「役立たず」と追放されたが、俺のスキルは【経験値委託】だ。解除した瞬間、勇者パーティーはレベル1に戻り、俺だけレベル9999になった

たまごころ

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第11話 フェンリル娘の料理と、エルフ姫のマッサージ。極上の生活始まる

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『アレン領』の朝は、香ばしい匂いと共に幕を開けた。

俺が作った城塞『アレン城(仮)』のキッチン。
最新鋭の魔導コンロの前で、銀髪の美少女が奮闘していた。

「ええっと、アレン様が教えてくださった通りに……まず火加減を『弱』にして……」

フェリスだ。
彼女は昨日、街の服屋で買ったフリル付きのエプロンを身に着けている。
冒険者服の上からエプロンをつけただけの姿だが、揺れる獣耳と尻尾のせいで、破壊的な愛らしさを放っていた。
いわゆる「新妻プレイ」というやつに見えなくもないが、彼女の表情は真剣そのものだ。
獲物を狩る時の野生の瞳をしている。

「フェリス、そんなに身構えなくても大丈夫だぞ。そのコンロは自動で温度調整してくれるから」

俺が背後から声をかけると、フェリスはピョンと飛び上がった。

「あ、アレン様! おはようございます! 起こしてしまいましたか?」

「いや、いい匂いに釣られて目が覚めたんだ。朝食を作ってくれてるのか?」

「はい! アレン様は昨日、お城作りで大変でしたから。今日は私が、アレン様においしいご飯を作って差し上げたいと思いまして!」

フェリスは胸を張った。
尻尾がブンブンと振られ、エプロンの紐が解けそうになっている。

「それは嬉しいな。で、メニューは?」

「はい! 『ギガント・ボアの丸焼き・フェリス風』です!」

フェリスがバッと背後のテーブルを指差した。
そこには、昨日狩った巨大な猪の足が一本、ドカンと置かれていた。
丸焼きというか、ただの肉塊である。

「……なるほど、豪快だな」

「ちゃんと味付けもしました! アレン様が作った『魔法の粉(スパイスミックス)』をたっぷりかけました!」

「よし、じゃあ焼くか。でもそのサイズだとフライパンには入らないな」

俺は苦笑しつつ、魔導オーブンの扉を開けた。
業務用サイズで作っておいて正解だった。

「アレン様、私も手伝います」

いつの間にか起きてきたセラムが、袖をまくりながら入ってきた。
彼女もまた、どこから取り出したのか、清楚なロングエプロンを身に着けている。
ハイエルフの王女に台所仕事をさせるのは気が引けるが、彼女曰く「主の世話をするのは従者の特権」らしい。

「セラムはスープをお願いできるか? 野菜たっぷりのやつで」
「承知いたしました。剣技で鍛えた包丁捌き、ご覧に入れます」

セラムが野菜をまな板に置く。
次の瞬間。

シュパパパパパッ!

目にも止まらぬ速さでナイフが閃いた。
一瞬にして、人参や玉ねぎが均一なサイコロ状にカットされ、鍋へと投入される。
『精霊剣帝』のスキルを料理に使う贅沢さよ。

「すごいな。料理スキルもレベルアップしてるんじゃないか?」
「アレン様とのパスが繋がってから、あらゆる技術が向上している気がします」

俺たちは三人でキッチンに並んだ。
フェリスが肉をオーブンで見張り、セラムがスープを煮込み、俺がパンを焼く。
窓の外からは小鳥のさえずり(と、時折聞こえる魔物の断末魔)が聞こえてくる。

なんという平和で幸せな光景だろうか。
数日前まで雪山で遭難しかけていたとは信じられない。

「焼けましたーっ! いい匂いです!」

オーブンから「チン」という音が鳴る。
フェリスが取り出したのは、こんがりと黄金色に焼き上がった猪肉のローストだ。
肉汁がしたたり落ち、スパイスの香りが食欲をそそる。

「よし、ダイニングへ運ぼう」

   ***

朝食の席は賑やかだった。

「んん~っ! 自分で言うのもなんですけど、美味しいです~!」
フェリスが肉を頬張り、至福の表情で体を揺らす。
「焼き加減が絶妙だな。フェリスは料理の才能があるかもしれない」
「本当ですか!? えへへ、アレン様に褒められちゃいました!」

