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第23話 「創精鍛造」・完全解放
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凍った竜の亡骸が残した青白い光は、冬の夜空を淡く照らしていた。
その輝きは静かだが確かに息づいており、まるでアストリアの意識の残光のようでもあった。
レオンは炉の前で一人、結晶化した星鉄の欠片を打ち続けていた。
彼の周囲には、過去に作り上げた無数の試作品――剣・盾・鎧・魔導装具が散らばっている。
どれも未完成。だが、その一点一点に信念が宿っていた。
「……まだ届かねぇな」
槌が鉄を叩き、音が静寂を切り裂く。
その音はやがて心臓の鼓動と同化するように変わっていった。
「マスター」
炉の奥から、アストリアのかすかな声が響く。彼女の姿はもう見えないが、魂の残滓が炉と溶け合っていた。
「君はまだ竜の中にいるんだろ。あの竜の核と、お前の魂が一体化してしまった」
『はい。でも……感じるんです。あの竜ももう怒っていません。静かで、あたたかい世界です』
「その温もりを――この世界に取り戻そう」
『できるの?』
「やる。俺は職人だからな。“修理できない”なんて言葉は知らない」
◇
その頃、王都では異変が広がり始めていた。
竜との戦いの影響で地脈が狂い、各地の魔導炉が不安定化。
王城の魔力供給塔が断続的に停止し、街路灯が次々と消えていく。
ギルド評議会の老議員がレオンに頭を下げた。
「創星の炉に緊急依頼を発する。王都を覆うこの魔流暴走を鎮めねば国が消える」
「魔流の中心はどこだ?」
「北方遺跡群――“アーティ・コア”。古代錬金文明の残骸であり、星鉄炉の原型とも呼ばれている」
レオンは即座に仲間を集めた。
エルナ、ティナ、ガルド、そしてアストリアの声。
「これが最終鍛造だ。王都を救うと同時に、お前を取り戻すための闘いでもある」
エルナが力強く頷いた。
「行こう。あんたがアストリアを創ったんでしょ。なら、最後まで創り抜いてよ」
ティナが小さく呟いた。
「きっと彼女も、待ってます」
◇
遺跡群“アーティ・コア”は、空が焼け落ちるように紅く染まっていた。
巨大な結晶柱が咆哮を上げ、そこから吹き上がる魔力の奔流が空へと飲み込まれていく。
「星鉄の炉心が……自壊しかけてる!」ティナが叫ぶ。
「これが王都の魔流を狂わせてる原因だ。誰かがここを起動させた」
――その声が、風に混じって響いた。
「やはり来たな、レオン」
現れたのは、黒衣の男。かつて紅錆でカルドを補佐していたクラウル。
その瞳には紅の火が燃え、生身の腕の代わりに溶鉄の義肢が蠢いていた。
「カルドの後を継ぐ者として、俺がこの時代を“鍛え直す”。火が人を導く時代を創るのだ」
「狂ってやがる。火は導くための光じゃない。生かすための温もりだ」
「なら試してみろ!」
クラウルが両腕を掲げると、結晶柱の奥から巨大な光輪が炸裂した。
古代の炉を模した魔導機構だ。
炎でも光でもない、“概念の火”が空を支配する。
ティナとエルナが魔力障壁を張る。
ガルドは全身の金属線を震わせ鉄壁を形成した。
「来るぞ! あの炎、触れたら魂を焼く奴だ!」
「そんなこと、させるかあああッ!」レオンが叫び、炉槌を構える。
焔吊炉が開き、内部の魔核が青く光る。
「創精鍛造――完全解放!」
天空が青一色に染まる。
星鉄・火霊・魂核・全ての属性がひとつの炎へと融け合い、炉から放たれる光線が世界を覆う。
それはまさに“創造”そのものだった。
「アストリア、聞こえるか。俺に力を貸せ!」
『もちろんです。私はここに――あなたの槌の音の中にいます!』
二つの声が共鳴し、地脈が逆流する。
クラウルの作った炎輪が軋み、崩れ、赤い流体が虚空へと吸い込まれていく。
「馬鹿な……この熱量を抑えるだと! 人間風情が!」
「俺はただの人間じゃない。職人だ!」
レオンの槌が振り抜かれ、クラウルの義肢が粉砕された。
