ごと粉砕され、遥か後方の森の木々に激突して絶命する。
「なっ……!?」
ガルドが目を見開いた。
たかがゴーレムの一撃が、精鋭部隊を壊滅させた?
「おのれ……! 私が相手だ!」
ガルドは魔剣に魔力を込めた。
『黒炎斬』。
全てを焼き尽くす黒い炎を纏った必殺の一撃。
彼はオニキスの懐に飛び込み、その足を狙って斬りつけた。
ガィィィィンッ!!
嫌な音が響いた。
魔剣が弾かれたのだ。
オニキスの黒曜石の装甲には、傷一つついていない。
『硬度不足。脅威判定、Eランク』
オニキスが無感情に告げる。
それは「お前の剣じゃ痒くもない」という宣告だった。
「バ、バカな……! 我が魔剣が通じぬだと!?」
『反撃スル』
オニキスが拳を振り上げた。
単純な殴打。だが、その拳は隕石のような圧力を伴っていた。
「くっ!」
ガルドは咄嗟に横に飛んで回避した。
ズドンッ!
彼がいた場所に巨大なクレーターができる。
「ええい、化け物め! だが、動きは遅い! 無視して中に入るぞ! 目標は領主の首だ!」
ガルドは部下にオニキスの足止めを命じ(それは死刑宣告に等しかったが)、自らは跳躍して城壁を飛び越えようとした。
バチバチバチッ!!
「ぐアアアッ!?」
城壁に触れようとした瞬間、高圧電流のような結界が作動した。
ガルドは空中で痺れ、無様に庭へと落下した。
「ハァ……ハァ……なんだこの城は……! ゴーレムといい結界といい、規格外すぎる……!」
焦げた匂いをさせながら、ガルドは立ち上がった。
プライドはずたずただが、彼は四天王。
任務を遂行するまでは引けない。
「裏手だ! 裏手からなら!」
彼は城を迂回し、湯気の立つ湖畔の方へと走った。
***
「……来たな」
温泉の中で、俺は視線を入り口の植え込みに向けた。
ガサガサと茂みが揺れ、黒い鎧の男が飛び出してきた。
全身煤だらけで、肩で息をしているが、その殺気は本物だ。
「見つけたぞ……! 貴様がここの領主か!」
ガルドが魔剣を突きつけた。
俺は湯船に浸かったまま、首を傾げた。
「ああ、そうだが。人が風呂に入ってる時に土足で踏み込んでくるとは、随分と教育がなってないな」
「黙れ! 我は魔王軍四天王『黒騎士』ガルド! 貴様の首をもらいに来た!」
ガルド。
その名を聞いた瞬間、隣にいたセラムの体が強張った。
「ガルド……黒騎士、ガルド……ッ!」
セラムが立ち上がろうとする。
その顔からは血の気が引き、憎悪と恐怖で唇が震えている。
無理もない。
彼女の国を滅ぼし、両親を殺した張本人だ。
トラウマの権化が目の前にいるのだ。
「む? その顔、その金髪……もしや、あの時のエルフの小娘か?」
ガルドがセラムに気づき、兜の下で醜悪な笑みを浮かべた。
「生き残っていたとはな。しかも、こんなところで人間の男に媚びて裸を晒しているとは……エルリオスの王族も地に落ちたものよ!」
「き、貴様ぁ……ッ!」
セラムが叫ぶが、恐怖で足がすくんでいる。
手が震えて、言葉が出てこない。
「安心しろ、今すぐ両親の元へ送ってやる。この男と一緒にな!」
ガルドが跳躍した。
魔剣を振り上げ、無防備な俺たち――正確には、恐怖で動けないセラムを狙って落下してくる。
「アレン様!」
フェリスとリナが叫ぶ。
俺は動かなかった。
いや、湯船から出る必要すらなかった。
「……セラムを泣かせた罪は重いぞ」
俺は手桶にお湯を汲み、それをガルドに向かってパシャリと掛けた。
「『ウォーター・カノン(湯)』」
ただのお湯掛け。
だが、レベル9999の俺が放てば、それは質量兵器となる。
ドパァァァァァァァンッ!!
手桶一杯のお湯が、空中で高圧の水塊へと変化し、ガルドの全身を直撃した。
「ぐ、ぼァッ!?」
ガルドの突進が空中で止まる。
鎧がひしゃげ、魔剣が手から弾き飛ばされる。
彼はそのままピンボールのように吹き飛び、背後の岩盤に激突した。
ズガガガガッ!