「こちらのスープも完璧です。野菜の甘味が溶け出しています」
セラムが作ったスープも絶品だった。
俺の作った焼きたてパンを浸して食べると、口の中で旨味が爆発する。

「幸せだなぁ……」

俺はしみじみと呟いた。
カイルたちのパーティーにいた頃は、食事といえば固い干し肉と水だけだった。
俺が工夫して野草スープを作ろうとしても、「移動の邪魔だ」「匂いで魔物が寄ってくる」と文句を言われたものだ。
それが今はどうだ。
美女二人に囲まれ、最高級の食材で作った手料理を食べている。

「アレン様、口元にソースがついていますよ」
セラムが自然な動作で、俺の口元をナプキンで拭ってくれた。
距離が近い。甘い香りがする。

「あ、ズルいですセラム! 私も拭きます! アレン様、あーんしてください!」
フェリスが対抗意識を燃やして肉を差し出してくる。

これがハーレムか。
居心地が良すぎて、人間としてダメになりそうだ。

   ***

食後、俺たちはリビングのソファで寛いでいた。
満腹で動きたくない。
これが「スローライフ」というやつだろう。

「アレン様、昨日の建築作業でお疲れではありませんか?」

セラムが俺の背後に回り込み、そっと肩に手を置いた。

「ん? まあ、魔力は回復したけど、ちょっと肩が凝ってるかもな」

魔法とはいえ、巨大な城塞を一瞬で組み上げるのには集中力を使った。
レベル9999の肉体は疲労を知らないはずだが、精神的な疲れは別だ。

「でしたら、マッサージをさせてください。王宮にいた頃、父王の疲れを癒やすために習得した技術があります」

「へぇ、エルフ王家のマッサージか。それは興味あるな」

「では、失礼します」

セラムの細い指が、俺の肩と首筋に触れる。
ひんやりとしていて気持ちいい。

グッ。

「お……!」

絶妙な力加減だ。
ツボを正確に捉え、凝り固まった筋肉をほぐしていく。
ただ押すだけでなく、魔力を指先に込め、体内の魔力循環(マナ・フロー)を整えているのがわかる。

「どうですか、アレン様?」
「最高だ……そこ、すごく効く」

「『流水の指圧』という技法です。筋肉の繊維に沿って魔力を流し、疲労物質を浄化しています」

さすがはレベル250の剣帝。
人体の構造を熟知しているからこそできる神業だ。
あまりの気持ちよさに、意識が飛びそうになる。

「アレン様、私も! 私もやります!」
フェリスが俺の足元に座り込んだ。
「私は足を揉みますね! 肉球マッサージです!」

フェリスは自分の手を「肉球化」させるスキルを使ったのか、プニプニとした感触で俺のふくらはぎを押し始めた。
適度な弾力と温かさ。
これもまた極上だ。

上からはエルフ姫の指圧、下からはフェンリル娘の肉球マッサージ。
俺はソファに沈み込み、完全に脱力していた。

「……もう、ここから動きたくない」

「ふふ、ダメですよアレン様。今日は湖の調査に行くのでしょう?」
セラムが耳元で囁く。
その吐息がくすぐったい。

「あと一時間……いや、三十分だけ……」

俺たちがそんな堕落した時間を過ごしていた、まさにその時だった。

   ***

城の庭園、植え込みの陰。
そこには、一つの黒い影が潜んでいた。

(……なんだ、この城は)

侵入者は、冷や汗を拭った。
彼女の名はリナ。
魔王軍諜報部隊に所属する、ダークエルフの暗殺者(アサシン)だ。
「死の森に謎の拠点ができた」との報告を受け、偵察と、可能であれば主の暗殺を命じられてやってきた。

彼女は超一流の隠密スキルを持つ。
これまで数々の要人や王族を、誰にも気づかれることなく葬ってきたプロフェッショナルだ。
だが、この城は異常だった。

まず、正門。
そこには漆黒の巨大ゴーレムが立っていた。
ただ立っているだけなのに、そこから放たれるプレッシャーは魔王城の番人以上。
リナの本能が「近づくな、死ぬぞ」と警鐘を鳴らしたため、正門突破は諦めた。

次に、塀を乗り越えようとした。
しかし、塀の上には不可視の結界が張られており、触れた瞬間に高圧電流が流れる仕組みになっていた。
危うく黒焦げになるところだった。

そして今。
ようやく裏口の庭園に侵入した彼女を待っていたのは、更なる恐怖だった。

ウィィィィン……。

奇妙な駆動音と共に、地面を滑るように近づいてくる平たい円盤。
掃除用ゴーレム『ルンバ君』だ。

(なんだ、この魔道具は? 偵察機か?)

