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満月の夜1
しおりを挟むそうして満月の夜。
私は今、地下下水道内を走っている。
実は王宮から学園って直線距離にするととても短いの。
そのうえ、城からの脱出用の抜け道が学園へ向かっているのよね。
これはいざという時に城を捨てて、学園都市を新たな王城として運営するプランがあると見たわ!
今日は動き易いように髪も一纏めにして、乗馬服(殿方みたいなスラックススタイルよ!)と、足音が立たないように、踵に特別樹脂を仕込んだブーツを履いてきたの。足音が無いって、なんだか隠密になった気分だわね。
図書館で調べたとおり、この学園都市には新しい地下下水道が引いてある。
ここを通って、学園内にある大聖堂を目指したの。
マンホールの蓋を開け、人の気配が無いか探ってから外に出る。思ったとおり、学園内の大聖堂なんて夜間は無人ね。
そして大聖堂の扉に鍵はないのよ。いつでもお祈りしに人が入ってこれるようにね。
さて。
果たして彼はいるのかしら?
聖堂内は意外と明るかった。
ちょうど正面にあるステンドグラスに、満月の明かりが射し込むからなのね。ゆっくりと祭壇前まで中央通路を歩く。
祭壇に向かって真っ直ぐに伸びる中央通路の左右に、礼拝用の長いベンチが幾つも並んでいる。
その礼拝用のベンチの先頭の椅子に人影。
いつも遠くから探した亜麻色の髪が月の光を受けてキラキラ輝いている。
いたわ。
なぜか、胸が高鳴った。
「待たせたかしら?」
彼がゆっくり振り返った。
アスラーン・ミハイ・セルジューク。
深い森の色の瞳がわたくしを見る。
「本当に、来たのか……。え? おまえ一人か?」
彼は立ち上がるとわたくしの後方、聖堂の入口付近を凝視する。
「わたくしは1人しかいないわよ?」
通路を挟んだ反対側のベンチに、わたくしは座る。
「そうじゃない、1人で行動したのかって聞いたんだ」
「そうね。護衛は置いてきちゃったわ」
「なんて無謀なお姫さんだ……」
「だって、貴方に会いたかったから」
「え」
「なんだか急に皆が過保護になって、貴方と話す機会もくれないの。皆、わたくしを慮ってくれているのは解かるから、無下にできなくて……」
「今のは、俺を口説いていたのか?」
「え?」
「俺に会いたかったって言っただろう?」
「口説いていることに、なるの?」
「俺に聞くな」
「だって、分からないから」
「分からないって……」
そう、色々解からないことが多いの。
地下下水道の構造を調べた理由、とか。
いかにして王宮を抜け出すか算段を立てた、とか。
ひとりでいるのは寂しさを感じるくせに、単独で行動したくなった理由、とか。
なぜ、貴方に会いたかったのか、とか。
今、わたくしのこの胸が微かに高鳴っている理由、とか。
この深い森の色の瞳から目が離せない理由、とか。
「俺にも、分からんよ」
諦めたように、気の抜けた笑いを見せる男。
彼もベンチに腰を下ろした。
「学年一位の成績なのに? 分からないの?」
本来このベンチは、神様に祈りを捧げる為に座るもの。祭壇方向に向かって座るのが正しい。
なのにわたくし達は、通路を挟んでお互いを見ている。ちょっと手を伸ばせば触れそうな距離で。
「お前も一位だろう。なぜ分からないんだ?」
正しくない方向を見て、護衛を付けないで、よく知らない人と一緒にいる。
これは王女として間違った行動。
それは理解しているのに。
「成績はいいわよ。でもわたくし、知らないことが多いの。世間知らずだから」
「王女だから」
「そうね」
「王女だから、常に周りに人がいる」
「そうね」
「だが、お前の周りにいる人間には、邪な思惑がない。不思議と清浄な空気を持つ人間ばかりだ。あの糞忌々しいエーデルシュタインでさえも」
「……忌々しくなんてないわよ」
「おまえにはな。俺には敵意しか向けない」
「敵意以外を、向けられたいの?」
「留学先で敵を作りたくはないな」
「確かに」
メルツェ様(最近はメルセデス様を愛称呼びしているのよ)はわたくしがこの人と接触を図ったなんて知ったら発狂するかも。
それくらい、嫌がっているのよね。
もしかしたら、この人のこと、お好きなのかもしれないわ。
「おまえは、俺を呼び出してなにをしたかったんだ?」
この深い森の色の瞳は、わたくしを捕らえて視線を逸らさせない。
「話を、したかったの」
「話」
「なぜ、わたくしに求婚したの?」
雲がかかったのか、急に聖堂内が暗くなった。
向かいにいる彼の表情が見えなくなる。ぼんやりとした輪郭は解るから、そこにいるのは確かなのだけど。
「欲しくなった……から」
「欲しくなった?」
「綺麗な女がいて、その女が綺麗に笑うから。だから……」
どんな表情で、こんなこと言うのかしらね。
見てみたい。
でも、見たくない。
「綺麗に笑う女性なんて、この世には星の数ほどいるわよ?」
「そうか?……少なくとも俺が見てきた中で、女は取り繕った笑いしかしない。成長すればするほど、内心とかけ離れた表情しかしない。
……もっとも、それは女に限った話じゃないな。人間全般、そんなものだ」
人間全般そんなもの……?
なにか、嫌な言い方ね。人に絶望しているような。
でも。
笑顔でにこやかに接する方が、物事ってスムーズに進むものではないの?
それが普通だと思うのだけど。
「心の中で舌を出して悪意を持っていたとしても、表面上笑顔で接するのは、大人の対応と言うのではなくて? 言動がすべて内面と一致するなんて、子どもの証よ」
さっと聖堂内が明るくなった。
雲が晴れたみたい。
わたくしの前に、驚いた顔のアスラーン・ミハイ・セルジューク。
「こどもの、証……」
「そうでしょ? 嫌いな人とでも、それなりに付き合うのが大人だわ。
なぁなぁな世界かもしれないけど、そうじゃないと、すべての人と喧嘩することになるでしょ。
大人になって、自分の中の悪意を自分の中で解決して、人に迷惑を掛けていないなら、なんの問題もないわ」
「問題、ない……」
「わたくし、なにか変なこと言ったかしら?」
なにが気にかかるのかしら?
分からなくて小首を傾げると、向き合って同じ方向に首を傾けるアスラーン様。
「おまえは、なぜそんな達観した思想を持っているんだ?
16歳のくせに……こどものような澄んだ瞳を持つくせに……」
なぜ? そう訊かれても。
「そんなこと、わたくしにも分からないわ」
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