「が、はっ……な、なんだ……今のは……水魔法……?」
ガルドは岩にめり込んだまま、血を吐いて俺を見た。
信じられないという顔だ。
最強の魔剣技を放とうとした自分が、ただの「お湯」で迎撃されたのだから。
「ぬるかったか? なら、追い焚きしてやろう」
俺は指をパチンと鳴らした。
「起きろ、ヴォルガス」
「グルルゥ……」
湯船のすぐ横、岩と同化するように寝ていた「岩山」が動いた。
SSランクドラゴン、ヴォルガスが目を覚まし、巨大な鎌首をもたげた。
その口からは、チロチロと灼熱の炎が漏れている。
「な……ド、ドラゴン……!? グラン・マグマ・ドラゴンだと!?」
ガルドの目が飛び出した。
なぜこんなところに伝説のドラゴンがいる。
しかも、まるで番犬のように大人しく控えている。
「ヴォルガス、あいつが風呂の邪魔をした。少し遊んでやれ」
「御意、マスター。……ほう、魔族か。丁度小腹が空いていたところだ」
ヴォルガスがニヤリと笑い(ドラゴンが笑うと怖い)、ガルドに近づく。
「ひ、ひぃぃッ! ま、待て! 私は四天王だぞ! ぐ、やめろ、食うな! 鎧が溶ける!」
ガルドは半狂乱で逃げようとしたが、ヴォルガスの前足で踏みつけられ、身動きが取れなくなった。
SSランクのドラゴンと、Aランク相当の四天王。
勝負にすらならない。
「……終わりか」
俺はため息をついた。
あっけない。
だが、これで終わりではない。
俺はセラムの方を見た。
彼女はまだ震えている。
「セラム」
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
「見てみろ。あれがお前が恐れていた男の末路だ」
「……あ……」
セラムがおずおずと顔を上げる。
そこには、ドラゴンの足元で情けなく命乞いをする、かつての仇敵の姿があった。
圧倒的な強者だと思っていた黒騎士が、今はただの弱々しい敗北者に見える。
「俺がいる限り、お前を傷つけられる奴なんていない。世界中が敵に回っても、俺が全部返り討ちにしてやる」
俺は彼女の目を見て言った。
セラムの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
それは恐怖の涙ではなく、長年彼女を縛り付けていた呪縛が解けた、安堵の涙だった。
「アレン様……アレン様ぁ……ッ!」
セラムは俺の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。
俺は彼女の背中を優しく撫で続けた。
***
騒動が収束した後。
ガルドはヴォルガスによって簀巻きにされ(生かしておいた。情報源として使える)、城の地下牢へと放り込まれた。
部下の魔族兵たちはオニキスによって全滅させられていた。
俺たちは再び湯船に戻っていた。
雰囲気は先ほどとは少し違う。
より結束が深まったというか、リラックスした空気が流れている。
「アレン様、ありがとうございます。……私、もう迷いません」
泣き止んだセラムが、晴れやかな顔で言った。
「復讐は終わりました。これからは過去のためではなく、未来のため……アレン様と、私たちが作る国の為に剣を振るいます」
「ああ。頼りにしてるよ、精霊剣帝」
「はい!」
セラムは微笑み、改めて俺にお酌をした。
月が綺麗だ。
「あの~、アレン様。いい雰囲気のところ申し訳ないんですが」
リナが申し訳なさそうに手を挙げた。
「どうした?」
「今回の襲撃で、私たちの居場所が魔王軍に完全にバレました。ガルドが捕まったとなれば、次はもっと大軍が来るかもしれませんよ?」
「……そうだな」
俺は空を見上げた。
隠れてスローライフを送るつもりだったが、向こうから来るなら仕方がない。
逃げ隠れするのは性分じゃない。
それに、俺には守るべき仲間と、城がある。
「決めた」
俺は盃を置いた。
「国を作ろう」
「え?」
三人が声を揃える。
「ただの領地じゃない。独立国家だ。魔王軍だろうが、人間の王国だろうが、手出しさせない最強の国家を作る。俺が王になり、お前たちが国民第一号だ」
「お、王様……!?」
フェリスが目を輝かせる。
「アレン様が王様なら、私は女王様ですか!? ペットですか!?」
「アレン様が建国……ふふ、望むところです。私が全身全霊で補佐いたします」
セラムが騎士の礼をとる。
「はぁ……また大事になりそう。でも、ご主人様についていくって決めたからには、私も覚悟を決めますよ」
リナが肩をすくめて笑う。
「よし。じゃあ、まずはこの周辺の魔物を全部配下にして、軍事力を強化するか。それと、特産品も作って経済圏も確立しないとな」
やることは山積みだ。
だが、ワクワクする。
レベル9999の俺が本気で国作りをしたら、一体どんな国ができるのか。
「アレン・キングダム、始動だ」
俺の宣言と共に、ヴォルガスが祝砲代わりに炎のブレスを夜空に吐いた。
それは美しい花火となって、俺たちの門出を彩った。
こうして、俺のハーレム建国物語は、新たなステージへと突入したのだった。
***
【おまけ】
地下牢にて。
「だ、出してくれぇ……ここはどこだ……」
簀巻きにされたガルドは、暗い牢屋で震えていた。
彼の目の前には、自動掃除機ルンバ君がウィーンと音を立てて巡回している。
「な、なんだその円盤は! 来るな! 吸うな! 私のマントを吸うなァァァッ!」
かつての四天王の悲鳴が、誰にも届くことなく響いていた。
(つづく)
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☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
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