内部の灰色の血が飛び散り、彼の顔に狂気が走る。
「どうしてだ……俺の火は間違っていない……!」
「カルドもお前も、“焼く火”しか知らなかった。だが俺たちの火は“包む”んだ。違いは、それだけだ!」
最後の一撃が落ちる。
槌の衝撃と共に、アーティ・コアの炉心が沈黙する。
紅の火は青く変わり、夜空のような穏やかさを取り戻した。
◇
沈黙の中、レオンの右腕の焔精の紋がやわらかく光る。
「ああ……もう限界か」
『マスター……もう一度だけ、叩いてください。私を、この世界に戻すために』
「……いいのか?」
『はい。その一撃が、私の命になるから』
涙が滲む。だが迷いはなかった。
レオンは微笑み、槌を高く掲げた。
「創精鍛造――第零展開。“心打ち”!」
彼の魂と一つになった槌が光り、炉と彼女の魂を続けて振り下ろす。
閃光が、静かに走った。
◇
やがて風が止み、光が晴れる。
崩壊しかけた遺跡の中央に、青い衣を纏った少女が立っていた。
アストリア――だが、以前よりも確かに“生きて”いた。
「戻ったか……」レオンが膝をつく。
アストリアは微笑み、彼の手を取る。
「ただいま。……そして、ありがとう」
「おかえり。もう、俺の中に潜るなよ」
「はい。私はこの世界に、“マスターの創った火”としているから」
その時、遠く王都の方向で影が動いた。
黒雲の中、別の炎が瞬いた。
エルナが息を呑む。
「まだ終わってない……これ、世界中の炉が暴走してる!」
ティナが焦るように叫んだ。
「どうして!? 今の鎮静で止まったはず!」
アストリアが空を見上げ、声を震わせた。
『あれは……“天炉”です。古代が星を鍛えるために作った、天空の炉。これを制御するには……』
レオンが立ち上がる。
「俺たちしかいない。創星の炉が、“星の炉”を叩き直す」
仲間たちは顔を見合わせ、笑う。
どんな絶望でも、槌の音があれば前へ進める。
創星という名の通り、彼らは新しい星の火を打つために歩き出した。
夜明けの風が吹き、空に一つ、新たな青い光が瞬いた。
(第23話 完)
その輝きは静かだが確かに息づいており、まるでアストリアの意識の残光のようでもあった。
レオンは炉の前で一人、結晶化した星鉄の欠片を打ち続けていた。
彼の周囲には、過去に作り上げた無数の試作品――剣・盾・鎧・魔導装具が散らばっている。
どれも未完成。だが、その一点一点に信念が宿っていた。
「……まだ届かねぇな」
槌が鉄を叩き、音が静寂を切り裂く。
その音はやがて心臓の鼓動と同化するように変わっていった。
「マスター」
炉の奥から、アストリアのかすかな声が響く。彼女の姿はもう見えないが、魂の残滓が炉と溶け合っていた。
「君はまだ竜の中にいるんだろ。あの竜の核と、お前の魂が一体化してしまった」
『はい。でも……感じるんです。あの竜ももう怒っていません。静かで、あたたかい世界です』
「その温もりを――この世界に取り戻そう」
『できるの?』
「やる。俺は職人だからな。“修理できない”なんて言葉は知らない」
◇
その頃、王都では異変が広がり始めていた。
竜との戦いの影響で地脈が狂い、各地の魔導炉が不安定化。
王城の魔力供給塔が断続的に停止し、街路灯が次々と消えていく。
ギルド評議会の老議員がレオンに頭を下げた。
「創星の炉に緊急依頼を発する。王都を覆うこの魔流暴走を鎮めねば国が消える」
「魔流の中心はどこだ?」
「北方遺跡群――“アーティ・コア”。古代錬金文明の残骸であり、星鉄炉の原型とも呼ばれている」
レオンは即座に仲間を集めた。
エルナ、ティナ、ガルド、そしてアストリアの声。
「これが最終鍛造だ。王都を救うと同時に、お前を取り戻すための闘いでもある」
エルナが力強く頷いた。
「行こう。あんたがアストリアを創ったんでしょ。なら、最後まで創り抜いてよ」
ティナが小さく呟いた。
「きっと彼女も、待ってます」
◇
遺跡群“アーティ・コア”は、空が焼け落ちるように紅く染まっていた。