リナは警戒して短剣を構えた。
だが、ルンバ君は彼女を無視して、彼女の足元にある落ち葉を吸引し始めた。

ズオオオオオッ!

「ひっ!?」

凄まじい吸引力だ。
落ち葉どころか、地面の土ごと吸い込んでいる。
リナのマントの裾が吸い込まれそうになり、彼女は慌てて飛び退いた。

「こ、こんな強力な風魔法を内蔵した自律兵器だと……!?」

リナは戦慄した。
ただの掃除機だと気づいていない彼女には、それが「足元を拘束して風魔法で切り刻む殺戮兵器」に見えたのだ。

(くそっ、なんて警備体制だ……! だが、私の任務は城主の首を取ること!)

リナはルンバ君を回避し、建物の壁に取り付いた。
窓が開いている。
あそこからなら侵入できる。

彼女は音もなく壁を登り、2階のテラスへと忍び込んだ。
カーテンの隙間から中を覗く。
そこには、ソファでぐったりとしている黒髪の男と、彼に寄り添う二人の女の姿があった。

(あれがターゲットか。……隙だらけね)

男は完全に油断している。
女たちも、マッサージに夢中で周囲への警戒がおろそかになっている。

(今ならやれる。一撃で喉を掻き切り、即座に離脱する!)

リナは毒を塗った短剣を抜き、呼吸を止めた。
暗殺術奥義『影縫い』。
気配を完全に消し、影から影へと移動する神速の歩法。

ヒュッ。

彼女は風になった。
窓をすり抜け、リビングへと侵入する。
男の背後まであと3メートル。
2メートル。
1メートル。

(もらったッ!!)

リナが短剣を振り上げた、その瞬間だった。

「……ん? なんか虫が入ってきたか?」

男――アレンが、面倒くさそうに呟いた。
彼は振り返りもせず、マッサージを受けている体勢のまま、軽く左手を振った。

パチン。

指を弾く音。
ただそれだけ。
魔法の詠唱も、スキルの発動動作もない。
だが。

ドォォォォォンッ!!

「がはっ!?」

リナの体に、見えない巨人の拳が叩き込まれたような衝撃が走った。
彼女の体は吹き飛び、リビングの壁まで一直線に弾き飛ばされた。

ズダンッ!

「ぐ、ぅ……」

壁にめり込み、そのまま床に落ちる。
全身の骨がきしむ。
短剣は粉々に砕け散っていた。

「あら、アレン様。虫ですか?」
「殺虫魔法を使いますか?」

セラムとフェリスが平然とした顔でアレンに尋ねる。
リナは震える体で顔を上げた。

(な、なんなの……あいつら……)

自分が侵入したことに、今の今まで気づいていなかったのではない。
「気づいていたけれど、脅威だと認識していなかった」のだ。
蚊が飛んできた程度の認識。
だからこそ、あんな適当な指パッチン一つで迎撃された。

「……おや?」

アレンがようやくこちらを見た。
壁際でうずくまるリナの姿を認めて、少し目を丸くする。

「虫かと思ったら、人が降ってきたな。……誰だ?」

アレンはソファから立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。
リナは後ずさろうとしたが、体が動かない。
アレンから発せられる圧倒的な「格」の差に、本能が恐怖で縛り付けられているのだ。

「黒い服に、尖った耳……ダークエルフか?」

「くっ……殺せ!」

リナは精一杯の虚勢を張って叫んだ。
任務失敗は死。
拷問されるくらいなら、ここで潔く散るのが暗殺者の流儀だ。

「殺せ? なんで?」

アレンは不思議そうに首を傾げた。

「せっかくのお客さんなのに、いきなり殺すなんて野蛮なことしないよ。……お前、腹減ってるのか?」

「は……?」

リナは耳を疑った。
今、こいつは何と言った?

