【短編BL┊︎完結】世話焼き未神さんは恋がしたい

三葉秋

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「奢ってもらうつもりはなかったんですよ…」
「いや、ここは払うだろう。普通」
 酒が入り、互いにちょっとだけ気分がいい。
 これ以上は頼まないだろというタイミングで、俺が知らずのうちに会計してしまったことを、店を出てからずっと屋島は悔やんでいるのだ。
「今日は僕が払いたかったんですよ。誘ったの僕ですし、前の時も払ってもらっちゃいましたし…」
 前の、時……。
 初めて屋島と飲みに行ったあの時は、屋島の相談に乗るためだったんだよな。
 そういえば、屋島の相談事は解決したのだろうか。ふと、佑は思い出す。
 あれから一ヶ月ほどが経っている。その後のことはとくに聞いてはいなかった。訊きづらいことというのもあるのだが……。
 その話に触れたら自ら墓穴を掘りに行くことは目に見えている。が、一度された相談事だ。気になってしまうというのが佑という男なのである。
「屋島……あのさ。あれは、……あの、この前相談された……あれ、なっ、……どうなった?」
 あれだの、あのだの。具体的な言葉を口にできない自分は、いったいなんなんだ。
 全然内容が把握できないような問いかけだったのに、察しのいい屋島は何を伝えたかったのかわかったようで、あっけらかんと話し出す。
「あぁ、勃つ勃たないの話ですか。もちろん、現在進行形ですよ」
 現在進行形ということは、勃たないということ、……だよな。
 並んで歩いていたはずなのに、屋島が足を止めた。
「まぁ、今でも未神先輩は別ですけどね……」
 一歩前を歩く佑の腕を掴み、グイッと屋島の方に引いた。
 すべなく、そのまま屋島の胸に後ろ抱きにさせれた佑は、完全に思考停止した。
 今俺は、屋島の胸の中に収まっている、のか。
 屋島の心臓の音なのか自分の心臓の音なのか。耳の周りでドクドクと脈打つ音が鼓膜を叩いている。佑は少しでも落ち着けようと大きく息を吸い込めば、逆に知らない洗剤の匂いに包まれ、気持ちが跳ねてしまう。
 何度も嗅いだことのあるこの香り。体はもう覚えてしまっているのだ、この香りを。
 佑の腹側に回された屋島の腕はガッツリと結ばれていて、ちょっとやそっとじゃ離れられない。
「ごめんなさい」
「なんで謝る」
「何も、しないつもりだったので……、先輩が……。未神先輩が、聞くから……」
 情けないとでも言いたげな屋島の口調に、佑も少し悪い事をしてしまったと思った。
 佑は少しの会話なのに、声に出すことで気持ちが落ち着いてきた。
「聞いて、悪かった」
 墓穴を掘った自覚はあったが、まさかこんな展開になるとは想像もしていなかった。だから、佑は素直に謝った。
「あの、怒らないで聞いてもらえます?」
「なんだよ」
 後ろ抱きのまま話をしているので、互いの顔が見えない分どうしても屋島の感情が掴めない。でも、頭の上から唾を飲み込む音だけは鮮明に聞こえてきた。
 屋島は意を決して口にした。
「今日じゃなくてもいいです。またして欲しいって言ったら、……怒り、ますか?」
 予測していなかったといえば嘘になる。この状況になったことである程度の予測はついていた。
 佑は強く抱きしめられていた身体を無理やり解いた。
 振り返り、さっきまで見えていなかった屋島の顔を自分の目にはっきりと映す。俺を見つめる屋島の眼は、誠実でまっすぐに佑のことを見ていた。
「それは、身体だけってこ……」
 佑の言葉を遮るように屋島がいう。
「好きです。先輩のこと。できるものなら付き合いたいと思っています。でも先輩、……恋愛はしないんですよね」
 屋島に全て言ってしまおうか……。
 俺は決して恋愛をしないわけではない。ただ…、恋愛というカテゴリーに蓋をしているに過ぎないのだと。
 怖いのは確かだが、でも……、それと同じくらいに屋島は大丈夫なのではないかと、期待する気持ちもあるのだ。
 考えれば考えるほど、握った拳の中に汗の滴が溜まっていく。
「怖いんだよ……。恋愛が、怖いんだっ……」
 細い声で佑が云う。
「特に、お前みたいに……、女も好きになれるやつだと、なおさらに、な……」
 どうしても、過去のしがらみはこの脳内から真っさらには消えてくれない。人間の脳の厄介な部分である。
「先輩しか見ていないと言ったら、信じてくれますか?」
 ーーー信じたい。
 信じたいから、時間が欲しい。
 俺も、お前を好きになってみたいから。
「少しだけ、時間をくれないか……、これは俺の問題なんだよ」
「わかりました」
「ありがとう」
 二人の間で少しの沈黙が流れる。
 その間、少し考え込むような仕草をする屋島と、俯く佑。不意に両手を広げて屋島が抱擁を促した。
「ねぇ、抱きしめるのは平気?」
 問いかけられた言葉に佑は救われた。
 時間がほしいとは言ったものの、どうしてもさみしい気持ちになるこの状況を、埋め合わせしてくれるものが欲しかった。
「ああ……」
 抱き寄せられる感覚に、胸いっぱいに気持ちが溢れてくる。
「未神先輩、温かい」
「そういう、お前は……熱いぞ」
「そりゃ好きな人を前にしたら、熱くもなりますよ」
 そう云って、屋島は一段と強く抱きしめた。
「ねぇ未神先輩、キスしたいかも。だめ?」
 だめなわけないが……。
「かもってなんだ……かもって……。まぁ、いいけど……」
 屋島はそっと笑いながら、少しだけ身体を離した。
 見下ろす屋島の顔が段々と近づいてくる。耐えきれなくなった佑は咄嗟に目を瞑った。
 そっと触れた唇は、夜風に当たっていたからか、ひんやりと冷たい。それも数秒もすれば触れたところから互いの体温が行き来し熱を持ち始める。
 深いキスでは無いけれど角度を変えて啄まれれば、背筋がゾクッとした。
 どちらからともなく唇が離れると屋島の胸にまたギュッと抱かれた。
 屋島のワイシャツから香る自分とは違う洗剤の匂いに、また背筋がゾクッする。
「未神先輩。……いつか、あなたを抱きたいです」
 佑は抱きしめられたまま小さく、わかってると云いながら頷いた。
 屋島は佑の頭を優しく撫でなから、額にキスをした。
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