巨大な結晶柱が咆哮を上げ、そこから吹き上がる魔力の奔流が空へと飲み込まれていく。
「星鉄の炉心が……自壊しかけてる!」ティナが叫ぶ。
「これが王都の魔流を狂わせてる原因だ。誰かがここを起動させた」
――その声が、風に混じって響いた。
「やはり来たな、レオン」
現れたのは、黒衣の男。かつて紅錆でカルドを補佐していたクラウル。
その瞳には紅の火が燃え、生身の腕の代わりに溶鉄の義肢が蠢いていた。
「カルドの後を継ぐ者として、俺がこの時代を“鍛え直す”。火が人を導く時代を創るのだ」
「狂ってやがる。火は導くための光じゃない。生かすための温もりだ」
「なら試してみろ!」
クラウルが両腕を掲げると、結晶柱の奥から巨大な光輪が炸裂した。
古代の炉を模した魔導機構だ。
炎でも光でもない、“概念の火”が空を支配する。
ティナとエルナが魔力障壁を張る。
ガルドは全身の金属線を震わせ鉄壁を形成した。
「来るぞ! あの炎、触れたら魂を焼く奴だ!」
「そんなこと、させるかあああッ!」レオンが叫び、炉槌を構える。
焔吊炉が開き、内部の魔核が青く光る。
「創精鍛造――完全解放!」
天空が青一色に染まる。
星鉄・火霊・魂核・全ての属性がひとつの炎へと融け合い、炉から放たれる光線が世界を覆う。
それはまさに“創造”そのものだった。
「アストリア、聞こえるか。俺に力を貸せ!」
『もちろんです。私はここに――あなたの槌の音の中にいます!』
二つの声が共鳴し、地脈が逆流する。
クラウルの作った炎輪が軋み、崩れ、赤い流体が虚空へと吸い込まれていく。
「馬鹿な……この熱量を抑えるだと! 人間風情が!」
「俺はただの人間じゃない。職人だ!」
レオンの槌が振り抜かれ、クラウルの義肢が粉砕された。
内部の灰色の血が飛び散り、彼の顔に狂気が走る。
「どうしてだ……俺の火は間違っていない……!」
「カルドもお前も、“焼く火”しか知らなかった。だが俺たちの火は“包む”んだ。違いは、それだけだ!」
最後の一撃が落ちる。
槌の衝撃と共に、アーティ・コアの炉心が沈黙する。
紅の火は青く変わり、夜空のような穏やかさを取り戻した。
◇
沈黙の中、レオンの右腕の焔精の紋がやわらかく光る。
「ああ……もう限界か」
『マスター……もう一度だけ、叩いてください。私を、この世界に戻すために』
「……いいのか?」
『はい。その一撃が、私の命になるから』
涙が滲む。だが迷いはなかった。
レオンは微笑み、槌を高く掲げた。
「創精鍛造――第零展開。“心打ち”!」
彼の魂と一つになった槌が光り、炉と彼女の魂を続けて振り下ろす。
閃光が、静かに走った。
◇
やがて風が止み、光が晴れる。
崩壊しかけた遺跡の中央に、青い衣を纏った少女が立っていた。
アストリア――だが、以前よりも確かに“生きて”いた。
「戻ったか……」レオンが膝をつく。
アストリアは微笑み、彼の手を取る。
「ただいま。……そして、ありがとう」
「おかえり。もう、俺の中に潜るなよ」
「はい。私はこの世界に、“マスターの創った火”としているから」
その時、遠く王都の方向で影が動いた。
黒雲の中、別の炎が瞬いた。
エルナが息を呑む。
「まだ終わってない……これ、世界中の炉が暴走してる!」
ティナが焦るように叫んだ。
「どうして!? 今の鎮静で止まったはず!」
アストリアが空を見上げ、声を震わせた。
『あれは……“天炉”です。古代が星を鍛えるために作った、天空の炉。これを制御するには……』
レオンが立ち上がる。
「俺たちしかいない。創星の炉が、“星の炉”を叩き直す」
仲間たちは顔を見合わせ、笑う。
どんな絶望でも、槌の音があれば前へ進める。
創星という名の通り、彼らは新しい星の火を打つために歩き出した。
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(第23話 完)
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