グゥ~~~。

タイミング悪く、リナの腹が盛大な音を立てた。
緊張が解けた反動と、部屋に充満する朝食の残り香――極上のローストポークの匂いが、空腹の胃袋を刺激したのだ。
そういえば、ここ数日、潜伏任務で携帯食しか食べていなかった。

「ぷっ、あはは! アレン様、この人お腹ペコペコみたいですよ!」
フェリスが指を差して笑う。

「ふむ。盗っ人かと思いましたが、ただの食いしん坊の迷子かもしれませんね」
セラムが呆れたように言う。

「ち、違う! 私は誇り高き魔王軍の……!」

「はいはい、わかったから」

アレンは【亜空間倉庫】から、さっきの朝食の残り――猪肉のサンドイッチと、温かいスープを取り出した。
そして、それをリナの目の前に置いた。

「食えよ。話はそれからだ」

「な……毒入りか!?」
「入ってないよ。俺の特製スパイス入りだけどな」

リナは疑わしげにサンドイッチを見た。
分厚い肉、シャキシャキの野菜、ふわふわのパン。
抗えない暴力的なまでの「美味そうな匂い」。

(ど、どうせ死ぬなら、最後に美味いものを食べてから……)

暗殺者としての矜持は、食欲の前に敗北した。
リナは震える手でサンドイッチを掴み、一口かぶりついた。

その瞬間、彼女の目から涙が溢れ出した。

「んぐっ……! お、おいひぃ……!」

なんだこれは。
肉汁が口の中で暴れまわる。
パンの甘味が優しく包み込む。
今まで食べたどの宮廷料理よりも、どの高級食材よりも美味い。

「あ、ああーん! もっと! もっとちょうだい!」

リナはサンドイッチを一瞬で平らげ、スープを一気飲みした。
プライドも任務もどこへやら。
彼女はただの「餌付けされた小動物」になり果てていた。

「よしよし、いい食いっぷりだ」

アレンは満足そうに頷き、リナの頭をポンポンと撫でた。

「お前、名前は?」
「……リナ。リナ・シルフィード」

「そうか、リナ。いい食べっぷりが気に入った。どうだ、ウチで働かないか?」

「え?」

リナはスプーンを落としそうになった。

「は、働く? 私が? ここはお前の敵対勢力かもしれないのに?」

「関係ないね。俺はこの城の管理人を探してたんだ。セラムとフェリスは戦闘向きだし、俺も家事ばかりやってられない。お前みたいに身軽で、城の警備(という名の雑用)ができそうな人材は貴重だ」

アレンはニヤリと笑った。

「給料は三食昼寝付き。食事は俺の手作りだ。もちろん、お代わり自由」

「……」

リナの脳内で、天秤が揺れた。
片方は、失敗すれば処刑される魔王軍への帰還。
もう片方は、毎日この神ごとき食事が食べられる生活。

勝負にならなかった。

「……やります」
リナは即答した。
そして、アレンの足元に平伏した。

「リナ・シルフィード、只今よりアレン様に忠誠を誓います! 掃除でも洗濯でも暗殺でも、なんでもお申し付けください!」

こうして、俺の城に新しい仲間(メイド)が増えた。
元・魔王軍の凄腕暗殺者。
彼女が加わったことで、俺たちの生活はさらに盤石なものとなった。

「よし、仲間も増えたことだし、予定通り湖の調査に行くか」

「はい! あ、その前にリナさんにメイド服を着せましょう!」
「賛成です。私の古着ですが、サイズは合うかと」

フェリスとセラムが悪ノリして、リナを別室へ連れて行く。
数分後。
フリフリのメイド服を着せられ、顔を真っ赤にしたダークエルフの美少女メイドが完成していた。

「くっ……殺せ……!」
「だから殺さないって」

俺たちは笑い合いながら、城を出た。
目指すは湖の中央に浮かぶ遺跡。
そこには、この世界の理すら変えてしまうかもしれない「大迷宮」が眠っていたのだが、今の俺たちにとっては、それもまた「新しい遊び場」でしかなかった。

   ***

【一方その頃】
アレン城から数キロ離れた森の中。
リナからの定期連絡が途絶えたことに気づいた魔王軍の司令官――『黒騎士』ガルドは、水晶玉を握りつぶした。

「リナが……やられたか」

彼は低い声で唸った。
リナは軍でも五指に入る実力者だ。
それが一瞬で消息を絶ったということは、相手は相当な手練れということだ。

「面白い。この私が直接出向く必要があるようだな」

黒騎士は立ち上がった。
全身を漆黒の鎧で覆い、背には魔剣を背負っている。
かつてエルフの国を滅ぼし、セラムの家族を惨殺した張本人。

「待っていろ、謎の領主よ。貴様の首と、その城の全てを我が軍のものにしてくれるわ」

彼が動き出した。
最強の刺客がアレンたちに迫る。
……が、彼がアレンの前に現れるのはまだ少し先の話。
そしてその時、彼が味わうことになるのは「恐怖」ではなく、圧倒的な「理不尽」であることを、彼はまだ知らない。

(つづく)
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