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ピンクの行状
しおりを挟む「あ、あの、あなたは誰、なんですか?」
ピンク!
どうしてあんたは空気を読まないの?!
ルークお兄様に直接話しかけるなんて!!
クルト隊長! もっとちゃんと押さえておきなさい!!
「ばかっ! こちらはルーク公子様だ! ベッケンバウワー公爵家のご次男の!」
クルト隊長も声が大きいのね。囁くように言っているっぽいのに、きちんと聞こえるわ。騎士の人はもともと声が大きいのかしらね。
「僕自身は公爵位は継がないよ。ただの次男坊で研究者に過ぎない。成人して伯爵位は貰っているけどね」
「えぇ?! ルーク・フォン・ベッケンバウワー博士っ!? あの魔鉱石のエネルギー開発に成功した天才少年博士ですか?!」
今度は一年専科クラスの子から悲鳴のような叫び、でも喜びが含まれてる叫び、が上がったわ。
「おいおい。“少年”はやめてくれよ。もう21歳になったんだよ。昔の綽名は勘弁して。ね?」
「10代の頃に開発したって……あれ? なぜ学園にいるんですか?」
「うん。普段は隣の大学で研究を続けているんだ。
でも今日はロゼが……アンネローゼが大変なことになってるって連絡を受けてね。来てみたんだ。
僕いちおう騎士爵も持っているから、盾替わりになるかと思って」
わたくしが大変なことになってる?
なんのお話かしら……って、あれのこと?
わたくしが暗殺があるかもしれないって影に緊急連絡した、アレなのかしら?!
まさか、大学部にいるルークお兄様にまでご迷惑をおかけするなんて……。
「なんで、そんなにローゼ様と親し気なんですか?」
ピンク……。あんた、疑問に思ったことは聞かなきゃ気が済まないの? 子どもなの?
「ノア! お前物知らずにもほどがあるぞ!
ルーク様の姉上が王太子殿下のお妃様だ!」
クルト隊長。もっとちゃんと彼を躾けてお願いだから。
っていうか、ピンクは2年生よね?
王族に対する礼儀作法とか、教わっていないの?
わたくしに対してならば、まだ同じ学生だからいい。
でもルークお兄様は王家に連なる公爵家の令息なのよ? ご本人にも既に伯爵位があるのよ?
伯爵さまご本人とただの学生なんて、発言権だけでも雲泥の差なのよ?!
「あぁ。君かぁ。ノア・フォン・リュメル。
だーーーいぶ物騒な手紙を、アンネローゼ宛てに出したってのは。
じゃぁ、僕みたいな人間のことは、気になって仕方ない、よね?」
ルークお兄様が歌うように軽やかにピンクに言い聞かせる。
お兄様の怒気がぴりぴりと感じられるわ。普段大人しい方を怒らせると、とても、とーーーーーっても怖いのよっ!!
「僕の姉が王家に嫁いで、僕もちょくちょく遊びに行く機会があってね。アンネローゼとは幼馴染なんだよ。
それに、僕の父親が国王陛下の従兄弟に当たるんだよね。よって、僕にも王位継承権があるんだ。まぁ、末席だけどね」
うん、末席だよ。
そう言いつつ、ルークお兄様はなんだか怖い笑顔でピンクを見つめる。
「末席とはいえ王族の権限を使い、今この場でおまえの首、切り落としてやろうか。
自分がしでかしたことの重大さを理解しているのか?
なぜ自分で謝罪しない?
いつまで隊長に頭を下げさせている?
おまえは自分の罪を理解していないのか?」
「僕の、罪?」
「おまえの出した手紙は議会で問題になっている。やはり王族を他の者と共に生活させるのは危険だと」
え? 議会で問題?
初耳ですわよ!
「今この場でどんな内容の手紙だったのか、発表しようか?
大丈夫。僕は一度見聞きしたことは、大概忘れないんだ。すぐ言えるよ?
……今回は忘れたくて堪らないほど悍ましかったがな!」
おぞましいって……。
ピンク! あんたなにしたっていうのよ!!
「で、でも、僕は、好きになっただけでっ……。気持ちを伝えたかっただけで、そんな議会の問題になるほどだなんて、思ってもいなくて!」
大の男が泣き喚いて『でもでもだって』って言ってる図は、みっともないと思ってしまうのはわたくしの偏見かしら。
いいえ。女でも16歳を超え成人と認められる年でこれをやられたら興冷めだわね。
「でも気持ち悪かったわ」
レオニーがばっさりと言い切った。
「ずっとローゼさまに付き纏ってた!
でもローゼさまに直接話す勇気もなくて、しつこく手紙だけ出してた。
その手紙も周囲の者に託して、直接渡さない。なんだか卑怯だと思ったわ」
「廊下から教室内を窺っている姿は不審者そのものでした!」
「俺たち一年生は、みんなあんたが気持ち悪いって思ってた!」
「ローゼさまに付き纏うのは、もうやめてください!」
「そうだそうだ!」
「迷惑以外なにものでもないんだよ!」
一年専科クラスの面々が次々に言う不満に、ピンクは驚愕の表情を向けた。
「好きだって思うのは……迷惑なの、か?」
彼は今まで、他者から否定されたことが無かったのかも。顔が良いから許されてきた。
「思うだけなら迷惑じゃない。
だけど、気持ちの伝え方が傍目に見ておかしい。不審者だ」
「我々はおまえを変質者だと認定した。今後、手紙の授受も一切お断りだ!」
否定されたことがなかったから。
すべて受け入れられて生きてきたから。
自分のやってることが悪いことだなんて思ってもいなかったのかも。人の好意に完全に甘えていたのね。
下級生にきっぱり否定されたピンクは表情が抜け落ちて、人形のようにがっくりと項垂れている。ちょっとだけ、哀れね。
「ロゼ。君、いつのまにこんな親衛隊を持ったの?」
怖くない、いつものルークお兄様の笑顔にホッとします。
「さぁ。わたくしにも、いつなのか分かりません」
親衛隊というか……クラスメイトですわ。
とても優秀で気のいい、ね。
「この現状を、父上を通して議会に提起するよ。王女殿下はご自分で人望を得ているので、殿下が学園からいなくなったら志気が落ちる、と」
「ありがとう、ルークお兄様」
わたくしも笑うことができました。
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